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調査 と概要

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一 ‑104‑

2  調査 と概要

(1)調

査 範 囲 と調査 方 法 (第23図)

調 査 区 は上 ノ原遺跡 の南東 部分 にあた り、調 査 区 の設定 にあた って は上 ノ原遺跡 の延長 と して大 々地 区 を設定 した。調査 区 はⅣA・ B・ F・ G・ L・

M地

区 にあた る遺跡範 囲 の西端 に設定 され た。調査面積 は、

約4500」で あ った。

調査 は、表 土 剥 ぎ後 、 重機 によ る トレ ンチ調 査 を行 った。 旧石器 時代 の遺物 の出土 はあ る もの の、縄文 時代以 降 の遺 物 につ いて は

S Q01以

外 で は出土 せず、土坑 も時期不 明 の ものが

3基

検 出 したのみで あ り、

縄文 時代以 降 の調 査 は終 了 した。

(2)調

査 経過

(日

誌 抄)

H7年

4月 5日

 

調査区東半分Ⅲ層の削 り

      26日  SK01 002完

11日  

Ⅵ一

LMへ

重機によるトレンチを入れる

        31日  S H03(黒

耀石集中)発見

17日  

調査区東半分Ⅲ層下〜Ⅳ上位に礫群を伴 うまとま

  6月

7日

 

文化庁岡村調査官・小林調査部長・原文化課指導 りがある

       

主事・信濃町中村さん視察・指導

5月 2日

 

Ⅳ一Mボックス北半Vの直上から台形様石器 (頁

   11日  

信濃町中村さん0野尻湖人類考古グループ来跡 岩)出±

      12日  S K03完

 

沼津市望月さん視察

8日

 

石斧出±

       20日  

信濃町100号石斧を出す

18日

 lal写真測図によるコンタとり

      27日  

パレオサーベ辻本さん視察0指

19日  

一時上ノ原のマスばりをする

 

上ノ原遺跡同時に

  7月 13日  

一時上ノ原を掘る

 

上ノ原遺跡同時調査 調査

       25日  S H04を

検出

23日

 

ナイフ出土

 

杉久保型ナイフ

(Ⅳ L‑1)が

出る

  8月

8日

 SH06 0 SH07を

検出

24日  

黒耀石片散漫に出±

      12日  IY〜

ⅣAの半円状のブロック全面清掃 石斧・石斧片・黒耀石0ナイフ等出±

        13日  

全景写真撮影

(3)調

査結 果 の概要

土 早   節 7

‑106‑一

SK01

1暗褐 色 土   モヤ層上部 の色調 に類 似 粘 り固さはⅣ 層 の 土 に類 似

S K02

1暗褐 色 土

第24図

 

大久保南遺跡

‑107‑

SK03

1褐色 土     粘性 有 や や密 708.00

708。20

23図

 

大久保南遺跡

 

全体図・遺構配置図

土 坑

第 7章

 

大久保南遺跡

縄文 時代 以 降 の遺 構 は土坑 3基確認 され、縄 文 時代 前 期前半 土 器 1個体 が 出土 して い る。

(4)基

本 土 層 (第

4図

I層 Hue7.5YR2/2黒褐色土

Ⅱ層 Hue7.5YR2/1黒色土

Ⅲ層

 Hue10YR3/2 

黒褐色土

Ⅳ層

 Hue10YR5/8 

黄褐色土

Vatt Hue7.5YR4/6褐色土

2表)

表土層

柏原黒色火山灰層

 

粘性な ししまり良好で堆積 は薄い モヤ層 粘性な し

 

締 まり やや不良

粘性やや有 り

 

締 まりやや

 

Ⅳ層上部にⅢ層混在 粘性な し

 

締 まりやや良 白ヌカ上部 に

5%混

Vbtt Hue7.5YR3/4褐色土

Ⅵ層

 Hue10YR6/8 

黄褐色土

Ⅶ層

第 2節   縄文 時代 の遺構 と遺物

1  遺構

本遺跡で は、縄文時代以降の遺構 は

3基

の土坑 のみが検出された。 その他 に遺物集中部

(S Q01)が

検 出された。

(1)土

(第24図・ 第27表)

