た。このような特徴は、高齢者同士および若年成人同士という人同士の対話にはほと んど見られなかったスタイルであった。さらに、見いだされた特徴を基盤化スタイル の変数として捉え直すことが、システムが実装すべきインタラクションスタイルの概 念化の術となることについて考察した。これは例えば、人同士の対話インタラクショ ンに近づけたいならば、それに対応する基盤化スタイルの変数を操作することによっ て、求める基盤化スタイルが得られることになるということであった。
描画を伴う対話についての研究では、描画が基盤化過程にあずかっていること、さ らにその関わり方が直列的であることが示唆された。これは描画を含む対話について の基盤化スタイル研究の準備的な段階にあてはまる。
3つめの「どのような手法が基盤化スタイル分析にふさわしいのか」という問いの 答えは、基盤化アクトモデルによって分析が可能であったことにより示された。基盤 化アクトモデルに基づき発話や行動をユニット化し、ユニット単位に基盤化アクトを 付与し、それに基づき基盤化スタイルを抽出することにより、暗黙的なコミュニケー ション過程を形式化する方法を示すことができた。さらに、システムとのインタラク ションを基盤化スタイルによって記述することによって、エラー行動を経験に頼らず 確実に発見できること、行動そのものを基盤化概念で記述することによって、システ ムに隠されている基盤化機能を明確にし、設計改善への指針が得られる可能性がある ことについて論じた。
本研究の貢献
もう一度、研究の3つの目的を振り返る。それらは、(1)基盤化スタイルは存在す るのか、(2)存在するならば、どのような場面で、どのように違った基盤化スタイル がとられるのか、そして、(3)どのような手法が基盤化スタイル分析にふさわしいの か、を明らかにすることであった。最後に、これらが出てきた背景を振り返り、本論 文の貢献を明らかにしたい。
問い(1)(2)が出てきた背景は、次のようなものであった。現実のコミュニケー ション過程も基盤化理論・基盤化モデルが解明してきた基盤化過程の原則に則って行 われているに違いない。しかし、コミュニケーションには原則だけでは捉えきれない 側面がある。コミュニケーション不全やコミュニケーションの上手い下手などがそれ にあたる。この裏になんらかの特徴的なパターンが隠されているからこそ、コミュニ ケーションの不全や上手い下手という質の違いが現れるのではないか。特徴的なパ ターンは、現実のコミュニケーションを原則に照らし合わせ、実際に取られた例外や 頻度を量的に分析することによってのみ形式化することができる。ここに基盤化スタ イル研究の必要性とメリットとがあった。さらに、次のような社会的背景により基盤 化スタイル研究の必要性をますます高まっていた。コミュニケーションの人相手から システム相手への置き換わり、発話だけでなく行動や描画などの多様なメディアを使 用してのコミュニケーション場面の増加、そして高齢者を含む多様な人に対応するコ ミュニケーション実現への社会的意識の高まりなどである。
そして、問い(1)(2)を達成するために、(3)を行う必要があった。基盤化ス タイルは、ある程度まとまった量の現実の対話を用い、その中で、例えばどのような 基盤化機能が多く用いられるか、それは特定の話者グループやメディアの違いによっ てどのように異なるのかなどを分析することによって抽出できる。このためには、さ まざまな設定における現実の対話データの定量的な分析が必要である。しかしこれま でに基盤化スタイルの研究がほとんどなされていないことを鑑みると、定量的な分析 方法が確立されていたとは言い難い。定量的な分析方法の確立が強く望まれていたと 言えるだろう。
以上を受けた本研究の貢献は次の3つにまとめられる。
1点目は理論的な貢献である。これまでの基盤化研究は、主に原則を見いだしモデ ルを作ることに焦点をあててきた。それに対し、本論文の研究はその原則が現実のコ ミュニケーションにどう適用されているかに焦点をあて、基盤化過程には周辺条件に 依存する基盤化スタイルが存在することを確かめた。つまり、原則を基に現実のコミュ ニケーションが分析できることを示した。これを貢献の一つとして挙げることができ る。また、行動を含むインタラクションに基盤化スタイルが存在したこと、描画を含 む対話の分析が基盤化理論の枠組みで可能であったことは、基盤化理論の適用範囲を 広げたことを示す。これらの研究は、行動や描画を含む対話分析の理論的基礎となる ものである。さらに、本論文の研究によって対話スタイル研究の範囲が広がった。こ れまでの対話のスタイルの研究は、語尾の変化や語彙の使い方など、主に発話の形に 焦点をあてたものであった。また基盤化機能に焦点をあてたものであっても、ある特 定の機能にだけに注目してきた。それに対し、本論文の研究では、特定の基盤化機能 にだけ着目するのではなく、機能全体に着目し、発話の形ではなく機能のスタイルを 対話スタイルの一つとして明らかにすることができた。
