第 4 章 病的状態が 2 足歩行モデルの motor module に与える影響 56
4.3 結果
4.2.5 健常と病的歩行モデル
健常歩行は GAを用いて, 56 個のパラメータを調整しシミュレートした. その際, 式 (4.8) において, wconditionm = 1.0 と設定した. 健常歩行パターン獲得後に, 脳梗塞のよ うな病的状態でもシミュレートした. 特に, m = 1,· · · ,6に対して, wconditionm = 0.8, m = 7,8,9に対して, wconditionm = 0.6と設定し,脳梗塞患者で観察されるようなMEPs
の弱化 [106]をシミュレートした. その後,歩行モデルは即座に転倒してしまったので, 2
つの仮想的なリハビリテーション過程を検討した. 1 つ目の過程は患者が反射機構のみ による歩行の再獲得を想定し, 28個の反射パラメータ(cm,n′, c′m,n′)をGAを用い,再調 整した. この過程を反射代償モデルとした. もうひとつの過程は患者が制御器自体の順 応により歩行を再獲得することを想定し, 48個のCPG へのフィードバックパラメータ (Feedi)をGAを用い,再調整した. この過程をCPG 代償モデルとした. 両過程ともに, 歩行は可能となったが, motor moduleはそれぞれ異なった変化を示した.
4.2.6 シミュレーションの実装
GAは並列計算ライブラリである Message Passing Interface (MPI) を用いて実装し た. 全てのプログラムはC言語を用い,微分方程式は4次のRunge-Kutta法で求解した. 時間刻み幅は0.1ミリ秒とした. これは先行研究 [44–46, 48] を参考にして,精度よく求解 できる値に設定した. 加えて,構築したモデルが直立を保てるようにHATを筋張力と比 例微分制御法,両方で制御をした. 比例微分制御法はHATの関節角度と角速度を用いた. 関節角度と角速度係数はそれぞれ, 1.0×103, 1.0×102 とした. これは上肢などを使用し, 支持物に掴まり歩行していることを意味している. 本研究はこのような一定の条件で,歩 行中の下肢筋活動パターンであるmotor moduleの変化を検討した.
行周期の前期と中期から後期にかけて活動を示した. ヒラメ筋(SO)と腓腹筋(GC)は歩 行周期の中期に同期して活動した. これらの筋活動は生理学的な測定データとおおよそ一 致している [31]. 図4.3Cは関節の運動を示す. この波形も報告されているデータと類似 している [31]. 歩行周期における,左下肢と右下肢の立脚相はそれぞれ, 55.6%, 54.5%で あった. これは両下肢の動作がほぼ左右対称であったことを示す. しかしながら,シミュ レーション結果と報告されている測定データでは多少の違いがみられた. 例えば,測定 データの方が大腿直筋(RF)は歩行周期の中期に活動のピークを示しており, また,膝屈曲 角度の期間がより長い.
21 32 43
Distance[m] (A)
1000
4000
1400 800
400
0 350
0
350
2500
0 100 0 100 100
Muscle tension [N]Muscle tension [N]Muscle tension [N]
[% Gait cycle] [% Gait cycle] [% Gait cycle]
IL
VA
TA
GM
BFS
SO
RF
BFL
GC
0 0
0 0
(B)
0 0
0
0 120
(C)
[% Gait cycle] [% Gait cycle]
Joint angles [rad]
TO Ankle
Hip Knee
HC TO
HC HC
π/2
0.0
-π/2 HC
π/2
0.0
-π/2
0 100
0 100
図 4.3 健常歩行モデル. (A)健常歩行のスティック線図. 0.1 sec刻みのスナップ ショット. (B)歩行周期(横軸)での各筋の筋張力(縦軸). 歩行周期は歩行中に踵が地 面に着いてから,同側の踵が地面に着くまでの期間である. 筋の略語に関しては本文中 と同様である. (C)歩行周期においての関節角度.左側は左下肢,右側は右下肢に対応し ている. HCは踵接地, TOはつま先離地を示している.
4.3.2 病的状態での歩行パターン
病的な歩行モデルを構築するため, 健常歩行モデルの左下肢筋への神経入力を弱めた. すると,この病的歩行モデルは歩行ができなくなり,即座に転倒してしまった. GAを用い, 反射パラメータの調整により200世代後,反射代償モデルは歩行を再獲得した(図4.4A).
