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インドは、地理的にインド洋に面しており、西をアラビア海、東をベンガル湾に囲まれ た半島国家である。その国土は南北に最長で約

3,200km、国土面積は約 328.7

km

2に及ぶ

1(パキスタン、中国との係争地含む)。またインドは、島嶼領含め、約

7,500km

に及ぶ長大 な海岸線を有しており、その排他的経済水域(EEZ)は約

237

km

2、大陸棚は約

50

km

2 に及ぶ。経済的に見ても、インドは貿易量の約

95%、貿易額の約 70%を海上貿易に依存し

ており、経済発展における海洋の重要度が極めて高い2

1947

年にイギリスから独立し、1950年に連邦共和制に移行したインドは、現在、

29

の州 と

7

つの連邦直轄地(中央政府管轄)から構成されており、うち

9

の州と

4

つの連邦直轄 地が海洋に面している3。インドは、1950年施行のインド憲法において中央政府と州政府で 権限を分割しており、後述するように、海洋に関する権限含め、州には大きな自治権が認 められている。他方で、インド憲法では、中央政府と州政府での管轄の競合があった場合 には中央政府の優先性が認められており、インドの海洋政策に関しては、実質的な行政権 を握る首相をトップとする中央政府の影響が大きい。また政治としては、伝統的に首都の 位置する大陸側である北部インドの影響が強く、また周辺国との国境紛争といった安全保 障上の問題もあり、国家政策においては海洋よりも大陸志向の傾向が強い4。しかしながら、

近年における周辺国の海洋進出やシーレーン及び海洋エネルギー・資源開発の観点から、

インドにおいても国家政策における海洋の位置づけが高まってきている5

前述のように、インドの国家政策は伝統的に大陸志向が強かったわけであるが、必ずし も海洋の位置づけが低かったわけではない。むしろ、以前の方が積極的であったと評価す ることができる。実際インドは、国連海洋法条約が採択されるより以前の

1970

年代から海 洋権益の確保のための法整備や組織新設・改編に取り組んできた。1976 年の「領海、大陸 棚、排他的経済水域及びその他の海域法」や、1981 年の「海洋開発局」の設置並びに、海 洋資源と海洋科学技術開発の方針についてまとめた

1982

年の「海洋政策声明」の策定など がその証左である。にもかかわらず、以降今日に至るまで、現代的事情に合わせた既存の 海洋関連法令及び政策の改訂やそれらの新規策定はしていない。これは組織面でも同様で あり、2017年

3

月現在、インドは依然として、海洋に関する施策を集中的かつ総合的に推

1 United Nations Statistics Division, Demographic Yearbook 2014. Available at <

http://unstats.un.org/unsd/demographic/products/dyb/dyb2014.htm>

2 National Transport Development Policy Committee, India Transport Report: Moving India to 2032, Vo.1 (Routledge, 2014), p.6. See also <

http://indiainbusiness.nic.in/newdesign/index.php?param=industryservices_landing/361/2 >

3 グジャラート州、マハーラーシュトラ州、ゴア州、カルナータカ州、ケーララ州、タミル・ナードゥ州、

アーンドラ・プラデーシュ州、オリッサ州、西ベンガル州。アンダマン・ニコバル諸島、ラクシャディー プ諸島、ダマン・ディーウ連邦直轄領、ポンディシェリ連邦直轄領。

4 Sreeram Chaulia, “India’s ‘Power’ Attributes” in David Scott ed., Handbook of India’s International Relations (Routledge, 2011), p.26.

5 長尾賢「インドの海洋進出-『インド太平洋地域』における戦略的含意」2014514日配信【海洋情 報特報】<https://www.spf.org/oceans/analysis_ja02/b140514.html>Robert Stewart-Ingersoll and Derrick V. Frazier,

“Geopolitics for India” Handbook of India’s International Relations (Routledge, 2011), pp.35-46.

進するための中央調整機関(nodal agency)を設置しておらず、海洋に関する諸問題は、各 省庁がそれぞれの所掌に応じて権限を行使する方針を採用している。

これらインドの特徴を念頭に置き、以下本稿においては、海洋分野における最近のイン ドの動向を含む、今日におけるインドの海洋政策について概観する。

図1:インド沿岸州

(出典:インド環境森林気候変動省)

1.海洋基本法令

インドは、今日に至るまでいわゆる「海洋基本法」に該当する法令を整備しておらず、

海洋に関する個別の法令の根拠となっているのはインド憲法6である。

インド憲法は、

1949

11

月に議会で成立、翌

1950

1

月から施行され、

1976

5

月の

6 Ministry of Law and Justice, Constitution of India (as of 9 November 2015). Available at

<http://indiacode.nic.in/coiweb/welcome.html>

改正(第

40

次改正法)で「海洋」に関する条文を設けた7。その第

297

条は、インドの領海、

大陸棚及び

EEZ

の内側の土地及びそこに賦存する資源は、連邦(the Union)に賦与された ものであり、連邦の目的のために留保されると定める。また、その限界は議会の立法(連 邦法)で定めるとしている。また、インド憲法第

246

条及び別表

7(Seventh Schedule)は、

連邦と州(the State)の権限事項について定めており、公海における海賊、海運、港湾(検 疫等含む)、領海以遠の漁業については連邦が、領海内の漁業については州が、そして、野 生生物の保護や内水の航行については連邦と州が等しく権限を有することを定める。なお、

