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今日の保健医療福祉政策における共生社会へ向かう動向

第 2 章 今日の保健医療福祉政策における共生社会へ向かう動向

第1章では、社会保障制度の確立の歴史を以下のように読み直してきた。すなわち、社 会保障制度は、資本制社会における「労働力商品」としての価値を持たない者を潜在化さ せ、彼らと「労働力商品」としての価値を有する者との間の分断を促進した。第1章では、

このことを、障害を持つ者や疾病に罹患した者、また、貧困で住まいを失う境遇にあるよ うな者、または、そのような状態に対する人々のまなざしに、焦点を当てて論じてきた。

この潜在化と分断は、今日の私たちの間に、障害や疾病、貧困の問題を抱える者への対応 は医療や福祉等の専門家が行うものとする意識を育ててきた。その結果、今日の私たちの 多くは、このような人々と、どのように関わったら良いかわからない状況にある。

しかし、このトレンドは、現在、大きな変化を迎えている。1980年代くらいから「共生」

という言葉が様々な領域で使われ始め、2000年を過ぎて、医療は病院完結型医療から在宅 医療へ、障害福祉政策も入所型福祉から地域化が促進され、地域において、高齢者や障害 者に出会うことが増えた。また、経済の鈍化に伴う非正規雇用の拡大が主たる要因となり、

貧困問題が顕在化した。

現在、保健医療福祉における様々な領域で使われている共生社会の理念を一言で表すな ら、「年齢や障害の有無等にかかわりなく誰もが安全に安心して暮らせる社会」41を実現 することと言えるであろう。しかし、今、進められている政策は、真に「誰もが暮らしや すい」社会を創っていく路線上にあるのだろうか。

本章の目的は、現在、わたしたちの社会で進められている「共生」への道筋の政策上の 動向を検証することである。共生社会に向けた政策は、子育て支援や青少年育成、食育等 多岐にわたって進められているが、ここでは、保健、医療、福祉の領域において、特に、

貧困、高齢、障害を対象にした制度上の動きに注目する。

第1節では、共生社会を創ろうという名のもとに始まっている政策上の動きのうち、保 健医療福祉領域で核となる動向である、自助努力の重視、自立支援、社会参加の促進、地 域社会における相互扶助の促進の4つについて検証する。第2節では、上記4つの動向か ら導き出した以下 2 つの傾向、「支援領域の拡大」と「自己概念の偏重」が、当事者にと ってどのような意味を持つのかを検証する。第3節では、第1節第2節の検証および第1 章の議論を踏まえ、現在進められている共生社会構想は新たな方向性を見出しているのか どうかを検証する。

第 2 章 今日の保健医療福祉政策における共生社会へ向かう動向 49 第 1 節 保健医療福祉領域における共生社会に向かう動向の検証

ここでは、本論文の主題に関わる領域、すなわち、保健、医療、福祉領域、および市 民活動領域において、横断的に強調されている政策上の動きを把握し検証する。そのため に、自助努力の重視、自立支援、社会参加の促進、地域社会における相互扶助の促進の 4 点をとりあげる。これら4点の動きは、70年代後半に議論された日本型福祉社会構想で示 された指針に沿うものであり、社会保障体制の 95 年勧告で明確に打ち出されたものであ る。日本型福祉社会構想および社会保障の95年勧告は、第1章第2節1項で記述してき たので、ここでは省略する。

1. 自助努力の重視

自助努力の重視の方針は、現在の健康政策の中心である健康づくり運動の「自分の健康 は自分で守る」という自助努力を促すキャンペーンに顕著にみられる。1978 年に第 1 次 国民健康づくり運動(1978~1977)がはじまり、疾病の早期発見・早期治療が重視され、

その基軸となる市町村保健センターの整備が進み健康診査体制の充実が図られた。1988 年からの第2 次健康づくり運動(アクティブ80 プラン)では、疾病予防・健康増進に焦 点が移り、栄養・運動・休養の 3 本柱を軸に指針が策定された。2000 年からの健康日本 21(第 3 次健康づくり運動)は、「壮年期死亡の減少、健康寿命の延伸及び生活の質の向 上の実現」を目的に、生活習慣の改善にむけて10年後に達成すべき70項目の数値目標が 設定された42。また、2008 年の健康保険法改正で、生活習慣病予防を目的とした特定健 診・特定保健指導が導入され義務化された。

これらが促進されている背景には、高齢化に伴い今後もますます増加が懸念される生活 習慣病の罹患者を減らし、国民医療費を抑制せねばならないという財政上の理由が大きく 影響している。ここで用いられている手法を一言で表すなら「個人への介入」である。生 活習慣病の罹患者を減らすために、罹患予備軍を健診によって拾い上げ、その個人の生活 習慣のあり方を正す。特定保健指導を通して、行動変容を促す。ここには、「介入すれば改 善する」という前提が存在する。保健医療従事者や研究者からは、「個人への介入」が非現 実的であることは指摘され、社会的要因を考慮する必要があることは主張されている43が、

