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近年、欧州連合(以下、EU とする。) においては、海洋に関する重要な加盟国に対 する法的拘束力を有する文書や政策文書が幾つも新たに採択あるいは改正されてきた。

「持続可能でない漁業を容認する国家に対する漁業資源保護目的で執られる措置に関

する規則1」(2012年)及び「(改正)共通漁業政策に関する規則第1380/2013号2(CFP)」(2013

年)、2014 年には「欧州連合海洋安全保障戦略3」や「海洋空間計画の枠組構築に係る 2014年7月23日の欧州議会及び理事会指令第2014/89/EU号4」等がそれぞれ採択され ている。2015 年の漁業政策分野における世界的な違法・無報告・無規制(以下、IUU) 漁業対策やシリア難民の急増による国際的な協調の動き、「パリ協定」の批准などを 受けて、2016年も今後の海洋政策に大きく関わる主要な政策文書が採択された。例え ば、「国際的な海洋ガバナンス:安全・安心で汚染のない、持続可能な形で管理され る海洋に向けた EU の貢献5 」(以下、「国際的な海洋ガバナンス」)や「EU の外交・

安全保障政策のためのグローバル戦略:共有される展望、共通の行動:より強力な欧 州を目指して6」(以下、「外交・安全保障政策のためのグローバル戦略」)、「北極に 関するEU統合政策7」(以下、「北極に関する統合政策」)の採択もその一つである。

昨今の世界の海洋政策分野において、IUU 漁業対策に代表されるように EU のイニ シアチブで世界的な海洋ガバナンスが形成されていく事例が多くなっている。そのよ うな情勢の中、今年度打ち出された EU の政策方針は、世界的な潮流を踏まえた上で 外交戦略と新たな海洋分野における成長戦略に対する統合戦略が一貫して打ち出され

1 同規則は、2012925日に採択、同年1025日に署名、及び、同年1117日に発効した。な お、同規則の正式名称は、REGULATION (EU) No 1026/2012 OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL of 25 October 2012 on certain measures for the purpose of the conservation of fish stocks in relation to countries allowing non-sustainable fishingである。

2 同規則は、20131210日に採択、同年1211日に署名、同年1229日に発効、及び、2014 11日より適用されている。なお、同規則の正式名称は、REGULATION (EU) No 1380/2013 OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL of 11 December 2013 on the Common Fisheries Policy, amending Council Regulations (EC) No 1954/2003 and (EC) No 1224/2009 and repealing Council Regulations (EC) No 2371/2002 and (EC) No 639/2004 and Council Decision 2004/585/ECである。

3 同戦略は、2014624 日に採択された。なお、同戦略の正式名称は、EUROPEAN UNION MARITIME SECURITY STRATEGYである。

4 同指令は、2014723日に署名・採択、及び、同年918日に発効した。なお、同指令の正式 名称は、DIRECTIVE 2014/89/EU OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL of 23 July 2014 establishing a framework for maritime spatial planningである。

5 同文書は20161110日に採択された。なお同文書の正式名称は、JOINT COMMUNICATION TO THE EUROPEAN PARLIAMENT, THE COUNCIL,THE EUROPEAN ECONOMIC AND SOCIAL

COMMITTEE AND THE COMMITTEE OF THE REGIONS, International ocean governance: an agenda for the future of our oceans , JOIN(2016) 49 final である。

6 同戦略は20166月に発表された。なお、同戦略の正式名称は、A Global Strategy for the European Union’s Foreign And Security Policy “Shared Vision, Common Action : A Stronger Europe” である。cf.

http://europa.eu/globalstrategy/en

7 同戦略は2016427日に採択された。なお、同戦略の正式名称は、JOINT COMMUNICATION TO THE EUROPEAN PARLIAMENT AND THE COUNCIL, An integrated European Union policy for the Arctic, JOIN(2016) 21finalである。cf. http://ec.europa.eu/maritimeaffairs/policy/sea_basins/arctic_ocean_en

ており、今後の世界的な海洋政策・ガバナンスへ大きな影響を与えるものである。そ こで本章では、EUの概要を踏まえた上で、各項目内でEUの海洋政策における本年度 の主要政策文書やその動向を含めて概観することで、世界的な潮流の参考になること を目指す。

欧州連合(EU)は、独特な経済的および政治的協力関係を持つ民主主義国家の集まり

である。EU 加盟国はみな主権国家であるが、欧州連合条約に基づく、経済通貨同盟、

共通外交・安全保障政策、警察・刑事司法協力等のより幅広い分野での協力を進めて いる政治・経済統合体であり、経済・通貨同盟については、国家主権の一部を委譲し、

域外に対する統一的な通商政策を実施する世界最大の単一市場を形成している。その 他の分野についても、加盟国の権限を前提としつつ、最大限 EU としての共通の立場 を取ることで、政治的にも「一つの声」で発言している8。EUの加盟国は、2016年12 月 31 日現在、28 カ国となっている。2016年の大きな動きとして、英国の EU からの 離脱の是非を問う国民投票(2016年6月23日)の結果を受けて、英国がEUを離脱す ることが決まっている。以下、表1にEUの基礎情報を示す。

