第Ⅱ部 職業における「自由」の新たな可能性
2 分析視角と本章における類型の設定
検討をおこなうにあたっては、やる気・積極性があるかどうか、フリーターになっても よいと考えるかどうかなどをどのようにとらえ、どのような分析をおこなうかが大きな問 題となる。これについて、本章ではR.K.マートンのアノミー論における適応類型を基軸と したアプローチを試みることにしたい。
周知のとおり、マートンはデュルケームのアノミー概念をさらに展開するなかで、社会 における個人の適応様式を提示した。それは(1)その社会において文化的に価値あるもの
2この調査は、「大学生の社会的適応」をテーマに、2005年10月に同志社大学で実施されたものである(研究 代表者:小林久高、同志社大学社会学部教授)。調査の対象は同志社大学社会学部社会学科生389名であり、有 効回答数は299である(回収率76.9%)。対象者の構成は、性別では男性が127名、女性が168名(無回答4)
学年別では、1回生が94名、2回生が77名、3回生が65名、4回生以上が62名となっている。
とされている目標を承認しているかどうか、(2)その目標を達成するための制度的な手段 に関する規範を内面化しているかどうかという2軸から構成される適応様式であり、具体 的には同調(Conformity)、革新(Innovation)、儀礼主義(Ritualism)、逃避(Retreatism)、
反抗(Rebellion)の5つの類型があるとされている。マートンがこの類型をアメリカ社会 における下層階級の逸脱行動の解釈に用いたのはあまりにも有名であるが、彼はそれだけ でなく、この類型が幅広い社会現象に適用可能であることも強調している(Merton 1957=1961)。
マートンの適応類型を現代の若年労働問題に当てはめてみた場合、次のような対応関係 を考えることができる。マートンが当時のアメリカ社会を分析する際に注目したのは「ア メリカンドリーム」、すなわち立身出世・金銭的大成功を目指すという文化的目標であった。
こうしたアメリカ社会の時流そのままというわけではないが、少なくとも「高い地位を得 て成功すること」は現代日本の職業世界においても1つの大きな目標となっていると考え られる。そのことは、労働者の経済的窮状を克明に描き出す記事や書籍が多く出され「ワ ーキング・プア」という言葉が流行するような風潮がある一方で、テレビや雑誌等でいわ ゆる「セレブ」たちがとりあげられることもかなり多い、という日本の現状からも容易に 想像できるだろう3。
いわゆる「やる気の有無」や「積極性」は、こうした文化的目標に対する姿勢と対応す ると考えられる。文化的な目標、すなわち高い地位を得て成功することに向かって邁進し ている者をみたとき、多くの人びとはその者に対して「やる気がある人だ」という印象を もつはずである。逆に、地位や成功を拒否している者に対しては「やる気がない」という イメージがもたれやすいと考えられる。つまり、「高い地位を得て成功すること」という目 標を承認しているかどうかを、「やる気の有無」をあらわすものとみなすこともできるので ある。
また現在の日本において、先のような目標を実現するための手段として一般に認められ ているのは、いうまでもなく「正社員になること」である4。このため、「正社員として就 職しなければならない」とする者はこうした手段に関する規範に従っているとみなすこと
3この点に関して、樋口美雄は興味深い指摘をしている。彼は2005年9月の総選挙前に政府の動向を見据え、
「日本は少なくとも意識面では格差の小さい社会だったが、政府が政策的に掲げたのは『格差は拡大しても、
頑張れば自分の所得も伸びる』というアメリカンドリームのようなものだ」と述べている(『朝日新聞』2005.08.29 朝刊)。
4実際には、目標を実現するために「自営」という道を選ぶこともあり得ると考えられる。ただし、自営の場 合は被雇用者とさまざまな前提が異なってくるため、両者をあわせて論じることは難しい。それゆえ本章では 被雇用者のみを議論の対象としておき、自営に関する議論は別稿に譲ることにする。
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ができる。反対に「正社員でなくてもよい」、すなわち「フリーターになってもよい」とす る者は規範に従っていないとみなせる。このように、本人が正社員を志向するかどうか(フ リーター化を許容するかどうか)は、制度的な手段に関する規範の内面化(の弱さ)に対 応していると考えることができるのである。
表 4.1 マートンの類型と本章で考える類型
文化的目標 制度的手段 本章の類型
+ + 地位志向・定職志向
+ - 地位志向・非定職志向 (フリーター許容)
- + 非地位志向・定職志向
- - 非地位志向・非定職志向 (フリーター許容)
± ± ―――
※Merton(1957=1961)p129、「個人的適応様式の類型論」をもとに作成。
逃避主義 反 抗 適応様式
同 調 革 新 儀礼主義
高い地位を得て成功することを重視するかどうかを「地位志向」、正社員として就職した いと考えるかどうかを「定職志向」とするならば、マートンの類型との対応関係は表 4.1 のようにまとめることができる。本章では、以上のような対応関係を念頭におきつつ、先 述の問題を検討していくことにする。具体的には、本章のデータにおいて上記の類型を実 際に作成し、それぞれの類型がどういった特徴を示すのかを確認していく、というかたち で分析がなされる。その作業を通して、「フリーターになってもよい」という人びとや「正 社員でなければならない」という人びとのそれぞれの内部における差異を明らかにしてい くのである。
2.2 4類型の設定
具体的な類型の設定に移ろう。地位志向をとらえるための項目として、ここでは(1)「高 い地位につくこと」(2)「名声を得ること」が重要だと思うかどうか、(3)「人生の勝ち組 になることは重要である」と思うかどうかについての回答(いずれも5段階)を使用する。
また、定職志向については、(4)「卒業後、自分はパート・アルバイトとして働いてもよい」
