本稿で提示した仮説は支持された。争点重要性を加味すると殆どの場合、「近接性 モデルの政策効用の係数<方向性モデルの政策効用の係数」・「近接性モデルの調整 済みR2乗値<方向性モデルのR2乗値」となった。しかし、それは安全保障・郵 政民営化・全ての政策効用を投入した多次元モデルの場合に限定されており、経済 争点2つを単独でみた際には殆ど確認されなかった。本稿ではそれを有権者の主観 認知による政党位置がばらついていることに求め、その原因として質問文と争点の 複雑さをあげた。
また得られた分析結果から3つほど疑問が残った。それらについてここで記述す る。
1)なぜ共産党以外では主観・平均項目で両モデルの差があまりないか。
これはおそらく質問文が4点尺度であることに起因しているのではないだろう か。尺度があまり多くない結果、近接性モデルの政策効用と方向性モデルの政策効 用の間にかなり高い相関(.96といった相関係数もみられた)が多く確認された。
そのことが両モデルにおいて差があまり見られない原因となっているだろう。(9)
2)仮説が確認されたのは単に方法論によるものではないか。
仮説が確認されたことは喜ばしいことであるが、ここまで綺麗に出るとは予期し ていなかった。この結果単に方法論の影響によるものではないのかという懸念が残 る。ここでは争点重要性をかけて両モデルの比較を行ったが、このかけるという行 為そのものが、方向性モデルに有意に働くようになっている可能性もある。そもそ もモデルの説明力に影響を与える要因としては、争点の性質などのほかに、方法論 そのものが影響を与えているという指摘ある。特に政党位置の定め方は分析に影響 力を与えると考えられ、仮にこの要因によって分析結果が異なるだけなら、「近接 性‐方向性モデル間の論争自体の意義を疑う」とする指摘もある(Lewis and King 2000)。
また今回は投票選択を従属変数とした分析は行わなかった。モデルの優位性を確 認するためにはこちらも行う必要があるだろう。今後の課題である。
(1)「21 世紀初頭の投票行動の全国的・時系列的調査研究(JESⅢ SSJDA 版),2001-2005」
は、JESⅢ 研究会が実施された世論調査である。その個票データについて、東京大 学社会科学研究所附属日本社会研究情報センター・データアーカイブ(Social Science Japan Data Archive)より教材としての利用許可(申請者:同志社大学・
法学部・西澤由隆教授)を得たものを使用した。西澤由隆先生のご指導と便宜によ り利用ができたことと、データを公開・寄託され、利用でるようにしてくださった 先生方に感謝いたします。なおJESⅢデータについては池田(2007)が詳しい。
(2) もう一つ代表的な従属変数としては、「投票選択」がある。これはダミー変 数(1か0の値をとる変数)となるため、重回帰分析を行う際に必要な従属変数に 関する二つの仮定が満たされない。二つの仮定とは、従属変数が連続変数(今回 用いた政党評価(感情温度計)は連続変数)であるということと、従属変数の(誤 差の)分布が正規分布であるということだ。ダミー変数は明らかにこの二つの過 程を満たさないため、重回帰分析を行うには不適当だとされる。そのため従属変 数がダミー変数の際にはロジスティック回帰分析という手法を行う必要がある。
この手法については丹後・山岡・高木(1996)が詳しい。
(3) 平野(2007)が用いた質問は以下の通り。本稿においてもこの質問文を使った ほか、「Aに近い」(2)「どちらかといえばA」(0.66) 「どちらかといえばB」(-0.66)
「Bに近い」(-2)として尺度化を行った。
「多国籍軍への参加」
A 国際貢献をするためには、自衛隊もイラクにおける多国籍軍に参加すべきであ る。
B 現在の憲法の下では、自衛隊はイラクにおける多国籍軍に参加すべきではない。
「集団的自衛権」
A 日米安保体制を強化するためには、集団的自衛権の行使を認めるべきである。
B 国際紛争に巻き込まれることになるので、集団的自衛権の行使を認めるべきでは ない。
「イラクでの活動」
A イラクでアメリカなどが行っている活動に、日本も積極的に関わるべきである。
B イラクでアメリカなどが行っている活動に、日本は積極的に関わるべきではな い。
「改憲」
A 今の憲法は時代に合わなくなっているので、早い時期に改憲した方がよい。
B 今の憲法は大筋として立派な憲法であるから、現在は改憲しない方がよい。
「補助金より自由競争」
A 国の補助金などを減らして、地方の自由な競争による活力のある社会を目指す べきである。
B 競争力の弱い地域を助けるためには、国が補助金などを配分するのは当然であ る。
「福祉より税負担軽減」
A 福祉などの公共サービスが低下しても、税負担を軽減すべきである。
B 増税をしてでも、福祉などの公共サービスを充実させるべきである。
「景気対策よりも財政再建」
A 今のように政府の借金が多い時には、景気対策が遅れることになっても財政再建を行 うべきである。
B 今のように景気がよくない時には、財政再建が遅れることになっても景気対策を 行うべきである。
「補助金より自由競争」
A 全ての世代が同じように負担するために、消費税の税率を上げるべきである。
B 将来的に安定した財源を確保するために、保険料を値上げすべきである。
「郵政民営化」
A 郵政事業の効率を良くしてコストを下げるためには、郵政民営化に賛成である。
B 郵政事業が撤退して困る地域が出てくるので、郵政民営化には反対である。
(4) 2005年衆院選挙の争点と投票行動については、池田(2007)も詳しい。
(5) 「どちらでもない」という答えが質問文に存在しないため4点尺度となった。
