---先生、ラーメン職人はどうですか?
どうですかって、いきなり何?
---ある人がラーメンの店を開きたいと思って、ラーメン職人に弟子入りすると します。そうすると、その学習過程は、必ずしも行動分析学や認知心理学で は、説明がつかないと思うんですよ。
ふむ。なぜ?
---だって、実際にはラーメンの作り方をスモールステップで教えられるわけ じゃないでしょ。皿洗いをしながら、職人のワザみたいなものを盗んでいくプ ロセスだと思うんですよ。
その根底では、シェイピングの原理や認知的なプログラムの獲得があると思うけ どね。
---確かにそれはあるかもしれないけど、それはあまり重要ではなくて、なんか
「こんなことをしながら、オレはラーメン職人になりつつあるんだ!」ってい う感覚が重要だと思うんですよ。
ほほう、ラーメン職人のアイデンティティ獲得だな。
---なんですか、アイデンティティというのは?
「自分はこれなんだ!」という感覚のことさ。
---そうです。親方から叱られたりしながら、その感覚を徐々につかんでいくっ てことが、学習を促進させると思うんです。
なるほど。学習者を取り巻く環境の働きに注目したのが、状況的学習論だ。
---3番目の心理学ですね。
6.1 状況的学習論とは何か
認知心理学の限界
認知心理学者が考えるように、確かに人は頭の中に表象を持ち、記憶の中のスキーマ やプログラムを用いて、計画を立てたり、問題解決をしたり、判断をしたりしていま す。しかし、実際にはそうした活動は頭の中だけで閉じているわけではありません。
外界からさまざまな情報を引き出したり、他の人の話を聞いたり、相談したりして、
問題解決に役立てています。また、頭の中では多様な解決策が考えられても、実際に は、現実的な条件や制約があるので、すべての可能性を試すことなく、解決策は少数 の中から選べば良い場合がほとんどです。たとえば、今日の昼食に何を食べるかを考 えたときに、私たちはありとあらゆるメニューを思い浮かべているわけではなく、現
在いる場所、手持ちのお金、一人か複数人かというような環境の制約によって、割と 簡単に決めることができるのです。
まとめると、人が外界から情報を取り込み、認知的プロセスを経て、行動するという ことについては疑いがないけれども、すべてを認知的プロセスが決定しているわけで はなく、むしろ人を取り巻く環境が認知的プロセスを制約し、そのために人の認知活 動はそれほどの負荷がかかることなくうまく働いているということです。
アフォーダンス
J. J. Gibsonは、人間の認知の情報処理的な考え方に対して、独自の理論を展開しまし た。そのひとつが、アフォーダンス(affordance)です。アフォーダンスとは、環境 が生物に提供するものということです。
たとえば、座る面が水平で横長のベンチは、人に「座ること」をアフォードしている と考えます。このベンチは座ることもできますが、横になり寝そべることもできます。
つまり「寝そべること」もアフォードしています。しかし、座る面を水平ではなく、
傾いたものにしたベンチはどうでしょうか。相変わらず、座ることはできますが、寝 そべろうとするとずり落ちてしまうので具合が悪くなります。つまり、傾いたベンチ は「寝そべること」をアフォードしません。
こうした判断は、人がいちいち計算しているわけではなく、環境にそもそも備わって いるものであって、人はそれを直接受け取るのだとギブソンは考えました。
アフォーダンスの考え方は、知覚・認知の領域だけではなく、他領域に影響を及ぼし ました。特に、ヒューマンインタフェースや道具のデザインの領域では、ユーザを目的 の行為にアフォードするようなデザインをするべきだという主張があります1。
教育におけるアフォーダンス的な見方は、マインド重視・環境軽視の振り子を戻しま した。アフォーダンス的見方では、環境は処理を制約・決定する要因として扱われま す。知識や能力のようなものは内的な情報と考えられ、環境の中にあって処理を制約 するアフォーダンスは外的な情報としてとらえられます。この2つのインタラクショ ンが人の反応や行動を決めていると考えることができます。
状況的学習論
行動分析学が、行動とそれによる環境の変化の随伴性がその次の行動を制御するとい うモデルを取ったのに対して、認知心理学は、頭の中の認知プロセスに焦点を合わせ ました。そして、再度振り子は揺り戻されて、内的な認知プロセスと外的な環境から の情報の双方が学習に関与しているという立場が主流になりました。
