第 2 章 担保保存義務と債権者の融資取引上の民事責任との交差
2 検討の方法
以上のような問題意識から、本稿においては、担保保存義務の性質および法的根拠自体 に注目し、わが国における、その法的構造を把握する前提として、フランスの担保保存義 務に関する議論の観察および検討を行う608。ここで、「法的構造」とした理由は 、本稿 の 目的が、単に担保保存義務の性質、法的根拠を検討するのではなく、契約責任や不法行為 責任などとの関係等、より高次の視点から、担保保存義務を検討することにある。
フランス法に関する議論を検討することの理由は 、①フランスでは、1960年代まで免除 特約が利用されてこなかった609こともあってか、担保保存義務は担保法の分野における意 外なほど重要な研究対象と位置付けられており、多数の学説および裁判例の蓄積があるこ と、②第1編で観た通り、フランスでは「企業の経営難の予防および同意整理に関する 1984 年 3月 1日の法律第 148号(Loi no 84-148 du 1re mars 1984 relative à la prévention et au règlement amiable des difficultés des entreprises)(以下、「1984 年法」とする)」によって担 保保存義務を規律する仏民 2314条が強行法規化されて以来、従来の有力説が完全に否定さ れるなど、改めて、その義務の本質に関する議論が活発化していること、③フランスでは、
債権者に担保を保全する義務があると解する説が古くからある610ほか、第2編で観た通り、
あたかも一般法理に基づく担保保存義務違反が問われる現象ともいうべき、債権者(金融 機関)の民事責任の追及が広く認められていること、などである。
608 フ ラ ン ス の 担 保 保 存 義 務 に 関 し て 比 較 的 大 き く 扱 っ て い る も の と し て は 、 星 野 ・ 前 掲 注
(279)234頁以下、寺田・前掲注(595)「序説(一)」52頁以下、同「序説(二)」189頁以下、
山野目・前掲注(57)、 辻博明「共同保証と 免除 効果―判例 ・学説の問題 点の分析と担保保 存 義務の視点からの再検討―」名城49巻 2号1頁(1999年)、福田・前掲注(592)450頁以下、
能登真規子「フランス倒産法における保証人の法的地位(3・完)」彦根論叢353号 127頁以下
(2005年)などがある。
609 Simler, supra note 32, no 809, p. 808.
610 Marcel Planiol et Georges Ripert, Traité pratique de droit civil français, contrats civils, t. XI
(contrats civils 2e partie), par André Rouast, René Savatier, Jean Lepargneur, et André Besson, 2e éd., 1954, Librairie générale de droit et de jurisprudence, no 1557, pp. 1003-1004 ; Alex Weill, Droit civil, les sûretés, la publicité foncière, 1979, Dalloz, no 46, pp. 49-50 ; René Savatier, La théorie des obligations en droit privé économique, 4eéd., 1979, Dalloz, no 147, p. 192. また、この点を指摘する 邦語文献としては、柚木・前掲注(592)「免責」89 頁、西村・前掲注(271)214 頁、磯村・
前掲注(595)〔石田喜久夫〕358頁、星野・前掲注(279)236頁などがある。
148 3 検討の順序
本章においては、以下の順序で論じる。まず、第 2節において、フランスにおいて担保 保存義務を規律しているフランス民法 2314条に基づく保証債務の免責について、わが国の 504 条との比較を通じてその要件を観察する。続いて、第 3 節において、一般法理に基づ く債権者(金融機関)の民事責任について、第 2編で観たような「融資取引上の義務」と いった視点ではなく、担保保存義務の視点から考察を行い、かかる民事責任と担保保存義 務との関係がどのようなものであるのかを検討する。最後に、第 4節において、以上の検 討結果から、両者の関係と問題点について考察し、論を結ぶ。
第2節 担保保存義務を規律する仏民2314条に基づく代位権者の免責 第1款 はじめに
本節においては、担保保存義務について規律している仏民 2314 条に基づく代位権者の免 責がいかなる要件の下に行われているのか、また、どのような法的根拠が議論されている のかなどについて、検討を行う。なお、具体的な要件等の検討を行う前提として、ここで、
担保保存義務を規律する条文の改正611、および、フランスにおける担保保存義務の位置づ けについて補足しておく。
【条文の改正】
仏民2314条は、「債権者の行為によって、当該債権者の権利、抵当権および先取特権に 対する代位がもはや保証人のために行使しえないときは、保証人は免責される。(1984年3 月 1日の法律第 148号)«これに反するすべての条項は記載のないものとみなされる»」と 定めており、わが国の民法 504条に対応するものである。フランス民法典は、2006 年3月 23 日のオルドナンス第346号(Ord. no 2006-346 du 23 mars 2006)(以下、「2006 年のオル ドナンス」とする)によって、担保法に関する部分が大幅に改正された612。これに伴い、
