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平安 時代 の遺構 と遺物

ドキュメント内 o r-eyy' =-f -{ v2 a =-Ev2 a -*Cvr' (ページ 159-170)

Ⅲ一 Q

第 4節   平安 時代 の遺構 と遺物

本遺跡 で は平安時代 の遺構 は住居址 が

8棟

、建物址が1棟、土坑が

8基

発見 された。(註)

 1区

か ら検出された住居址は調査時では

SB01〜

S B03と し、注記にもこのように記載 されていたが、整理作業にお いてS Bll〜S B13に訂正 し、2区か ら検出された②S B01〜S B07は注記で記載 されているが、本報告書ではS

B010SB02 0 SB04〜

S B07と訂正 して記述する。②S B03は整理作業においてS T01と訂正 した。S B08〜 S B10は欠番である。

挿 図番 号 図 o 挿

N 整 理 番 号

測 号 実 番

構 分 遺 区 遺 物

番 号 土 位 出

lヽグリッドスケー

器 種 胎 土 色調(外) 調整(外) 調整(内)

口 径 c m 特 徴

接 合(整理 番 号) 備 考

第31図 1 V―W VWB08lmm以下の

砂 粒 多 量

灰 白色 口縁 〜頸 部ナ デ。胴 部粗 いハ ケ

口縁 〜頸部ナ デ。粗 いハケ

1 口唇部 面取 り、

日縁 部 強く外反 胴 部球 形 、胴 部 と口縁 部の接 合 部明確 に残 る

83800 838138389

底 部欠 損

第31図 VI―

C

CH04 1/4 台付 き甕 白色細粒 を 含 む砂 粒 多 量

暗赤褐 色 口縁 〜頸 部ナ デ。胴 上部ハケ 月同下 半ミガキ?

ナ デ 胴 部球形 91680

91790 918109407

台付 き部欠 損

第33表

 

東裏遺跡

 

古墳時代土器属性表

‑143‑一

8章

 

東裏遺跡

1  遺構

(1)住

居址・ 建物l■ (図版148〜160、 第34表)

本遺跡で は住居址

9棟

と建物 し1棟が検 出 された。

1。

S B01(図

148)

調査区 は

2区

V―

V区

中央部 に位置す る。検 出面 はⅡ層中よ り土師器片が散布 し、 Ⅱ層 下 のⅣ層面 を掘 り込んで壁面検 出 した。規模 は北壁約 3m、 東壁約

4mで

、北東 コーナーのみ壁 を確認 した。西壁 が破壊 されてお り、形状 は方形 であろうとお もわれ、規模 は不明。床面 は硬 いⅣ層 を掘 り込んでいるため明確 な 面 は無 い。床面 に焼土面 を 5ケ 所確認 した。柱穴 は径20から30cmの17カ所 の柱穴確認 した。

P09の

み70 cmの深 さが認 め られたが、他 の柱穴 はいずれ も30〜40cmの深 さで ある。P15は P17に切 られて お り三 度 以上 の建替 えが想定 され る。周溝 は無 い。竃 も検 出 されなか った。覆土 はⅡ層類似黒色土単層で、一部Ⅳ 層 の ブロック混在 してい る。

遺物 はP16か ら図版148‑1・ 2の土師器杯が2個口を合わせた形 で出土 している。

2。

S B02(図

149)

調査 区V一P・

Q区

にまたが る南側で、

S B01の 25m北

西側 に位置す る。 Ⅱ層底面 か らⅢ層 にか け検 出 された。形状 と規模 は一辺約

4m方

形 であろ うか。南西壁か ら南東壁、 中央部分 にかけて破壊 され形 状規 模不明であ る。床面 は覆土 が ほとん ど残 っていないため硬 い床面 が検 出 されなか った。 柱穴 は径

50cm以

下 の ピッ トが10カ所検 出 された。P01は ピッ ト内周囲 に拳 よ り小 さい礫 が巡 ってお り、柱痕 を囲 っていた もの と思われ る。深 さは約40cmの もの と20〜30cmの浅 い ピッ トが検 出 された。住居 の付属施設 は、 長 径 が

lm以

上 の楕 円形 の土坑 が

8基

確認 された。S K06・

S K03は

焼土混合 の覆土であ り、

S K07は

黒色 の覆土である。周溝 は西壁脇 にわずかに周溝 のよ うな ものが確認 されたが、P13によ り切 られていた。 カ マ ドは調査中には検 出されなか った。他 の住居 と同様南東方向に存在 したのであろうか。住居 の一部が破 壊 されているため不明であ る。覆土 は壁面