そう考えると人はいつでも環境から何かを学んでいるわけです。その環境というの は、学校や教室や教科書や教員というような教えることを目的とした環境だけではな く、日常的な生活、地域の人付き合い、趣味のサークル、職場での仕事というような
あらゆる環境の中から何かを学んでいるわけです。そこから学んでいるものは、正し い知識やスキルというような学校的なものではなく、暗黙的な知識やコツ、あるい は、ある場所でどうすれば適応的にふるまえるかというような、広い意味での学習で す。このような学習を状況的学習(situated learning)と呼びます。
このように「学習」という言葉を、さまざまな場での状況から何かを学んでいくこと のように拡張することで、社会的な営みとして捉え直したのが状況的学習論です。
6.2 正統的周辺参加
コミュニティへの参加の過程
J. LaveとE. Wengerは『状況に埋め込まれた学習』という本の中で、文化人類学的な 研究を取り上げ、「学習とは実践コミュニティ(community of practice)への参加の 過程である」という考え方を示しました。具体的には、仕立屋や海軍の操舵手、肉加 工職人などの徒弟制度を分析しました。
徒弟制度では、図6.1に示すように、徒弟コミュニティの外の人が、コミュニティに新 人(新入り)として入門し、修行を経て、中堅、ベテラン、そして最終的にはコミュ ニティのマスターになるという道のりがあります。こうした実践コミュニティへの参加 の仕方を正統的周辺参加(Legitimate Peripheral Participation:LPP)と呼びました。
正統的周辺参加では、初めから重要な作業をさせてもらえるわけではなく、掃除など の下働きをしながら徐々に仕事を覚えていきます。また、明示的にベテランが新人を 教育するということはなく、現場での日常の活動の中で新人が自発的にさまざまな知 識やスキルを盗み取っていくという過程になります。レイヴとウェンガーはこのような 参加の過程こそが学習なのだと主張したのです。そして、参加の結果として、コミュニ ティの中での自分のポジション、いいかえればアイデンティティが獲得されるとしまし た。
図6.1 参加の過程
行動分析学や認知心理学が、学習の過程を知識やスキルを何らかの方法で「獲得す る」ととらえたのに対して、正統的周辺参加の考え方では、学習をあるコミュニティ に「参加する」ことだととらえたわけです。コミュニティに参加することによって、
自分の技能と知識が変化し、まわりと自分との関係が変化し、自分自身の自己理解が 変化していきます。それらすべてを含めて学習ととらえました。
実践コミュニティ
『状況に埋め込まれた学習』では、主に徒弟制を実践コミュニティの例として取り上 げていますが、社会の中には他にもたくさんの実践コミュニティがあります。たとえ ば、断酒グループ、サークル、大学の研究室、宗教的なカルトなどです。
コミュニティの原型は住む土地で結びつけられた地域社会ですが、現代では、伝統的 な近所づきあいが薄れてきています。その代わりに、さまざまなテーマで結びつけら れた実践コミュニティがあります。
実践コミュニティが成立する条件は次の3つです。
第一に「領域」です。これはコミュニティメンバーの共通基盤となるテーマです。第二 に、「メンバーの交流」です。コミュニティでは、お互いの尊重と信頼による相互交 流の活動が行われています。第三に、「実践」です。実践は、そのコミュニティが生み だし、共有し、維持する特定の知識が蓄積されたものです。伝統もこれに含まれま す。
表6.1に、実践コミュニティとその他の機構との比較を示しました1。 表6.1 実践コミュニティとその他の機構との比較
コミュニ
ティ 目的 メンバー 境界 結びつき 継続期間
実践コミュ ニティ
知識の創 造、拡大、
交換、およ び個人の能 力開発
専門知識や テーマへの 情熱により 自発的に参 加する人々
曖昧 情熱、コ
ミットメン ト、集団や専 門知識への 帰属意識
有機的に進 化して終わる
(テーマに 有用性があ り、メンバー が共同学習 に価値と関 心を覚える 限り存続す る)