• 検索結果がありません。

認知心理学をIDに活かす

ドキュメント内 09IDWB (ページ 39-47)

---先生、認知心理学はすごいですね。その人がどのようなバグを持っているか を診断できれば、正しい考え方が教えられますね。

そうだね。でも、バグを個別に診断するだけでもけっこう大変だけどね。

---でも、あとは正しい考え方を教えるだけじゃないですか。

とはいっても、人間は自分がすでに持っている認知をなかなか捨てられないもの なんだよ。あなただって、人から言われたことのすべてを、すぐに受け入れられ るわけじゃないでしょ?

---まあ、そういえばそうですね。

私たちが持っている認知は、日々使われていて、それがうまくいっている限り は、固定化されていて、なかなか変わらない。

---うまくいっているかどうかを判断するのも認知ですよね。

そうだ。本当はうまくいってなくても、うまくいっているようにねじ曲げてとら えるのも認知の働きなんだね。

---誰でもうまくいっていないと認めるのはいやですもんね。

そこが認知を変えることの難しさだね。同時に、教えることの難しさでもある。

教えることというのは、基本的にはその人の認知を変えることなんだよ。

5.1 認知心理学から教えることへ

熟達化

私たちが、ピアノを弾けるようになったり、テニスがうまくできるようになったり、

一輪車に乗れるようになったりするためには、どれくらいの時間がかかるでしょう か。D. A. Normanは、こうしたことがらを学習するためには最低限で5000時間が必 要であることを観察しています1。5000時間は、毎日8時間、週5日を訓練に費やした として、2年半で達成できる時間です。「石の上にも三年」ということわざがありま すが、3年間という期間はあながち根拠のないものでもなさそうです。

さまざまな分野での熟達課程を研究しているK. A. Ericssonは「10年修行の法則」を 提唱しています。彼によれば国際的に活躍できるレベルの熟達を得るにはどんな分野 においても最低10年間は集中した日々の練習が欠かせないということです。

このようにあることがらに高いパフォーマンスを示すためには一定時間の訓練が必要 です。認知心理学者は、学習とはあることがらについて熟達する過程であると考えて

1 D.A.ノーマン『認知心理学入門』誠信書房, 1984

います。熟達化とは、多くの注意を払わなくてもあることが自動的にできたり、複数 のことがらを同時に処理できるような認知構造を作ることだと考えることもできま す。

間違える理由がある

人が何かをうまくできないのは、それを処理するためのプログラムや認知的スキーマ が獲得されていないということです。あるいは、間違ったプログラム(バグ)、ある いは間違った概念(誤概念)がすでに形成されてしまっている場合もあります。

ある人が何かをできないからといって「どうしてわからないの?」と問いかけること は、ほとんどの場合役に立ちません。プログラムがもともとなかったり、バグであっ たりすれば、できないのは当然だからです。ですから、教える人は、そうではなく、

どのように間違えているのかを細かく観察したり、あるいはテストを行ったりして、

バグや必要なプログラムを推測する必要があります。それこそが教える人の仕事だと いうことができます。

応用できない理由がある

適切なプログラムを持っているからといっていつでもそれを活用できるわけではあり ません。練習問題は解けても、応用問題が解けないことがあります。練習の時には サーブが入っても、試合になるとサーブが入らないことがあります。

次の問題を考えてみてください。

カードの一方にはアルファベットが、その裏には数字が書かれています。いま「母音 の裏には偶数が書かれている」という命題が正しいかどうかを確認したいと思いま す。次のカードのうち、少なくともどれを裏返してみることが必要でしょうか。

図5.1 Wason課題

この問題を考えた人の名前をとってWason課題と呼びます。この課題は大学生でも数 割の人しか正解を言うことができません。

それでは、次の問題を考えてみてください。A, B, C, Dの4人は何かを聞かれると、そ れぞれ図5.2のように答えます。この中から「20歳未満の人はアルコールを飲んではい けない」という法律に違反している人を探すには、少なくともどの人に聞いてみるこ