S K01は

調査範囲中央東端 (ⅣG N10区

)に

位置 し、規模1。

05×

0。

74m平

面形態楕 円形 で、 検 出面 は

Ⅳ層 であ ったがⅢ層 か ら検 出 されていた可能性がある。 したが って、深 さ20cmであるが実際 は40〜

50cm

ほどの深 さがあ った もの と推定 され る。覆土 は暗褐色土 で、黄褐色土 ブロックを含 まない。土坑 内外 に出 土遺物 はない。

S K02は S K01よ

り北西

8mに

(ⅣG」

08)位

置 し、規模0。92×0.84mの 平面形態 ほぼ楕 円形 で断面 形態 は橘鉢状である。深 さ27cmでⅣ層検 出であるが、

S K01同

様 Ⅲ層か ら検 出された可能性が あ り、 深 さ40〜50cmあ った可能性がある。 したが って覆土 は暗褐色土である。土器 は土坑 お よび土坑周 辺 か ら出 土 していない。 しか し、 旧石器時代 の遺物 と思 われ る黒曜石片2片が混入 している。

S K03は

調査 区の南東側 (Ⅳ

G G19)に

位置 し、規模0。72×0。70mの ほぼ円形で断面形箱型 を呈す る。

深 さは62cmで、 Ⅲ層下面 よ り確認 した。土層が明確でないため半割 して底面 を確認。 底面 はⅦ 層 を掘 り 抜 いていた。覆土 内 に礫 が3点混在 し1点は焼 け石であ った。

土坑 内には旧石器時代 の遺物が覆土 中か ら出土 しているのみである。 いずれ もⅢ層か ら検出されてお り、

縄文時代 の土坑 と思 われ るが、明確 な時期 は不明である。

S K01と S K03の

間 に

S Q01が

位 置 し、 関

連す ると思 われ る。

遺構の種類 遺構番 号 規模(m) 深 さ(cm) 方 向 分 類

備 考

SK 1。

05× 0.74

N‑0°

SK 0.92× 0.84 N‑2° W

SK 0.72×0。

70 62

N‑90° 

W

27表

 

大久保南土坑属性表

黒ヌカ下部に

3%混

粘性有 り

 

しま り極良 黒ヌカ上部に7〜10%混 粘性有 り

 

しまり非常に良 黒ヌカ上部に7〜11%混 赤色 スコ リア層

‑108‑

(2)遺

物 集 中部

遺 物集 中部

(S Q01)は

、縄 文 時代 前 期 中葉 の1個体 の土 器 片 (47片

)が

やや集 中 して 出土 した。 S

Q01は S K03の

北 西

4m(Ⅳ

G18・

19)付

近 ゆ るい斜面 に位 置 す る。 破 片数 が少 な い が や や大 き め の破 片 が多 い。 出土 層 位 は Ⅱ層 か らⅢ層 にか けて で あ る。

2  遺物

土器

 (第

25図)

縄文時代以降の遺物 は、 ほとん どが縄 文時代土器片であ り、平安時代土師器杯 の土 器片 が数点混入 して いた のみで あ る。

第25図は

S Q01出

土 の

1個

体 の土 器 である。 口縁文様帯上部 が欠損 してお り 破片数が少 な く、器体 の1/3は 欠 損 して いる。 口縁部文様帯が太 い沈線 の波状文 で、胴部 は菱形羽状縄文 が施文 されてい る。縄文原体長 は約4 cmあ り長 い。 推 定器形 は口縁部文様帯部分が緩 く外形 す る器形 と思われ、胴上半部 は上部でやや 膨 らみを持 ち平底 に至 る。胎土 は繊維 を 含有す る。時期 は縄文時代前期 中葉有尾 式 と思 われ る。