611 なお、わが国においても、民法の一部を改正する法律(平成 16年法律第 147号、以下、「現 代語化法」とする)によ り、全文が「現代語」に 変更された(現代語化の 全体像については、
中田裕康「民法の現代語化」ジュリ 1283号86頁〔2005年〕参照)。この際、旧法においての 要件であった「故意又は 懈怠」という表現が、「 故意又は過失」へと変更 された 。もっとも、
従来、「懈怠」が「過失」と同義である(大判昭和 8年9月 29日民集 12巻2443頁、我妻・前 掲注(267)265頁)と解されているため、実質的な変更は行われなかったといえる。
612 フランス担保法改正の概要に関する邦語文献と しては、金山直樹「フランス民法典 改正の 動向」ジュリ 1294号 92頁(2005年)、山野目章夫「企画趣旨の説明及び今般の改正の評価(2006 年フランス担保法改正の概要)」ジュリ 1335号32頁(2007年)、平野裕之「改正経緯及び不動 産担保以外の主要改正事項(2006年フランス担保法改正の概要)」ジュリ 1335号36頁(2007 年)、片山直也「不動産担保に関する改正について(2006年フランス担保法改正の概要)」ジュ リ 1335号49頁(2007年)、改正条文の全容については、平野裕之=片山直也訳「フランス担 保法改正オルドナンス(担保に関する 2006年 3月23日のオルドナンス 2006-346号)による民 法典等の改正及びその報告書」慶應法学 8号 163頁以下(2007年)などを参照。
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担保保存義務を規律する仏民 2037条も、仏民2314 条へと条文の番号が変更されたが、内 容自体に関する変更は行われなかった。以下、本稿においては、混乱を避けるため、2006 年前の内容に関しても、支障のない限り、原則として、仏民 2314条と表記する。
【担保保存義務の位置付け】
法定代位の発生条件を定めるフランス民法典 1251条は、その冒頭において、「代位は(以 下に定めるものの利益のために)法律上当然に生じる」(括弧内、筆者補足)と規定し、続 いて、同条3項は、「他者と共に、または、他者のために、債務の弁済について義務を負い、
当該債務の弁済をすることの利益を有していた者のため(に生じる)」(括弧内、筆者補足)
と規定している。したがって、債務を弁済した保証人は、本条の結果として、当然に、債 権者の権利について代位することができるが、フランス民法典は、2306 条で、「債務の弁 済を行った保証人は、債権者が債務者に対して有するすべての権利に代位する」と定め、
保証人の代位について、個別の規定を有している。本稿で以下に検討を行う仏民 2314条は、
仏民 2306 条の延長線上に位置付けられている613が、保証制度全体から見た場合の位置づ けについては、若干の注意を要する。すなわち、フランスでは、担保保存義務は、保証人 が有する基本的な利益である「分別の利益(bénéfice de division)」、「検索の利益(bénéfice
de discussion)」とならんで614、「代位の利益(bénéfice de subrogation)」、「代位のない利益
(bénéfice de non subrogation)」615、「訴権譲渡の利益(bénéfice de cession d’actions)」616な どと呼ばれる、いわゆる抗弁のひとつという扱いを受けている617・618(本稿において は、
混乱を避けるため、フランス法についても、「担保保存義務」という言葉を用いることとす る)。
613 Simler, supra note 32, no 794, p. 795.
614 両者の訳語に関しては、中村ほか・前掲注〔37〕54頁、山口・前掲注(12)56頁を参考と した。
615 例えば、Simler et Delebecque, supra note 4, no 259, p. 236.
616 例えば、Simler, supra note 32, no 811, p. 810.
617 「代位の利益」、「代位のない利 益」、「訴権譲渡の利益」等の訳については、松岡久和「保 証論」池田真朗=松岡久 和「シムレール教授『債 権譲渡から契約譲渡へ』『新たな人的担保』
姫路獨協大学フランス民法セミナー報告―債権法および担保法を中心として」法時 66巻12号 101 頁(1994 年)、椿久美子「物上保証人の保護法理―日本法・フランス法およびドイツ法の 対比」ジュリ 1060号 109頁(1994年)参照。
618 これらの呼称の違いは、単なる文言上の違いに とどまるものではない。ここでは、結論の みにて補足するが、「訴 権譲渡の利益」と は、ロ ーマ法時代の「保 証 契約 (fideiussio)」(い わ ゆる、保証契約とは異なる)において、保証人に対して認められた求償権の呼称であり、これ が、後に、保証制度へと 受け継がれ、「代位の利 益」と呼ばれるようにな ったのである。しか し、仏民 2314 条が定めているのは、債権者の有していた権利に代位“できなくなった”保証人 を免責するということで あるから、その意味を考 慮して、「代位のない利 益」と呼ぶのが適当 であるというのが、シムレール教授の主張である(Simler, supra note 32, no 796, p. 796)。この 点につき、船田享二『ローマ法第三巻』639 頁以下(岩波書店、改訂版、1970 年)、寺田・前
掲注(595)「序説(二)」189 頁以下、同「序説(三)」304 頁以下、辻博明「ローマ法におけ
る共同保証と免除効果―大陸法系の研究(一)―」法雑 31巻3・4号 642頁以下(1985年)、
山野目・前掲注(57)122頁、辻・前掲注(608)13頁以下、福田・前掲注(592)450頁以下 参照。