結果と解釈
結果と考察 1 .カミングアウトを受けた M の語り直し の様相
結果と考察1では,【視点1:Aについての語り直し】
および【視点2:構成されるMの物語】の分析結果を 記述する。時期1の【視点1:Aについての語り直し】
では,Mは〔現在〕について⑧Aの生き方やAを取り 巻く環境を肯定的に評価するものの(「Aは周りの人に
Figure 1 時期1:Mの語り直しの諸相
(「大変な10年間」「14歳の1年間」はMの語りの引用である)
恵まれましたよね。そういうこと(性別変更)3)を無条 件に認められる豊かな出会いがあったって,私は思って る」),同時に④理解・応答の困難(「別に女性(のまま)
でもいいんじゃないか?って私なんかは思っちゃう」「A は『いいじゃない,お母さん,息子ができたと思えば』っ て言うんですよ。そりゃそうかも分かんないけど,そう はなかなかね,思えないですよね」「私の中にはボーイッ
シュな子くらいの意識しかない」),⑤現実逃避(「でき れば避けて通りたいっていうのが本音(笑)。こんなこ とに関わりたくなく生きていきたいって感じ」「そうい う現実を直視するところからちょっと避けてるっていう か,逃げてる」),⑥気持ちの立ち遅れ(家族と比較し,「う ちの子,GIDみたいよっていうふうなことはあんまり言 えないですけども。まぁ,聞かれればそうみたいよって いうくらいのことは,あの言えるっていうか…うーん」),
⑦AがGIDであることの疑惑(「AもGIDっていうの をきちっと理解しているのかっていうのはちょっと分か
Figure 3 時期3:Mの語り直しの諸相(「誤算」はMの語りの引用であり,( )に語句の説明を付した)
Figure 2 時期2:Mの語り直しの諸相(「14歳の1年間」はMの語りの引用である)
3)Mは,時期1から時期3を通して,性別変更に関する語句を用 いることを極力回避し,「そういう人」や「こういうもの」といっ た婉曲な表現をしていた。
らないですよね」)を語っている。
〔現在〕において④〜⑧以外の物語が浮上しなくなる と,Mの物語は〔過去〕へと遡り,①Aについての過 去エピソードの叙述(Aの不登校や「14歳の1年間」
についての語り),およびエピソードの②解釈を試行し ている(「いろんなことの不安が重なったんでしょうね」
「新しい道を選択することの不安がああいう形ででたか なぁ」)。Mは,過去のエピソードに③GIDの原因を追 究し(「いわゆる器質的にね,そういう素因があるのか,
あるいは出生後の環境的要因が強くてそういう方向に 行ったのか」「仕事が忙しくてちょっとお父さんと過ご す時間が多かったり,友達に預けても男の子ばっかり だったりとか,そういうことが影響したかな」),〔現在〕
のAにつながる道筋の通った物語を希求しているよう にみえる。しかし,「身体もずっと見てきましたけど,(中 略)こういうもの(GID)があったという風にはちょっ と分からないんですよ」と,原因を追究する物語は堂々 巡りとなる。
〔現在〕から〔過去〕へと遡ったMの語りは,最終的 に〔未来〕へと至る。Mは〔未来〕について,⑨Aの 歩む将来を心配し(「まだ社会のいろんな壁もあるし,
そういう時に本人がそれをどうやってクリアしてね,生 きていくのかなって,それは心配」),⑩Aとパートナー の交際の行く末をめぐる不安(「親っていう立場で考え ると(中略)相手方のご両親がこういう事実を知ったら どう思われるのかなってそっちのほうが気になったり」)
を抱えていた。
