• 検索結果がありません。

金融資 本 として の シュ ナ イダー・ グ ループの 発展

1 . パ リ合 同 銀 行 との 結 合

シ ュ ナイ ダ ー は フ ラ ン ス 第一 流 の 重 丁業 企 菜と し て そ の に裳活 助 を 発艇 させ た が, 前 述 し た よ う に創y 当 初か ら 令 融 資 本家 的 性 格 を 持=つ てい た ( セ イエー ル銀 行 との 関係 )

,1854 年以

後 シュ ナ イ ダー は フ ラ ン ス銀 行 の 川 巾 と なり, す で に 金 融 方 面に も大 き な勢力 を有 し てい たト フ ラ ン ス銀 行 は184( 年以 来地 方 発 券 銀

行の 設立 が 禁 止 さ れ, 二月UK' 命が さら に 各地

万発 券銀 行 を フ ラ ン ス銀行 に 合 併 させ て か ら, 発 券 独占 権 を持 っ て い た

か く て"1 銀 行 は割 引, 勣 呻 岱し

田家お よび川 庫に対 す る援 助 等 に 当 た り,全 フ ラ ン ス経済 に 支 配的 影 響 力 を 有 して いた。

二のこ ろ から フ ラ ン スに お い て は か の 有 名 なペ レ ー ル兄 弟の クレ デ ィ・ モ ビ リ エ(Societe【沁iH'ra にu Credit Mobil  Iff.  1852 年 創 立) を は じめ と して , 事 業銀 行が椙次 い で 設,y され たし す な わ ち

1858年 商 丁 業 信 用 ・般 銀 行(Societ φG φnerale du Credit Industrie! etConimerci 川

1863年  クレデ ィ・リ ョ ネ

1864年  ソ シエ テ・ ジェ ネラ ル (Soeiete    Genかrale pour le developpe‑nuTit  du C (

。)mmerce et du Credit en France)

1872 年  パリ ・ オラ ン ダ銀 行([Manque de Paris et des Pays‑Bas) それ ま で 産業 ,こ と に 鉄道 に対 する 金 融 は,ロ スチ ャ イルド や マレ ー, オ ダ ンケ等の よう な オー ト・ バ ン クと呼 ば れ る 私 人人 金融 業 者 に よって 行 わ れ てい た

し か し彼 ら は国内 産業 より も国 債や 外国 の 人 企業 の 社債 にいっ そ う魅 力 を感レ こ い て,  急 速 に発 艇しつ つあ る国 内 産業 の資 本の 要求 を 満 足 さ せ る こ と がで きな くな っ た

こ の時 代的 要 求に 応じて 出 現 した のが こ れ らの 事業 銀 行で あるI\ そ の中で も 最 人J の も のは パ リ・ オ ラン ダ 銀 行 であ っ た。 こ の銀 行 は1872

年 に ア ム ス テ ル ダ ム ( オ ラ ン ダ) の 信 川 預 金 銀 行 (Credict‑en‑deposito‑Bank

) とパ リのパ リ 銀 行 (lianqiie dc ['ai ・is)の合 併 に よって 成 立 し た もの で ある

いさ ら に188 頑

モ に は パ リ 介 同 銀 行(Hanque de ri'iiion Purisienne)が 設 立 された が, こ の 銀 行 は187 が目 こで き た バン ク・ パ リ ジェ ン ヌ(Banque Pai 十sicnnc)

を 中心 とし て, プロ テ ス タン ト の オー ト ・ バ ン クが 合同 し て 創 設 し か ものである

シュナ イ ダーは ミラ ボー銀 行, マ レ ー銀 行等 と と もに こ の 銀 行 の 釧 柚 モ と なっ た犬 引 行 に は ベ ル ギー の 代 八的 人 銀 行で あ る ソ シエ テ・ ジェ ネ ラル ド ベ ル ジー ク(Soci φte  (沁neralo d 丿 柚lgique )''

も参 加 し て いる

パリ 合㈲銀 行 は フ ラ ン ス鉄 鋼 業 の背 景 を なす 主 な大 金融 資 本 で あ る が, シュ

ナ イダ丿 よこ の 荒 行 と深 く結 介 して , と くに ロ レー ヌ地 方 の 主 要 鉄 鋼 企業 と関

係して い る。同 銀 行 は欽 鋼 業 に お い て は ド・ ヴ ァンデ ル叫 ル ー ヴロ ワ =モ ン

186

バ ール =オ ールノ ワ(l.ouvroi トMonlbarc‑Auliio 、・f). お よ び こ と に ド・不 ル ヴ ォ(de Nervo,  )enainAnzin と 密 接 に 関 係て い る  鉄 鋼 巣 の ほ か に も同銀 行 は 運 輸 ,石 油,上札 鉱山 ,銀 行,保 険 業 等 に 広 く 勢ノ}を打し,ま た植民 地,

