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第 3 章 小脳による足底接地情報の遅れ補償を組み込んだ下肢筋骨格系モデルの

3.4 考察

0 2 4 6 8 10 12 14 Distance [m]

0 2 4 6 8 10 12 14

Distance [m]

(A)

Height [cm]

10 20

0 -10

(B)

Height [cm]

10 20

0 -10

3.5 歩行中の足底の高さ. 小脳遅れ補償歩行(A)と片側小脳停止歩行(B)の,左足 ()右足()の足底の位置をそれぞれ表示している.赤と青の横線は左右の1歩行周 期中における最高足底位置の平均値である.本筋骨格系モデル [44]では床面の高さに 関しての制約条件が存在しないため,立脚期に足底面の高さが負の値になる.

これまでに様々な 2足歩行モデルが提案されており [44, 88],病態を模擬したような2 足歩行モデル [53, 54] や,2足歩行モデルに小脳モデルを追加し歩行の安定性を図ったモ デル [48]も報告されている.これらのモデル [53, 54]では,病態の再現するために個々 の神経パラメータを直接変化させており,現象は再現はできているものの果たしてそれが 生体でも起こりうるのかその因果関係は不明である.また先行研究で用いられている小脳 モデルは位相遅れを直接補償するよう数学的に記述されている [82].一方,本研究では先 行研究の小脳神経回路を陽に記述したタイミング学習モデル [60]を用い,小脳の学習機 構 [89]にもとづいて足底接地のタイミングを予測し,予測したタイミング情報をフィー ドバックすることで歩行が実現された.

このようなタイミング学習をするためには時間の情報を適切に処理しなければならない が,一般的に時間の情報は小脳だけではなく大脳皮質や大脳基底核でも表現されているこ とが知られている[90].ただし,表現する時間スケールに応じて対応する部位は異なって おり,例えば大脳基底核では意思決定に関与する数秒スケールの時間が,小脳では運動制 御において重要な数十ミリ秒〜数百ミリ秒スケールの時間が表現されていると考えられて いる [91].足底接地のタイミングは,遊脚期開始から足底接地までの数百ミリ秒の時間経 過を学習・表現するものであるから,本研究では小脳のみをモデルに含めた.この小脳モ デルでは生物学的な詳細は捨象され,小脳タイミング学習のエッセンスだけが表現されて いる.また,実際の小脳では学習が十分生じた後は,教師信号入力としての登上線維活動

は低下し [18],学習が完了するが, 本研究では限られた短い区間での歩行シミュレーショ

ンであったため, 小脳タイミング学習の完了条件を組み込んでいない.

このようなモデルを用いることで,歩行における小脳運動学習,特にタイミング学習の 役割がより明確になり,また逆に今後モデルを精緻化することで,より詳細な小脳障害と 歩行の関係を議論することが可能になると考えられる.具体的には,今後は各関節の深部 感覚から来る関節角度・角速度のフィードバック信号についても適切な遅れを導入し,そ れらを全て小脳へ入力することで,全身の感覚の予測にもとづいた歩行動作が可能かどう かを検討していく.

また,我々が足底接地時刻を予測しているとする根拠として,論文 [81]では,急に高 さが変わりそれを予測できないプラットフォーム上を歩いた時の下肢の筋電を測定してい る.歩行中に急に高さが変わると下肢の筋電は通常の高さで歩いていた時と同じタイミン グで活動しているが,通常とは違うタイミングで踵を接地すると,その直後に短い潜時で 筋の活動が変わる.このことは,足底接地を予測していることで,予測と実際の接地で差 があった時に素早く対応でき,かつその短い潜時は脊髄小脳路の関与を示唆している.

