グレートブリテン及び北アイルランド連合王国（英国）は、立憲君主制、議院内閣制を とり、イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドの４つの地域からな る連合王国である。国土面積は、24.3万km2、海岸線12,429km、人口6,443万人12の海に囲 まれた国家で、1973年にEEC（欧州経済共同体）、1992年にEU（欧州連合）の加盟国とな り、英国人口はEU人口の約13%3を占めている。
2016年6月に実施された欧州連合離脱是非を問う国民投票においては、EU離脱を求める 票が上回り、近年の主要な関心事項の一つとなっている。また、2014 年に実施されたスコ ットランドの英国からの独立を問う住民投票においては、僅差で否決されたものの、北海 油田の利権、雇用格差などが争点となり、依然として独立に向けた関心は高く、英国は、
外政・内政の面で様々な課題を抱えている。
１．海洋基本法令
(1)
統治構造英国には、2017年3月現在、25の大 臣省（Ministerial Departments）、21の 政 府 外 公 共 機 関 （Non ministerial
departments）、335 の執行機関・その
他公共機関（Agencies and other public bodies ） 、10 の 公 企 業 （ Public Corporations）等が存在45する。
英国の中央政府の行政組織構成を定 める法律は存在せず、1975年の国王大 臣法（Ministers of Crown Act）に基づき、
首相は、その時々の重要課題に応じ、
内閣を構成する各担当大臣が担うこと となる責任範囲、省の名称・設置等に ついて決定する仕組み6となっている。
1 U.S.Central Intelligence Agency, The Factbook 2016
2 英国政府統計局によると、2014年時点の各地域の人口は、イングランド：54.3、スコットランド：5.3、
ウェールズ：3.1、北アイルランド：1.8（百万人）
3 http://ec.europa.eu/eurostat/statistics-explained/index.php/Population_and_population_change_statistics
4 https://www.gov.uk/government/organisations
5 大臣省は日本の「省」に相当する。政府外公共機関は、国の行政過程に一定の役割を担う機関であるが、
大臣から距離を置き運営される機関で、公務員ではない職員を独自に採用する。
6 首相の決定は、議会に諮られ、上下院のいずれかで否決されない限り、首相の決定が有効となる。
図１：英国および国内各地域の位置図 (外務省 HP 掲載の図に著者加筆)
政府機関の統合型ポータルサイト「GOV.UK」が 2013年に本格運用されるまで、英国で は、各省と膨大な数の下部機関の紐付けや省庁間の関係が不明瞭な状態となっていた。こ のポータルサイトが公開されたことで、行政関係者や一般国民が行政機関の役割分担や、
活動を初めて横断的に見ることができるようになった。
1990 年代に進められた権限委譲（Devolution）政策により、英国では、1998 年にはスコ ットランド、ウェールズ、北アイルランドの３地域で、それぞれ地方政府・議会が創設さ れ、英国議会から委譲された範囲で立法等を行うことができることとなった。しかしこれ らの３地域は、中央政府との間でそれぞれ異なる経緯や関係性を有していることから、権 限委譲の内容もそれぞれ差異がある。このことから、英国の海洋政策を概観する上では、
一国多制度の複雑な統治構造となっている現状に留意する必要がある。各地方政府（議会）
の権限を比較し、一覧にとりまとめると表１のとおりである。
(2)
海洋基本法令英国は、1960 年に領海条約、公海条約、漁業および公海の生物資源の保存に関する条約 を批准、1964年に大陸棚条約を批准した。国内法としては、1976年に漁業水域法7を制定し、
領海基線から200海里までを漁業水域として設定した。また、1987年には領海法を制定し、
12海里までを領海と定めた。その後、英国は1997年に国連海洋法条約へ加入した。
英国の大臣省の一つである環境食糧農村地域省（DEFRA8）は、2002年に、政府としての 総合海洋政策の作成に向けた理念と戦略9を示し、海洋法案（A Marine Bill White Paper10）を 2007年に公表した。その後、2009年にはEEZ等を含む英国の連合王国水域の範囲と権限及 び、海洋計画の策定や海洋保護区の設定などについて定めた、「海洋及び沿岸アクセス法
7 Fishery Limits Act 1976
8 Department for Environment Food and Rural Affairs
9 Safeguarding Our Seas
10 https://www.gov.uk/government/uploads/system/uploads/attachment_data/file/228719/7047.pdf 表１：英国政府から各地方への権限委譲の概況一覧
イングランド スコットランド ウェールズ 北アイルランド
課税権
の有無 × △
所得税率一部決定権等 × ×
※表は、関連法令および、自治体国際化協会「英国の地方自治（概要版）-2014年改訂版-」等をもとに著者が作成 一次立法権
の有無 ×
○
英国議会に保留された事項以 外の事項について認められる。
△
統治主体の入れ替わりにより変 化する。
△
20分野に限り認められる。
2011～
スコットランド法 1998、2012年
北アイルランド法 1998年
×
△
情勢により、国の直轄統治と自 治政府統治が入れ替わる。
権限委譲の根拠 ― ウェールズ政府法
1998、2006年
地方政府（議会）の 有無
○
・自治議会1999～
・自治政府2007～
○
・自治政府1999～
（MCAA11）」を制定した。また、この法律に基づき、関係する省庁からの委任を受けて漁 業管理、海洋の科学的調査、許認可や海洋計画の策定など、海洋政策に統括的に対応する ための組織として、海洋管理機関（MMO12）を 2010 年に設立した。この海洋管理機関は、
DEFRAに連なる政府外公共機関の一つに位置づけられている。
２．海洋基本政策
英国は、2011 年に、海域の持続可能な開発・利用・保全を達成する上で、部門別の管理 を統合するための体制を構築していくために、英国政府とスコットランド、ウェールズ、
北アイルランドの各地域が共同で策定した海洋政策声明（Marine Policy Statement）13を発表 した。
図２：英国の海洋計画海域の全体図14
11 Marine and Coastal Access Act 2009
12 Marine Management Organization