ことにア ル ジ ェ リ ア お よ び チ ュ ニ ジ ア に も 強 ノJに 進 出 し て い る・.I9r.7 年 現 化 パ リ 今 同銀 行お よ び そ れ に 参 与して い る 銀行の 支配 人 お よ び 代 八者達 は,重 役 の ポ ス ト を■‑100も 持 っ て お り,そ の 中剥が 杜 長,20 が 剛 杜 長 の 地 位あ が

し か し す で に 言及し たよう に,フ ラ ン ス の廿業 銀行の 性 格 は ド イ ツ の 銀 行 と 著 しく 異なること に 汀 意 し な け れ ば な ら な い,ト`イ ツ の 事業 銀 行 は 国内豪 業責 本 と 密 接に結びつい てそれ を 支配し,そ の 経 営 に 深 くmi‑ し,い わ ば 元 川 体 と なって その発 展に努 力を集申 し た. 例 え ば シ ヤ フ ハ ウ ゼ ン 銀 行 は ホエ ニ ック ス , ホ エ ル ダア,ホ エ ッシュ,ボ ッ フ ム 等 を 創 ヽンl以来支 配て い た が,ロ レ‥

ヌ 鉄 鋼 業 が 勃 興 す るに及 んでシヤフ ハ ウ ゼ ン 銀 行 は ロート リ ン グ ン 製 鉄 所 と も 結 合 し たさら に1902 年 には 同銀 行 は ス ペター 家 出 ン バッハ 製 鉄 所,モー ゼ ル 製 鉄所, ロージ ングン ,リ ュ ーメリ ン グ ン,デデ リ ン グ ン 等 を 支 配)の 中 部 ラ イ ン 銀 行 と結合し て,ロレーヌ 地 方に さ ら に 勢力を 拡人す る と と も に,

他 方 こ の 中 部 ラ イ ン 銀 行の 監査 役である フ ー ゴー・ス チ ン 礼 ス を 通 し こ ルり レ 炭 田 に も 勢 力 を 加えた,こ うし て シ ャ フ ハ ウ ゼ ン銀 行は割引 銀行 ,ド イ ツ 銀 行,

ド レ ス デ ン 銀 行 と と もにド イ ツ 収工 業 に収 喫な支 配を行た のであ る が,こ の 銀 行 の 支 配 は 深く経 営 の 合 理 化にも ぐち入っ て い る こ と が 汀目さ れ ね ば な ら な しいり

フ ラ ン ス の 事 業 銀 行にはこの よ う な 強 力 な 経 営 支 配に没 頭 する も の を昆る こ と は で き な いパ リオ ラ ン ダ 銀 行に し ても , パ リ 介 回 報 行に し て乱 そ の 金 融 活 動 は フ ラ ン ス 国 債 , フ ラ ン ス 植 民 地 公 債 , パ リその 他の人 祁 巾 の 巾 債 の兌 行 , 外 国 公 債 の 発 行 , な ら び に 内 外 に お け る 旅 行 の 設 ぐ., 商i:業 等の卜i 会 叶 の 設 立等, 広 範 囲 に 分 散 さ れ て お り , ド イ ツ の 銀 行 ほど国 内 片 巣(収 レ 業 ・ 化 学 工 業 等)に 対 す る 経 営 支 配 に ぐ ち 入っ ておらず , 比 較 的 緩 や か な 資 本的 がd に と ど まって い る,La France d les Trusts (Ecomimi, いel /^o/i/i(/!(c   淀195‑1 年f) 〜6

月 特 集 号)の 資 料 に よって フ ラ ン ス 諸 銀 行・の 活 動 に 関 す る 方 針をと・察 してみ

て も, そ の よ う な 産 業i: 配 の あ り 方 が 明 ら か で あ る,シ ュ ナ イ ダ ー・グ ル ー プ の 構 成 に も , こ の フ ラ ン ス 的 性 格 は 現 わ れ て い る,し か し そ の 七 で シ ュ ナ イ ダ ー は 鉄 鋼 業・機 械 レ 架 を 中 心 と し た 重 工 業 企 業 に 主 力 を 注 い で い る 点 に 特 徴 を 有 し て い るIト

