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第 4 章 病的状態が 2 足歩行モデルの motor module に与える影響 56

4.5 結論

る [122–124]. 脳梗塞患者へのロボット介助による歩行訓練は歩行速度,歩調, 歩行周期に おける立脚時間を改善させるが, motor module数は必ずしも増加させないことが報告さ れている [104]. より多くのmotor moduleの動員があれば,実際の歩行はより洗練する可 能性がある. これらをまとめると,反射機構のみで歩行が代償できるように,脳梗塞患者は 歩行訓練と同様に筋力訓練も行うべきである.

第 5

総括

本研究では, 脳の神経回路モデルと身体の筋骨格系モデルを統合した脳-身体モデルを構 築し, リハビリへの応用を見据えた2足歩行シミュレーションを実装した. 具体的には小 脳損傷患者の特異的な歩行と, 脳梗塞患者の代償歩行をそれぞれ再現することに成功した. さらに, 関節トルクやフィードバックパラメータの違いなどによる歩行の可否や歩容の変 化を確認し, それらの知見を基に臨床現場への提言をした.

 第 2 章では, まず,歩行の基礎的分類として歩行周期や歩行の各相について説明した. 次に,歩行動作に必要な生理学的背景として一般的な中枢神経系について説明した. それ を踏まえて歩行制御について,特に階層的であり最終出力は脊髄CPGであると考えられ ていることを説明した. また,神経損傷患者の特徴的な歩行についても述べた. そして,歩 行モデルとシミュレーション手法を紹介した. 本研究で使用した骨格モデル,筋モデル, CPGモデル,小脳モデル, GA, MPIに関して一般的な例も含め説明した.

 第3章では, 下肢筋骨格系の動力学モデルと小脳の神経回路モデルを組み合わせた脳 身体モデルを構築し,歩行中に生じる感覚フィードバック,具体的には足底接地情報の フィードバックに含まれる遅れを小脳モデルで学習・補償することで,歩行が可能になる かどうかを数値シミュレーションによって検討した. 小脳による遅れ補償モデルでは,足 底接地情報の生体での遅延を模擬した65ミリ秒の遅れを適切に補償し,安定した歩行が 可能であった. 一方,両側の小脳を停止した場合は転倒してしまった.このことは,小脳に よる遅れ補償が歩行動作において本質的であることを示唆した. さらに,片側の小脳のみ を停止すると,歩行そのものは可能であったが,停止した側の脚が反対側と比べてより高 く上がることを確認した. この現象は過去の臨床や動物実験でも報告されており,単純化 された本モデルでも類似した結果が得られていることは,本モデルの妥当性を示唆した. また,片側の小脳を停止した状態で関節トルクを弱化させたシミュレーションも行い,ト

ルクを小さくすると転倒しやすくなることを示した. 特に体幹に近い股関節トルクは非常 に敏感で,1%減少させるだけで転倒してしまった. 小脳障害の患者に対して体幹を鍛え ると効果があることが経験的に知られているが,この結果はリハビリの世界で伝統的に行 われてきた介入方法に対して,有効性の根拠を与えるものと期待される. つまり,伝統的 な,経験にもとづいたリハビリ法に対する裏づけや効果を定量的に与えることが可能にな ると示唆される.

 第4章では, 健常と病的の両状態で2足歩行の数値シミュレーションを実装した. 7リ ンク, 18筋の身体モデルとRG, PF で階層化されたCPGを有する神経モデルで構築さ れた神経筋骨格モデルを用いた. 健常な状態を模したシミュレーションでは, GAによる 内部パラメータのフィッティングにより, 歩行が獲得された. 病的な状態においては,生理 学的な報告を基に,片側下肢への制御器からの入力情報を弱めた. その結果,病的モデルは 即座に転倒した. 安定した歩行を再獲得するため, 2つの過程を検討した. 1つの目の過程 では感覚フィードバック入力のパラメータを再調整した. これは感覚フィードバック情報 に対し,反射機構を順応させ,代償的に歩行をさせることをシミュレートしたものである. この過程により,安定した歩行を再獲得することができた. また, motor moduleの活動パ ターンはこの代償歩行の影響をほとんど受けなかったが, 筋活動パターンにおいては,い くつかの違いがみられた. もう1つの過程ではCPGパラメータを再調整した. これは制

御器 (CPG)自体を順応させ,代償的に歩行をさせることをシミュレートしたものである.