5cmほ

どの深 さ しか検 出されなか った。 黒色 土 に焼 土炭化物 が混入 している。

3。

S丁 01(図

150)

調査 区

2区

Ⅳ一

D区

中央部 に位置す る。 Ⅱ層 (柏原黒色火山灰層

)中

か ら検 出された。 土 師器 の密 な範 囲 に炭化物 も多 く分布 していた。炭化物 や焼土 の出土範囲 は直径

6mの

円形 であ った。 Ⅲ層面 まで掘 り下 げたが竪穴 のプ ランは確認 されなか った。 そのため、住居址 と思 われたが、建物址 として、本報告書で は 記載す る。床面 の硬 い面 は検 出されなか った。柱穴 は18カ所確認 された。 円形 のプランを取 り囲むよ うに 配置 されている。南東側 の柱穴 は深 さのあ るものが多 い。P18の周縁 には焼土 が見 られ、柱穴 は焼 け石で 囲 まれていた。P18か ら

S K03に

方向に炭化物周 中部が広 が り、炉 と思 われ る。

土坑 は

4基

建物 内に確認 された。直径80cmか ら100cmと大 き く、深 さは20cmを計 る。

S K02〜 S K0

4からは鉄滓 が集 中 していた。竃 や周溝 や壁面 は検 出されなか った。

覆土 は黒色土 (Ⅱ

)中

に炭化材 と土師器 などの遺物が集中 し堆積 していた。

4.S B04(図

151)

調査区

2区

Ⅲ―

K区

南西側 に位置す る。 Ⅱ層中よ り検 出 した。炭化物 と焼土が混入 した面 とⅡ層 との差 でプ ランを検 出 した。規模 は長軸6。

7m短

4。lmの隅丸方形 である。南壁面 はやや プ ラ ンが歪 み南東部 に 竃跡 が検 出 された。床面 は明確 な ものない。主柱穴 は

P3・ P4・ P5・ Plの

4本である。周溝 は北側 壁面 とその両 コーナーと南西 コーナーに検 出されている。竃 は南東 コーナー壁部分 に検 出 した。竃 の北西 部 に20cm大の破砕 した焼 け礫がかたまってあ り、火床面 には土師器甕破片が見 られ る。 覆土 は北壁側 に 多 くの炭化物 と焼土 が含有 している。

‑144‑―

5.S B05(図

152)

調査区

2区

Ⅲ―

K区

北東側 に位置す る。検 出面 はⅡ層である。形状・規模 は5。65×5.4mの ほぼ方形 で、深 さは25cmであ る。壁面 は全面残存 してお り、南壁 を除 き周溝が巡 って いる。床面 は暗褐色土 で、 粘性 が あるが、堅固 な部分 はなか った。竃 は南東 コーナーに位置す る。石組 み竃思われ るが袖石の一部のみ検出。

柱穴 は

8本

確認 され、主柱穴 は

6本

と思 われ る。北東側 に径

lmの

円形 で深 さ28cmの浅 い

S K01が

検 出 され、竃西側南壁 に

S K01に

類似す る

S K02が

確認 された。

6.S B06(図

156)

調査区

2区

Ⅲ一

K区

北東側で、

S B05の 4m南

に位置す る。検 出面 はⅡ層。 形 状 と規模 は3。85×3。

70m

のほぼ方形 の住居址で、北壁北西 コーナーに張 り出 しが見 られ る。東 と西壁 に周溝が検 出されている。竃 は南東 コーナーに位置 し、石組 みは崩 されてお り、南側 の袖石 のみ検 出 された。柱穴 は確認 されなか った。

竃 で確認 された ピッ トは石組 み竃 の石 を抜 いた痕跡 と思 われ る。土坑 は

3基

確認 され、 径約0。

7mの

円形 で深 さも約20〜30cm前後 である。

7。

S B07(図

157)

調査区

2区

Ⅱ一

E区

中央部、

S B05の 70m北

西 に位置す る。検 出面 はⅡ層である。住居内 に炭化材 が散 乱 していた。火 を受 けた住居址 と思 われ る。形状 と規模 は5。Om×4。3m、 深 さ25cmの方形 を呈す る。 南 側 を除 く壁面 に周溝 が見 られ る。床面 には炭化材 があ り、床面 もかな りの焼土が含有 していた。竃 は南東コー ナーに位置す る。石組 み竃 と思 われ るが、袖石 は破壊 されていた。主柱穴 はそれぞれの壁 に