2. ユ ニ オン ・ ユ ーロ ペ エ ン ヌ ・ ア ン デ ュ スト リ エ ル ・ 工 ・ フ ィ ナ ン シ エ ー ル の設 立 お よ び 支 配

シ■;. ナ イ ター は バ リ 介 同 銀 行 の ほ か に バ ン ク・ デ・ ペ イ・ デュ

ノー ル 出aiK即' des Pays (111 Nord

ド・

お よ び クレ デ ィ・ リ ヨ 水に も参 与 し て い る が,

とくに ツ ユナ イダー

−の 公融 資

私的 活 動 は そ の了一 会 社 と しての ユニ オン

・ユ ー ロ

ペエ ン ヌ・ ア ンデ ュ スト リ エ ル・エ

フ 了十 ン シ エ ー ル リ

ニnion EuropeenneIndustriclle ot 

勺anfiere, 欧州 産 業 金 融 今同 銀 行)の設 立に よっ てい っそ う 強

力に似 進され る よ う に なっ た

,こ

の銀 行は シュ ナ イ ダー 自身の 事業 銀 行と して1920 年に創 設 さ れ た

人 コ ン ツェ ル ンが そ の体 系中 に大銀 行 を巻 きこ ん だ り,

あ るい は自 己 に 隷属 す る銀行 を設立 して こ れを 駆使す る に 至 るこ とは

,と く に

シュナイ ダーの み に 兄ら れ る もの では ない。 玉 業的・ 資 本 的 集中 運動 が高 度 に 進展し てく る と, 産 業 コ ン ツ

ェル

ン の銀 行資 本か ら の 解 放, さら にす す んで は 逆に呻 業家 に よ る銀 行 丈配の現 象が 各国 に 広く 現 わ れるよ う になっ た の である

ことに 第l 次 人祓 後 の 旺 盛な 産業 集中 運動 にお いて世堺 的 に そ の傾向 が 著 しく なった のである かに ≒ シ ュ ナ イダ

ー・

グル ープ に と っ て も第! 次 大 戦後 は特 に 公融資 本的 発 展の点 で注

目さ れる

べき ー つ の飛 躍 期 をなし てい た。

こ の 新 設 の

公融 機 関 を通 じ て シ ュナ イダ ーは 中 欧, こ とに ポ ー ラ ン ドの フ ダ バン コヴ ア鉄 鋼(

ドOl

・ μcs

 etΛ山i'ies dii Hula Bankowa ), チェ コ スロ バ キ アの スJ ダ(Sk(

 da)    1・し器に

場 , ハン ガリ ーの バン ク・ ジェ ネ ラル・ ド・ クレ デ ィ(Uai 叩le 

(沁neralo

 cie Credit 卜 等 の有力 な 耽\ に 業 お よ び 金 融 会社 に 人 き な

資本的支配 権を つく りI‑.げ た。 第1 次 人戦 後の こ の 中 欧 進 出 は 国 際 コ ン ツェ ル

ンの形成 史I‑, ひ じ ょ う に 重要な 意義 を持っ てい た ので あ る が, ミュンヘ ン 会

談と1941 乍と の問に  シ ュナ

イダ

ーは

人し た損失 な しに こ れら

の外 国 企業 支 配

188

権 を 売 却 し て し まった卜<ユ

第2 次 大 戦 中 に は1叫3 年 に バ ン ク ・ド ・ ペ イ・ デュ・ ノールを吸 収 し た,ユ ニ オ ン・ ユ ー ロ ペ エ ン ヌ は , バ リ ・ オラ ン ダ銀 行 , イン ド シ ナ 銀 行(li;in(]U('de

川ndochine), パ リ 今 同 銀 行に 次 ぐ 右 ノjな 巾 裳銀 行となった 1953 年 現 化の 同 行 の 規 模 は次 の 通 りで あ るIf.……

資 本 金   lo 億T.ioo 万 フ ラ ン 準 備 金   45 億200 万 フ ラ ン 利 益 金   2 億9.000 万 フ ラ ン 預 金額  172 億 フ ラン 持  株   60ft9.500 万 フ ラ ン

同 行 は 冶 金 部 門 の 他 に も運 輸 , 製 紙, 皮 軋 薬 品 , 石油,  保 険 , 銀 行 冷 ほと んど あ ら ゆる 種 類 の 企 業 を 傘 ドに 収 め て い る,外国 に お い て も 人 事業 に 進出し て い る。欧 外│重 工 業 の 支 配 に つ い て は 後 述 す る が, 海外 で は ラテ ン・ ア メリ カ,

アフ リ カ , カ ナ ダに まで 手 を の ば し て 雄 人 な国 際 的 支配Jj をつ く りI‑.げている 海外 に お け る 主 な 関 係 企 業 は 次 の とお りで あ る

