第 2 章 多相交流アークにおける電極消耗現象の可視化
2.3 実験結果および考察
(a) 交流周期における電極温度変動
多相交流アークでは,交流周期に伴い,電極に流れる電流・電圧やアーク挙動が常に変 動する.本節では,交流周期中における多相交流アークの電極温度の変動を計測した.電 極温度は電極の消耗現象である液滴飛散と電極金属蒸発を考える上で非常に重要なパラメ
40
ータであるため,高速度カメラとバンドパスフィルターにより電極からの熱放射を測定し,
電極温度を算出した.
Fig. 2.29 に放電中の多相交流アーク電極の交流1 周期中のスナップショットと二次元電
極温度分布を示す.撮影タイミングはFig. 2.29 (c) の電流波形と同期している. 60Hzの交 流電源を用いているため,前半8.3 ms間が陽極時,後半が陰極時である.放電相数12相,
電流値100 A,電極間距離100 mm,アルゴンシールドガス流量3.5 L/minとし,電極は電極
径φ6.0 mmの2wt%ThO2添加タングステン電極を用いた.結果,スナップショットより,
電極先端はタングステンが溶融しており,溶融部が表面張力で保たれる様子が見てとれた.
電極温度分布図からも,電極先端がタングステンの融点(3695 K)以上であることがわかった.
多相交流アークにおいて,高融点金属であるタングステンを用いたにも関わらず電極先端 が溶融するため,溶融部から液滴飛散が生じることがわかった.
また,Fig. 2.30に交流1周期中における電極先端温度の時間変動を示す.電極最高温部を 電極先端としており,測定された電極先端温度は 3 周期分以上の平均値である.また,前 半が陽極時,後半が陰極時である.陽極時・陰極時いずれにおいても電流値の上昇ととも に電極温度の上昇が見られた.これは,アークの存在時において,アークから電極へ流入 する熱流束が増加し,電極先端が加熱されたためである.また,陰極時の電極先端温度に 比べて,陽極時の方が高温となった.これは,陽極時と陰極時で,アークから流入する熱 量が異なり,陽極時の方が高いことに起因する.陰極時と陽極時のアークから電極へと伝 わる総伝熱量は,下記の式にて表される[3, 4].
𝑞𝑡𝑜𝑡𝑎𝑙,𝐶 = −𝑗𝑒𝜑𝑤+ 𝑗𝑖𝑉𝑖+ 𝑞𝑐𝑜𝑛,𝐶+ 𝑞𝑟𝑎,𝐶− 𝑞𝑟𝑒,𝐶 (2-10)
𝑞𝑡𝑜𝑡𝑎𝑙,𝐴= 𝑗𝑒𝜑𝑤+ 𝑗𝑒𝑉𝐴𝐹+5𝑗
2𝑒𝑘𝐵𝑇𝑒+ 𝑞𝑐𝑜𝑛,𝐴+ 𝑞𝑟𝑎,𝐴− 𝑞𝑟𝑒,𝐴 (2-11)
ここで,qは電極への熱流束とし,jは電流密度,φwは電極材料の仕事関数,Viはイオン化 エネルギー,VAFは陽極降下電圧,kBはボルツマン定数,Teは電子温度である.なお,添え 字Cは陰極時,Aは陽極時,conは対流,raはプラズマ側からの輻射熱の流入,reは電極か らの輻射熱の放出の意味をそれぞれ示す.陽極時では,電子凝縮のための熱量が電極に伝 わる一方で,陰極時は熱電子放出として熱量を失う.その結果,陽極時の方が総伝熱量が 大きくなるため,Fig. 2.30に示すように,陽極時の方が陰極時よりも電極温度が高くなった.
(b) 直流アークにおける陰極との電極温度比較
多相交流アーク電極においては,先端温度は電極材料であるタングステンの融点を超え,
溶融する.それに対し,一般的に用いられる直流アークにおいても,TIG溶接などでタング ステン棒を陰極とする手法が存在するが,比較的低電流の条件下における陰極温度はタン
41
グステンの融点を超えないという報告例がある [4, 5].同様のタングステン電極を使用する にも関わらず,直流アークと多相交流アークとで電極溶融状態が異なる原因は未だ解明さ れていない.多相交流アークにおける液滴飛散現象は電極が溶融するために発生する現象 であり,電極溶融機構を解明することは非常に重要となる.本節では,多相交流アーク電 極の溶融機構を解明するため,直流アークと多相交流アークにおける電極温度を比較し,
それぞれの電極現象に関して考察した.
Fig. 2.31 に多相交流アークにおける陰極時の電極スナップショットと二次元電極温度分
布,直流アークにおける陰極のスナップショットと二次元電極温度分布を示す.どちらも 電極として電極径φ6.0 mmの2.0wt%ThO2添加タングステン電極を用いた.多相交流アーク における実験条件は放電相数12相,電流値100 A,電極間距離100 mm,アルゴンシールド
ガス流量3.5 L/minとした.この実験条件における多相交流アーク電極と比較するため,電
流値100 Aのアルゴン-水素(50vol%)雰囲気下で直流アークを発生させた.電極1本当たり
の出力は多相交流アークにおいて3〜4 kW,直流アークにおいて2〜3 kWとし,可能な限 り条件をそろえて電極温度を比較した.多相交流アークにおいては,前述したように,陰 極時においても電極先端の温度はタングステンの融点(3695 K)以上であり,溶融している様 子が確認できた.また,溶融部から液滴が飛散する様子も確認された.それに対して,直 流アークにおいては,電極先端はタングステンの融点を超えず,電極先端が溶融状態にな いため,溶融部からの液滴飛散も確認されなかった.このように,直流アークと多相交流 アークで電極先端の溶融状態が異なるため,それぞれの電極現象を電極温度の観点から考 察した.