ここで,【視点1:Aについての語り直し】にみられ た〔現在〕から〔過去〕へ遡及し〔未来〕に至るとい う語りの時間軸の往還に関して,それが聞き手の関与 によって生じた可能性を検討する。一般的に,語りは 語り手と聞き手の間で共同的に生成されるといわれる が(Holstein & Gubrium,1995 / 2004),インタビューで は聞き手のほうから過去について問いかけたり,未来や 展望を尋ねるようなことは行わず,Mの自発的な語り や流れに寄り添いながら随時問いかけを行った。インタ ビューにおける語りの主導権はMにあり,したがって,
聞き手の関与によってMの語りに時間軸の往還が生じ た可能性は低いと思われた。
次に,時期1の【視点2:構成されるMの物語】で はMは,⑪Aの不登校と仕事を両立させ,⑫試行錯誤 の日々だった「大変な10年間」を繰り返し語ることで,
Aに関わってきたという親としての物語が構成されてい る(Aに関わってきた私(1))。Aが自殺未遂・深夜徘 徊を始めた⑬「14歳の1年間」では,Aを追い詰め苦 しめたことや,⑭ドグマに汚染されていた私が語られた が,それらの経験は一方で,Mが子育てを続けていく 上で心の拠り所となる⑮立ち返る場所(「色々あっても
ね,生きてればまぁいいかなと。結局そこに立ち返るん です)を構成していた(Aに関わってきた私(2))。M はAからのカミングアウトを受けて,⑯Aの本当の苦 悩を知りえなかった,今後もAの苦悩を分かってやれ ないと語り,⑰社会と同じ偏見を持ってAを見てしま う自分を否定的に語っている。異他なる子(A)との出 会い(異他とは,自分が生きてきた世界となじみがない という意味)により,Aとそれまでどおり今後も変わら ずに親として関わっていくという物語を語れずにいるよ うであった。
Mには,⑱Aの人生だから本人の選択に委ねるしか ないとして,Aとの間で心理的な距離を取る語りがみら れた。MはAに関わってきた親としての物語が機能し ない(Aと関われない私)ことを修復するよりも,親で あることに目処をつけ(「まぁ一通りの目処がついた時 にね,(中略)無理をしてでもね,最後に,人生の最後 の仕事は自分がやりたいと思う分野で仕事をしておきた い」),⑲転職するという自分の生き方について語り始め た(Mは「話が飛び飛びですが」と前置き,転職に踏 み切った話へと自ら話題を転換した)。
時期2の【視点1:Aについての語り直し】では,時 期1と同様に〔過去〕〔現在〕〔未来〕の時間軸の往還が みられた。時期1から変化がみられたのは,〔現在〕に おいて⑨避けられる問題ではない(「軽く受け止めれば 楽じゃないですか?でも,それじゃやっぱり無理ってい うか。そうやって避けていける問題ではないんだ」)と いう語りがなされたことである。この語りの出現は,【視 点2:構成されるMの物語】と関連していると思われた。
時期2の【視点2:構成されるMの物語】では⑫A
の不登校と仕事との両立や,⑬「14歳の1年間」の重 大さについて語られ,時期1と同様にAに関わってき たという親としての物語が構成されていた。しかし,時 期1後に筆者から手渡されたAに関する論文(湧井,
2004)を読んでいくなかで4),⑭MはAを深いところ
で分かりきれていなかったことを思い知らされたと吐露 した(「今まで,自分がAを深いところで分かり切れて いなかったこと。それと向き合わざるを得なかったとこ ろが辛かった。直面化させられるというかなんという か」)。この自己との「直面化」が,「避けられる問題で はない」としてAの存在がMに迫ってきた契機となっ ていることが推測された。さらにMには親としての責 任感情が湧きあがり,「あの人(A)の人生ですから背 負えないですけど,でも突き放すことはできない。責任っ ていうかそういうもの。それはある」と語っている(⑮ 責任を負う)。時期2以降,Mは自己を振り返る一環と して⑯自分史を作成し始めるが,その行為はまさに過去 4)Mは気が重く,半年ほどAについての論文を読む気になれなかっ
たと語っていた。