山  ア ルゼ ンチ ン  ロ ザ リ オ(Kosar ㈲ 港

(2,1 メ キ シ ニjlilj

ムtriズ(111

 Mexifiiie)

・h   (Sle pour la Devcloppc ゛nt

(3) カ   ナ   ダ

(4)  ア  フ  リ  カ

同 盟 開 発 会 社 (・Co I雨deration  )v\・v\叩iiicnt Corporation

金 融 会 社 丿

西 カ ナ ダ 石 油(Wesl  Caiiaciian I'etrc loum. 行 油 探 鉱 ) 西 カ ナ ダ 炭 坑(West Canadian Collieries)    京 モ ロ ッ コ 信銀 行 (Cre(it Mart  caiii)

フ ラ ン ス 領 コ ン ゴ 鉱(Miiiierc (III C(  I叩 )flT川rriis) フ ラ ン スガ ボ ン 会 社(Cie francaisc ヽ(u  (;aboii)  ‑V' そ のも 次 の よ う な 銀行 ・保 険 会 社 の 辿 鎖 網を持9 ている。

山  植 民地 不動 産 信旅 行(Credit ドo iicicr c()l( iiial ct (I丿 柚iKいu')(2) 産 業産 銀 行SOV ΛC     (Credit M( 山ilier in小islriel SOV ΛC)

レ タ リ

(3) シ ャ リ ュ 銀 行(Banqiic Chains 八 そ の 他 の 支 配

こ の ユ ニ オ ン・ユ ー ロ ペ エ ン ヌ に お い て 圧 倒 的 支 配 権を持 っ て いるのは も ち ろ ん シ ュ ナ イ ダ ーグ ル ー プ である が,同 時 に パ リ 介 同 銀行 , ハン ブ ロ

(Hanibro 戸j・ , ロ ス チ ャ イ ル ド に も 重 要 な 参 与 を 行 つてい る っこ うして ユ ニ オ ン・ユ ー ロ ペ エ ン ヌ に お け る 結 び つ き を 通 じ て,シ ュ ナ イ ダ ーは これ ら の 国際 的 大 投 資 問 と も 密 接 な 関 係 を 持 っ て い る わ け で あ る .

3. シ ュナ イ ダー・ エ ・ コ ンパニ ー(持 株 的 親 会 社)の 創 設

シ ュ ナイ ダー−コ ンパ ニ ー(Schneider et Cie) は自身 で,ま た ユ ニ オ ン・ユ ーロペ エ ンヌを通じ て, 持 株 , 株 式 持合 い重 役 交 換等に よって数 の 会社を支 配し, ㈲祭的 な 一大コン ツェ ル ン を 形成し た,ことに そ の 株 式 参 与 は 内 外 外 方[川こわた り沁 目 すべ き 広 が り を持っ て い る。,「参 与」 の方 法 に よ る と 比 軟 的 簡 吟 こ, かつ多 数の企 業を支:配 ドに お くこと が できる。そして そ の 支 配 網 は 肖 接 接 触 する/ 二会 社に と どまらな いで子 を 通して 孫に  ま た 曽 孫 に と い う ように ミ曜にも 四 巾にもピ ラミッド 的 に 発 展 するよう にな る,。ま た 他 の 企 業 と の共 ㈲参与によっ てもさ ら に広 くそ の連 関 網 を 拡 大 することが で き る。こ の よ うに レC シ ュナ イ ダーは 厖 人 なコンツ ェル ン網 を作り上 げ た が第2 次 大 戦 後 にな ると こ の厖 人 な 支 配 網を有 効 に 統 括 し運営するた めに持株的 親 会 社 が そ の中'L‑に役l'/.さ れた

いす な わち シj.・Lナ イ ター・エコ ン パ ニーは1949 年 に その 。場 竹俗をル・ク ルーソー製 鉄(I'or

只es d Ateliers du Creusot) に 譲 渡して 純 粋 の持 抹会 社となっ たのであ る1几

卜5 が 刎こお け る シj・I.ナ イ ターコン パニー の 資 本 金 は26 億1,000 万 フ ラ ン‥i肘 晶ンミ金ioi 億2 、200万フ ラン,利 益 金4 億500 万 フラン で あった。シュナ

イ ダー,グ ルー プは こ のシ

こLナ イ ター・エコ ン パニ ーお よ び ユニオ ン・ユ ー ロ ペふン ヌ を双 頭の 支配 片と し て 総 介 的 に 管 理 さ れ て い る も の と み る こ と が で き る。