図5.2 Wason課題と同型の課題

今度はいかがだったでしょうか。簡単に正解が見つけられたと思います。

実はこの「アルコール課題」は前のWason課題と論理的構造がまったく同じものなの です。しかし、アルコール問題では解くのが易しく、Wason課題では難しくなってい ました1。これは同じプログラムが働いているとしても、その文脈によってプログラム が正しく使えたり、使えなかったりするということです。

特に、最初にあるプログラムを獲得した領域では、そのプログラムが正しく使えます が、別の領域や文脈が変わってしまうと、プログラムを利用することができないこと がしばしばあります。これを「領域固有性(domain-specificity)」と呼びます。逆に領 域を飛び越えて、別の場面でもプログラムを利用できることを「転移(transfer)」と呼 びます。アルコール課題が正解できたのに、Wason課題が解けなかったのは、アル コール課題で使うことのできた知識、つまりプログラムがWason課題には転移しな かったということになります。

領域固有性と転移

一般に領域固有の知識は強く長く保持されます。それはリアルな状況の中で少しずつ 累積されて獲得されたプログラムだからです。その一方で、領域固有ではなく、一般 的に使われることを目指した知識は、弱く短い期間しか保持されません。学校で教え られる知識の大部分は、一般的に使われることを目指したものですが、それは逆に弱 い知識にしかならないのです。さらにいえば、学校で教えられる知識は、学校の教室 内で通用する知識としての領域固有性を持っているといえます。そのために学校のテス トでは良い点数をとっても、毎日の生活における活動に応用できるかというと、必ず しもそうではなく転移しにくいものになっているケースがあります。

うまくできない理由がある

数学が好きな人の意見を聞いてみると、「筋道をきちんと立てればうまく解けるし、

正解が1つにばしっと決まるので気持ちよい」という意見があります。その一方で、

作文などは、正解が1つ決まるというものではありません。

作文の課題のように、問題全体の構造が複雑に絡み合っており、下位の問題を相互に 調整しながらでないと解決できないような問題を「不良構造化問題」と呼びます。

1 Wason課題の正解:Eと7のカード。アルコール課題の正解:16歳とビールを飲んだ人に聞く。

「数学は好きだけど、作文は苦手」という人は、こうした不良構造化問題が苦手なの です。不良構造化問題には、作文以外にも、旅行やイベントの計画と手配など、現実 場面では数多く現れます。

たとえば作文では次のような課題を同時並行的に考えなくてはなりません。

• 読者はどんな人か

• どれくらいの分量で書くか

• 全体の結論

• 今書いている段落の内容

• 今書いている文の内容

• 今書いている単語でいいかどうか

• 漢字にするかひらがなにするか

人間の短期記憶(作業記憶)の容量には限界がありますので、こうした不良構造化問 題を解決していくのが難しいというわけです。

メタ認知

私たちは、自分が今何を考えているのかについてモニターすることができます。たと えば、テレビドラマを見てそのストーリーを理解しているときに、明日プレゼンテー ションをしなくてはならないことを思い出し、テレビを消してその準備に取りかかる ことができます。このように、自分の心的過程をモニターし、それをコントロールす る能力があります。これを「メタ認知」と呼びます。メタ認知とは「認知についての 認知」という意味です。

学習する上で重要なメタ認知の機能には次のようなものがあります。

• 自分の行動の結果を予測する能力

• 自分の行動の結果を評価する能力

• 自分の活動の進み具合をモニターする能力

• 自分の活動は現実に対して合理的かを確かめる能力

成績の悪い生徒は、自分が教材を理解していないことや、何がわかって何がわかって いないことなのかがわかっていないケースがあります。自分の理解に問題があるとい うことに気づいていなければ、それを克服することも不可能です。このようにメタ認 知的な能力は学習を進める上で非常に重要な能力といえます。

5.2 認知心理学のIDへの応用

アンカード・インストラクション

獲得された知識に領域固有性があり、それを別の場面に転移させることが難しいとい うことがわかっています。それを克服するためには、提示された知識を「自分にとっ

ドキュメント内 09IDWB (ページ 39-47)