第 4 章 病的状態が 2 足歩行モデルの motor module に与える影響 56
4.4 考察
フィードバック 反射ループ
CPG
CPGループ
亜急性期 慢性期
Motor Modules Motor Modules
図4.9 2足歩行における代償手段の仮説. 左側は反射フィードバックループである. 患 者が反射ループの調整で2足歩行を獲得したとき,亜急性期脳梗塞患者のようにmotor moduleの合併は確認されない [42]. 右側はCPGフィードバックループである. 患者 のmotor moduleに合併が確認できるならば,それは,慢性期脳梗塞患者で観察される ように,歩行を獲得するためにCPGループを調整した可能性がある [43].
4.4.1 健常歩行モデル
健常歩行モデルは筋骨格系モデル [44–46] と CPG モデル [48, 49, 51] を基に構築し た. このモデルは安定した歩行を獲得するため,調整すべき56個の未知なるパラメータ を有していた. 過去の研究ではこれらのパラメータを手作業 [48], 強化学習 [107, 110], GA [46, 47]などで調整をしていた. 特に, Aoi et. al. (2019)は健常者の歩行パターンと CPG制御での数値シミュレーションを比べた [52]. その際, 69 個の膨大なパラメータを 手作業で調整した. 本研究では, GA を採用し, 歩行距離と歩数が最大になるようにパラ メータ調整をした. GAは56個のパラメータに対して適切な値を探索することができた. 最終的に,このモデルは左右対称の歩行パターンを獲得でき (図4.3A), それは実際の健常 歩行パターンと一致していた[31].
4.4.2 病的歩行モデル
脳梗塞患者が安定した歩行を再獲得するまでの,反射による代償とCPGによる代償, 2 つの過程を検討した. 前者は反射機構を調整し,その結果, motor moduleの顕著な変化は 確認できなかった. 一方,後者は制御器自体を調整し,その結果としてmotor moduleの重 なりを確認した. この違いは一体どこからくるのか. Allen et al. (2013)は脳梗塞患者の データを基に病的歩行モデルを構築し, motor moduleパターンの変化がどのように歩行 に影響するのかを調べた [50]. 結果,どのmotor module 同士を重ね合わせるかで歩行障 害のパターンが変わることを示した. しかしながら,脳梗塞患者でどのようにしてmotor
moduleの重ね合わせが生じるのかは検討していない. その一方で,本研究ではCPG代償
モデルが安定した歩行を再獲得するために, motor moduleの重なりが生じたことを示し た. つまり,この重なりは歩行の再獲得の過程で内部的に生じたことを示唆する. また,反 射代償モデルではmotor moduleの重なりが生じないことも示した. この結果は亜急性期 脳梗塞患者ではmotor moduleの重なりは観察できなかったという実験結果 [42]とおお よそ一致している. これらから,患者は脳梗塞を発症してからの期間に依存して,異なる歩 行動作再獲得の戦略をとる可能性が考えられる. 脊髄神経回路は感覚フィードバック情報 より,動作などを順応できる機能をもっている [26]. 一般的に,脳梗塞患者の脊髄神経は損 傷されない. このようなことから,脳梗塞を発症してから期間の短い患者は反射フィード バックへ影響を及ぼし, 一方,期間の長い患者はCPGフィードバックに影響を及ぼしたの ではないかと考えられる (図4.9).
4.4.3 ロボット歩行への応用
CPG制御の2足歩行ロボットは環境の変化に応じて歩行パターンを調整する. 例えば CPG制御ロボットは加速度や感覚フィードバックを用いて,平坦な場所と同様にスロー プなどを歩き続けることができる [44, 45, 49, 107, 110–112]. しかし,この機能は筋骨格系 が損傷をうけていないことが前提であり, システムに機能障害が起こったとき,安定した 歩行パターンを生み出すのは難しいだろう. 本研究では,シミュレートした病的な状態の ように,システムに損傷が生じても, 内部パラメータを調整することで再び安定した歩行 を獲得できる可能性があることを示した. しかしながら,更新するパラメータの選択に依 存して,追加のパラメータ探索は再学習に時間を要し,また,歩行パターンの回復戦略も異 なってしまう. 特に, CPG代償モデルのように,ロボットが不十分な歩行パターンのみを
示すようなmotor moduleの重ね合わせが起きる可能性も考えられる. この解決策とし て,本研究の結果は,反射代償モデルのように,歩行能力を再獲得するためには, すべての パラメータを更新する必要はないことを示唆している.
4.4.4 オンラインリハビリテーションへの提言
オンラインリハビリテーションは有益な手段となる可能性があると報告されてきてい
る [113]. それゆえ,簡単にかつ正確に患者の動きを判別する様々な方法が提案されてい
る [114–116]. 特に, Khan et al. (2018)は機能的近赤外分光分析法 (fNIRS)を用い,少 ないエラーで義足の数値モデルを制御する斬新な方法論を提案した [116]. この結果は下 肢切断患者や片麻痺患者に対して,より効果的なリハビリテーションを提供できる可能性 がある. しかし,現在のこのシステムは, fNIRSの分解能が粗いため,下肢の伸展または屈 曲指令しか生み出せない. より多くの指令を生み出せるほうが望ましい. トレッドミル上 で歩行中のfNIRSの測定すれば,その測定データにはCPG活動も反映される. そのデー タを用いれば,我々のCPGモデルを,より分解能の高いfNIRSの発生器モデルとして応 用できるかもしれない.
4.4.5 本研究の限界
本研究で構築した筋骨格系モデルは 2次元であり, CPGモデルは数学的に抽象化され ている. したがって,このモデルは3次元での歩行の詳細な研究 [117]や, または歩行中の 大脳神経活動の研究には適さないだろう. むしろ,本モデルは病的な状態を再現すること に特化した,操作性のあるヒト2足歩行の閉ループモデルを提案したと考えられる.
4.4.6 リハビリテーションへの提言
Hashiguchi et al. (2016) は減少した脳梗塞患者の motor module数は1ヶ月間のリ ハビリテーションによって,通常のmotor module数に回復し, その回復はリハビリテー ションによる筋力と歩行パターンの改善と相関したと報告している [103]. 筋力が弱化し ているときは,患者は反射機構のみで歩行を代償するのが難しく, CPG 自体を変化させ ることによって運動戦略を変える必要性があるのかもしれない. この見解は,反射機構に よる代償ではmotor moduleには影響はなく, CPGによる代償ではmotor moduleの重 なりを確認できた本研究とおおよそ一致している. また, ロボット介助による歩行訓練 は歩行障害の治療に効果的であり [118–121] , それらの機器は日々,劇的に改善されてい
る [122–124]. 脳梗塞患者へのロボット介助による歩行訓練は歩行速度,歩調, 歩行周期に おける立脚時間を改善させるが, motor module数は必ずしも増加させないことが報告さ れている [104]. より多くのmotor moduleの動員があれば,実際の歩行はより洗練する可 能性がある. これらをまとめると,反射機構のみで歩行が代償できるように,脳梗塞患者は 歩行訓練と同様に筋力訓練も行うべきである.