• 検索結果がありません。

「自立生活サポートセンターもやい

第 4 章 「自立生活サポートセンターもやい

第 4 章では、「自立生活サポートセンターもやい」(以下「もやい」)の実践事例から、

路上生活者との「共創」を基盤とした活動が、制度に先駆けて路上生活者が生活を送るた めに必要なしくみや場を創り出してきた様を明らかにする。「もやい」は、2001年に、路 上生活者への連帯保証人提供事業を組織として開始したことで、路上生活者支援における 突破口を開き、以後、貧困問題の最前線に立ち続けてきた。「もやい」は、製造や販売など の収益事業を主軸とした事業体ではないため財政基盤は脆弱であり、活動経費の大部分は 寄付に依存している。それでも「もやい」は、多くのボランティアや支援者に支えられ、

刻一刻と変化する貧困にまつわる課題にフットワーク軽く対応し、「半貧困ネットワーク」

設立や2008 年の「年越し派遣村」の例が示す通り、社会的インパクトの大きい動きを創 出してきた。

本章では、このような活動が展開することができた要因を明らかにすることを目的とし て、路上生活の当事者や支援者が対等な関係で出会い共に活動を創り上げてきた「共創」

のプロセスを追うこととする。第1節では、「もやい」という団体設立のきっかけおよびそ の後の活動の変遷を追う。第 2 節では、「もやい」という場がどのように成立しているか を、彼らが掲げる「直接民主主義」の理念と、その理念が具現化した1つの例である新規 参入者による新たな場づくりの経過を通して検討する。第 3 節は、「もやい」の実践を牽 引してきたものは何か(原動力)、また、この活動実践から何が創り出されてきたのか(創 造物)を考察する。

ここで、2つの目の事例として、「もやい」を取り上げる理由を記しておこう。本論文で 行う事例検討の目的は、障害者や路上生活者と対等な関係で共に活動を創る、すなわち「「共 創」のプロセスから、制度に先駆けたしくみや場が創造されてきている様を明らかにする ことである。これは、言い換えると、「共創」のプロセスがどのように展開するのか、関係 性を通して事例を検討する試みである。この目的に到達するためには、2 つ以上の、関係 性を基盤にした活動を展開している場の考察が必要である。「もやい」は設立当初から、路 上生活者との関係の築き方として、人として対等に出合う――稲葉(2012: 7)の言葉を使 うなら、個々の「実存とであう」――ということが明確であった団体である。これが、「も やい」を取り上げる第1の理由である。

第2の理由は、「もやい」が以下に挙げる 4つの点で「わっぱの会」とは異なる運動体 であることによる。まず第 1 に、「わっぱの会」は初めから「共同体づくり」を目指した 運動体であるが、「もやい」はそれを掲げてはいない。第2に、「わっぱの会」は、社会運 動が活発であった1970年代初頭に生まれた団体であるが、「もやい」は2001年に設立さ れており、「もやい」設立以前の礎となる活動自体も1990年代半ばに始まっている。第3

第 4 章 「自立生活サポートセンターもやい」 106 に、「わっぱの会」は、障害を持つ者との活動であるが、「もやい」は路上生活者との活動 である。第 4 に、「わっぱの会」は「わっぱん」を始めとするいくつもの収益事業を持つ 事業体であり、社会福祉法人格を有しているが、「もやい」は相談支援と居場所づくり(交 流事業)が事業の主軸であり、いわゆる収益事業を持っていない、任意団体(2004 年に NPO法人格を取得)である。

このように、「共に生き共に創る」という関係性を基盤にしている点において共通では あるが、その他の相違点を複数有する2つの団体を事例として取り上げる利点は、双方の 活動実践を比較することにより、共通項から、関係性を基盤として生じている事象が導き 出しやすくなるということにある。たとえば、「わっぱの会」は、始めから共同体づくりを 目指した運動体として始まった。それゆえに、制度に先駆けたしくみや場を創造していく ことが可能であったのだ、という見方に対し、「もやい」の事例は、設立動機が異なっても 同じように創造的なプロセスが生まれていることを提示することが可能となる。同様に、