13 https://www.gov.uk/government/publications/uk-marine-policy-statement
14 A sea Change: A Marine Bill White Paper, p.26 (DEFRA,2007)
この海洋政策声明は、海洋及び沿岸アクセス法（44 条）を根拠として、英国政府（イン グランド地域）および、各地域の政府・議会が、それぞれ海洋計画を策定すること、また、
海洋環境に影響を及ぼす決定を行う上での枠組を記している。
その主な内容としては、①持続可能な経済発展の促進、②気候変動や海洋酸性化への対 応・低炭素経済社会への向けた取組み、③海洋生態系・遺産・海洋環境の保護保全、④地 域の社会・経済における持続可能な海洋資源の利用などの項目を目的として掲げている。
その上で、計画を進めるにあたっては、分野横断的に陸域海域の活動を統合して取り組む ことが重要であることなどが記されている。
イングランドおよび、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドの各地域の計画策 定を行う海域の範囲および、計画策定状況は次のとおりである。
①英国（イングランド地域）
英国政府は、海洋及び沿岸アクセス法に基づき、海洋管理機関が中心となり、イングラ ンド地域内の11海域における海洋計画を2021年まで策定15を完了させるため、2011年に計 画策定作業に着手した。現在は、先行して着手した 2 つの海域で、既に計画策定が完了し ており、その他の海域についても、2016 年より実態調査や地域ワークショップなどが開催 されるなど、策定作業が本格化している。
15 https://www.gov.uk/government/collections/marine-planning-in-england
図３：イングランド地域の海洋計画海域
②スコットランド
スコットランド政府は、2010 年に、スコットランドの海域における諸活動の調整、海洋 環境の保護・保全、海洋計画の策定、許認可、規制・監視など、北海油田を含む広大な海 域の総合的な管理を実施するためのスコットランド海洋法（Marine Act）を制定した。
スコットランド政府は、管轄 する 200 海里までの海域に関 して、イングランドとの海域境 界において計画の不連続が生 じることを防ぐため、英国政府 との担当大臣会合16を開催し、
確認事項をとりまとめ、共同海 洋 計 画 声 明 （Joint Marine Planning Statement）17として公 開し、計画策定作業に着手した。
海洋計画策定は、海洋及び沿 岸アクセス法に基づいて実施 され、2021 年 3 月までに海洋
16 http://www.gov.scot/Topics/marine/seamanagement/international/crossborder
17 http://www.gov.scot/Topics/marine/seamanagement/international/jointmps
図４:スコットランド地域の海洋計画海域 表２：イングランド海洋計画の各海域での計画策定状況一覧 （2017.3時点）
①策定作業着手 ②ドラフト公開・意見聴取 ③策定完了
1 inshore 沿岸 2 offshore
沖合 3 inshore
沿岸 4 offshore
沖合 Sou th East
南東部 5 inshore 沿岸
○実態調査（Call for issues)
○地域ワークショップ（WS）
2016.6～8 6 inshore
沿岸 7 offshore
沖合 8 inshore
沿岸 9 offshore
沖合 10 inshore
沿岸 11 offshore
沖合
○策定完了 2014.4
○ドラフト公開・意見聴取 2013.7
○意見公開・反映 2013.7～10
●先行着手 2011～
○ドラフト公開・意見聴取 2016.11
○意見公開・反映 2017.2～3
●先行着手 2012～
イングランド海洋計画の海域名
North East 北東部
East 東部
Sou th 南部
South West 南西部
North We st 北西部
○実態調査（Call for issues)
○地域ワークショップ（WS）
2016.6～8
○実態調査（Call for issues)
○地域ワークショップ（WS）
2016.6～8
○実態調査（Call for issues)
○地域ワークショップ（WS）
2016.6～8
空間計画を定めることを規定した EU 海洋空 間計画枠組指令（2014/89/EU）18を尊重し、策 定作業が進められ、2015 年 3月に、スコット ランド海洋計画（Scotland's National Marine Plan）
19の策定が完了した。
③ウェールズ
ウェールズでは、ウェールズ政府の環境農村 省20が中心となり、海洋及び沿岸アクセス法に 規定される英国政府からの委任に基づき、ウェ ールズ海洋計画21の策定に向けた作業が、現在 進められている。
④北アイルランド
北アイルランドでは、北アイルランドの農業 環境農村部22が中心となり、海洋及び沿岸アク セス法および、2013 年に制定された北アイル ランド海洋法（Marine Act）に基づき、2021年 3 月末までに北アイルランド海洋計画23を策定 するため作業が、現在進められている。
３． 海洋政策推進体制
英国政府は、海洋に関する新しい枠組となる、
海洋及び沿岸アクセス法を2009年に制定し、
2010 年には、その執行機関としての海洋管理 機関（MMO）を設立した。
英国には、海洋及び沿岸アクセス法の制定以 前は、海洋に関する政策・計画の統一的な指針 がなく、複数の行政機関において一貫性のない 海洋管理が行われていたが、この法律が制定さ
18 http://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=celex%3A32014L0089
19 http://www.gov.scot/Resource/0047/00475466.pdf
20 Environment and Rural Affairs
21 http://gov.wales/topics/environmentcountryside/marineandfisheries/marine-planning /legislative-framework-for-the-marine-plan/?lang=en
22 Department of Agriculture, Environment and Rural Affairs
23 https://www.daera-ni.gov.uk/topics/marine/marine-planning
図５:スコットランド海洋計画
図６:ウェールズ地域の海洋計画海域