第 3 章 アーク条件が液滴飛散現象に与える影響
3.4 考察
97
Figs. 3.12~14に,電流値80, 100, 120 Aにおける交流1周期中の溶融部挙動と二次元電極
温度分布を示す.撮影タイミングはFigs. 3.12~14 (c) の電流波形と同期している.異なる 電流値において,電極溶融部挙動には大きな変化は見られなかった.それに対して,電流 値の増加に伴い,電極温度は上昇した.Fig. 3.15に電流値80,100,120 Aにおける1周期 中の電極先端温度の時間変動を示す.測定された電極先端温度は 3 周期分以上の平均値で ある.いずれの電流値においても陽極時・陰極時の電流ピーク時において電極温度が上昇 し,多相交流アークにおける特徴的な電極温度の変動を示した.また,電流実効値の増加 により電極先端温度は上昇した.電流値80 A時には極性が変わるタイミングで先端温度が タングステンの融点以下となるのに対し,電流120 A時には常にタングステンの融点以上の 電極温度を示した.これは,電流値の上昇により出力が上昇しており,アーク中のジュー ル加熱が上昇し,アークから電極に流入する熱量が増加したためである.また,Fig. 3.16
に電流値80,100,120 Aの陰極時における一次元電極温度を示す.電流値が高いほど電極
へ流入する熱量が高いため,電極はより広い範囲で溶融することがわかった.
(c) 電極溶融面積
Fig. 3.17に電流値80,100,120 Aにおける交流1周期中における電極溶融面積の時間変
動を示す.測定された電極溶融面積は3周期分以上の平均値である.Fig. 3.15の電極先端温 度の時間変動との比較により,アークからの入熱量が増加する電流ピーク時において電極 温度・溶融面積共に増加することがわかった.また,電流値の増加によりアーク中のジュ ール加熱が増加し,アークから電極に流入する熱量が増加するため,120 A時に最大の電極 溶融面積を示した.
98
(i) 表面張力による圧力 Pst
電極溶融部内は溶融状態,すなわち液相状態であり,内部には表面張力が働く.表面張 力は目的物質の物性と温度に依存した力であり,Etovos の方程式によって求めることがで きる.Etovosの方程式を以下に示す.
(3-1)
Tcrは臨界温度,VLはモル体積である.Eq. (3-1)は温度Tによって表面張力σが求められる ことを示し,電極先端の温度分布から表面張力σを求めることができる.表面張力が及ぼす 圧力Pstは以下の式によって推算した.
(3-2)
Eq. (3-2)より,表面張力による圧力Pstは溶融部半径rによって求められる.表面張力による
圧力Pstは溶融面を電極側に引っ張る方向に働く力である.
(ii) 電磁力 Pem
電極内部には電流が流れているため,電極周りには磁界が発生し,その磁界と電流との 間に電磁力が働く.電磁力の力の方向はフレミングの左手の法則に従い,陽極時・陰極時 どちらにおいても電極の中心部に向かう力となる.電磁力Pemは以下の式により推算した.
(3-3)
μ0は透磁率,Iは電流値である.電磁力は電極中心部に向かう力であるため,溶融部を押し 上げる方向に働く力である.
(iii) イオン衝突による圧力 Pion
電極はクーロン力により,陽極時には電子を引き寄せ,陰極時には陽イオンを引き寄せ るため,それらの衝突により衝突圧力が発生する.電子の質量は微小であり,その衝突に よる圧力は無視できるため,イオン衝突圧力Pionは以下の式で表される.
2 3
)
(
T T
crV
L
P
st r
2 2 0
8 r
P
emI
99
(3-4)
ηは全体の電流に対するイオン電流の割合を示し,Zhouらの報告より0.3~0.5程である[2].
また,miはイオン質量,j は電流密度,Vはシース電圧,eは電気素量である.イオン衝突 圧力は電極面にイオンが衝突することで発生する圧力であるため,溶融部を電極側に押さ えつける方向に働く圧力である.イオン衝突圧力は陽イオンが電場の影響を受け,電極側 に衝突する際に発生する圧力であるため,陰極時にのみ働く圧力である.
