2.5 結論
3.1.2 分散培養神経回路網における履歴現象
ある系に連続した入力を加えた場合に出力がそれ以前の入力に影響されるとき,その システムは出力の履歴を持つと定義する.すなわち,全く同じ入力を加えたとしても,
1 入力のみを印加した場合と,事前に入力を印加した直後に入力を印加した場合とで出 力が異なっているならば,“履歴”が存在すると考える.事前の1入力によってシステ ムの状態が初期状態から変更され,この新しい状態が維持されている間に次の入力が入 った場合には初期状態と異なる出力が返されることが予想される.この場合,新しい状 態が一定期間持続することで「事前に入力があったという情報」が保持されていたと考 えることができる.ある神経ネットワークの状態が保持されることは神経回路網の構造 と密接な関係があると考えられる.
履歴的な現象は,神経“回路網”レベルで発現すると考えられるが,その基底にある のは神経“細胞”のレベルでの履歴現象であると考えられる.細胞レベルの履歴現象の 具体的な例として,ペアパルス促通(paired pulse facilitation, PPF)やペアパルス
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抑制(paired pulse depression,PPD)という短期的なシナプス応答の変化が挙げられる.
これは単一の細胞で観察される履歴現象である.PPF は,シナプス前細胞に電気刺激を 刺激間隔10ミリ秒から200ミリ秒程度の短い間隔で2発与えた場合,2発目の刺激による 興奮性シナプス後電位(Excitatory Post Synaptic Potential, EPSP)の振幅が1発目 の刺激で誘発されたものに対して大きくなる現象である[77].逆に2発目の電気刺激に よるEPSPの振幅が1発目によるものに比して小さくなる現象がPPDである[78].ただし,
これらの場合,電気刺激はシナプス後細胞において活動電位が発生する閾値以下の強度 でなくてはならない.PPFやPPDは刺激間隔が十ミリ秒から数百ミリ秒程度の短い場合に のみ観察され,ごく短期的な履歴現象である.PPFやPPDにおいては,一発目の刺激が印 加された後にその履歴が細胞内に非常に短い間持続していると考えることができる(図 3.1).
単一神経細胞レベルではなく,神経回路網レベルにおいて発現する履歴現象は,この PPFやPPDより長く続く履歴の存在が予想される[79].その背景としては,神経回路網は 刺激の影響が神経回路内で反響するリカレントネットワークを形成していると考えら
図 3.1 単一神経細胞レベルで発現する履歴現象.
誘発されたシナプス後電位の振幅を比較し,2 発目による応答の振幅が 1 発目に よる応答の振幅より大きい場合をペアパルス促通(PPF), 小さい場合をペアパ ルス抑圧(PPD)と言う.
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れており[80],神経回路網において入力が再帰的に繰り返されることで時空間パターン が複雑になることが挙げられる(図3.2).分散培養系における神経細胞は一度神経間 の結合を解離されて半人工環境下で神経回路網を再構成するが,神経回路網は無秩序に 構成される訳ではなく,特徴的な回路網を形成して他の神経細胞からの入力が集中する ハブ的な神経細胞が出現することが報告されている[62].本研究では,分散神経回路に おけるネットワーク性の履歴現象の性質を検証する事を第一の目的とした.複数の神経 細胞による電気活動の時空間パターンを比較して神経回路網性の履歴現象が実際に観 察されうるかを解析した.
図 3.2 リカレントネットワークの一例.
丸は一つの神経細胞を表し,丸の間の紫線が細胞間の入出力を示す.
このように信号が入力源にフィードバックする構造を相互に持つネッ トワークをリカレントネットワークと呼ぶ.
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