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縄文 時代 の遺物

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│ム

第 2節   縄文 時代 の遺物

石器 (図版163)(第39表)

縄文時代 の遺物 は、石器 だけが散発 的 に表土層剥 ぎ取 りの際出土 して いる。縄文土器 の出土 はない。

石器 は石鏃 (1・

2)2点

、使用痕跡 のあ るフ レーク

(3)1点

、掻器

(4)1点

、磨製石斧

(5)1

点、凹石

(6)1点

、磨石

(7)1点

、敲石

(8)1点

、石錘

(9)1点

のほか に図化 していない安 山岩 製 の欠損 してい る敲石

1点

・ 凹石

4点

・ 石皿1点が出土 している。

1の石鏃 は黒曜石製、

2等

辺三角形 の凹基無茎石鏃で、大 きさは27× 18×

5mmを

計 る。先端 が若 干欠 損 している。凹基部分 は扶 りが大 き くない。2は白い玉髄製で、形 の整 った凸基有茎石鏃である。大 きさ 32× 15×

4mmを

計 る。2は凸基 を もち、晩期 に特徴的な石鏃 である。

 1も

晩期 の ものであろうか (鈴木

1991)。

5は蛇紋岩製 の磨製石斧である。長 さ

74mm幅 57mm厚

20mmで

基部 が欠損 して い る。 その欠 損 した 部分 を両面 か ら加工 し、再利用 している。正面 の再加工 した面 は稜が磨耗 している。4はチ ャー ト製 の掻 器 である。長 さは

35mm幅 76mm厚

9mmで

、横広 の フレークを用 い、主要 剥離 面 側長側縁 に剥離 を加 えている。打面 には礫面 を残す。3は黒曜石製 の側縁 に使用 によると思 われ る小剥離痕 を もつ縦長 フ レー クである。長 さ

66mm幅 52mm厚

6mmを

計 る。両側縁 に規則性 のない小剥離 痕 が有 り、 正面 左側縁 は 湾曲 してお り、削 り具的な使用が考 え られ る。6は安山岩製楕 円礫 を用 いた片面 中央 に凹が2個連結す る 凹石である。長 さ

93mm幅 64mm厚

39mmを

計 る。凹 は浅 い。7は安山岩製 円礫 の磨石 で あ る。 長 さは

47mm幅 42mm厚

39mmを

計 る。

8・ 9は安 山岩製 の石錘 である。8は楕 円礫 を利用 してお り、長 さは

92mm幅 76mm厚

32mmを

計 り、

長軸部が欠損 している。9は円礫 の両端 を加工 した石錘で長 さ

67mm幅 65mm厚

49mmを

計 る。

第 3節   平安時代の遺構 と遺物

1  遺構

平安時代 の遺構 は住居跡が

4軒

、土坑 が

4基

出土 している。

(1)住

居址 (図版164〜図版16ア、第40表) 1。

S B01(図

164)

調査区北東方向I― I‑10区に位置す る (第34図)。 検 出面 は表土直下で、形状 はほぼ方形 の破壊 されて いないプ ランを確認 した。規模 は4。95×4。

80m深

さ約35cmである。床面 はほぼ平 らであるが、貼 り床 は確

図版番号No 整理番 号遺構・

区分 遺物番号

スケー

器 種 材 質 長さmm 幅mm 厚 さ

mm

重量

g

欠損部位 遺存度 備 考

図版

163

Z 3/4 AH Ob

図版

163

M‑10 3/4 AH Ag 32

図版

163

M‑19 3/4 UF Ob

66 52

14。7

図版

163

I‑4 3/4 Sc Ch

35

22。7

図版

163

N‑02 磨製石

Se 74 57

20 103。5 長 さ 再力日工

図版

163

I‑3

Ps

安山岩

64 39

300

図版

163

I‑8 GS

47 42 120

図版

163

I‑4 石 錘 安山岩

92

310長 さ

図版

163

I‑15 石 錘 安山岩 49 230

39表

 

針 ノ木遺跡

 