4本

と東寄 り の中央部 に1本確認 された。土坑 は竃脇 に2基と西側壁近 くに1基確認 された。竃 も破壊 され、 出土遺物

も少 ない ことな どか ら、住居址 を廃棄 したあ と住居 に火 を放 った もの と思 われ る。

8.S Bll(図

158)

調査 区1区Ⅶ一

P区

南東側 に位置す る。検出面 はⅡ層で、北西壁 を除 いて壁面 は撹乱 され検出されなかっ た。形状 と規模 は1辺4。7mの方形 の住居址 であ った と思 われ る。竃 は北東側、 東壁 に位 置 す るが石組 み が明確 に検 出 されなか った。柱穴・土坑 は確認で きなか った。住居 中央部分 と思 われ る と ころに炭化物 と 焼土 の塊 が検 出 された。

9.S B12(図

159)

調査区1区Ⅶ―

Q区

南西側でS Bllの

lm北

東 に位置す る。検 出面 はⅡ層 であるが撹乱 されて お り住居 址北東壁 しか検 出されなか った。形状 と規模 は北東壁 のみで1辺5。5mの方形 の住居址 と思 わ れ る。 竃 は 北東 コーナー付近 に位置 していた と思 われ る。撹乱 されてお り竃底面 のみ検 出 した。柱穴・ 土坑等撹乱 さ れてお り検 出で きなか った。

10.S B13(図

160)

調査 区1区Ⅶ一

Q区

南側、S B12か ら南西側

7mに

位置す る。検 出面 はⅡ層で、撹乱 されて お り、 北東 壁部分 のみ検 出された。形状 と規模 は1辺3。65mの方形 の住居址 と思 われ る。 竃・ 柱 穴・土坑 は検 出 され なか った。

遺構名

遺構番 号 遺構・区分 規模(m) 深さ(cm) カマド位置周溝有無 残存部位 残存率% ピット数 土坑数

備 考

SB01 SB01 VV12・VV13 不 明 17。0

Jヒ :束コーナー

SB01

Pl

0,20×0。

20

18。0

SB01 P2 0。

25×

0.20 30。0

SB01 P3 0。

45×

0.30 16。0

第34表

 

東裏遺跡

 

平安時代住居址属性表 (1)

‑145‑

8章

 