第 ま とめ

本遺跡 の縄文時代以降 は、3基の土坑 と第25図の1個体 が まとま って出土 していた

(S Q01)の

みで

ある。遺物量や少 ない遺構数か ら、小 キ ャンプ地 の移動 の通過地点で はないか と思 われ る。

縄文時代土器 は、

S Q01の

1個体 のみであ った。時期 は前期 中葉 の有尾式土器 と思 われ る。

S K01と S K03は S Q01の

5m離

れた ところにあ り、土坑 と土器 は時期的 に関連があると思 われ る。

m

第25図

 

大久保南遺跡

 S Q01出

土土器

‑109‑

知 跡 の調査 と概要

東裏遺跡

1  遺跡 の概要

所在地 は長野県上水 内郡信濃町大字柏原字東裏405ほか。信濃町野尻湖南西側 の伊勢 見 山山麓 斜面部 に 位置す る。伊勢見 山北東方 向に沢が見 られ、南東方 向に流れ る。本遺跡 は野尻湖 の南東約

lkmに

位置 し、

国道18号線 と伊勢見山に挟 まれた広 い平坦地一帯 に広が っている。調査 は平成

5年

度 か ら平成

7年

度 まで 行 われ、調査 区を便宜的 に1区か ら

3区

に分割 して調査 は行 われた。遺跡南側 は、伊勢見山中腹 の柏原 ス キー場 と伊勢見山南東部 の湧水地帯である。 中央部 は伊勢見山北西麓 の平坦部である。 また、調査区の北 側 は凹地面 であ った。

高速道路 の長 さ約900mにわた り遺跡範囲であ った。調査区内北西側 よ リセ ンターの規定 の大 々地 区 を I区〜Ⅶ区 に区切 り、調査 を行 った。調査 の都合上、南東側 の平成

5年

度調査 の伊勢見山中腹柏原 スキー 場 リフ ト橋脚部分 (Ⅵ―D・ E・ I・ 」区

)を 1‑A区

とし、伊勢見山南東谷部湧水地帯 (ⅦP・ Q・ R・

U・ V・

W区)を 1‑B区

とした。 また、伊勢見山西麓 の平坦部を

2区

、北端 の凹地 を

3区

と して調査 は 行 われた。

調査 は平成

5年

1‑A区

1‑B区

と2区の大 々区

V区

・ Ⅵ区の部分 の調査が行 われた。 また、平成6 年度 は2区の北西端部か ら3区にかけて調査 は行 われた。平成

7年

度 は1区の伊勢見山か ら南西 に延 びる 尾根上 の斜面 (旧柏原 スキー場

)と

伊勢見山西 山麓 の湧水流路 を挟 んだ平成

5年

度調査 区に続 く部分で行 われた。

遺物取 り上 げは手取 りとlalこ ぅそ くによる取 り上 げが行われた。手取 りの取 り上 げは、中 グ リッ ドを4 分割 に して取 り上 げた もの と、中 グ リッ ドで一括 して取 り上 げた もの、遺構別 に取 り上 げた ものなど、 そ れぞれ調査年度別、遺構別等 によ って異 な る。 そのため、縄文時代以降の遺物 に関 しての統計 な どは中 グ

リッ ド別 に記載す ることと した。

(2)調

査 経過 (日誌抄)

H5年

4月 6日

 

重機による除雪

13日  

表土剥ぎ

 

センター杭にそって トレンチを入れる

19日  

発掘開始式

 

作業開始 8章

 

東裏遺跡

20日

 3区

柏原黒色火山灰層の掘 り下げ

 

黒耀石数点・

   18日

土師器数点出土

23日  

南側をモヤ上面で検出作業

 

モヤ上面直上で縄文 土器片を採取

2区南側幅ブイにそって トレンチを入れる

5月 6日

 

信濃町教育委員会中村さん視察・ 指導 7日

 2区

表土剥 ぎ

11日  2区

重機による表土剥 ぎ

13日  3区

掘 り下 げ終了

二日十   

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