縄文時代石器属性表

‑160‑一

認 されなか った。

柱穴 は20カ所確認 され、 その中で主柱穴 は

8本

(P01〜

P08)で

あ る。主柱穴 は東西 に2列並行 に立 て られている。

周溝 は検 出 されなか ったが、住居址 中央部南北方 向 に排水溝 が設 け られている。調査 中 に も住居 内よ り 水 が柱穴内か ら湧 き出すな ど、かな り水位 が高 く、 当時 も排水溝 を設 けなければな らない状況 にあ った と 思 われ る。ツト水溝 はP10に終結す るよ うに構築 されている。 このよ うに、軟弱地層 の状況 か ら、平安時代

の住居 として は柱穴が多 く立て られていた もの と考 え られる。

竃 は南東端 に設 け られて いる。東側袖面 にだけに石組 みされているが、当時 は右袖 に も同様 の石組 みが なされていた もの と思 われ るが、発掘時 には竃 は半分破壊 されていた。竃 内には小型甕が中央部 に底部 の 糸切 り痕 を上 に し、伏せた状況で検 出された。

遺物 は土師器杯・ 椀、内黒杯・ 椀、灰釉陶器皿、土師器鉢・ 小型甕・ 北信甕が出土 してお り、遺物 の様 相 か ら10世紀 の以降 と思 われ る。

2.S B02(図

165)

S B02は S B01の

東側 に位置 し (第34図)、

S B01と

並 んだ状況 のI一I‑15区で検 出 された。検 出面 は表土直下 で、形状 はほぼ方形 のプランを確認 した。規模5。25×5。

20m深

0。

25mで

あ る。 貼 り床 は確認 されなか った。北東部分若干破壊 されている。

柱穴 は28カ所確認 され、主柱穴 は 8カ 所 (P01・ P15・ P06・ P08・ P09・ P ll〜

P13)確

認 された。

柱穴 が多 いのは泥弱地層 のためと思 われ る。 また、床下 に多 くの土坑状 の ピッ ト(図版 165点 線 部 分

)が

み られ る。 ピッ トの堆積状況 か ら、住居内覆土が堆積前 に土坑状 の ピッ トは埋 ま っていた と思われ る。

周溝 は確認 されなか った。竃 は南東端 に検 出 されたが、火焼部分 と石組 み竃 を抜 いた と思 われ る凹みの 痕跡 のみが残 る。 や は り竃 は破壊 されてい る。

遺物 は土師器杯・ 椀、内黒杯・ 椀、灰釉陶器椀、土師器小型甕・ 北信甕が出土 している。 これ ら遺物 の 様相 は

S B01と

共通 してお り、10世紀 の住居址 と思 われ る。

3。

S B03(図

167)

S B03は調査区の中央I―I‑19区に位置す る (第34図)。 Ⅱ層面 よ り

S B04に

よって東壁面 は破壊 され てい る

S B03を

確認 した。北側 プランは耕作 によ ってプランが明確 にで きなか った。 プ ラ ンが確認 で き たのは全体 の1/4南西 コーナーのみであ り、方形 の住居址であ った と思 われ る。北西側 と西壁側 に炭化 材 が確認 された。 またP04と P02の柱痕が炭化 している様相か らまだ柱 が立 っている間 に火災 にあ った住居 と思 われ る。

遺物 は土師器皿・ 杯・ 椀・ 羽釜、灰釉陶器皿 の高台部分である。遺物か ら11世紀 の時期 の住居址 と思 わ れ る。

4.S B04(図

166)

S B04は

Ⅱ層面で確認 され、

S B03の

東側 に位置す る。

S B03を

切 る形で、

S B03よ

り約

50cm低

い面 に構築 されている。規模 は1.20×1。

08m深

さ40cmである。形状 はほぼ方形である。住居の北東 コーナー は破壊 している。

床面 は若干黒色土 の載 っている部分 があ り、部分的な貼 り床 の痕跡 が見 られ る。柱穴 は 8カ 所有 り、主 柱穴 はP01〜 P06の 6カ 所である。 P01・ P03・ P04・ P06の 4カ 所が ほぼ等間隔 に四隅 にあ り、 それに 補強す る形 でP05と P02が見 られ る。