これまで述べたように本モデルは単純化されたモデルではあるが,限られた範囲であれ

ば小脳損傷と歩行障害を議論する要素は含まれている.そのような前提のもと,本モデル のシミュレーション結果より,片側の小脳だけを停止し片側の足底接地のタイミング予測 ができなくなった場合は,予測の可不可のバランスが崩れたことにより停止側の足が高く 上がるようになった.本モデルはCPG 出力を関節トルクに変換し駆動しているが,片足 が高く上がる状態と通常歩行では足関節屈曲トルクに質的違いがあった. このことから, 歩行中に片足が高く上がるという現象は足関節トルクによる影響が一つの要因だと考えら れ,足関節トルクで下肢の遊脚相での位置が変化したことが示唆される.

歩行中に片足が必要以上に高く上がるという現象は最も初期の小脳損傷患者の臨床研究 で既に報告されており[37],小脳との関わりは非常に深いと考えられる.この小脳損傷と 歩行中に損傷側の足が高く上がるという因果関係を支持するように,ラットの小脳半球中 間部の活動を薬理的に抑制すると,歩行中に足が高く上がってしまうといった報告 [83]

がある.言い換えると,モデルから自然に発現したダイナミクスが実際の動物の運動を現 象として再現できており,これまでの研究で報告されたこの現象は,筋骨格系のダイナミ クスに内在するものであることを示唆する.そして小脳はそれを様々な環境に応じて最適 化しているのだと考えられる.また,このモデルには大脳皮質は含まれておらず,障害物 などがない定常的な歩行においては大脳皮質の役割はさほど重要ではないことも示唆され る.ラットを用いた脳損傷モデルにおいて,大脳と関わりが強い小脳外側半球部を破壊し ても歩行動作に影響しないといった報告 [84]がある.さらに,大脳損傷がある患者に対 してスプリットトレッドミル歩行を実施すると,歩行の適応には大きな影響がでないこと が確認されている [78, 92].このように,本モデルは動物実験のデータや実際の患者の報 告と比較するとよく類似しており,簡易的なモデルでありながらもある程度の妥当性は得 ていると考えられる.

また,本研究では片側の小脳を停止した状態で関節トルクを弱化させたシミュレーショ ンも行い,トルクを小さくすると転倒しやすくなることを示した.特に体幹に近い股関節 トルクは非常に敏感で,1%減少させるだけで転倒してしまった.小脳障害の患者に対し て体幹を鍛えると効果があることが経験的に知られているが[93],この結果はそのように リハビリの世界で伝統的に行われてきた介入方法に対して,有効性の根拠を与えるものと 期待される.つまり,伝統的な,経験にもとづいたリハビリ法に対する裏づけや効果を定 量的に与えることが可能になることが示唆される.これを進めることで,ある特定の患者 に対してどのような訓練を優先的に,または積極的にしていくのかを示唆できるようにな ると考えられる.例えば小脳患者に対しては,重り負荷,弾力帯装着など,様々なリハビ リが提案されている.これらのリハビリは動作時の即時的な効果は示唆される [94]が小 脳疾患に特異性がないこと [95] や,効果の理由として推定されている筋紡錘からの求心

性発射が増加し,中枢への固有感覚入力を増加させるという機序 [96]は,支持する報告 は確認できず,不可解な点が多い.よって,実際の効果は明らかではない.だが,リハビ リそのものに効果がないということではない.小脳が障害された脊髄小脳変性症の患者ら に4週間集中的に様々なリハビリを行うと運動障害が改善しその効果は数週間保たれると いった報告 [97]もある.つまり,どのようなリハビリ方法が最も効果的であるのかを定 量的に評価することが極めて困難であるということである.リハビリを必要とされる患者 の多くは複雑な病態や様々な合併症を有しており,本研究で構築した簡単な数理モデルで は不可能だろうが,今後モデルの大規模化・精緻化を進めることにより,患者一人一人の 病態を模擬することが可能になるだろう.そうすれば,その特定の患者に対する適切なリ ハビリ法を数値シミュレーションによってまず検証できるようになり,患者の時間的・金 銭的・肉体的負担を軽減し,患者にとって有益なものになる可能性を秘めている.

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