東裏遺跡

遺構名

遺構番号 遺構・区分 規模(m) 深さ(cm) カマド位置 周溝有無 残存部位 残存率% ピット:数 土坑数

備 考

SB01 P4 0。

20×

0。

20

30。0

SB01 P5 0。

40×

0。

20

27。0

SB01 P6 0.25×0。

20

30。0

SB01 P7 0.27×0。

25

28。0

SB01 P8 0.30×0。

25

19。0

SB01 P9 0。

25×

0.21 70。0

SB01 P10 0。

20×

0。

20

20。0

SB01 Pll 0。

30×

0。

27 26.0

SB01 P12 0。

25× 0.24

31。0

SB01 P13 0。

30×

0。

28

49。0

SB01 P14

0.25×

0.24 29。0

SB01 P15 0.26× 35。0

SB01 P16 0.25×0。

20

18。0

SB01 P17 0。

24× 42.0

SB02 SB02 VQ21 4。

95×

25。0 北側に一 部有り SB02 Pl 0。

25×

0。

25 32.0

SB02 P2 0。

24× 0.24

24。0

SB02 P3 0.23×0。

20

26。0

SB02 P4 0.26×0。21

42.0

SB02 P5 0。

32×

42。0

SB02 P6 0。

35×

0.26 12.0

SB02 P7 0。

74×

0。

35 36.0

SB02 P8 0.48×0。40 18.0

SB02 P9 0。

50×

14.0

SB02 P10 0。

54×

25。0

SB02 SK01 0。

94×

0.90

22.0

SB02 SK02 1,25×

35.0

SB02 SK03 0。

95×

0。

90

28。0

SB02 SK04 0。

70×

0.62 20。0

SB02 SK05 1。

07×

0.65 38。0

SB02 SK06 0。

85×

0。

75

21。0

SB02 SK07 1。

24×

0。

75

24。0

SB02 SK08 1。

06×

0。

78

34。0

ST01 ST01

D02・IVD0701VE)0841

ST01 Pl 0。

30×

0.28 34。0

ST01 P2 0。

32×

0。

30

30。0

ST01 P3 0.35×0。

35

41。0

ST01 P4 0.20×0。20 20。0

ST01 P5 0。17×0。15 10。0

ST01 P6 0。

40×

0.27 15。0

ST01 P7 0。17×0。16 12。0

ST01 P8

0。

20×

0。

20

25。0

ST01 P9

0。

36×

0。

36

70。q

ST01 P10

0。

25×

0.25 25。q

ST01

0。

38×

0。

28

46。q

ST01 1 P12

Э.25×0。

22

12。q

ST01 1

Э.16×0。13

10.q

ST01 1 P14

Э。

20×

0。

20

13。q

ST01 1

D。

35×

0.32 65。q

ST01 1 P16

).35×0。

35

38。q

ST01 1

〕.30×0。

30

30。q

STOl l

35×

0。

30

26。q

ST01 1 3K01

)。

70×

0。

60

28。q

ST01 1SK02  ̲[ .85×0。

82

35。q

ST01 1 3K03 .25×1。

02

24.q

ST01̲│3K04

82×

0。

74

2型 SB04

K17        1

。 73×

4。15

Ю

oq 打東  lz

100161

SB04 1

.60×0。

45

14。q

第34表

 

東裏遺跡

 

平安 時代住居址属性表 (2)

‑146‑

遺構名

遺構番 号 遺構・区分 規模(m) 深 さ(cm)

カマド位置

周溝有無 残存部位 残存率% ピット数 土坑数

備 考

SB04 P2 0。15×0。13

SB04 P3 0.34×0。

30

37.1

SB04 P4 0.26×

0.26

33。6

SB04 P5 0。

26× 0.24

32。9

SB04 P6 0。

23×

0。

23 31.4

SB04 SK01 1.26×1。20 45。0

SB04 SK02 1。

00×

0。94 10。9

SB04 SK03 1。

04× 0.56

7。2

SB05

K09 

K10 5。

65×

0。40 25。0

南 東 有 100

SB05 Pl 0。

30×

0。

30

37.0

SB05 P2 0.28×0。

28

50。7

SB05 P3 0。

24×

0。20 39。 1

SB05 P4 0.26×0。24 48。9

SB05 P5 0。

24× 0.22

51。 1

SB05 P6 0。

22×

0。20 61。0

SB05 P7

036×

0.32 14。0

SB05 P8 0.32×0。

32

8。

4

SB05 SK01 1。

00×

0。90 28.6

SB05 SK02 0。

60×

22.9

SB06 K14 3.85)く3。

70

30。0

南 東 有 100

SB06

Pl

0。

32×

0.22 17。5

SB06 P2 0.38×

0.20

10。0

SB06 P3 0。18×

0.16

10.5

SB06 SK01 0.72× 21。8

SB06 SK02 0。

74×

26。0

SB06 SK03 0.60× 0.52 22.0

SB07

 E18

5。0× 4.3 25。0

南 東 有 100

SB07 Pl 0。

24× 0.24

41。2

SB07 P2 0.24×

0.24

55。8

SB07 P3 0.48× 0.40

73.4

SB07 P4 0。

22×

0.22 62。0

SB07 P5 0。

22×

0。

22

SB07 P6 0.57×0。45

SB07 P7 0.48×

SB07 P8 0.27× 0.25

SB07 P9 0.20×

SB07 P10 0.20×

SB07 Pll 0。

24×

0.20

SB07 SK01 0。

60×

0。

52

SB07 SK02 1。12× 0.76

SBll SBll

P25 4。 15。0

北東 有

北側 のみ

SB12 SB12

Q21 5.5×

北東

北側 のみ

SB13 SB13

Ⅶ Q221正

V02 3.65× 不 明

北側 〜北

34表

 

東裏遺跡

 

平安時代住居址属性表 (3)

(2)土

(図14ア、 第35表) 1。

 S K01

調 査 区

2区

Ⅳ―

D区

の中央部 に位 置 す る。検 出面 は Ⅱ層上面。規 模 は0。96m× 0.90mの円形 、 深 さ

38cm

の タ ライ状 の土坑 で あ る。覆土 は焼土 の よ うな赤黒色土 が主 体 で あ る。

S K02を

切 って 出土 して い る。

2. S K02

調 査 区

2区

Ⅳ―

D区

の中央部 で

S K01に

よ って切 られて い る。検 出面 は Ⅱ層上面。規模0。

94mの

ほ ぼ 円 形 の土坑 で あ る。深 さ38cmで

S K01に

よ り東側 が切 られて お り、形 状 も覆土 も類似 す る。

3。

S K03

‑147‑

第 8章

 