表1:EU 基礎情報

面積 429 万 km² (日本の約 11 倍)

人口 5 億 820 万人(Eurostat、暫定値)(日本の 4 倍)(2015 年) 人口密度 118.5 人/km² (2015 年)

GDP 16 兆 2,204 億ドル(2015 年、出典:IMF World Economic Outlook) 一人当たり GDP 37,852 ドル(2015 年、出典:IMF World Economic Outlook)

海岸線 6 万 6 千キロメートル EEZ 表面積 20,000,000 km2 9

加盟国

28 カ国(2016 年 12 月末時点)

ベルギー、ブルガリア、チェコ、デンマーク、エストニア、アイルラン ド、ギリシャ、スペイン、フランス、クロアチア、イタリア、キプロス、

ラトビア、リトアニア、ルクセンブルク、ハンガリー、マルタ、オラン ダ、オーストリア、ポーランド、ポルトガル、ルーマニア、スロベニア、

スロバキア、フィンランド、スウェーデン、英国

8 http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/eu/data.html

9 The EU and international ocean governance

cf. https://ec.europa.eu/maritimeaffairs/sites/maritimeaffairs/files/docs/body/eu-and-international-ocean- governance_en.pdf

EUはすべての欧州市民に平和、繁栄および自由を保障するとともに、平和構築や開 発援助などを通じ、世界の平和と安定に積極的に貢献することを目指して、その運営 や法律制定のためのさまざまな機関を有しており、主なものを表2に示す。

表2:EU の機構概要

欧州理事会 (EU 首脳会議)

EU の最高政治的機関。各 EU 加盟国の大統領または首相で構成され、

EU を政治的に推進し、政策の方向性を設定。リスボン条約により常 任議長が創設された。

欧州連合(EU)理事会

加盟国代表より構成され、欧州会議と共に EU 立法を行う。また、共 通外交・安全保障政策と警察・司法協会において、EU の唯一の意思 決定機関としての役割を果たす。

欧州議会

5 年ごとの直接選挙によって選ばれた 785 名の議員で構成。欧州市民 を代表して EU 理事会と共に立法手続きに参加。同時に、EU の諸活動 の民主的コントロールを行なう。

欧州委員会

EU の行政執行機関として EU 政策を実施。唯一の法案提出権を持つ EU 機関として EU 立法準備を行い、EU 法の施行と遵守を担当。

1.海洋基本法令

海洋全般にわたる基本法令はないが、リスボン条約(2007 年 12 月 13 日署名、2009 年 12 月 1 日発効)において、その政策上の権限を五つに分類して行使することとされ ており10、①EU が排他的な権限を持つ領域、②EU が加盟国と権限を共有する領域、

③加盟国がEUの枠内で政策を調整する領域、④EUが加盟国の行動を支援、調整、補 充する領域、及び、⑤EUによる立法権を伴わない領域となる。このうち、海洋生物資 源及び漁業に関する政策については、「共通漁業政策(Common Fisheries Policy:以下、

CFPとする。) に基づく海洋生物資源の保護」分野はEUが排他的な権限を持つ領域と され (リスボン条約第3条1項 (d)) 、「海洋生物資源の保護を除く農業及び漁業」分 野はEUが加盟国と権限を共有する領域かつEU法が優位する領域とされている (リス ボン条約第4条2項 (d)) (表3参照) 11

10 EU法の概要、統治機構及び手続等に関しては以下の文献を参照のこと。庄司克宏『新EU 基礎 篇』(岩波書店、2013年)、xiii+375頁。中西優美子『EU法』(新世社、2012年)、xiv+379頁。

11 平成25年度 総合的海洋政策の策定と推進に関する調査研究 各国および国際社会の海洋政策の 動向 報告書、(海洋政策研究財団、2014年)、17項。

表3:リスボン条約で規定される EU の権限領域

2.海洋(基本)政策

これまでのEUにおける海洋基本政策として、海洋環境戦略(2005)12、欧州連合の将 来の海洋政策に向けて:大洋及び海洋のための欧州のビジョン(グリーンペーパー)13

「 欧 州 連 合 の 将 来 の 海 洋 政 策 に 向 け て : 大 洋 及 び 海 洋 の た め の 欧 州 の ビ ジ ョ ン14

(2006)、ブルーペーパー15「統合的海洋政策(IMP)16」(2007)、海洋戦略枠組指令 (MSFD)

17(2008)、共通漁業政策(CFP)18(1983、2013 改正)(※水産市場の自由化は 1962 年の EU

12 同戦略は、20051024日に採択された。なお、同戦略の正式名称は、COMMUNICATION FROM THE COMMISSION TO THE COUNCIL AND THE EUROPEAN PARLIAMENT, Thematic Strategy on the Protection and Conservation of the Marine Environment, COM(2005)504 finalである。