(5)「常勤の職業につくことは、自分自身にとって重要である」(6)「生活できるなら、自 分は定職に就かなくてもいいと思う」という質問に対して、そう思うかどうかという回答 を用いる。それぞれの基本的な分布は、表 4.2に示すとおりである。本章で用いるデータ においては、定職志向として用いる質問項目の分布に偏りがある点には留意しておきたい。
表 4.2 地位志向・定職志向をとらえるための質問項目
質問 形式
重要であ る/そう 思う
やや重要で ある/やや そう思う
どちらとも いえない
あまり重要 ではない/
あまりそう 思わない
重要では ない/そう
思わない
合計 N
地位志向 (1) 高い地位につくこと I5 13.2 26.7 28.0 24.3 7.8 100.0 296
(2) 名声を得ること I5 11.2 23.7 30.8 24.4 9.8 100.0 295
(3) 人生の勝ち組になることは重要である T5 15.8 32.7 25.9 18.9 6.7 100.0 297 定職志向 (4) 卒業後、自分はパート・アルバイトとし
て働いてもよい T5 2.0 6.4 8.1 27.3 56.2 100.0 297
(5) 常勤の職業につくことは、自分自身に
とって重要である T5 43.6 34.2 11.4 8.1 2.7 100.0 298
(6) 生活できるなら、自分は定職に就か
なくてもいいと思う T5 8.4 19.4 14.0 35.5 22.7 100.0 299
【注】質問形式の「I5」は「重要である」~「重要ではない」の5段階、「T5」は「そう思う」~「そう思わない」の5段階であることをあらわす。
変数/項目
地位志向をあらわす変数として、ここでは(1)~(3)の項目を用いた主成分分析をお こない、算出される第1主成分得点を用いる。定職志向には、(4)と(6)の値を反転させ た上で主成分分析をおこない、算出される第1主成分得点を用いる5。それぞれの主成分分 析の結果は、表 4.3および表 4.4に示すとおりである。
表 4.3 地位志向に関わる項目の主成分分析
固有値 寄与率 累積
寄与率 (1)高地位 (2)名声 (3)勝ち組
1 2.194 73.1 73.1 0.918 0.907 0.727
2 0.623 20.8 93.9 -0.249 -0.298 0.687
3 0.184 6.1 100.0 -0.308 0.298 0.017
主成分
分散の説明率 主成分との相関(負荷量)
表 4.4 定職志向に関わる項目の主成分分析
固有値 寄与率 累積 寄与率
(4)パート・
アルバイト (5)常勤 (6)非定職
1 1.575 52.5 52.5 0.790 0.712 0.665
2 0.806 26.9 79.3 -0.081 -0.560 0.696
3 0.620 20.7 100.0 -0.607 0.422 0.269
主成分
分散の説明率 主成分との相関(負荷量)
類型の作成に際しては、これらの変数に対してさらに次のような操作をほどこす。まず 地位志向をその強さから人数が半分ずつになるよう(0点を基準として)2つに分ける。こ
5定職志向に関する項目のうち、(4)および(5)は第2章で「常勤主義」をとらえるために使用したものであ る。本章では、これらの2つに「定職」に就くことに対する態度の項目を加えているため、「定職志向」という 表現を用いている。
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のうち、得点が高い方のグループを「地位志向」、得点が低い方のグループを「非地位志向」
とする。次に定職志向も同様にその強さから人数が半分ずつになるよう(0 点を基準とし て)2つに分け、得点が高いほうのグループを「定職志向」、低いほうのグループを「フリ ーター許容(=非定職志向)」とする。4類型は、これらの組み合わせによって作成される。
図 4.1 本章における 4 類型
説明された分散の合計 成分
1 2 3
因子抽出法: 主成分分析 成分行列(a)
※注 カッコ内はそれぞれの類型に含まれる人数をあらわす
【同調】
地位志向・
定職志向
(97)
定 職 志 向 地位志向
強 弱
【儀礼】
非地位志向・
定職志向
(75)
【逃避】
非地位志向・
フリーター許容
(71)
【革新】
地位志向・
フリーター許容
(50)
強
弱
図 4.1は、作成された類型に含まれる人数を図示したものである。図からは、「地位志向・
フリーター許容」の人数がやや少ないものの、その他の類型にはある程度の人数が含まれ ていることが読み取れる。このことから、少なくとも「地位志向が強い者は定職志向も強 く、地位志向が弱ければ定職志向も弱い」といった単純な関係にあるとはいえないことが わかる。むしろ定職志向の強い人びとのなかに地位志向の弱い(≒「やる気」のない)者 がいたり、定職志向の弱い(=フリーターになってもよいとする)人びとのなかに地位志 向の強い(≒「やる気」のある)者がいたりする、と考える方が妥当だといえるだろう6。 この結果を見る限りにおいても、フリーターになってもよいとする者、正社員でなけれ ばならないとする者のそれぞれの内部が同質的ではないと推察される7。次節以降で、それ
6第2章の分析では、地位志向と常勤主義の間に相関関係があるとは言えない、という結果が得られていた(表 2.5)。この結果もまた、本章のこうした判断が妥当であることを示している。
7 1つの大学での調査データに基づいて大学生一般のことを述べるには無理があるという意見もあるだろう。し かし、ここで扱っているのは、単純集計レベルの問題ではなく「変数間の関連」という問題であり、この関連 は「大学の違い」といった第3変数による交互作用を受けるとは考えにくい。それゆえ、以下でもこのような 一般的なスタイルで議論を展開することにしたい。このような考え方にもとづけば、本章で述べるいくつかの 命題は「今回のデータからは妥当と考えられる」という限定付きの「大学生一般についての仮説」ということ になる。この仮説は、多くの大学での追試によって少しずつより確実な命題になっていくものである。