その時の各パラメータの値を付録A.14.2に示す. また, GAでCPGパラメータの調整に より, 1000世代後, CPG代償モデルは歩行を再獲得した(図4.5A). その時の各パラメー
タの値を付録A.14.3に示す. 反射代償モデルにおいて,健常歩行モデルと比べて歩幅は狭
くなった (図4.4A). 神経入力を弱めた障害側下肢 (左下肢)の筋活動は健常歩行モデルで
観察されたIL, SO, GC の活動が消失していた (図4.4B). 加えて, IL, GM, RF, VA,大 腿二頭筋短頭 (BFS), TAにおいて,筋活動の相が時間的に後ろにシフトしていた. 右下肢 よりも左下肢 (障害側下肢)の関節角度は大きくなっていた (図4.4C). 歩行周期における, 左下肢と右下肢の立脚相はそれぞれ, 60.9%, 50.9%であった. これは歩行パターンがおお よそ左右対称であったことを示唆する. 一方, CPG代償モデルでは健常歩行モデルと比べ 歩幅のばらつきが観察された (図4.5A). すなわち, CPG代償モデルの歩行パターンは不 安定であった. 障害側下肢 (左下肢)の筋活動は健常歩行モデルで観察されたVA, TA, 大 腿二頭筋長頭 (BFL) の初期活動が消失していた. 反対に, GM, RF, BFSの初期活動は 健常歩行モデルよりも大きくなっていた. この筋活動の変化は初期筋活動の消失を補うた め生み出されたのかもしれない. また, VA, BFL, TA, SO, GCにおいて,筋活動の相が時 間的に前にシフトしていた (図4.5B). この相の変化に関連して,右下肢と比べ左下肢 (障 害側下肢)の立脚相は短縮した(左: 49.9%,右: 75.2%). これは左右非対称の歩行を示す (図4.5C).
21 32 43
Distance[m]
(A) (B)
1400 800
700
600 350
120
100 100 0 100
Muscle tension [N]Muscle tension [N]
[% Gait cycle] [% Gait cycle] [% Gait cycle]
IL
VA
TA
GM
BFS
SO
RF
BFL
GC
▽
▽
Muscle tension [N]
1000
0
0 0
0
0
0 0
0 2500
0
0
▽ ▽ ▽
▽ ▽ 4000
0
(C)
0 100
Joint angles [rad]
[% Gait cycle] [% Gait cycle]
0.0 0.0
HC TO HC TO
Ankle Hip Knee π/2
-π/2
π/2
-π/2 HC
100 0
HC
図4.4 反射代償モデル. (A)反射代償モデル歩行のスティック線図. (B)歩行周期で の各筋の筋張力.赤色の部分は反射代償モデル, 灰色の線は健常歩行モデルを示す. 矢 印は筋活動の消失を,三角は筋活動が後方にシフトしたことを示す. 筋の略語に関して は本文中と同様である. (C)歩行周期においての関節角度.左側は左下肢,右側は右下肢 に対応している. 実線は反射代償モデル,破線は健常歩行モデルを表す. HCは踵接地, TOはつま先離地を示している.
21 32 43 Distance[m]
(A) (B)
1000
0 4000
1400 800
700
0 600
0
350
0 2500
0 120
0 100 0 100 0 100
Muscle tension [N]Muscle tension [N]Muscle tension [N]
[% Gait cycle] [% Gait cycle] [% Gait cycle]
IL
VA
TA
GM
BFS
SO
RF
BFL
GC
0 0 0
0
✳ ✳
▽ ✳
▽
▽
▽ ▽
(C)
Joint angles [rad]
0.0 Ankle
Hip Knee π/2
-π/2
0.0 π/2
-π/2
0 100
[% Gait cycle]
HC TO HC
0 100
[% Gait cycle]
HC TO HC
図4.5 CPG代償モデル. (A)CPG代償モデル歩行のスティック線図. (B)歩行周期 での各筋の筋張力.赤色の部分はCPG代償モデル,灰色の線は健常歩行モデルを示す. 矢印は初期筋活動の消失を,アスタリスクは健常歩行モデルよりも大きな初期筋活動を, 三角は筋活動が前方にシフトしたことをそれぞれ示す. 筋の略語に関しては本文中と同
様である. (C)歩行周期においての関節角度.左側は左下肢,右側は右下肢に対応してい
る. 実線はCPG代償モデル,破線は健常歩行モデルを表す. 矢印は健常歩行モデルと 比較して,立脚相が変化したことを表す. 歩行周期を通して,両下肢は非対称な動きをし ている.
4.3.3 健常と病的歩行における関節角度の比較
健常歩行モデルと病的歩行モデルの歩行軌跡の違いを確かめるために, angle–angle 図 を図4.6 に示した. 歩行軌跡において健常歩行モデル (図4.6A) と反射代償モデル (図 4.6B)は類似している. 一方, CPG代償モデル (図4.6C)では足関節–股関節,足関節–膝 関節の協調活動が異なっていた. さらに, CPG代償モデルのこれらの違いは足関節の角度 が非周期的であることを示す. この不自然な動きは歩行獲得の代償であると考えられる. 脳梗塞患者では歩行するために,足関節の制御が重要であると考えられており, 実際,様々 な足関節装具が開発されてきている [109]. 本研究のシミュレーション結果はこの見解を 支持している.
-π/2 π/2
0
0 π/2
-π/2
Joint angles [rad]
Joint angles [rad]
-π/2 π/2
0
0 π/2
-π/2
Joint angles [rad]
Joint angles [rad]
(B)
-π/2 π/2
0
0 π/2
-π/2
Joint angles [rad]
Joint angles [rad]
-π/2 π/2
0
0 π/2
-π/2
Joint angles [rad]
Joint angles [rad]
(C)
-π/2 π/2
0
0 π/2
-π/2 -π/2
π/2
0
0 π/2
-π/2
Joint angles [rad] Joint angles [rad]
Joint angles [rad] Joint angles [rad]
(A)
Knee-Hip
Ankle-Hip
Ankle-Knee
図4.6 歩行時左右下肢の各関節角度 (左側: 左下肢,右側: 右下肢). (A), (B), (C)は 健常歩行モデル,反射代償モデル, CPG代償モデルをそれぞれ表している. 横軸,縦軸, ともに関節角度 (radian)であり,比較のため灰色の線は健常歩行モデルを示している.