この過程においては,いくつかのmotor moduleは活動する相が早まり, 活動するタイミ ングも一致してしまう傾向にあった. それはまるで, motor module同士が重なり合い, 1 つのモジュールとして機能するかのようであった. これらの結果は,感覚フィードバック 情報に対し反射機構を順応させた歩行代償であれば, 軽度または亜急性期の脳梗塞患者の ように, motor moduleに影響を受けない可能性がある. 一方,制御器 (CPG)自体を順応 させた歩行代償の場合,重度または慢性期の脳梗塞患者のようにmotor moduleは重なる ことが示唆された. また,より多くのmotor moduleの動員があれば,歩行はより洗練する 可能性がある. そのため,反射機構のみで歩行が代償できるように,脳梗塞患者は歩行訓練 と同様に筋力訓練も行うべきであると提言した.

 これらの結果は,時事刻々とダイナミクスが変化する複雑な2足歩行を数値シミュレー ションである程度模擬できることを示す. 神経損傷患者は,その機能欠損だけではなく環 境に適応しようとする代償動作も相まって, 歩行の複雑さが増す. そのため,計測などで歩 行パターンを分類できたとしても,因果関係を明らかにすることは困難である. しかし,本 研究で再現した小脳損傷患者と脳梗塞患者の歩行は,過去に報告されている生理学的知見 と類似する. そして,それは小脳モデルからの信号の有無や,フィードバックパラメータの

変化に起因することが示された. 本研究では, 2次元の簡略化した身体モデルを使用した が,神経損傷と歩行障害の因果関係を議論できる最小限の必要な要素は含まれていると言 える. さらに,身体モデルのパラメータ変化により,神経損傷による歩行障害を代償させる ことができた. このパラメータ変化こそがリハビリであり,パラメータの違いが個人差で ある.

本研究を発展させれば,患者の個人差を包括したモデルを構築し, リハビリの試行錯誤 を計算機上で実装できる可能性は十分にある.

 そのため,今後はモデルの精緻化と並行して典型的な病態などの特徴的な要素を検証す る縮約化を行い, この両輪で実際にリハビリ応用する方法の検討が重要である. モデルの 精緻化に関しては身体モデルとして3次元全身モデル [47]が,神経系モデルでは大規模な 小脳モデル [76, 125]CPGモデル [25]などが報告されており,それぞれ置き換えるこ とで, 3次元での精密な歩行シミュレーションを実装していきたい. 縮約化に関しては,麻 痺側上肢の回復過程を理論的に検証した報告などがあり[126, 127],参考にしていく. その 後, リハビリへ応用するためには,

1. 患者から直接データを測定する

2. コンピュータ上に数値シミュレータを作成する

3. 測定及びリハビリするための臨床現場でも使用できる簡易な機器を開発する の3点が必要であると考える.この 3点を組み合わせることで,実際の患者のデータに基 づいてシミュレーションを実装することができ, 患者をコンピュータ上で模倣した結果, リハビリをどのように進めていくべきかという提案・予測ができると考える.

 最後に, 世界的にも高齢化の波が押し寄せている中,リハビリを必要とする患者数は増 大していくだろう. 様々な基礎疾患を有するため,その掛け合わせで患者の症状は複雑性 を増す. 多様な医療・リハビリ機器は開発されているが個々の患者の特性を理解しなけれ ば,それを適切に利用できない. 機器ばかり開発され,このままでは,今度はどのような機 器が適応するのかという試行錯誤がはじまってしまう. そうではなく,まずは複雑な患者 の状態を理解しなければいけない. これまでの臨床研究では対象から除外されてきた様々 な合併症を持つ患者に目を向けなければ, リハビリ分野の発展はないだろう. 計算機シ ミュレーションであれば,基礎疾患,身体形状,体力,筋力,感覚など多数の因子をモデルの パラメータとして組み込むことは可能である. それにより,患者の特性を反映した複雑な モデルを構築し,計算機シミュレーションによって効果的なリハビリ手法を検討できる可 能性があることを本研究で示した. リハビリは身体的・精神的・金銭的な苦痛を与えうる 試行錯誤から脱却し, リハビリシミュレーションを用い, より再現性,妥当性に富んだもの

へと発展していかなければいけない. 経験則に基づいた理論があれば,シミュレーション で試し,新たな知見がわかればモデルに組み込める. その結果として,より有効で効率的な リハビリを患者に提供し, 患者の社会復帰やQoL向上に貢献できると考えられる. このよ うにリハビリシミュレーションの構築は社会的意義は非常に大きく, 本研究はそれに先鞭 をつけるものである.

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