電流密度jに関しては,以下に示すリチャードソン・ダッシュマンの式より算出した.
(3-5)
mは電子質量,kはボルツマン定数,hはプランク定数,Φは仕事関数であり,電極先端温 度より電流密度を算出した.
(iv) プラズマ気流によるせん断応力 Pf
プラズマ気流は電極に沿って電極先端に向かって流れており,その気流によるせん断応 力が電極溶融部に与える影響を考察した.多相交流アークにおける電極近傍のプラズマ気 流の速度の推算には,電極先端の溶融部から発生し,プラズマ気流中を飛散する液滴を利 用した.高速度カメラにより観測できる液滴の最小粒径が約40 µmであるため,その飛散 速度からプラズマ気流速度を概算した.概算した結果,プラズマ気流速度は5-10 m/s であ り,多相交流アークにおけるプラズマ気流によるせん断応力は約1×103 Paであった.
Fig. 3.18に示すように,表面張力とイオン衝突圧力は液滴の発生を妨げる方向に働く力,
電磁力とプラズマ気流によるせん断応力は溶融部を押し上げ,液滴を分離・飛散させる方 向に働く力である.この中で,プラズマ気流によるせん断応力の影響は他 3 つの力の 1/10 程度ると予想されたため,.本章では(i) 表面張力による圧力 Pst,(ii) 電磁力 Pem,(iii) イ オン衝突圧力 Pionを推算・比較した.
Eqs. (3-2), (3-3)より,表面張力は溶融部半径rに反比例し,電磁力は溶融部半径の二乗r2
に反比例することがわかる.このことから,溶融部径が小さくなるほど表面張力よりも電 磁力の影響が大きくなる.そのため,電極溶融部挙動や交流周期中の電流値の変動により 電極先端に働く力は変動すると予想された.本章では,それらを考慮した力のつり合いを 検討し,液滴飛散機構の解明を目指した.
e V j m
P
io n 2
i
T kT
h
j 4 emk
2exp
3
2100 3.4.2 電極先端に働く力の推算
(a) 極性における力の変動
多相交流アークにおいて,陰極時・陽極時のどちらにおいても溶融部の隆起は発生する が,その隆起部が分離・飛散して液滴となるのは陰極時のみであった.このような陰極時 と陽極時の溶融部挙動の違いに着目し,電極先端に働く力の推算により液滴飛散機構を考 察した.
・陰極時
Fig. 3.19 に陰極時における液滴飛散の様子とそれと同期した電流電圧波形を示し,Fig.
3.20にFig. 3.19と対応した電極先端に働く力の変動を示す.放電相数12相,電流値100 A,
電極間距離100 mm,アルゴンシールドガス流量2 L/minとし,電極は2wt%ThO2添加タン グステン電極を用いた.電極先端に働く力の変動より,交流周期における電流の増加に伴 って電磁力が増加し,溶融部の隆起が発生する(t=10.4 ms)ことがわかった.また,溶融部が 隆起すると,隆起部の溶融部径が絞られることでさらに電磁力が増加し,電磁力が表面張 力・イオン衝突圧力を超えて支配的となった瞬間(t=11.2 ms)に隆起部が電極溶融部から分離 し,飛散することが明らかになった.
・陽極時
Fig. 3.21 に陽極時における液滴飛散の様子とそれと同期した電流電圧波形を示し,Fig.
3.22にFig. 3.21と対応した電極先端に働く力の変動を示す.放電相数12相,電流値100 A,
電極間距離100 mm,アルゴンシールドガス流量2 L/minとし,電極は2wt%ThO2添加タン グステン電極を用いた.陽極時にはイオン衝突圧力は発生しないため,表面張力と電磁力 のみ比較した.3.3.1 節で述べたように,陽極時においても陰極時と同様に電極溶融部の隆 起が発生した(t=3.4~5.2 ms).しかし,力の比較より,陽極時においては電磁力が表面張力 を超える瞬間はなく,常に表面張力が支配的であるため,陽極時には隆起部が分離しなか った.