各質問の度数分布をみると「わからない」と答えた人が相当数確認でき、これを 加えれば5点尺度とすることができるが、分析に加えるのは今回は適切でない と考え、欠損値とした。理由は以下の二つである。1)「どちらでもない」とい う答えと本当に「わからない」という答えが混在していると考えられるため。2)
本来「どちらでもない」と答えるであろう人が、4点尺度であるがために、無理 に近い答えを選んでいる可能性があると考えたため。
(6) 「0」の出現を防ぐため主観平均は小数点第2位(以下切捨て)までの値を 用いた。
(7) 表中の独立変数の表記については平野(2007)を参考にした。
(8) 各争点の政党位置認知の平均と標準偏差を示したものが以下の表である。
表7 各争点 における 有権 者の政党 認知 位置の 平均 と標準偏差
註:小数点以下第2位以下切り捨て
これをみると経済分野の争点では標準偏差の値が他の分野と比較して大きい ことがわかる。つまり有権者の政党の立場認知にこの分野では大きなばらつきが あるのだ。また「財政再建か景気対策か」の項目では全ての政党の平均値がマイ ナス方向、つまり景気対策の方向に位置されている。つまり多くの有権者が、こ の争点についての政党間の立場の違いを認識できていない。こうしたことにより、
回帰分析を行っても(特に政党位置を有権者の主観の平均を用いた際)経済争点 に関しては影響が確認されないのだろう。
(9) 平野(2007)はJESⅢの質問項目の尺度構成上、近接性・方向性の比較を行う のは必ずしも相応しくないという、指摘を行っている。
参考文献
Downs, Anthony 1957,An Economic Theory of Democracy, New York: Harper
& Row. 吉田精司訳1980『民主主義の経済理論』成文堂。
平野浩 2007『変容する日本の社会と投票行動』木鐸社。
池田謙一 2007『政治のリアリティと社会心理‐平成小泉政治のダイナミック
ス』木鐸社。
集団的自衛権 多国籍軍 憲法 イラク派遣
平均値 標準偏差 平均値 標準偏差 平均値 標準偏差 平均値 標準偏差
自民党 1.70 .75 1.75 .66 1.50 .99 1.70 .68
民主党 -.53 1.44 -.88 1.29 .26 1.49 -1.01 1.21
公明党 1.05 1.29 1.12 1.23 1.06 1.22 1.03 1.30
社民党 -1.56 .86 -1.62 .79 -1.41 1.10 -1.66 .75
共産党 -1.64 .80 -1.67 .73 -1.42 1.10 -1.70 .69
福祉と負担 国と地方自治体 財政か景気 年金 郵政
平均値 標準偏差 平均値 標準偏差 平均値 標準偏差 平均値 標準偏差 平均値 標準偏差
自民党 -1.06 1.28 .21 1.65 -.06 1.66 -.33 1.65 1.88 .45
民主党 -.19 1.49 .01 1.49 -.14 1.50 .48 1.47 -.98 1.25
公明党 -.94 1.25 .21 1.55 -.09 1.57 -.24 1.57 1.57 .93
社民党 .57 1.47 -.31 157 -.05 1.59 .33 1.52 -1.68 .65
共産党 .72 1.47 -.36 1.60 -.02 1.65 .28 1.59 -1.72 .63
Lewis, Jeffrey B., and Gary King 2000 “No Evidence on Directional vs Proximity Voting” Political Analysis 8 : 21-33.
増山幹高 1997「投票行動における方向性理論の展開」『選挙研究』12:267-269 Rabinowitz, George, and Stuart Elaine Macdonald 1989 “A Dirctional Theory
of Issue Voting” American Political Science Review 83:93-121.
Rabinowitz, George, Stuart Elaine Macdonald, and Ola Listhaug 1991 “New Player in an Old Game : Party Strategy in Mulitiparty Systems,”
Comparative Political Studies 4 : 147-185.
田中愛治 1998「選挙研究における争点態度の現状と課題」『選挙研究』13:17
‐27。
丹後俊郎・山岡和枝・高木晴良 1996 『ロジスティック回帰分析―SASを利用 した統計解析の実際―』朝倉書店。
谷口尚子 2005『現代日本の投票行動』慶応大学出版会。
8 若年層の有効性感覚
西田 隆政
1. はじめに
1945 年以降、代議制民主主義を日本は貫いてきた。有権者が選挙で投票を行う ことによって国内外の政治に対する責任者を決定し続けてきた。1945 年以前は投 票の権利を有しないものもあったが、それ以降は20歳以上の男女すべてが投票を 行うことができる。
それにもかかわらず、近年の選挙では投票率が低下してきている。図Ⅰを見てい ただきたい。この表によれば、選挙を通じて政治に対して意思を表明する一般有権
者は 60〜70%強しかいないということになる。そうであるにもかかわらず、なぜ
投票行動が政治過程の中で重要視されるのか。これに対して、三宅一郎(1989) は「投票が一般有権者の政治参加モードの中で、最も基本的、最も一般的なもので あり、一般有権者の政治コントロールの唯一といってよい、制度化された、有効性 の高い手段であるから」といっている。
図Ⅰ
衆議院議員総選挙における投票率の推移 (%)
0 10 20 30 40 50 60 70 80
1976 1979 1980 1983 1986 1990 1993 1996 2000 2003