本研究は比喩が提示される場面の特徴により幼児の比 喩理解が異なるかを検討した宮里・丸野(2008)での知 見を踏まえ,ごっこ遊びに含まれるどのような要素が幼 児の比喩理解を促進するかについて,特に身体運動感覚 に注目し検討を行った。結果を踏まえ以下の点について 考察する。
(1)比喩の理解なのか?文脈の理解なのか? 本研究 では全ての条件で状況的文脈のある中での比喩理解を検 討した。このように文脈がある中での比喩理解を検討す ることは比喩文のみを言語的に提示する場合よりも生態 学的妥当性を高めるものである(Vosniadou & Ortony,
1986)。しかし同時に,情報が豊かになり文脈が幼児に 理解されやすくなったために,例えば幼児が比喩文を無 視して文脈だけを利用して反応した場合にも適切な回答 に結びつくのではないかと考えることができる。
このような指摘に対しVosniadou(1989)は先行する 物語となる言語的文脈とそれに対応する状況的文脈とを 同時に提示し,結末となる比喩文に沿って実演させる条 件と,比喩文を提示せずに自由に結末を予測させ実演さ せる条件の比較を行った。その結果,自由に結末を予測 させ実演させる条件では比喩文の意味を実演させる条件 よりも正答率が低かったことから,子どもが比喩の意味 を無視して回答しているわけではないこと,比喩の理解 とは比喩文と文脈の複合的効果の結果であることが示唆 された。この知見を踏まえると,本研究における条件間 のパフォーマンスの差異が文脈情報のみを利用し比喩文 を無視した結果であるとは考えにくい。さらに文脈情報 の豊かさという点では身体運動感覚の喚起の程度のみが 異なる主体やりとり条件と人形やりとり条件との差異よ り,やりとりとドラマ,動きという2つの要素で異なる 人形やりとり条件と静止提示条件との間の差異の方が大 きいと言えるが,比喩理解得点に有意な差が見られたの は主体やりとり条件と他の3条件との間のみであった。
したがって単に文脈情報の豊かさが幼児の比喩理解を促 進したというだけでは本研究の結果を十分に説明するこ とはできない。
(2)身体運動感覚と情動の役割 比喩理解得点の結果 は身体運動感覚の効果を支持するものであり,さらに非 言語的指標を用いた分析からは,幼児が人格特性を表す 比喩を適切に理解する際には情動がある一定の役割を果 たしていることが示唆された。これは宮里・丸野(2008)
の知見ともほぼ一致するものである。
では,人格特性という抽象概念を虫や動物などの具体 的な存在物と関連付けて捉える際に,身体運動感覚や情 動はどのように機能したと考えられるだろうか。先述の
ように身体運動感覚の活性化がある特定の情動や心的状 態と結びつく(Evans,2001 / 2005)ことを考慮すると,
「主体やりとり条件」において登場人物の役割になりき り自らの身体を使ってやりとりを行うことで,幼児はそ の架空の人物の情動や心的状態を自らのものとして理解 しやすくなったと考えられる。実際,非言語的指標を用 いた分析からは,主体やりとり条件において人形やりと り条件よりも幼児が即興的にやりとりに関わり,文脈に 即した情動,すなわちその行動の背後にある怒りや喜び といった情動が喚起されたことが示唆された。さらに文 脈構成中の情動反応と比喩に対する情動反応は極めて相 関が高い(宮里・丸野,2008)ことを考慮すると,この ような文脈の中で他者から「アリさんみたい」と呼ばれ た場合,幼児は身体運動感覚を伴うやりとりを通して自 らに湧き上がった情動を手がかりとし,その比喩を褒め ているのか,けなしているのかという極めて情動的な評 価として受け取ったとみなすことができる。つまり文脈 を構成する中で喚起された情動は,幼児がその比喩の意 味を大まかにポジティブか,ネガティブかという抽象的 な意味を含んだ属性,すなわち人格特性を表すものとし て捉える制約として機能したのではないだろうか。この ことは非言語的指標と比喩理解得点との関係を検討した 結果,比喩を抽象的に理解するものは非抽象的理解を示 すものよりも情動反応が高い傾向にあることから裏付け られる。
このような制約が働く中での比喩の理解というものを 考えてみよう。比喩の理解とは「喩える事柄と喩えら れる事柄との間に存在する類似性を発見すること」で ある,と説明されることが多い(e.g.,Winner,Engel,
Gardner,1980; Broderick, 1991)。しかし例えば「アリ」
と「頑張ってお片付をする花子ちゃん」との間に客観的 な類似性というものは存在しない。私たちが知っている のは小さい体でただ黙々と物を運ぶアリの姿であり,ア リ自体の心情や人格特性ではないからである。先述のよ うに比喩を情動的な評価の枠組みで捉えることによって 大まかに良い意味であると判断できたとしても,なぜ私 たちは「アリみたいな人」の意味をさらに具体的に「頑 張り屋」「働き者」と理解できるのだろうか。Lakoff,
& Johnson.(1980 / 1986)によると,私たちは抽象的な 概念をそれについての経験と類似する具体的な経験,あ るいはそれと共起する具体的な経験との間で理解しよう とする。その結果,先述の Sad is down. のような類 似性が新たに創造されるという。私たちが「アリみたい な人」という比喩を理解する際にその基盤となるのは,
アリの姿を見たときに自分がそのように黙々と物を運ん だときの類似した身体的経験と関連付け,それと共起し て「すごいな。えらいな。頑張っているな。」と情動と ともに理解した経験であろう。主体やりとり条件では身
体を動かしごっこ遊びを行うことによってそのような類 似ないしは共起した経験の記憶が活性化され,その結果 幼児はそれらの経験を比喩理解の手がかりとして利用し やすくなったと考えられる。
一方,人形を用いたやりとり条件では同様にごっこ遊 びの文脈の中で役割を演じていてもそもそも役割に対す る感情移入の度合いが相対的に低く,表面的な面白さに 対する情動しか喚起されなかったようである。これは非 言語的指標を用いた分析から裏付けられる。文脈構成中 の情動反応と比喩に対する情動反応は極めて相関が高い