Fig. 3.23 に陽極時・陰極時における電極溶融部面積と隆起液滴径の関係を示す.2.2.1節
で述べたように,多相交流アークにおいてはアークから流入する総伝熱量の違いから,陽 極時における電極溶融部面積は陰極時よりも大きくなる.また,陽極時において,溶融部 が隆起した際の隆起部径は約0.9 mmであるのに対し,溶融面積が比較的小さい陰極時にお ける隆起部径は約0.3 mmであり,溶融面積によって隆起部径が大きく異なることがわかっ た.3.4.1 節で述べたように,隆起部径が小さくなるほど表面張力よりも電磁力の影響が大 きくなる.そのため,隆起部径の影響を強く受け,極性によって溶融部挙動が異なること
101 がわかった.
Fig. 3.24に陽極時・陰極時における液滴飛散時に電極溶融部に働く力の大きさを示す.赤
が液滴を分離・飛散させる方向に働く力である電磁力の大きさを,青が液滴の発生を妨げ る方向に働く力である表面張力による圧力とイオン衝突圧力の大きさを示す.陽極時には イオン衝突圧力は働かないが,隆起部径が大きいため表面張力が支配的であった.一方,
陰極時にはイオン衝突圧力が働くものの,隆起部径が絞られることで電磁力が支配的とな るため,大粒径の液滴が飛散することがわかった.
これらのことより,液滴飛散における駆動力は電磁力であり,電磁力が表面張力・イオ ン衝突圧力を超えて支配的となる瞬間に液滴が飛散することがわかった.電磁力は電流値 と溶融部径に大きく影響を受けるため,瞬間的な電流値と溶融部挙動を理解することで,
大粒径の液滴飛散機構を明らかにした.
(b) 電極径の影響
φ6.0 mm電極においては先端の一部が溶融するのに対し,φ3.2 mm電極においては先端 全体が溶融し,Fig. 3.10に示すようにφ3.2 mm電極の溶融面積はφ6.0 mm電極以上であっ た.前節において,液滴飛散現象の駆動力は電磁力であり,電磁力は電極溶融部径に大き く影響を受けることがわかった.本節ではφ6.0 mm電極とφ3.2 mm電極における溶融部挙 動を比較し,溶融面積が大きく異なる条件における液滴飛散機構を考察した.
Fig. 3.25にφ3.2 mm電極における交流1周期中の溶融部挙動のスナップショットとそれ
と同期した電流電圧波形を示す.また,Fig.3.26に,Fig. 3.25に対応した溶融部に働く力の 推算結果を示す.12相放電,電流値100 A,電極間距離100 mmにおける結果であり,電極
材料には 2.0wt%ThO2添加タングステンを用いた.また,前半(t=0~8.3 ms)が陽極時,後半
(t=8.3~16.7 ms)が陰極時である.前節で述べたように,φ6.0 mm電極においては交流周期に
おける電流の変動の影響を受けて電磁力が変動し,最大電流時付近において溶融部が隆起 する.それに対し,φ3.2 mm電極においては,常に先端全体が溶融し,溶融面積が広いた め,電磁力は常に低く抑えられ,溶融部の隆起現象は生じなかった.
Fig. 3.27にφ3.2 mm電極とφ6.0 mm電極の陰極時における隆起液滴径を示す.φ3.2 mm
電極において溶融部は隆起しないため, Fig. 3.27においては溶融部径を示している.また,
表面張力・電磁力が電極溶融部径に大きく影響を受けるため,Fig. 3.28にφ3.2 mm電極と φ6.0 mm電極の陰極時における表面張力・電磁力の大きさを示す.φ3.2 mm電極において は電極先端が溶融し,溶融部の隆起も発生しないため,電磁力が非常に低く,支配的にな ることがない.したがってφ3.2 mm電極においては液滴が飛散せず,Fig. 3.6に示すような 液滴飛散量の大幅な低減化につながった.このように,電極溶融面積が大きい条件下にお いては電磁力の影響が抑えられ,液滴飛散による電極消耗量の低減化につながることが明 らかとなった.