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結論

ドキュメント内 九州大学学術情報リポジトリ (ページ 87-97)

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9 章 結論

無響室録音の楽曲に電子残響を付加するという条件において、人が最適と感じる残響の最適ミ キシングレベルは、残響時間と、楽曲の要素によって変化するが、再生チャンネル数の要素には あまり影響を受けないことが判った。

異なる残響時間の残響を付加して、残響音を最も好ましいレベルにミキシングするとき、残響 時間の2倍毎に、残響の最適ミキシングレベルはおよそ6dBずつ減少することが判った。その結 果、残響時間の対数と残響エネルギは、残響時間2倍あたり-3dBの勾配の比例関係がある。ま た、このとき、残響時間が2倍になる毎に、C05値はおよそ3dB増加することが示唆された。

なお、R/D比の指標であるC値は、特に電子残響付加という条件下では、直接音成分と残響成 分を分離するため、C80値よりもC05値が適切と考えられる。

残響の最適ミキシングレベルは、再生レベルに影響されることが判った。この現象は、録音エ ンジニアと一般聴取者に共通に生じるが、その影響の度合いは、録音エンジニアでは、いずれの 楽曲でも再生レベル1dBの変化に対し残響の最適ミキシングレベルの変化が0.1dB程度である のに対し、一般聴取者では、その変化の割合に個人差や、楽曲差が大きく現れ、再生レベル1dB の変化に対し残響の最適ミキシングレベルの変化が0.1~0.4dB程度に分布し、録音エンジニア と一般聴取者とで、若干、異なることが判った。

楽曲の音源信号の特徴量として、エンベロープ指数 = E値を提案し、楽曲種別に、残響の最適 ミキシングレベルを決定する上での適切な指標であることを示した。なお、E値は仮想残響とい う概念からの発案であったが、仮想残響の仮想残響時間が実際の残響時間と異なっても、E値と 残響の最適ミキシングレベルの関係に矛盾が生じないこと、E値の導出過程で信号のセグメント 化を行うが、そのセグメント長は20ミリ秒が適切であることを示し、E2(20)値をE値の代表値 とした。また、E値と残響の最適ミキシングレベルの関係は、訓練を受けた録音エンジニア特有 に起こる事象ではなく、一般聴取者にも同様に生じる普遍的な事象であった。

しかし同楽曲種間に良い対応関係の有ったE値と残響の最適ミキシングレベルの関係は、異種 楽曲間では良い対応関係が無くなることが判った。その要因は、E値は経時領域の特徴を表して はいるが、周波数領域の特徴が含まれないことにあるので、周波数領域の特徴量として、楽曲の

1/12oct.分析結果のバンド毎平均パワーレベルの標準偏差をスペクトル標準偏差(𝐬𝑠𝑝𝑒𝑐𝑡𝑟𝑢𝑚)と

して導入すると、スペクトル標準偏差によって楽曲種別が分離できることが判った。

第9章 結論

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新たにE値とスペクトル標準偏差の積の対数をES値として定義すると、ES値と残響の最適 ミキシングレベルに大きな相関関係が認められた。

これらを総合すると、残響の最適ミキシングレベルは、残響時間、再生レベル、E値、スペク トル標準偏差、それぞれに負の相関を持っている。そして、(6-1)式、(7-1)式、(8-4)式 の積から、総合的な残響の最適ミキシングレベルが求められると考えらる。

これらの関係より(9-1)、(9-2)の関係式を導ける。

lpm= a ∙ (E2(20) × 𝐬𝑠𝑝𝑒𝑐𝑡𝑟𝑢𝑚)20b × Tr20 c × 1020∙Lrpd … (9 − 1)

ここに lpm :残響が最適ミキシングレベル状態のときの正規化された残響成分パワー

E2 (20) :仮想残響時間2秒、算出用セグメント長20msのときのE値

𝐬𝑠𝑝𝑒𝑐𝑡𝑟𝑢𝑚:スペクトル標準偏差 100~12.5kHzの1/12oct.バンド分析による バンド毎平均パワーレベルの標準偏差。

なお、E値とスペクトル標準偏差は楽曲毎に決まる定数。

Tr :残響時間。(s)

Lrp :基準再生レベルに対する再生レベルの差。(dB)

a, b, c, d :実験によって求められる定数。

また、対数をとってデシベル化すると

Lpm=α − β ∙ log10(E2(20) × 𝐬𝑠𝑝𝑒𝑐𝑡𝑟𝑢𝑚) − γ ∙ log10(Tr) + δ ∙ Lrp (dB) … (9 − 2)

但し Lpm :残響の最適ミキシングレベル。(dB)

α, β, γ, δ :実験によって求められる定数。

すなわち、電子残響プログラムの残響時間、無響室録音に相当する楽曲のE値とスペクトル標 準偏差をあらかじめ知ることができれば、最適な残響レベルを導けることが示唆された。

第10章 考察

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第10章 考察

本研究により得られた知見と、実際の録音現場での経験との関係について考察する。

残響時間が2倍になる毎に、残響の最適ミキシングレベルが、約6dBずつ減少するという知見 は、録音現業において、電子残響装置による残響効果を加えるとき、残響時間を長くすると残響 のレベルを減ずるという経験に対応するが、残響時間2倍あたりの残響レベルの勾配が-6dBと いう数値関係の知見は、より的確な現場判断の支援材料となる。