Fig. 2.32に多相交流アークの陽極時・陰極時における電極と直流アークにおける陰極の温
度分布を示す.直流アークにおいて,陰極先端温度は添加酸化物である ThO2の融点以上,
タングステンの融点以下となった.それに対し,多相交流アークにおいては陽極時・陰極 時共に電極先端はタングステンの融点以上であり,タングステン・添加酸化物が共に溶融 していることが確認された.このような溶融状態の違いから,以下のように考察した.
Fig. 2.33 (a) に直流アークにおける陰極溶融状態の概略図を示す.直流アーク陰極におい
て,タングステンは溶融せず,添加酸化物のみが溶融する.この場合,溶融した添加酸化 物はタングステン電極の表面を覆うことが報告されている [6].添加酸化物は電極の実効仕 事関数をタングステンの仕事関数よりも低下させ,電極温度を抑える目的で添加されてお り,直流アークにおける陰極の実効仕事関数は添加酸化物の仕事関数とほぼ等しいことが 確認されている [6].このように,直流アークでは溶融した添加酸化物が陰極表面を覆うこ とで十分に陰極温度が抑えられており,電極先端におけるタングステンは溶融しない.
それに対して,Fig. 2.33 (b) に多相交流アークにおける陰極時の電極溶融状態の概略図を 示す.多相交流アーク電極には陽極時が存在し,伝熱量の大きい陽極時に電極先端のタン グステン・添加酸化物は共に溶融する.そのため,陰極時においても添加酸化物が電極先 端を覆うことがなく,多相交流アーク電極の実効仕事関数は電極の主材料であるタングス
42
テンの仕事関数に近い.その結果,仕事関数が高くなり,陰極時の電極温度はタングステ ンの融点以上になった.
電極の実効仕事関数の違いにより,直流アークにおける陰極先端は溶融しないのに対し,
多相交流アークにおける電極では陽極時・陰極時共に電極先端が溶融する.このように直 流アークと多相交流アークの電極溶融状態が異なるため,多相交流アーク電極においての み溶融部からの液滴飛散現象につながることが見出された.
2.3.2 交流周期における液滴飛散観察
(a) 交流周期における液滴飛散挙動の可視化
本節では,多相交流アークにおける電極現象の中でも液滴飛散現象に着目し,交流周期 中における液滴飛散現象を観察した. 2.2.4節で述べた光学系システムを用い,高速度カメ ラとバンドパスフィルターを組み合わせることで液滴飛散現象を可視化した.
Fig. 2.34に多相交流アーク電極から飛散する液滴を観察したスナップショットと,そのと
きの電流電圧波形を示す.撮影タイミングは電流電圧波形上に示すタイミングと一致して
いる.放電相数12相,電流値100 A,電極間距離100 mm,アルゴンシールドガス流量3.5 L/min
とし,電極は電極径φ6.0 mmの2wt%ThO2添加タングステン電極を用いた.観察結果より,
陰極電流ピーク時付近において,電極溶融部から液滴飛散が分離・飛散している様子が確 認できた.このように,高速度カメラとバンドパスフィルターを組み合わせることにより,
多相交流アークにおける液滴飛散現象の可視化に成功した.
Fig. 2.35に異なるタイミングで観察された飛散液滴のスナップショットを示す.図に示す
ように,多相交流アークにおける液滴飛散現象を観察した結果,飛散する液滴の粒径は一 定でないことが確認された.確認された液滴としては粒径数十μm程のものから数百μm程 のものまで確認された.観察された液滴の粒径分布を個数割合でまとめたものを Fig. 2.36 (a) に,体積割合でまとめたものをFig. 2.36 (b) に示す.粒径の計測においては,5分間の 放電中に,1回1.496 s間の高速度カメラによる撮影を5回行い,それらの撮影から1000個 以上の液滴の観察を行い,粒径分布を評価した.Fig. 2.36 (a) に示す各粒径の液滴の飛散個 数割合を見ると,発生する液滴の内90%以上が粒径100 μm以下の液滴であり,粒径の小さ い液滴ほど数多くの発生が確認された.それに対して,Fig. 2.36 (b) に示す各粒径の液滴の 飛散体積割合を見ると,発生回数は少ないものの,粒径250 μm以上の液滴の発生体積が全 体の液滴飛散体積に占める割合は 70%以上となることが確認された.したがって,液滴飛 散による電極消耗では,粒径の大きな液滴の飛散が支配的であることがわかった.
(b) 極性が液滴飛散に与える影響
高速度カメラによる観察により,交流周期中の各位相における飛散液滴粒径の傾向を確
認した.Fig. 2.37に交流周期中の飛散液滴個数を示す.前半が陽極時,後半が陰極時である.