4.刺激タイミングを記銘する培養神経回路網
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第 5 章
培養神経回路に対する
薬物アッセイ
5.培養神経回路網に対する薬物アッセイ
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5.1 序論
MEAを用いた細胞外電多点計測技術は,神経細胞の電気活動を一度に多数計測するこ とができ,しかも細胞に対して全く非侵襲であることから長期間安定して計測すること が可能である.フォトリソグラフィを応用したMEAが最初に報告されたのは1972年のこ とであるが[106],その後数年の間に独立して別のグループから単一の細胞からの電位 信号を計測可能なMEAが報告された[107].このシステムが現在一般的に使用されるMEA の原型となっている[108].MEAを薬理アッセイシステムとして使用する試みは,そもそ も微小平面電極を用いて細胞外電位を計測するシステムを開発した初期の頃から考え られてきた応用事例である.特にグロスらは薬理アッセイ系としての応用に積極的であ り[109],自発性活動の頻度等の特性を基準として毒性試験[110],臭物質の検出[111],
医用薬品のためのスクリーニング[112]等,多岐にわたる応用事例を報告している.MEA がアッセイ系として用いられるにはいくつかの様式がある[113].まず,完全に非侵襲 計測であることから,長期間にわたって継続して活動をモニタできると言う特徴を利用 した,長期間計測によるアッセイとしての応用がある[114].また,多点であることで,
一点でとれるデータを一度に大量にアッセイすると言う,簡便な大量アッセイシステム としての応用が考えられる[115].これらは既存のアッセイ系を拡張する方法であり,
その意味でコンベンショナルな手法である.しかしながら,MEAの最大の特徴は,同時 に多数の点からの活動を計測することが可能な点であり,計測対象がネットワークであ るならば,多点計測データから個々のノードの間の関係性,例えば相関性や同期性など のパラメーターを読み取ることができる.このネットワーク特性によるアッセイは,単 一の細胞を用いたアッセイとは異なる次元の情報を提供する可能性が高い[116].ネッ トワークの特性を指標としてアッセイするという考え方を更に発展させて,分散培養系 という細胞外の環境を容易に制御変更可能な系であるという特性を活かし,そこに脳の 基本的な機能を実現した小規模モデル系を構築して,半人工的なモデルによる脳機能に 対するアッセイを行うという研究も展開されつつある.これは未だ発展中の段階であり,
本研究もこの研究の方向に沿うものである.そこで,本研究においても神経細胞間の機 能的接続を推定する手法を開発し,これを指標としたアッセイ系を構築した.また,ア ッセイの一例として,内分泌攪乱物質の神経回路網の機能的結合性に対する効果を検証 した.
近年,生体ホルモンに類似した化学物質が生体内において内分泌系攪乱作用を持ち,
脳の成熟異常を引き起こすという報告がされている[117].通常,ホルモンを介した生 体シグナルを刺激する化学物質は低濃度で効果を発揮するため,身近に存在する環境ホ ルモンの生体への影響は低濃度の暴露条件下でも無視することができない問題となる.
本研究で取り上げたビスフェノールA(BPA)は内分泌系攪乱作用を持つ環境ホルモンの 一つである.BPAはポリカーボネートプラスチックやエポキシ樹脂の原材料として大量 に生産されている化学物質であり(図5.1),身近に存在する食品,飲料の包装容器類等
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に使用されている[118].そのため人間への曝露が頻繁に起こり易く,影響が懸念され ている環境化学物質である.暴露経路の大部分を占めているのは,食品や飲料中のBPA であると報告されており[119, 120],さらに経口摂取されたBPAは授乳という形で母体 から乳児に取り込まれる[121].BPAが直接的に人間の生殖発生に影響を及ぼすという報 告はされていないが,実験動物を用いた評価結果では,妊娠中や授乳中に高用量のBPA に曝露することによるげっ歯類胎児の生存率の低下[122, 123]が確認されている.BPA の人への影響に関する直接的なデータは不足しているが,人間の胎児の発生・成長に変 化を引き起こす可能性がある.成体期にのみBPAを曝露したマウスやラットでも体内で 形成する精子への影響が報告されている.BPAを1日あたり0.02~200 mg/kg で成体ラッ トに6日間にわたって経口投与すると,精巣の組織 1 グラム当たりにおける 1 日の精 子形成量が10%以上減少したことが報告されている[124,125].また, BPAを1日あたり 0.02 および 0.2 mg/kg の量で成体マウスに6 日間皮下投与すると,精子の形態異常が おこることも確認されている[126].これら実験動物に有害な影響を与えるという結果 から,BPAは人体に対しても無害ではないと考えられる.米国疾病管理予防センターが 実施した2003~2004年の調査によれば,6歳以上の2517名から採取した尿の92.6%から BPAが検出されているとされ,実際にBPAは人体に取り込まれている現状がある[127].
BPAは体内から排出されるにも関わらず,検出されるレベルで体内に残留しているとい う報告は,頻繁に生体への暴露が起きている事を示唆している.
BPAが体内に及ぼす影響は多岐に渡っており,大人や幼児の脳に存在するエストロゲ ン関連受容体γ型に作用することや[128],神経細胞の移動能への影響[129, 130],シ ナプス形成[117, 131]への影響,GABAA受容体(γ-aminobutyric acid type A, GABAA) への影響[132, 133],神経細胞死[134]などが報告されている.BPAと脳の電気生理学的 な現象との関係については,シナプス可塑性への影響[135],特に10 nMのBPA下におい てラット海馬スライスの長期抑圧現象が促進されるという報告や[136],単一ラット海 馬神経細胞において10 µMから100 µM程度の範囲で濃度依存的にGABAA受容体を亢進させ るという報告がある[132].これまで,BPAが脳の神経細胞に与える影響を評価した研究 としては,単一神経細胞スケールの電気生理学的解析が行われてきた.しかしながら,
本来の脳は,細胞レベルで機能が発現するのではなく,多数の神経細胞が協調して活動 することで機能している.そのため,実験試料としては小規模な脳のモデル系として海 馬分散培養神経回路網を用い,神経間の機能的結合を見積もる新たな手法であるコネク ションマップ解析を開発してBPAの脳に対する影響を評価した.
図5.1 BPAの構造式.
BPAの組成式はC15H16O2(分子量228.29).
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