竃 は南東側 に確認 された。石組 み竃 と思 われ るが、石 は抜かれ破壊 されている。

S K01は

竃 北側 口元 に有 り、灰 出 し用 の土坑 と思 われ る。

‑161‑

10章

 

針 ノ木遺跡

遺構 名 補助 施 設 遺構・区分 規模(m) 深さ(cm) カマド位 置 周溝有無 残存部位 残 存 率 ピット数 土坑数 備 考

4.95× 4.80 南 東 有 ツト水溝 有 り

SBO 0。25× 0.25 52.8

SBO 0。30×0。25

SBO 0.48× 0.45

SBO 0。15×0。10

SBO 0.25×0。22

0.68× 0.60

SB0 0.85× 0.80

0.45× 0.30 0.45×0。35

0。93×0。80

1。20×0。80

0。65× 0.53

SB0 0。76×0。56

SB0 0.60× 0.55

SBO 0.55×0。53

SB0 0.50×0。45

SBO 0。30×0。18

SB0 0。33×0。24

SB0 0。33×0。25

SBO 0。28×0。20

SB02 5。25×5。20 南 東 有

SB02 0.47× 0.30

SB02 0.20×0。20

SB02 0.44×0。36

SB02 0。36×0。30

SB02 0。34× 0.30

SB02 0.35× 0.25 50.2

SB02 0.31× 0.25 36.3

SB02 0.35× 0.30 43.0

SB02 0.50× 0.38 48.0

SB02 0.30×0。25 19。6

SB02 0。45×0。32

SB02 0。43×0。35

SB02 0。65× 0.52

SB02 0.25×0。25

SB02 0.85× 0.80

SB02 0.65× 0.63

SB02 1.25× 1.20

SB02 0。90×0。75

SB02 1.35×1.28

SB02 0.87×0。75

SB02 0.57×0。45

SB02 0。72× 0.65

SB02 P23

SB02 0.37

SB02 0。90× 0.85

SB02

SB02 P27

0.50×0。40

1.20× 1.08 有 南東コー

ナー

焼 ±0火床あり

SB03 0.25×0。25

SB03 0.32× 0.25

0.30×0。30

SB03 0.35× 0.27

SB04 5.65× 4.50 南 東 有

SB04 0.25× 0.23

SB04 0.20×0。20

SB04 0.30×0。28

SB04 0.30×0。28

SB04 0。15× 0.14

SB04 0.20×0。20 オーハ―ハンク゛している

SB04 0。26×0。20

SB04 0。27×0。20

SB04 0。25×0。18

SB04 1.25×0。95

SB04 SK02 1.10× 1.00

40表

 

針ノ木遺跡

 

平安時代住居址属性表 住居 の北壁側 に貯蔵穴 であろ うか

S K02の

土坑 が検 出 された。

遺物 は土師器皿・ 椀、 内黒椀、甕、羽釜、灰釉陶器片 口皿 が出土 している。遺物か ら11世紀 の住居址 と 思 われ る。

(2)土

(図167、 第41表) 1。

S K01(図

167)

‑162‑一

平安 の住居址 よ り

2m標

高 が高 いS B01よ り

50m南

西方向のI―N‑01区 に位置す る。形状 は若 干歪 な隅 丸長方形、底面長方形 を呈 す る。規模 は2.42×0。9深 さ55cmの浅 い断面箱型 の土坑 であ る。 確認 面 は表土 下 である。

覆土 は上 か ら下 まで黒褐色土が堆積 して いた。

S K01内

には土師器 の杯・ 黒色 の椀 が 出土 して い る。

図版171‑103の杯 と104の椀 は南東 コーナー底面並 んでやや傾 いて出土 してい る。 また105の椀底部破片 は 東壁 中央底面 か ら出土 し、106の椀 は北西覆土 中か ら出土 している。

遺物 の様相 や出土状況 か ら

S B01や S B02の

いずれかに属す る土坑墓 と思 われ る。

2。

S K02(図

167)