2点目は実践的な貢献である。高齢者同士の対話に関する研究の結果、高齢者のス テレオタイプを基盤化スタイルによって厳密に記述できた。例えば、高齢者の否定的 なステレオタイプの一つに「話が長い」があるが、これは基盤化という観点から見れ ば、高齢者の情報提示・情報承認にステップ数を多くかけたと記述できた。また人と システムとのインタラクション研究では、システムが実装すべきインタラクションス タイルを基盤化スタイルとして明示的に概念化する術を与えることができた。例えば、
人同士のインタラクションスタイルに近づけたいのであれば、人同士の基盤化スタイ ルに近づけることが求められるであろうし、インタラクションフローから外れないよ うにできるだけたくさんの情報を提示したいのであれば、情報提示を多用すればよい ことになる。もちろん、ステレオタイプの基盤化スタイルによる記述が、高齢者との コミュニケーションの改善に直ちにつながるわけではない。また、システムとのイン タラクションが概念化できたからといって、ユーザビリティテストやシステム評価な しにシステムが改善されるわけでもない。重要な点は、基盤化スタイルによって対話 過程が形式化でき、これによってステレオタイプや、ユーザビリティテストやシステ ム評価を通じて得られるインタラクションのあり方を明確に検証できることである。
本研究で得られた基盤化スタイルは、よりよりコミュニケーションやインタラクショ ンを考える出発点となりうるのである。
3点目は基盤化スタイル分析の方法論に関する貢献である。基盤化スタイルを分析 するためには、ある程度まとまった量の対話を取り扱う必要があり、この必要に応じ て、本論文の各研究では基盤化アクトモデルを用い、定量的な分析を行った。研究の 結果、基盤化スタイルが明示的に記述できたことは、基盤化アクトモデルが定量的な 分析に適した方法であることを示している。実際に多量のデータを分析するにあたっ て、基盤化アクト付与基準を具体的に記したマニュアルを作成し、これに基づいて信 頼性検証実験を行い、その結果、マニュアルの信頼性が確かめられた。これは、一定 の水準で基盤化アクトを付与することが可能であることを意味している。また、さま ざまな設定へと研究対象を広げていくと、より多量のデータを処理する必要が生じる が、これは、複数の人による基盤化アクト付与、あるいはシステムによる自動的な付 与への要求につながる。そこでは、信頼に足る水準での基盤化アクト付与がより重要 な課題となる。本論文に記載したマニュアルやそれによって得られた信頼性水準が、
そのまま自動的な基盤化アクト付与に持ち込めるわけではないが、本論文の研究はそ の方向へ向けての最初のステップと位置づけることができる。さらにこれは、基盤化 という観点からの対話コーパスの作成などへもつながって行く。
また、高齢者対話の研究では、基盤化アクトモデルの承認シグナルをさらに個別 ack と汎用 ack に分類し、より詳細な基盤化スタイルの分析を行うことが可能となった。
システムとのインタラクション研究では、行動を含む対話のデータ化が行えた。描画 を伴う対話研究では、描画が基盤化過程に直列的に参与していることを踏まえ、描画 を含む対話の描画への基盤化アクト付与の基準作成を試みた。これらも方法論として の貢献である。
以上が本論文の到達点である。
本論文の研究は、基盤化にスタイルがあるかどうかという問いから出発する探索的 なものであった。研究全体を通じて基盤化過程にスタイルのあることが明らかになり、
ここで取り上げた場面についての具体的な基盤化スタイルは明らかになったが、どの ような設定において、どのようなスタイルが得られるのか、取り上げるべき場面は他 にもある。例えば、さまざまなことがらの明示的な説明が重要になる中、経験者と初 心者の基盤化スタイルの違いが明らかになれば、よりより説明を行う助けとなるだろ う。快適なコミュニケーションの中身を解明するには、親しい人と初対面の人の基盤 化スタイルの分析が役立つかもしれない。ますます増加するコンピュータの使用を考 えると、人とコンピュータソフトウェアとの対話における基盤化スタイルが重要な研 究課題になるだろう。このように、基盤化スタイルに関して研究すべき場面はまだま だたくさんある。本論文で取り上げた3つの場面によって示される基盤化スタイル分 析の具体的な方法が、次の研究につながっていく礎となればと考える。