4.3.4 健常と病的歩行における motor module の比較
最後に,健常歩行モデルと病的歩行モデルにおいて,左右5つずつのmotor moduleに ついて比較した. 図4.7Aは健常歩行モデルを示し,全てのmotor moduleは異なった相 でリズミカルな活動を表している.すなわち, 1つずつ連続的に活動している. 特に,第5 motor module (歩行周期の終わり)の活動は第1 motor module (次の歩行周期の始まり) の活動開始に連続的に追従している. 図4.7Bは反射代償モデルを示し,健常歩行モデルと 同様にmotor moduleは1つずつ連続的に活動している. しかしながら,両下肢において 第2 motor moduleの相が健常歩行モデルと比べ, 遅れて活動している. 図4.7CはCPG 代償モデルを示し,健常歩行モデルと同様にmotor moduleは1つずつ連続的に活動して いる. しかし,障害側(左)下肢の第1 motor moduleはほとんど活動が観察されず, さら に第3,第4,第5 motor moduleの相は早まっていた. 2つのmotor moduleがどの程 度,同時に活動しているか調べるため, 第2,第3 motor module,第3,第4 motor module, 第4, 第5 motor module が共に活動している時間をそれぞれプロットした (図4.8). 共 働活動の期間はCPG代償モデルで最も長かった (図4.8B). このことは, CPG代償モデ ルでは, motor module同士が重なり合い, まるで1つのモジュールであるかのように,時 間的に重複していることを示唆する. しかしながら,この重複は各 motor moduleの活動 が単に延長したことに起因するかもしれない. この問題を見極めるため,ガウス関数を用 いて第2,第3,第4 motor moduleの活動をフィッティングし, それぞれのモデルで活動 期間を調べた(図4.8C). 関数の広がりの程度を示す半値全幅 (FWHM)は,健常歩行モデ ル,反射代償モデル, CPG代償モデルでそれぞれ, 12.467, 13.730, 13.528であった. これ
より, CPG代償モデルにおいてmotor moduleの活動期間は他のモデルとほぼ同じであ
り, 活動期間が延長していないことを表す. これらの結果より,他のモデルよりもCPG代 償モデルのmotor moduleは共働活動しており, その重複はまるで1つのモジュールのよ うに重なり合い活動していた. このmotor moduleの重なりは非障害側 (右)下肢でも観 察され,片方の障害はもう片方の下肢にも影響を及ぼすことを示唆する.
2 3 4
Time [sec]
Motor modules
1 1
2
3
4
5
2 3 4
Time [sec]
Motor modules
1 1
2
3
4
5
(A)
2 3 4
Time [sec]
Motor modules
1 1
2
3
4
5
2 3 4
Time [sec]
Motor modules
1 1
2
3
4
5
(C)
2 3 4
Time [sec]
Motor modules
1 1
2
3
4
5
2 3 4
Time [sec]
Motor modules
1 1
2
3
4
5
(B)
図4.7 歩行時左右下肢のmotor module活動パターン (左側: 左下肢,右側: 右下肢).
(A), (B), (C)は健常歩行モデル,反射代償モデル, CPG代償モデルをそれぞれ表して いる. 横軸は時間(sec)を,縦軸は活動(任意の単位)である. 比較のため灰色の線は健 常歩行モデルの活動を示している.
(A)
Time
Motor modules
1 2 3 4 5
2π 3 vs 4
4 vs 5 0
π/2
π/4
2 vs 3 3 vs 4
Duration of co-activation
(B)
健常モデル 反射代償モデル CPG代償モデル
Motor modules (C)
Time [sec]
0
Activity of motor modules
0.5
0 0.25
健常モデル 反射代償モデル CPG代償モデル
図4.8 motor moduleの活動パターン解析. (A) motor moduleの活動パターン概念 図. 1歩行周期は第1から第5 motor moduleの活動期間に対応する. 各モデルの異 なった歩行周期と比較するために, 1歩行周期を 2π (破線) に正規化した. 各motor
module が同じ時間に活動した場合,その時間を共働活動期間と定義した(第3,第4
motor moduleの共働活動期間を記載). (B)各モデルにおいての3歩行周期での平均 共働活動期間. 横軸は各motor moduleの比較,縦軸は活動(任意の単位)である. 灰 色,青色,赤色はそれぞれ健常歩行モデル,反射代償モデル, CPG代償モデルを示して いる. (C) 3歩行周期に対して,第2,第3,第4 motor moduleをガウス関数でプロッ トした波形. 灰色,青色,赤色はそれぞれ健常歩行モデル,反射代償モデル, CPG代償モ デルを示している.