近接性基本モデル
方向性基本モデル
ここでポイントとなるのは、政党の政策位置(jk)を如何にして求めるかである。
主要な求め方としては1)有権者の主観2)有権者の主観平均3)専門家による判 定、がある。谷口(2005)ではすべての方法を用いて分析が行われていたが、筆者の
場合3)の採用は困難であったため1)2)を用いて分析を行う。
このとき、それぞれの求めかたによって分析結果が異なる可能性がある。という のも例えば1)の場合は、有権者がそれぞれ主観で決めた政党位置であるため客観 的に「正しい」政党位置とは合致しない可能性がある。また、有権者は自身の好む 政党の位置を自身の位置と近いと認知、あるいは誤認する傾向がある(谷口 2005)。
そこで2)を用いれば、ということになるが、これは実際には有権者に認知されて
いない政党位置なため、問題が残るとされている。また算出方法によって、モデル の説明力に違いが出るとされ、政党位置を有権者の主観で定めた場合は近接性モデ ルが優位となり(Westholom 1997)、有権者の主観平均で定めた際は方向性モデル が優位となる(Macdonald and Rabinowitz 1997)ことが報告されている。
次に仮説の検証を行うために争点の重要性を加味した独立変数の説明を行う。政 策効用を算出する二つの基本モデルに、争点重要性を示す変数を掛け合わせたもの が争点重要性を算出するモデルとなる。ここでも基本的に谷口(2005)で示されたも のを用いる。
争点重要性加味モデル 近接性
争点重要性加味モデル 方向性
しかしここで注意して欲しいのは重要性をどう尺度付けしたかである。JESⅢデ ータでは、争点ごとに有権者の政策位置と政党の政策位置を聞いた質問がある。具 体的には「A」「B」という意見が提示され、自身の意見や各政党の意見がどちらに 近いかを4点尺度で聞いている。(5) 争点の重要性に関してもそこで「〜という問題 は、あなたにとってどれくらい重要ですか。」という質問文で一緒に聞かれている ので、それを重要性を計るものとして使う。これを尺度化するわけだが、本稿では 近接性と方向性でそれぞれ違った尺度付けを行った。具体的にいうと、近接性では
「かなり重要である」「やや重要である」「あまり重要でない」「ほとんど重要でな い」を(1,2,3,4)として順番に尺度化した。こうすることで有権者にとって争点が 重要であるほど、上記の式で重要性を加味した際に距離が保たれることとなり、逆 に重要でない場合は距離が離れていくこととなる。方向性では逆に「かなり重要」
〜「ほとんど重要でない」を(4,3,2,1)の順で尺度化した。これにより、上記の式で 重要性を加味した際、重要な争点ほど積の値が大きくなる。そのため重要であるほ ど政策効用が大きくなる。
また争点重要性に関しては、政党位置を有権者の主観平均で定めたモデルのみ分 析を行った。というのも、有権者の主観を用いた分析では、近接性モデルにおいて
「0」という値が発生してしまうため、重要性を加味するのに適切でないと判断し たためだ。例えば、有ある争点次元において権者の立場認知が「2」でAという政 党の立場を「2」と認識していたとする。近接性モデルに基づいて政策効用を算出 すると「0」となり、方向性モデルに基づけば「4」となる。このとき有権者の重要 度認知を加味しようと上記モデルでの算出を試みたとする。このときの有権者の重 要度認知は「全く重要でない」であったとする。これは上記の作業定義に基づけば、
近接性モデルでは「4」をとり、方向性モデルでは「1」をとる。しかしこれらをか けた結果、方向性モデルでは重要度の低さが加味されるのに対して、近接性モデル では「0」のままで重要度の低さが加味されていない。こういった事態は、公平に 重要度を加味するという点から望ましいものではないと筆者は考えた。そのため主 観で政党位置を定めるモデルは争点重要度を加味しないこととした。(6)
以上の政策効用関数に加えて、コントロール変数として政党支持・年齢・教育程 度を投入する。谷口(2005)では世帯収入もコントロール変数として投入されていた
が、この変数を含めると欠損値がかなり増えてしまうため、本稿では用いないこと とした。
3)分析手法
上述したように重回帰分析を行う。分析結果で注目する点は、各モデルにおける 政策効用の係数とt検定による危険率、そしてモデルの説明力を示す調整済みR2 乗値である。仮説がはっきりと出たといえるのは、重要性を加味した結果、方向性 モデルの係数のほうが影響力を持ち、危険率も低く、モデルの説明力を示す調整済 みR2乗値も高くなったときである。
4. 分析
4‐1. 予備分析‐何が重要な争点か‐
重回帰分析を行うまえに何が重要な争点認識されていたか、確認する必要あるだ ろう。以下の表1は有権者が各争点の重要度をどのように認識していたか示すもの である。
表1 2005年衆院 選にお ける有権者 の重要争点 認知
安全保障 市場主義対再分配主義 景気対策対財政再建
自衛 多国籍軍 憲法 イラク派遣 福祉 国と地方 財政か景気 年金 郵政
かなり重要 20.4 16.0 25.8 11.2 48.2 24.6 43.1 64.8 21.9
やや重要 40.9 37.9 43.2 36.3 42.4 47.4 43.3 30.7 43.0
あまり重要ではない 33.3 37.9 26.4 40.9 8.1 24.8 11.7 3.6 30.2
ほとんど重要ではない 5.4 8.2 4.6 11.6 1.3 3.2 1.9 .8 4.9
合計 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0