E値の異なる楽曲は、残響の最適ミキシングレベルも異なる、という知見は、現業でも楽曲に よって、残響時間や残響のレベルを変えるという経験に符合する。ポピュラー音楽などでは、楽 曲途中で残響のレベルを変えたり、残響時間を変えたりすることは、良く用いられるテクニック であるが、楽曲の途中でもE値の変化に従い、残響量を変化させたいという欲求が生じると説明 できる。クラシック音楽のホール録音においても、残響時間と残響量は固定するものであるとい う既成概念があるが、例えば楽章毎にアンビエンスマイクのミキシングレベルを変えて残響を最 適な量に調整するなど、演出の可能性が広がった。

また、再生レベルによって残響の最適ミキシングレベルが変化するという知見は、録音現業で は、訓練によっていかなる再生レベルでも適切なミキシングが克服できるように訓練し、また適 切なミキシングが可能と信じられてきたが、そうではないことが判った。録音現業では、望まし い再生レベルの値に推奨値があるが [17]、本知見によれば、あらゆる現場で再生レベルを統一し ないと、同一の価値観が共有できないことを意味しており、大切な発見である。また、心理実験 におけるラウドネス管理の重要性が再認識できたと言えよう。

なお、録音技術者と一般聴取者で、再生レベルの影響の傾向が異なることが判ったが、録音技 術者の訓練が影響したと考えられる。録音技術者は、再生環境が変化すると、自分用のリファレ ンス音源(仕事を始める前に、いつでもその音源を聴き、耳の調子や、再生環境の違いを総合的 に判断するために準備する音源)で自分の耳を慣らし、再生環境の異なりを換算して、同じミキ シング結果とできるように訓練する。従って、再生レベルの変化の影響が、一般聴取者に比べて 少なかったと推察されるが、本研究では実証には至らず課題を残した。

また、録音におけるオーケストラ楽曲中のソロ部分と独奏楽曲のソロ部分の残響感を比較する と、オーケストラ中のソロは、残響感がかなり大きくても不自然と感じないのに対し、独奏楽曲 のソロ部分に付加する残響量をオーケストラ中のソロ部分と同程度にすると、残響が大きく不自

第10章 考察

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然に感じることがある。

実際の録音では、オーケストラの場合、指揮者頭上のペアマイクロホンが基本であり、一番マ イクロホンに近いコンサートマスターでさえ4m程度、管楽器からは7 ~ 8m程度離れた位置に ある。しかし、独奏楽曲の場合、ほとんどの場合、独奏楽器からは、遠くても2m内外に設置す る。当然ながら、オーケストラ楽曲である、牧神の午後への前奏曲のフルートソロと、独奏曲で ある、ハンガリー田園幻想曲のフルート独奏では、録音された音源の残響量は全く異なっている。

一方、再生音量は、オーケストラのソロ部分と独奏楽曲のソロで大きく異なり、例えば、牧神 の午後への前奏曲のフルートソロは、原音の平均ラウドネス値が-39.9LKFS(表-7)であるの に対し、独奏楽曲のソロの音の大きさに、ラウドネスマッチングした後の平均ラウドネス値は、

-25.7LKFS(表-21)と、14.2dBも再生レベルが異なる。その結果、同じフルートソロでも、

オーケストラのソロと独奏楽曲のソロでは、再生レベルの差異に従って、残響の最適ミキシング レベルも大きく異なることが理解される。

また、オーケストラ楽曲の録音おいて、補助マイクロホンを使用することがある。この場合、

音量の小さい楽器を補強することが主目的であるが、ソロをしばしばデフォルメすることがある。

すなわち、ソロ楽器をホールで聴くバランスよりも大きいバランスとして録音し、メリハリを演 出する。ちなみに、デフォルメを意識して補助マイクをミキシングした場合、その楽器の再生レ ベルが数dB上昇することも珍しくない。

このとき、ソロ楽器に近く設置される補助マイクロホンには、残響音があまり混入しないため、

ソロ楽器のレベルを大きくミキシングするに従い、ソロ楽器の残響成分は相対的に少なくなる。

そのため、大抵の場合、ソロ楽器に対して電子残響を付加するが、最適と感じるように残響を付 加した場合、その部分だけを慎重に比較試聴すると、補助マイクロホンを使用しない場合よりも、

残響量を少なくしていることに気付く。場合によっては、補助マイクに残響付加を全く必要と感 じないこともある。反対に、ソロ部分だけを抜き出して、メインマイクのみの場合と比較しなが ら、念入りに同じ残響感となるように補助マイクに付加する残響レベルを調整したりすると、全 体を聴いたときにソロの残響感が増加したように感じることがある。この現象は、ソロ部分の再 生レベルが大きくなる場合、再生レベルの上昇と共に、残響の最適ミキシングレベルが減少する という検討結果に符合する。

スペクトル標準偏差の知見については、まだ課題を残している。第8章の検討において、楽曲 の周波数領域の特徴が、残響の最適ミキシングレベルに影響を与えることは確かめられたが、そ

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