(宮里・丸野,2008)ことを考慮すると,主体やりとり 条件でのように比喩に込められた相手の意図を褒めてい るのか,けなしているのかという情動的な評価として捉 えることもなかったであろう。さらに条件ごとの理解段 階は人形やりとり条件と動き条件,静止提示条件で同様 の結果であったことを考慮すると,この場合例えば「ア リさんみたい」と他者から言及されても,身体運動感覚 が喚起される程度が低いために類似ないしは共起した経 験を手がかりとして利用することが難しく,幼児はその 比喩で喩えられた事柄を自分の演じた役割と所作のみか ら考えなくてはならなかったと考えられる。したがって そのプロセスは状況的文脈や動きの要素のために認知的 負荷が軽減されてはいるが,認知的な表象操作のみに依 存した比喩理解プロセス,すなわち架空の人物である登 場人物についての物語を提示されその文脈情報を利用し て比喩の意味を考えるというプロセスとほぼ同じもの だったのではないだろうか。
言い換えれば本研究の結果は,幼児が人格特性を表す 比喩を理解する際に比喩の文脈情報から登場人物の情動 や心的状態を情動的に評価するプロセスが重要であるこ と,また,文脈情報や比喩で喩える事柄と類似ないしは 共起した経験(身体的・情動的経験)を比喩理解の手が かりとして結びつけることの重要性を示したと考えられ る。身体運動感覚を伴うやりとりはそれらの活性化を 促し,比喩で喩えられた事柄へ結びつける役割を担う のではないだろうか。なお,情動的な評価が先行し比 喩の具体的な意味の理解に対する制約となるという点 は,古い脳と言われる扁桃体の働きである情動が新皮質 の働きである認知に先行するという神経科学からの提言
(Ramachandran,2003 / 2005)に基づくものである。し かし本研究は上記のような理解プロセス自体を直接検討 したものではないため,身体運動感覚や情動が幼児の比 喩理解過程においてどのように機能するのかという点に ついてはさらなる検討が必要であろう。
(3)限界点と今後の課題 本研究では人格特性を表 す比喩のみを扱ったため,他の領域を扱った比喩につい ても本研究で得られた知見,ごっこ遊びに含まれる身体 運動感覚や情動といった要素が幼児の理解の促進につな
がるのかについて断言することは難しい。しかし例え ば「人生は旅である」といった観念的な比喩について も,出発点から目的地への移動,目的地で目標を成し遂 げることなどの要素が含まれており,その基盤には私た ちの人生の初期からの身体的経験,例えばはいはいして 母親の所まで行き,そこで玩具をつかむといったことが ある(Lakoff,1987 / 1993)と指摘されている。さらに 遠藤(1993)によると身体運動的発達も認知的発達と絡 み合いながら情動の発達に影響を及ぼすと考えられ,例 えば怖さという情動の発現には深さや高さを知覚する認 知能力とともに,這うという身体運動能力の発達やそれ に伴い転ぶ,深みにはまるなどといった様々な出来事に 遭遇することが結びついていることが指摘されている。
これらを合わせて考えると「人生は旅である」という比 喩に含まれる情動的な側面,例えば喜びとともに困難も 待ち受けているといったことまでを我々が理解できるこ との背景にも,はいはいで目的地にたどり着き玩具をつ かむまでの間にわくわくしたり,障害物にぶつかり痛く て泣いたりといった誰しも共通してあるような身体的経 験やそこで喚起された情動という要素が含まれていると 考えられる。したがって一見極めて観念的に思える比喩 に対しても,身体運動感覚や情動が理解促進の手がかり となるという本研究の知見で説明することが可能かもしれ ない。このような観念的な比喩の理解を含め,身体運動 感覚や情動といった要素が他の領域を扱った比喩の促進 にもつながるのかについては今後さらなる検討が必要であ る。
文 献
Broderick,V. (1991). Young childrenʼs comprehension of similarities underlying metaphor. Journal of Psycholinguistic Research, 20, 65-81.
Cicone, M., Gardner, H., & Winner, E. (1981). Understanding the psychology in psychological metaphors. Journal of Child Language, 8, 213-216.
Dent, C.H. (1984). The developmental importance of motion information in perceiving and describing metaphoric similarity. Child Development, 55, 1607-1613.
遠藤利彦.(1993). 情動とその制御. 無藤 隆(編), 現代 発達心理学入門(pp.82-98). 京都 : ミネルヴァ書房.
Evans, D.(2005). 1 冊でわかる感情(遠藤利彦, 訳). 東京 : 岩波書店.(Evans, D. (2001). Emotion : A very short introduction. Oxford: Oxford University Press.)
Evans, M.A., & Gamble, D.L. (1988). Attribute saliency and metaphore interpretation in school-age children. Journal of Child Language, 15, 435-499.
Keil, F.C. (1986). Conceptual domains and acquisition of metaphor. Cognitive Development, 1, 73-96.