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純銅,純ニッケルおよび銅ニッケル合金の

ドキュメント内 九州大学学術情報リポジトリ (ページ 68-85)

変形挙動に及ぼす水素の影響と硬化メカニズム

3.1 緒言

材料の変形挙動に及ぼす水素の影響として,水素により流動応力が上昇する(硬化す る)場合と下降する(軟化する)場合とがあることを第1章で述べた.純ニッケルにお いては,水素により流動応力が大幅に上昇することが多数報告されており [1–6],純ニ ッケルはマクロには硬化する材料であると言える.その有力なメカニズムとして考えら れるのは,以下の5つである.

① 格子間の水素が周囲に与える弾性ひずみが,転位運動に対する短範囲の抵抗を 生じる(固溶強化)[7,8].

② 転位周囲に形成された水素雰囲気が運動転位に対して引きずり抵抗を与える [1].

③ 水 素 に よ り 変 形 が局 所化 し た 結 果 , そ の局 所領 域 で 転 位 密 度 が上 昇す る

(hydrogen enhanced localized plasticity: HELP)[6,9,10].

④ 水素が転位間の弾性相互作用を弱めて転位同士の距離を減少させた結果 [11,12]

セル壁内の転位密度が上昇し,セル直径が小さくなる(弾性シールディング効 果).

⑤ 水素が転位をピン止めした結果,新たに生成した転位が変形を支配するように なり,それに伴い転位密度が上昇する(水素による転位の固着とGJ理論による 転位の増殖)[2].

⑥ 水素が格子欠陥を安定化させた結果,転位源からの転位の射出が生じやすくな り,転位密度が上昇する[13–15](Defactant).

以上のメカニズムは,水素が転位運動を直接的に阻害するもの(①,②)および水素が 転位組織の発達を助長することで,発達した転位組織が転位の運動抵抗として作用する もの(③~⑥)に大別される.水素により純ニッケルが硬化するメカニズムとして様々 なものが提案されている一方,いずれのメカニズムが支配的であるかについては未解明 であった.

ここで,変形温度が低下した場合,①~⑥の効果がどのように働くかを考える.①に おいては格子間水素が短範囲の抵抗として作用し有効応力を上昇させるから,変形温度 の低下とともに流動応力が上昇することが予測される.②については,水素が転位の周 囲に雰囲気を形成するためには水素の拡散が必要となる.そのため,拡散係数が小さく なる低温においては,②のメカニズムの働きが小さくなると考えられる.③の変形の局 所化が主に弾性シールディング効果により生じると仮定すると,弾性シールディングが

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生じるためには,転位の周囲に水素雰囲気が形成される必要がある [12].すなわち,② と同様,水素雰囲気が形成されにくい低温においては弾性シールディング効果が弱くな り,③の効果はほとんど生じなくなると考えられる.同様に④の転位同士の間隔の減少 も弾性シールディングが主要因であると考えられるから,この効果は低温で無効化され ると予想される.⑤について,転位が水素による固着および固着からの脱離を繰り返し ながら運動する場合,応力-ひずみ曲線が鋸波状となること(セレーション)が確認さ れている.Boniszewski ら [1] は,純ニッケルにおいて変形温度を変化させながら引張 試験を行い,セレーションが生じる温度範囲を150 K~250 Kと報告している.この結 果から,この温度範囲以外において,⑤の効果はほとんど生じなくなると推定される.

すなわち,低温での変形において②,③,④,⑤の効果はほとんど生じないと言える.

一方,⑥の効果はほとんど温度依存性を持たないと考えられることから,低温において 転位組織の発達を助長するメカニズムの候補となりうる.以上のように,これまで提案 されてきた硬化メカニズムのいくつかは低温で作用しなくなることから,水素による硬 化挙動の温度依存性を調査することで水素による硬化メカニズムを切り分けることが できると期待される.

また,これまで純ニッケルにおいて水素が転位組織の発達を助長する挙動は,主に透 過型電子顕微鏡(transmission electron microscopy: TEM)により観察されてきた.この手 法には,観察視野が非常に限られる(nm~μmオーダー)という問題点がある.これは,

通常の材料における結晶粒径と比較して遙かに狭い視野である.変形により発達する転 位組織は結晶方位と引張軸との関係により変化する [3] ことから,これまでTEMによ り観察されてきた水素による転位組織の発達が材料全体で生じるものなのか,もしくは 特定の結晶粒においてのみ特異に生じるものなのかについては疑問であった.実際,ほ とんど同じ条件で試験を行った場合に,水素による転位組織発達が助長される報告

[2,4,6] とされない報告 [16–18] が存在する.さらに,TEMでなければ確認することの

できないサブミクロンオーダーの現象と,流動応力の上昇というマクロな現象との空間 スケールのギャップをつなぐ実験・観察がなされていない点も,水素による転位組織発 達の助長を純ニッケルの硬化要因とする上で不足する部分であった.