13 グリーンペーパーと呼ばれる文書は、「欧州レベルでの一定のテーマの議論を盛り上げるために、

欧州委員会により刊行される文書」と定義されている。

cf. http://europa.eu/legislation_summaries/glossary/green_paper_en.htm (as of 19 February 2015)

14 同文書は、200667日に採択された。なお、同文書の正式名称は、GREEN PAPER, Towards a future Maritime Policy for the Union: A European vision for the oceans and seas, “How inappropriate to call this planet Earth when it is quite clearly Ocean” attributed to Arthur C. Clarke, COM(2006) 275 final, vol.II –Annexである。

15 ブルーペーパーと呼ばれる文書は、「2007年以降、EUにより、統合的海洋政策の手段として用い られている」と定義されることがある。cf. Yves Henocque, “Towards Integrated Coastal and Ocean Policies in France: a Parallel with Japan”, Hubert-Jean Ceccaldi, Ivan Dekeyser, Mathias Girault and Georges Stora eds., Global Change: Mankind-Marine Environment Interactions: Proceedings of the 13th

French-Japanese Oceanography Symposium (Dordrecht: Springer, 2011), pp.191-196, esp. p.193.

16 同文書は、20071010日に採択された。なお、同文書の正式名称は、COMMUNICATION FROM THE COMMISSION TO THE EUROPEAN PARLIAMENT, THE COUNCIL, THE EUROPEAN ECONOMIC AND SOCIAL COMMITTEE AND THE COMMITTEE OF THE REGIONS, An Integrated Maritime Policy for the European Union, COM(2007) 575 finalである。

17 同指令は、2008617日に署名・採択、及び、同年715日に発効した。なお、同指令の正式 名称は、DIRECTIVE 2008/56/EC OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL of 17 June 2008 establishing a framework for community action in the field of marine environmental policy (Marine Strategy Framework Directive)である。

18 同規則は、20131210日に採択、同年1211日に署名、同年1229日に発効、20141 1日より適用されている。なお、同規則の正式名称は、REGULATION (EU) No 1380/2013 OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL of 11 December 2013 on the Common Fisheries Policy, amending Council Regulations (EC) No 1954/2003 and (EC) No 1224/2009 and repealing Council Regulations (EC) No 2371/2002 and (EC) No 639/2004 and Council Decision 2004/585/ECである。

の共通農業政策(Common Agricultural Policy:CAP)の元で1970年代に発展)、欧州連合 海洋安全保障戦略19(2014)などがある。なお、詳しくは過去の報告書等を参照されたい。

そして、2016 年の EU の海洋政策の大きな動きの1つとして、11 月 10 日に共同コ ミュニケーション(政策文書)「国際的な海洋ガバナンス」が採択された。本政策文書で は、安全・安心で、汚染のない、持続可能な形で管理された海洋に向けた行動を提案 している。世界において強力な役割を果たす EU として、分野横断的でルールに基づ く国際的なアプローチを土台としたよりよい海洋ガバナンスに向けた検討課題を提示

し、1.国際海洋ガバナンス枠組みの改善、2.海洋に対する人間の圧力の軽減と持続可能

なブルーエコノミーの条件創出、3.国際的海洋研究・データの強化という 3 つの優先 分野における14の行動を示している。

なお、採択された「国際的な海洋ガバナンス」の和文仮訳(翻訳:笹川平和財団海洋 政策研究所)については、本報告書の参考資料編を参照されたい。

3.海洋政策推進体制

EUにおける海洋政策の推進体制として、欧州委員会において、環境総局、海事・漁 業総局(DGMARE)等があり、欧州共同体の専門機関においては、共同体漁業管理機関

(CFCA)、欧州環境機関(EEA)、欧州海上保安機関(EMSA)等の組織が挙げられる。なお、

2016年12月13日発表の内容によると、海事・漁業総局(DGMARE)において、海洋ガ バナンスやIUU 漁業対策への強化等を目的に 2017年 1月 1 日から組織体制がより強 化されている20

なお、2016年10月には、EUの対外国境・沿岸警備と管理を強化するために「欧州 国境沿岸警備組織」が発足しており、詳しくは、本報告の安全保障の項目を参照され たい。

4.沿岸域総合管理

EUの沿岸域総合管理に関係する政策等については、「沿岸域の総合的管理:欧州戦 略21」として、約35 の地方・地域におけるデモンストレーションプログラムの結果か ら行政単位別(EU、国家、県・州、ローカル)での取り組みや課題を整理した戦略が2000 年9月27日に策定されている。2002 年5 月に加盟国における沿岸域の総合的管理の

19 同戦略は、2014624 日に採択された。なお、同戦略の正式名称は、EUROPEAN UNION MARITIME SECURITY STRATEGYである。

20 https://ec.europa.eu/fisheries/maritime-affairs-and-fisheries-department-getting-top-shape_en

21 同戦略は、2000927日採択。正式名称は、ON INTEGRATED COASTAL ZONE MANAGEMENT: A STRATEGY FOR EUROPE, COM(2000) 547 final である。

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