「わっぱの会」は、収益事業を持つ社会福祉法人だから、新規の参加者が集まって活気が あるのだというような主張に対し、収益事業を持たず財政的に貧弱なままでも常に人を惹 きつけ続けている場としての「もやい」の例があることを示すことができる。つまり、「も やい」を検証することで、「わっぱの会」から導き出せる「共創」のプロセスに対する洞察 や知見を相対化し、より客観的に評価することが可能となる。また、その逆も然りで、「わ っぱの会」を検証することで、「もやい」から導き出せる「共創」のプロセスに対する洞察 や知見が相対化される。

「もやい」と「わっぱの会」は、設立動機、時代背景、支援対象、事業形態、法人格、

会員数(有給スタッフ数)や給与形態など、事業体としての重要な要素において大きな相 違がある。このように大きく異なる団体において、導き出された類似の要素は、この2つ の団体が有する共通事項――障害や貧困など社会的に困難な状況を抱えている者との関係 の持ち方――によるものと仮定して考察することは決して不適切ではないだろう。このよ うに共通して観察される事項については第6章で考察する。本章では、その前段階として、

「もやい」の設立のきっかけや活動の変遷を明らかにし、「もやい」という場を成り立たせ ている要素を検討する。

第 4 章 「自立生活サポートセンターもやい」 107 第 1 節 活動のはじまりと変遷 連帯保証人提供事業に乗り出す

1. 自立生活サポートセンターもやい設立の背景

「自立生活サポートセンターもやい」(以下「もやい」)は、2001 年 5 月、東京都内の 路上生活者支援を行っていた湯浅と稲葉を中心に、支援団体と路上生活をしていた当事者 らが連帯保証人提供事業を開始することをきっかけに設立した団体である。路上生活者へ の支援として、連帯保証人提供をはじめとするアパート等への入居支援事業、生活相談・

支援事業、交流事業の3本柱で活動を行っている。また、貧困問題が社会構造に起因する ことを広く世間に訴え賛同者を開拓する、広報・啓発事業にも積極的に取り組んでいる。

「もやい」の組織形態は、彼らが生み出している社会的インパクトと比べると、極めて 小規模でこじんまりとしている。設立当初からしばらくは全員がボランティア(無給)で、

東京都内の他団体の事務所を間借りしてのスタートであった。現在は、有給スタッフ約 8 名~10 名程とボランティアスタッフ、互助会の会員と共に活動を行っている。設立後 13 年間で、2300世帯に連帯保証人を提供し、約350世帯の緊急連絡先となってきている66。 日本における路上生活者支援の制度の整備は、他の社会保障・福祉制度の整備と比べて、

極めて脆弱であったため、そのほとんどを炊き出しや夜回りのボランティア活動に頼って きた状況がある67。生活保護制度は、終戦直後の1946年に制定されているが、路上生活 者は欠格事項により保護の対象から排除されることが多かった。これは、貧困は貧困に陥 る者の怠惰や努力不足によるもので、路上に至るのは本人の責任であるという理解が根深 く浸透していたことによる。そのため、生活保護制度は、一旦路上生活をすることになっ た者に対するセーフティネットの機能を持つとは言い難く、路上生活者に対する支援は、

もっぱら民間の慈善事業や運動家によって行われていた。

つまり、日本における路上生活者へのボランタリーな支援活動の歴史は長い。しかし、

「もやい」がはじめた「路上生活者への連帯保証人提供」は、それまでの路上生活者支援 におけるボランティア活動の範疇をはるかに超える内容であった。もちろん、個々の支援 者が個人的に路上生活者の連帯保証人になることは、それまでも行われていた。しかし、

「もやい」は、基本的に来る者は拒まず、不特定多数に対して連帯保証人を提供する事業 の設立に踏み切ったのだ。このことは、多くの路上生活者支援者たちにも驚きや衝撃を与 えた。だが、その背景をひも解いていくことで、この大きなステップが唐突で逸脱した出 来事というよりはむしろ、それに踏み切った時代の要請と相まって、そこにあった具体的 事実と彼らが持っていた路上生活者との関係性から生じた「必然」として捉えられること がみえてくる。以下、「もやい」設立に至った経緯と設立後の活動の変遷を、湯浅、稲葉、

時代、集まった者たちとそこに築かれた関係性に焦点おいて読み解いていく。