本研究では,足底部での硬度弁別課題による立位姿勢動揺量の減少について,
介入期間を短縮した場合に同様の効果が得られるかについて,3つの実験で検証 した.実験1では,先行研究と介入総試行数を揃えたうえで,介入期間を2日間 に短縮し,介入効果を検証した.実験2では,介入効果をより明確にみるために,
介入方法の細やかな手続きを修正し,交絡因子を極力排除した条件で,即時性効 果を検証した.実験3では,硬度弁別課題の難度を上げ,探索の必要性を高めた 条件で介入効果を検証した.ここで得られた知見から,短期間では介入効果が得 られなかったこと,硬度弁別精度と立位姿勢バランスの間には関連性がなかった こと,さらに今後の課題と展望について,3つの観点から考察する.
短期間での硬度弁別課題による立位姿勢動揺量の減少は認められない
3つの実験で得られた知見から,介入期間を短縮した場合に,足底部での硬度 弁別課題による立位姿勢動揺量の減少は認められないことがわかった.
まず,実験1では,先行研究において10日間で実施された介入の量に着目し,
同試行数実施すれば短期間(2日間)でも同様の効果が得られると考え,検証し た.その結果,硬さの細かい差異を学習する可能性は示唆されたものの,姿勢動 揺量の減少や素早い姿勢制御方略への移行は認められなかった.以上の結果から,
短期間の文脈では,単に課題を繰り返し行うことが,必ずしも立位姿勢バランス に影響をもたらす要因ではないことがわかった.介入効果が得られなかったこと について,介入期間を2日間に短縮したことの影響は大いに考えられる.しかし ながら本研究では,長期間行うことがもたらす交絡因子の影響を極力排除できる メリットに着眼し,短期間のデザインを維持したうえで,期間以外の理由に着眼 して介入効果を検証した.
実験2では,実験1において結果に影響を与えうる交絡因子-足底部への他刺 激や探索時間の不一致-を排除した課題環境に修正して,介入の立位姿勢バラン スへの即時性効果を検証した.その結果,実験1と同様に介入効果は得られなか った.この結果から,交絡因子が影響して介入効果が得られなかったという可能 性は低いことがわかった.そこで実験3では,スポンジマットを2枚に重ねるこ とで課題の難度を上げた.これにより,スポンジマットの硬度探索をより精緻に,
注意を向けて行う必要性を高め,再度介入の立位姿勢バランスへの効果を検証し た.その結果,探索の必要性を高められ,硬度弁別精度は向上を示したものの,
やはり姿勢動揺量の減少や素早い姿勢制御方略への移行は認められなかった.こ の結果から,短期間の文脈で,たとえ,探索の必要性を高めて足底部への注意を 強める課題を実施しても,立位姿勢バランスに影響を及ぼさないことがわかった.
以上3つの実験では,介入の量,課題環境,探索行為の3つの側面から,短期 間で先行研究成果の再現を試みた.その結果,短期間でも介入課題をある程度行 えば,硬度弁別精度自体の向上は示され,この結果は先行研究(Morioka & Yagi, 2004 ; Nakano et al., 2011)を支持した.しかしながら,立位姿勢バランスへの効果 は認められず,先行研究とは異なる見解となった.その理由に,介入期間を短縮 した要因があることは言うまでもない.長期間で効果を得られた先行研究と,短 期間で効果を得られなかった本研究について,以下のように考えた.
そもそも,先行研究において硬度弁別課題を用いたねらいは,視覚情報がなく 身体内部に注意が向きやすい状況下で,踏んでいるものの硬さを弁別するという 課題を通じて,身体外部へ注意を向けることであったと考えられる.立位姿勢を 制御するうえで,注意が身体の内部より外部に向いている方が安定性は保たれ,
動揺量が少ないといわれており,先行研究では硬度弁別課題を通じて身体外部へ 注意向ける訓練を行うことで,立位姿勢バランスの安定化をもたらしたと推察さ れる.本研究で実施した3つの実験から,その介入効果が転移する期間として,
少なくとも2日間では不足していた可能性が示された.硬度弁別課題という高次 認知処理を含む課題は,機械受容器への刺激による効果のように,単に刺激に対 して即時的に効果が表れるのではなく,本研究で“交絡因子”と考えたような様々 な日常動作と相互に作用して,動作の変化が出現することを示唆している.