別表

7

に特に定めのない事項については、州の権限に関連するものを除き、連邦議会が立 法の残余権限(residuary powers)を有することが定められている8

なお、インド憲法に「海洋」に関する条項が設けられる以前のインドにおいては、イン ド憲法第

372

条に基づき、大統領が布告によって海洋権益に関する決定をしていた9。その 間の海洋法に関する大統領令(Presidential Proclamation)は

5

件ある。最初の布告は

1955

8

30

日の、大陸棚に賦存する天然資源に対する完全かつ排他的な主権的権利を宣言する ものである10。その後、インドは

1956

年に

3

つの布告を発出している。一つ目は慣習法上

3

海里と設定していた領海の幅員に関して

6

海里まで拡大するものである11。二つ目は領海を 越える公海

100

海里の範囲まで漁業資源に対する保全措置を講じることを宣言するもので あり12、これは今日で言うところの

EEZ

の概念に準じるものである。三つ目は通関上、財 政上、出入国管理上及び衛生上の規則に対する違反を防止するための規制を

12

海里まで行 使することを確認するものであり13、これは今日で言うところの接続水域の概念に当たる。

また

1967

年には、その前年にパキスタンが領海

12

海里を採用したことを受け、インドも 領海を

12

海里に固定することを宣言する大統領令を発出している14

その後の

1976

8

月、後述するように、インドは「領海、大陸棚、排他的経済水域及び その他の海域法」(全

16

条)を制定し、領海及び大陸棚並びに

EEZ

の限界及び当該海域に おける船舶の航行や天然資源の探査、開発、保存及び管理などの活動の規制などについて 包括的に定めた。当該法令は、いわゆる海洋の持続可能な利用や海洋の総合的管理の概念 を含む「海洋基本法」ではないが、今日のインドにおける海洋権益を確保するための最も 重要な法令となっている。

これらインドにおける海洋に関する法整備は、領海及び接続水域に関する条約や大陸棚 に関する条約といった、1958 年

4

月に採択されたいわゆるジュネーブ海洋四条約並びに

1982

12

月に採択された国連海洋法条約といった国際条約の成立にそれぞれ先んじており、

7 The Constitution (Fortieth Amendment) Act, 1976 (came into force: 27 May 1976).

8 インド憲法第248条参照。

9 Suya P. Sharma, “The Position of Indian Territorial Waters and Continental Shelf in Constitutional Law – An Appraisal” in Alice Jacob ed., Constitutional Developments Since Independence (N.M. Tripathi, 1975), pp.298-308;

R. P. Anand, Studies in International Law and History – An Asian Perspective (Martinus Nijhoff, 2004), pp.228-231.

10 Gazette of India Extraordinary (New Delhi), Part II – Section 3, No.260 (30 August 1955).

11 Gazette of India Extraordinary (New Delhi), Part II – Section 3, No.81 (22 March 1956).

12 Gazette of India Extraordinary (New Delhi), Part II – Section 3, No.361 (29 November 1956).

13 Gazette of India Extraordinary (New Delhi), Part II – Section 3, No.375 (3 December 1956).

14 Gazette of India Extraordinary (New Delhi), Part II – Section 3, No.2 (30 September 1967). Sharma, op cit, p.299.

当時のインドの国内政策において海洋の位置づけが高かったことが伺える。他方で、イン ドは前述のジュネーブ海洋四条約を批准するには至らず、また、国連海洋法条約にも条約 採択後

13

年が経過した

1995

6

29

日まで批准をしなかった。その背景としては、いず れも領海における軍艦(潜水艦含む)に対する無害通航権の付与や沿岸警備の問題に対す る懸念並びに省庁間での権限調整の難航といった問題が指摘されている15

このように、インドにおける海洋に関する法整備の状況は、かつては積極的かつ先駆的 であると評することができるが、今日においては、海洋問題に関する問題を包括的に管理・

調整する中央調整機関の不在もあり、海洋の総合的管理を執行するための海洋基本法を制 定するには至っていない。

2.海洋基本政策

インドにおける、いわゆる「海洋基本計画」に該当する国家政策としては、1982年

7

月 に首相直轄の組織である海洋開発局が発表した、「海洋政策声明(Ocean Policy Statement)16」 が挙げられる。この海洋政策声明は、全

15

項からなり、持続可能な方法でインド社会の利 益のために海洋の生物・非生物資源の利用することを目的としている。その主な特徴及び 重点分野は以下のとおりである17

・ 生物、非生物、再生可能な海洋エネルギーを含む海洋資源の探索的調査、評価及び持 続可能な利用

・ 海洋環境の利用及び保全を対象とした技術の進歩

・ 調査機器、潜行システム、測位、材料開発、海洋データ収集装置、潜水艇などに関す る技術の開発

・ 沿岸及び海洋区域の統合的管理、沿岸コミュニティ開発に関する開発活動等の社会福 祉に対する直接適用

・ 自前及び外国の情報源を用いた海洋に関する情報システムの創設(国際海洋科学技術 協力)

・ 深海底採鉱、金属精錬及び環境影響評価研究に関する技術開発

・ 極域科学に関する先端研究への貢献

・ 海洋科学技術に関する基礎的及び応用研究、人的資源管理、学術機関における中核的 研究拠点の創設、並びに海洋の潜在的及び実際の利用に関する普及啓発

15 Bimal N. Patel, The State Practice of India and the Development of International Law - Dynamic Interplay between Foreign Policy and Jurisprudence (Brill, 2016), pp.70-73参照。また、インドのUNCLOS批准に際して の解釈宣言も参照。DOALOSウェブサイト参照

<http://www.un.org/depts/los/convention_agreements/convention_declarations.htm#India Declaration made upon ratification>

16 Department of Ocean Development (DOD), Ocean Policy Statement (1982). Available at

<http://www.moes.gov.in/writereaddata/files/OCEAN%20POLICY%20STATEMENT%283%29.pdf>

和訳については、以下のホームページを参照。<https://www.spf.org/opri-j/projects/ocean-policy/india/policy/>

17 National Portal Content Management Team < http://archive.india.gov.in/sectors/science/index.php?id=4>

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