現行制度が、個人への介入を前提とした診療報酬のしくみを採用しているため、基本的に 個人介入を基礎においた実践となっている。

第 2 章 今日の保健医療福祉政策における共生社会へ向かう動向 50 2. 自立支援

自立支援とは、一般的に、対人援助における対象者の自立に向けた支援を指す。「自立」

という言葉は、歴史的には、障害者政策が大型入所施設への入所が主であった 70 年代、

障害当事者が地域生活を送る権利を主張し施設解体運動を展開してきた際に、用いられて きた。この時の「自立」とは、障害当事者が自分自身の人生を選択し、それを歩むことで あった。具体的には、制度上、入所以外の選択肢がほぼ皆無だった時代に自らの手で地域 生活を可能にする環境を切り拓いていくことを指していた。しかし、この言葉の使われ方 は、21世紀に入り、政策に取り入れられていく過程で変化した。現在は、たとえば、介護 福祉の分野での対象者のADL(日常生活動作)を向上させ、自分で歩けるようにすること として用いられたり、障害者や路上生活者のうち就労可能な者を就労による自立を促す時 に用いられている。現在、障害福祉や貧困対策では、自立支援イコール就労支援という意 味合いで使われることすら多くなっている。

以下に自立支援イコール就労支援という傾向が見られる法制度の例をあげる。

1) ホームレス自立支援法(ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法)、2002年 2) 障害者自立支援法、2006年

3) 児童扶養手当法と母子及び寡婦福祉法の改正、2002年 4) 生活保護受給者等就労支援事業、2005年

2000年以降、促進されている自立支援は、少なくとも以下2つの前提がある。1つ目は、

健常な状態を是とし、健常者に近づくことが「自立」であるという前提である。障害を持 って生まれてきたことをそのまま受け止め、今ある固有の状態において、その人の求める

「自立」を求めるという、障害者運動が展開してきた「自立」とは対極の前提である。2 つ目は、人間は自己決定できる存在であり、自己決定・自己実現が善であるという前提で ある。これらの前提は、自立支援のもとに奨励されているアプローチ、特に、自己決定の 尊重のために援助者が習得する援助技術論の中に読み取れる。

3. 社会参加の促進

社会参加の概念が保健医療福祉領域で浸透したきっかけは、WHOが2001年にICF(国 際生活機能分類)の概念を発表したこと、そして、それが日本でも取り入れられていった ことにある。ICFは、これまでの障害の捉え方の転換を促した。従来のICIDH(国際障害 分類)では、障害を、「機能・形態障害」「能力障害」「社会的不利」という 3 つのレベル から捉え、「疾患・変調」が「機能・形態障害」を生み、そしてそれが「能力障害」を生み、

第 2 章 今日の保健医療福祉政策における共生社会へ向かう動向 51 さらに「社会的不利」生む、という一方向の矢印で説明してきた。 一方、ICFでは、「人 が生きること全体の姿」を、「生活機能」として捉え、その中に、「心身機能・構造」「活動」

「参加」という3つのレベルがあるとする。そして、「心身機能・構造」「活動」「参加」の それぞれは、相互に影響しあっているという双方向の矢印で説明する。ICFでは、障害を 持つ者の支援として「環境因子」の重要性が強調され、社会参加が1つの鍵であるという 理解を広めている。

ICFの社会参加の概念やノーマライゼーションなどの概念の浸透によって、障害福祉や 介護領域では、支援のメニューが拡大し、バリアフリー化が促進された。たとえば、高齢 者支援においては、デイケアやサロンへの参加を促すことが実践されている。また、障害 者支援領域では、日中活動支援、外出支援、移動支援、同行支援などの支援メニューが増 えた。市町村単位で、介護タクシーやタクシー券の発行などが実施されている。また、社 会参加の促進として、自立支援同様、障害者の雇用促進にむけた制度の整備が進められて いる。作業所や授産施設等の福祉的就労ではなく一般就労を後押しする制度としてジョブ コーチ制度、就労支援センターの設置などが進められている。

4. 地域社会における相互扶助の促進

近年おこなわれた地域社会における相互扶助の促進に関係した法制度の整備としては、

社会福祉法における地域住民参加による地域福祉の推進の明文化(2000年)、特定非営利 活動促進法の制定(1998年)がある。この他に、内閣府が「新しい公共(New Public)」 として2001年頃よりNPO政策において中間支援組織の設立を勧めたことで、官民の協働 による地域活性化やボランティア育成事業等が推進された。具体例としては、市町村単位 で認知症サポーターなどの名称で呼ばれる一般市民による見守り体制の構築などがあげら れる。相互扶助の促進には、国で一元化されている公的サービスでは対応できない、きめ 細やかな支援を NPO やボランティア組織が提供するサービスによって補完しようという 意図がある。

5. まとめ 支援領域の拡大と自己概念の偏重の傾向

ここまで、共生社会の構築に向けて進められている政策上の動きのうち、保健医療福祉 領域で核となる動向として、自助努力の重視、自立支援、社会参加の促進、地域社会にお ける相互扶助の促進の4つを取り上げ分析してきた。この分析から、共生社会に向けた2 つの傾向が導きだせる。1 つ目は、支援領域の拡大であり、2 つ目が自己概念の偏重であ