ただし,短期間で介入効果を得る余地は残されていると考えており,後述の今 後の課題と展望において,その工夫を提案したい.
硬度弁別精度と姿勢動揺量の間に関連性はない
本研究を通して得た知見として重要なのは,先行研究において想定されていた
「硬度弁別精度が高いと姿勢動揺量が小さいといった因果関係,もしくは負の相
少したことを報告している.この結果から,「弁別精度テストの正答数と姿勢動揺 量には負の相関関係があり,介入により正答数が上昇すれば姿勢動揺量が減少す る」といった連想ができる.これに対して,本研究の結果,3つの実験に共通し て,弁別精度テストの正答数と姿勢動揺量の間に負の相関関係は認められなかっ た.つまり,たとえ硬さの細かい差異を知覚できる能力があっても,それは立位 時の姿勢動揺量とは関連性がないことが示された.
本研究での硬度弁別精度は,スポンジマットという変形可能な素材のものを用 いて評価した.つまり,踏むと潰れる特性があり,日常生活でこのような接地面 を短期的に集中して踏む経験は少ない.踏む機会があったとして,様々な硬さの 差異を弁別する経験は極めて少ないだろう.一方,姿勢動揺量の評価には,接地 面が硬いフォースプレートを用いており,硬い接地面は日常生活で踏む機会が非 常に多い.また,立位姿勢を保持することは,日常的な運動行動であり,熟達化 した動作であると考えられる.視覚情報を遮断することで,足底部からの体性感 覚情報への依存率を高めて姿勢制御を行うため,介入効果が生じやすいと予想し たが,個人によってはその影響すら受けないほど,熟達化した行動であったと推 察される.
ただし,統計的に有意には至っていないものの,両者の相関関係をうかがわせ るデータもあった(図3-3-11右,3-3-12右).実験3で立位姿勢バランスの評価に 用いたバランスマットは,硬度はスポンジマットと異なるものの,踏むと潰れる という類似した特性があった.その環境下での姿勢制御と,硬度弁別精度には関 連がある可能性が残されており,両者が本当に独立しているかは,今後さらに検 討していく必要がある.
今後の課題と展望
本実験では,介入期間を短縮した場合の硬度弁別課題による立位姿勢動揺量の 減少について,介入の量,課題環境,探索行為の3つの観点から検証したものの,
先行研究と同様の成果が得られなかった.本論文を締めくくるにあたり,この課 題を用いて短期間でも介入効果を得るために,さらにどのような工夫が可能かに ついて考察を行い,本研究の締めくくりとしたい.
第1の工夫として,この本実験で行った硬度弁別課題に,機械受容器への刺激 を強める方法が考えられる.凹凸のあるサンダルを履くこと(Palluel E et al., 2008)
や,複数の散弾銃の弾を踏むこと(大久保,1979), マッサージ(Bernard-Demanze et al.,2004)や青竹踏み(亀井,2006)などの機械受容器への刺激は,足底部から の情報を増加させ,立位姿勢の安定をもたらすと考えられている.本実験の硬度 弁別課題で用いたスポンジマットは比較的柔らかく,機械受容器への刺激として は弱かった可能性がある.そこで,本研究で用いたスポンジマットの下に,機械 受容器に刺激を加えられるものをおき(例えば複数の突起のあるマットなど),同 様の課題を行うことで,機械受容器に刺激を加えつつ知覚学習課題を行うことが でき,姿勢動揺量の減少を期待できる.
第2の工夫として,硬度弁別動作を足関節の内返し・外返しにすることである.
本研究では,スポンジマットを踏む動作として,足関節の底背屈を対象とした.
しかしながら,立位姿勢バランスの評価は片脚立位であり,本研究全ての結果か ら左右方向の姿勢制御の頻度が前後方向と比較すると多いことがわかり,足関節 における内返し・外返しで姿勢を調整している可能性が示された.そこで,足底 部を母趾側・小趾側に交互に傾ける足関節の内返し・外返しで硬度の探索を行う ことで,介入効果を得られる可能性があり,検討する価値はあると考えられる.