N 1326 1397 1348 1392 1445 1326 1427 1415 1431
これをみるとイラク派遣以外の争点は、過半数の人が重要だとみなしていること がわかる。どの程度の有権者が重要とみなしていれば、有権者全体で重要な争点と して認知されていたかを判断するのは、恣意的にならざるを得ない。しかし半数を 超える有権者が重要だと認知していれば、その争点は選挙において重要な争点だっ たといえるだろう。そう考えると今回分析を行う争点軸は全て重要な争点軸となる。
であれば、全ての争点軸で重要性を加味すれば、方向性モデルの優位性が確認され るはずである。
4‐2. 分析結果
分析は政党ごとに行ったため分析結果の説明も政党ごとに行っていく。また、分 析のパターンが膨大なものになったため、全ての分析結果を表記していくと冗長と ならざるをえない。そこで谷口(2005)にならって、コントロール変数の係数は表記 しないこととした。表記はしていなくとも、各係数はコントロール変数の統制をう けていることに留意されたい。
1)自民党
表2自民党 に対す る評価( 感情 温度)を従 属変数とし た分 析
*危険率<.10 **危険率<.05 ***危険率<.01 数字は標準回帰係数。コントロール変数によって統制済み。(7)
まず自民党から見ていこう。争点重要性を加味したモデル以外では、両モデル間 にそこまで大きな説明力の違いは見られない。しかし重要性を加味したモデルにお ける、安全保障・郵政民営化をそれぞれ一つずつ検証したモデルについては、係数
近接性モデル 方向性モデル
安全保障 .328*** ― ― ― .192*** .325*** ― ― ― .192***
競争・低負担 ― .162*** ― ― .052 ― .151*** ― ― .056
財政再建 ― ― .112*** ― .056 ― ― .112*** ― .037
主観
郵政民営化 ― ― ― .345*** .272*** ― ― ― .351*** .284***
調整済みR2乗値 .380 .310 .286 .387 .456 .376 .305 .286 .391 .454
安全保障 .305*** ― ― ― .203*** .303*** ― ― ― .201***
競争・低負担 ― .024 ― ― -.039 ― .045 ― ― -.004
財政再建 ― ― .027 ― .043 ― ― .025 ― .003
平均
郵政民営化 ― ― ― .355*** .301*** ― ― ― .354*** .294***
調整済みR2乗値 .368 .285 .275 .394 .452 .366 .286 .275 .393 .447
安全保障 .204*** ― ― ― .161*** .313*** ― ― ― .194***
競争・低負担 ― .013 ― ― -.044 ― .052 ― ― -.003
財政再建 ― ― -.001 ― .015 ― ― .021 ― .012
争点 重要性
郵政民営化 ― ― ― .280*** .246*** ― ― ― .360*** .292***
調整済みR2乗値 .325 .284 .274 .352 .402 .370 .287 .274 .397 .444
N 799 725 695 1156 471 799 725 695 1156 471
の影響力・モデルの説明力ともに方向性モデルが優位となっている。また、多数の 変数を投入した多次元モデルにおいても、争点重要性を加味すると方向性モデルが 優位となる結果がでている。また、この多次元モデルをみると、自民党評価に対し ては「安全保障<郵政民営化」の順で、影響力があったようだ。
競争・低負担(市場主義対再分配主義)と財政再建(景気対策対財政再建)の 軸は、有権者主観においてのみ影響が有意に確認され、その他は全て影響が確認さ れていない。これはどういった意味を示すのだろうか。おそらくこれは有権者によ る政党の位置認知にばらつきがあることを示しているのだろう。(8) 有権者の認知が ばらついていることによって、政党位置を有権者の平均で求めたモデルでは、有意 な結果が出ていないと考えられる。これには二つの原因が考えられる。一つはこれ らの争点に関する質問文を回答者が誤解した可能性があげられる。脚注3にどのよ うな質問文があったかを記載したので参照してほしい。例えば「福祉より税制負担」
を見てみよう。この質問文ではAの意見は「税負担を軽減すべきである」で終わっ ているのに対し、Bでは「公共サービスを充実させるべきである」となっており、
それぞれの意見が対応していることがわかりづらくなっている。このことが回答者 に混乱をもたらした結果、政党位置の認知にバラつきをもたらしていると推測され る。もう一つの原因はこれら経済に関する争点の政党位置を定めることは、他の争 点と比較して難しいことがあげられるだろう。例えば「補助金より自由競争」とい う争点を見て、自民党の位置を考えてみよう。現在の自民党の政策から考えれば、
新自由主義的な意見であるAの意見が自民党に近いものと考えられる。しかし、従 来の自民党の姿を想像するとBの意見も自民党の政策位置に近いように感じられ る。こうしたことが有権者の政党位置認知にばらつきをもたらしていると考えられ る。繰り返しになるが、そうした結果有権者の主観認知で政党位置を定めたモデル でしか、有意な係数が確認されないとなってしまうのだろう。なぜなら上述したよ うに有権者の主観認知の「平均」は、実際には有権者に認知された政党の位置では ないからだ。