S K01の

12m南東方 向I一N‑12区に位置す る。耕作 によ り東側が撹乱 され、上 面 も削平 され て い る と 思 われ る。規模 は幅が0。92m、 深 さ30mで隅丸長方形 と推測 され る。覆土 はロームブロックを含 む黒色土 である。推測形態か ら

S K01と

類似 し、土坑墓 であ ると思 われ るが、遺物 の出土品 はない。

3。

S K03(図

167)

調査区の北側で、

S B01か

8m西

方 向のI― I‑02区に位置す る。規模 は0。74×0。58×0。

27mの

不 定形 な円形 に近 い土坑で、浅 い。 出土遺物 もな く時期不明、性格不明であるが、覆土 は上部 にロームブロック と焼土 ブロックを含有 してお り、下部 には黒色土 がみ られ、平安時代以降の土坑 と思 われ る。

4.S K04(図

167)

調査区北側

S K03の

西側 に並列す る。規模 は0。75× 0.68×0。33mの円形 の浅 い土坑であ る。覆土 は黒色 土である。 出土土器がな く、時期不明、性格不 明であるが、

S K03と

同様平安時代以 降 の土坑 と思 われ る。

遺構の種類 遺構番 号 規模(m) 深 さ(cm) 方 向 分 類 備 考

SK 2.42×0。9 N‑70° W 平安時代?

SK 不 明 ×0。

92 30

N‑38° 

E 1/2破壊されている 平安時代?

SK 0。

74×

0。

58

N‑61° W ピットか 平安時代

SK 0.75×0。

68

N‑0°

ピットか 平安時代41表

 

針 ノ木遺跡

 

土坑属性表

2  遺物

針 ノ木遺跡か ら出土 した土師器 はすべて ロクロ土師器 であ る。

1。

S B01(図

168・

169‑1ん

45)

S B01の

出土土器 は土 師器杯

(1〜

11・ 18)・(20・ 22・

23)、

内黒杯 (12)・ 椀 (13〜17)、 片 口鉢

(24)、

小型甕

(25)、

甕 (26〜

45)、

灰釉陶器椀 (19)が出土 している。

竃 内か らは、土師器杯類 (4・ 12・

18)、

椀類 (13・ 14・ 17・ 22・

23)、

片 口鉢24、 甕 (32〜34・ 36・ 39

41・ 43・

44)等

が出土 している。P10か らは杯

(7)甕

(38)が出土 している。 その他 の遺物 はほとん どが床面上 か ら出土 している。灰釉陶器 (19)溝内か ら出土 している。

杯 の法量 は口径11。2cm〜11。9cm前後、 日径13。4cmの ほぼ

2法

量 に分 け られ る。 内黒 の杯 は口径11.2cm、

土師器 の椀 は口径15cm前後、内黒椀 は口径1lcm前後 と14cm前後 の

2法

量 に分 かれ る。 杯底部 は回転糸 切 りである。

片 口鉢 は口径18。8cm、 器高8.6cmである。小型甕 は口径12。8cm、 器高11。

8cmで

あ る。 片 口鉢 も小型 甕 も回転糸切 り痕が残 る。

甕 はすべて ロクロ甕であ り、底部が砲弾形 を呈 し、平底 はな く、北信甕 の様相 を色濃 くしている。また、

‑163‑一

10章

 

針ノ木遺跡

北信濃 に特徴的な胴下半部 に見 られ るタタキには格子 目と平行 (図版169‑40〜

45)の

ものが あ る。 胴 下 部 のケズ リはない。 口縁部 は大 き く外反せず、若干直立気味である。頸部 でやや くびれ、胴部 は上半部 に 最大径があ り、寸詰 ま りの器形 である。

S B01の

出土遺物 か ら、甕 が胴部寸詰 ま りの口縁部 が直立す る様相 や、 内黒 の杯・ 椀 や土 師器 の杯・

椀 な ど平安時代 の特徴 (10世紀

)が

見 られ る。

2。

S B02(図

170・

171‑46〜81)

SB02の

土器 は土師器杯 (46〜48)・(63・ 64)・ 内黒杯 (49・ 50・ 53〜55)・ 内黒椀 (59・ 62)、 灰 釉陶器椀

(65)、

甕 (66〜

81)、

金属器 (82)で あ る。床下 ピッ トか ら出土 した ものは杯類 (47・ 49・ 51)