東裏遺跡

調 査 区2区Ⅳ―

D区

S K02の

2m西

側 に位 置 す る。検 出面 は Ⅱ層 上 面 で あ る。 規 模 は1.10m× 0。92

mで

、形 状 は円形 、 深 さ33cmで覆土 や形 状 が

S K01や S K02に

類似 す る。

4。

 S K04

調 査 区2区Ⅳ一

D区

で、

S K05の

西 側 に隣接 して 出± 。形状 は ピ ッ トで、0。

2m径

で深 さ約20cmであ る。

検 出面 は Ⅱ層。 覆 土 は

S K01な

ど と同様 で あ る。

5。

 S K05

調査 区2区Ⅳ一

D区

で、

S K05の

約50cm南側 に位 置 す る。検 出面 は Ⅱ層 上面 。規 模 (径0。74m、 深 さ2

5cm)・

形 状・ 覆 土 は

S K01な

ど と類似 す る。

6。

 S K06

調査 区2区Ⅳ一

D区

で、

S K07に

隣接 す る。検 出面 は Ⅱ層上 面 。規模 は径0。2m、 深 さ20cmの ピ ッ ト状 遺 構 で あ る。覆 土 も他 の土 坑 と同様 で あ る。

7。

 S K07

調査 区2区Ⅳ―

D区

S K01の 3m北

側 に位 置 す る。 検 出面 は Ⅱ層上 面 。 規 模 は0。98× 0.80の 円形 で 他 の土坑 と形 状・覆土 な ど類 似 す る。

8e SK08

調 査 区2区Ⅳ―

D区

で、

S K01の

北 側 と隣接 す る。検 出面 は Ⅱ層上面 。 規模0。90×0。

72mで

形 状・ 覆 土 等 他 の土坑 と類 似 す る。

S K01〜 S K08は

平 安 時代 の遺 構 と思 わ れ る。 これ らの土 坑 群 の

2m北

側 に

S T01が

隣接 して い る。

S T01の

様 相 や、土坑 群 の様 相 か ら、住居 址 な い し建 物址 が この土 坑群 にあ った と思 わ れ るが 、 土 坑 検 出面 まで撹乱 され、 検 出で きなか った もの と思 われ る。

遺構 の種類 遺構番号 規模(m) 深さ(cm) 方 向 分 類 備 考

SK 0。

96×

0。80

38

N‑80° 

W 平安時代

SK 不明 ×0。94

38

N‑80° W 平安時代

SK 1。10×0。

92

N‑5° W 平安 時代

SK 0.22× 0.16

22

平安時代

SK 0。

74×

0。

74

N‑62° E 平安時代

SK 0。

22×

0。

22 26

平安時代

SK 0.98×0。

80 25

N‑77° E 平安時代

SK 0。

90×

0。

72

N‑12° W

平安 時代

第35表

 

東裏遺跡

 

土坑属性表

2  遺物

1。

S B01(図

版148‑1〜

9)(第

36表)

住居址 は西壁 が破壊 され遺物 も多 く出土 しなか った。

1・ 2はほぼ法量 の同 じ土師器杯 であ る。底部回転糸切 りで ロクロ整形 である。4は内黒 の杯、5〜8 は内黒椀である。椀 の高台部分 は

2形

態見 られ、底径 も2種あ り、椀 の法量 は

2種

類 あると思われ る。9 は積 み上 げ痕 の残 る製塩土器片であ る。覆土下面 よ り出土 している。内面 は剥落 してお り、使用 した製塩 土器 の破片 と思 われ る。 この土器片 は小 さな破片 のみである。 日本海 の製塩職人 との交流 の際、移入 され た ものであろ うか。 1・ 2のよ うに柱穴内に杯 を合 わせて埋 めた状況か ら、神事 が行 われた可能性 も考察 され る。

遺物 の状況か ら10世紀 ごろの住居址 と思 われ る。 また、製塩土器片 の存在か ら、 日本海 と内陸 の交流 が あ った ことが伺 え る。

2。

S B02(図

版153‑10〜25)

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ドキュメント内 o r-eyy' =-f -{ v2 a =-Ev2 a -*Cvr' (ページ 159-170)