この問題を解決するため,本研究では硬さ試験を通して水素による転位組織発達の助 長およびそれによる硬化挙動を調査した.硬さ試験とは微小な圧子を定荷重で材料中に 押込み,形成された数 μm~数百μmの圧痕の寸法を測定することにより,メソスケー ルでの材料の変形抵抗を測定する手法である.この試験法の長所として,ごく表層の材 料特性を取得できる点が挙げられる.上述のように,材料中に固溶した水素は固溶強化 により材料の変形抵抗を高めるため,水素による固溶強化と水素により助長された転位 組織の発達に起因する硬化を分離するためには,変形後の材料から固溶水素を放出させ る必要がある.しかし,表面近傍の変形抵抗を測定可能な硬さ試験を用いることで,水 素を放出させる必要がある領域を小さくし,水素放出の操作を容易にすることができる.

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以上の背景を踏まえ,本章ではモデル材料として100 Ni,55 Niおよび0 Niを選定し,

水素による硬化メカニズムを明らかにすることを目的に,引張試験により,水素による マクロな硬化挙動の温度依存性を調査した.さらに透過型電子顕微鏡(ナノスケール)

および硬さ試験(メソスケール)を用いたマルチスケール解析により,各材料の転位組 織発達挙動に及ぼす水素の影響を明らかにした.

3.2 実験方法

3.2.1 供試材および試験片

第2章で作製した材料のうち,100 Ni,55 Niおよび0 Niを対象に調査を行った.図 3-1に示す試験片を,圧延方向と引張軸をそろえて採取・加工した後,平行部を1 μmの ダイヤモンドペーストにより鏡面研磨した.その後,残留ひずみの除去を目的に923 K, 2時間の真空焼鈍を行った.

これら材料の変形挙動に及ぼす水素の影響を調査するため,いくつかの試験片を100

MPa,543 Kの高圧水素ガスに200時間以上曝露することで,試験片中に水素を一様分

布させた(水素チャージ).水素チャージ後の試験片は188 Kにて保管し,試験片から の水素放出が生じないようにした.

3.2.2 低ひずみ速度引張試験

マクロな変形挙動に及ぼす水素の影響は低ひずみ速度引張(slow strain rate tensile:

SSRT)試験により評価した.試験温度は室温および77 Kとし,引張速度は0.09 mm/min とした.室温での試験は大気中にて,77 Kでの試験は液体窒素中にて実施した.試験片 の平行部のみが変形することを仮定して引張速度から求めた初期ひずみ速度は 5×10−5 s−1である.

また,変形組織発達挙動への水素の影響を明らかにするため,SSRT 試験を途中で中 断することで一定の塑性ひずみを導入した試験片を作製し,硬さ測定および転位組織の 観察を実施した.このように作製した試験片を予ひずみ材と呼称する.100 Niに対して

は3.3%の,55 Niに対しては10%の塑性ひずみを導入した.100 Niにおける3.3%の塑

性ひずみは水素チャージ材の破断直前の塑性ひずみ量に,55 Niにおける10%の塑性ひ ずみはネッキング直前の塑性ひずみ量にそれぞれ相当する.伸び計により測定したひず みが目標値に達したところで試験を中断し,速やかに除荷した.その後標線間距離を測 定顕微鏡により測定し,変形前後の標線間距離の差から実際に導入した塑性ひずみを算 出した.

3.2.3 電子顕微鏡による転位組織の観察

変形により導入された転位組織の観察には,走査型透過電子顕微鏡(scanning

transmission electron microscope: STEM)を用いた.予ひずみを導入した試験片から,試

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料の法線が引張軸と一致するようにSTEM試料を切り出した.STEM試料は,機械研磨

により100 μm程度まで膜厚を減少させた後,10%過塩素酸–90%エタノールを電解液と

した電解研磨(ツインジェット法)によりさらに薄膜化することで作製した.観察には,

加速電圧200 kV,明視野モードを使用し,電子線入射方位が<110>(100 Ni)もしくは

<100>(55 Ni)となるよう,試料を傾斜させながら観察した.電子線入射方位が100 Ni

と55 Niで異なるのは,観察可能な結晶粒の数が少なく,同一の電子線入射方位を用い

るのが困難であったためである.しかし,いずれの条件においても転位組織は明瞭に観 察され,かつ同一材料においては電子線入射方位を揃えたことから,少なくとも同じ材 料における比較は可能であると考えられる.

3.2.4 ビッカース硬さによる転位組織発達度の間接測定

予ひずみ材を樹脂に埋め込み,表面を3 μmのダイヤモンドスラリーで鏡面研磨する ことにより試料を作製した.その後,433 K の真空中で168 時間保持することにより,

試料表面の水素を放出させた.この条件において転位組織の回復に伴う硬さの低下が生 じないことを予備試験により確認しているが,高温保持により生じうる種々の影響を考 慮し,未チャージ材に関しても水素チャージ材と同様に高温保持した.ビッカース硬さ 試験は押込み荷重 10 gf~200 gf(0.098~1.96 N),保持時間10秒にて実施した.

図3-1 SSRT試験片の形状および寸法(mm).

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