と椀類 (58・ 60・

61)で

あ る。灰釉陶器 (65)は P05か ら出土 し、 ほとん どが床面上 や竃 内か ら出土 して いる。

杯類 は口径が12〜13cm前後 (46〜48)と 14〜15cm前後 (52)の

2法

量 に分 類 され る。 内黒 杯 は

14cm

前後で1法量であ る。内黒椀 は14〜15cm前後 と16cm前後 の

2法

量 があると思 われ る。床下 ピッ トか ら出 土 した もの は杯身 や椀身 に僅かな丸 みが見 られ る。覆土 中や床面 出土 の杯・ 椀類 の杯身 と椀身 は外傾が丸 みをな くし逆台形 とな る。

甕類 は平底 と砲弾形 の丸底 の2種類認 め られた。72〜 76のよ うに糸切 り痕 を残す平底部 が出土 している が、小型甕底部 と思 われ る。77078・ 79は胴部 が北信系 の砲弾型 を した甕 で、 口縁部 は直立気味 とな り、

日径 よ り胴部径 の方 が同上半部 で上回 る。胴下半部 には格子 目の タタキ施 されてお り、81のように「横V」

字形 の タタキの破片 も出土 している。 これ は北陸 (佐

)系

の タタキ と類似す る (坂井  1993)。 80は 小 型甕 と思われ る。胴部が球形で、 口縁部が直立す る。胴下半部 はケズ リが見 られ る。

82は鉄製 品であ る。長 さ約4。8cm幅0。8cmで、小型 の刀子 の先端部であろ うか。 基部 は断面 が長 方形 で あ り、鞘 の中子であろ う。

3。

S B03(図

版171‑83〜88)

S B03の

土器 は、土師器皿 (83・

84)、

(85)、

(86)、

羽釜

(88)、

灰釉陶器

(87)で

あ る。 床面 とP01内か ら出土 してい る。83は口径8。2cm、 84は口径9.6cm底部4。lcm高 さ1.8cmで ある。83は84よ り器 厚が薄 く、 口唇部 内外縁 に煤が付着 してお り、灯明皿であ る。84の皿身 は、83よ り外傾せず、83と器形 を 異 にす る。

土師器杯 が出土 しない ことと、皿 の存在 と、羽釜 を持つ ことか ら11世紀 に相 当す る住居址 と思 われ る。

4.S B04(図

版171‑89〜102)

S B04は

土師器皿 (89〜

94)、

椀 (95〜

97)、

灰釉陶器

(98)、

土師器小型甕

(99)、

羽 釜 (100〜102) などほとん どの遺物が覆土 内か ら出土 している。

S B04は

ほとん どの遺物が覆土中である。97の椀 は

P0

1内出土 であ り、94の土師器皿 はP02内出土である。93の皿 には口縁部 内外 に煤が付着 して お り灯 明皿 と 思 われ る。

S B04の

皿 の口径 は8。5cmと8。2cmと

S B03ほ

ど法量 に変化がない。 椀 は95の よ うに椀身 が かな りの傾斜 を持 ち、 口縁部 の開いた盃型 を呈 し、高台 も外側 に開 く。

内黒 の椀97は他 の住居址 の椀 に比べ口径が小 さ く8。8cm、 椀身 の湾曲が少 な く外傾 している。 96は 高足 高台部分 と思 われ る。

99は小型甕で回縁部が短 く外反 している。100は羽釜 の口縁部 と思 われ る。

S B04は

土師器 の杯類 が皿類 に変 わ ること、皿類 や椀類 に小型 な ものが出現す ること、 椀 の器 形 が盃 型 に開 くこと、羽釜が出土 していること、98のよ うに輪花皿 が見 られ ることなど11世紀 の土器様相 を呈 し ていると思 われ る。

5。

S K01(図

版171‑103〜106)

‑164‑一

ドキュメント内 o r-eyy' =-f -{ v2 a =-Ev2 a -*Cvr' (ページ 176-184)