から遡って親物語を再構成する試みといえる。またM は,⑰Aの治療費を半分受け持つ(「胸を押さえつける ようなさらしを巻いたり,和服を着るときのしめつける 下着を買ってきたり,あれって5〜6000円はしますよ ねぇ。そんなのもつけていましたねぇ。だから,それだ けは本当に嫌なんだと思ってね。せめてそれなら,手術 費を持ってね」)など,望む性を生きていこうとするA を援助している。それにとどまらずMは,⑱Aのパー トナーに会う,⑲理解してもらえそうな人にはカミング アウトするなど,家族外の他者との対話も行い始めてい た。⑳筆者のインタビューを引き受けたこと(「きっと 他にもGIDで同じようにして苦しんでいる人がいると 思う。今までの私の人生とかをふりかえってみないと ねぇ(笑)そう思うんですよね」)は自分を見つめ他者 と対話することによって,Aにも間接的に関わっていこ うとする行為といえるだろう。
時期3の【視点1:Aについての語り直し】で,Mは
①過去エピソードの語り直しにおいて,②Aは誰にとっ ても理解しがたい,よくわからない子だったと語り始め る。Mは,③性にまつわるエピソードを1つ1つ認め ていくかのように,小学校時代にAが女子とは話題が 合わず男子とよく遊んでいたことや,Aが性に関する授 業を逃げ回っていたことを学校の教師から伝え聞いて,
Aが生理を無事に受け入れられるかどうか心配していた ことなどを振り返っている。Mは,〔現在〕のAを「(男 の子っぽかったのが)そのまんまになっちゃった」と 語り,④(1)過去からの延長としてAを理解しようと している。また,「(スカートは履かずにジーンズばかり 履いていた自分に気付いて)私も男性っぽいっていうの はあるなっていうのは(中略)服装も含めてね」とも語 り,自分とAが男性的であるという点で似ているとい う意味で,④(2)自分と重なる子としてAを理解しよ うとしている。しかし,一方でMは「一定の年齢になっ たらそうはいっても,あの,えぇ,まぁ,普通のね,(A が女性に)戻るだろうって思ってたのね,ずっとね(語 気を強めて)」と語っているように,⑤Aがいつか元(女 性)に戻ると信じていた。〔未来〕については,時期1,
2と同様に⑥Aの歩む将来への心配や,⑦Aとパートナー
の交際の行く末をめぐる不安が語られていた。
時期3の【視点2:構成されるMの物語】では,⑧
Aの不登校と仕事の両立が語られたが,⑨Aの不登校 が「誤算」(予想外)であり,Aからのサインを受け止 められずに⑩Aへ間違った対応をしてしまったことが 強調して語られていた(Aと関わってきたが,サインを 受け止められなかった私)。さらに,時期2で「本当の 苦悩を知りえなかった」ことに対する自己との直面化が 深化したかのように,Mは「私はつくづく思ったんだ けど,本当はあなたは大事な子で,やっぱり,あの,ど
んなことがあっても生きててほしいんだよっていう風な のをね,やっぱり伝え切れなかった」と声を振り絞るよ うにして,⑪悔いの感情を語った(湧き上がる悔いの感 情)。MはAがいずれ男性として生きていくことについ ては,⑫「一生克服できないでしょうね」と語り,家族 の中でAに対する理解が一番遅れていると感じていた。
Aのことが常に頭から離れず⑬「ふっきれない」と語り,
⑭「そういうこと(性別変更)の恐れを感じる自分」と 自身を物語っている。同時にMは,「あのどさくさの時
(14歳の1年間)に思ったけど,やっぱり私は心配して るとか(中略)行動でね,表さないと,もう,伝わらな いんだっていうのがね,もう染みついちゃってる」と苦 笑し,⑮後悔のないように想いを伝え続けるという信念 ともいえる物語(「体力の続く間は,自分の想いは伝え 続けなきゃいけない(笑)後悔の無いように」)を語った。
この語りは,親としてAと関わっていこうとする未来 につながる物語の生成といえるだろう。