い。
8. 糖 業
( 1
) 最近 の塘業事情砂糖 は 日本 におい ては さと うきび . ピー ト両 者 あわせ て も ,年間300万tの哨 王寺・Etに対 し, 自給率 わず かは% と大 部分 を輸入 に頼 ってい る0 両頂 諸 島に おい ては その有利 lAt気候を利用 し て , さとうきびが ほ とん どの 島で栽 培 され てい るo
(2)沖永良部島の梼業
本 島におい ては300年前 か ら果糖 の製造が配韓 され てい る. 昔 はすべ て 各 般 家 が 個 々に
精
糖を行 ってお り.その後小 型工場の発 達をみ るQ これ は金持や 迅協 に よ って経 営 されて い て , 価 格 は同一 であ ったo 個人 工魅 では即現金 で買取 り,島協は砂糖売却後 に金が入 ること とlAlり, 腿民 階層 の分化を ここに見 ることが で きよ うo その後 ,大手 教本 が島 に導入 され,大型工場 に よる製糖 が始 まるQ
現在 ,本 島 には簡栄糖業 (樵) の一社 と多少の小 型工場 が存在 す る。
奄 美興 産 ,帝国物 産の2大工場 によ る両極 時代 が続 いたD 以前 の小工 場 は大 工掛 こ権 利,機 械を売収 され合併 されてい った。 さと うきびの値段を 上 げて小 工場を倒 すだけの力 は Tよか った か ら,価 格娩争 によ っての独 占は不 可能 であ った。以 後 は この二社 の 自由競争 であったが ,政 府 の行政指導 によ り,‑島一社 の完全独占企 誰 とな ったO
̲ 神永良 稀掛 こおけ る戯薬 は.近年 多核化 し,たばこ,ユ リな どの割 合 が高 くな ってきてい る が,益酔 作物 はlilん とい って も さと うきびで ある。 さ と う:yぴ に豊作貧 乏 はない とい って よいO 工掛ま100日稼動 すれ ば採界 があ うといい,本 島で は70日分 しか とれず ,作 って も作 って も高
く売れたD 又価格 の安定 を計 るため の法律 も作 られ .価格 が決 まり,暴 落の心 配 もな く,さと うきびの栽培 は全 島にわた って行 なわれ るよ うにな ったO
今 日の多様化 に伴 な って.栽培 戯家 は減少 .最近横J̲,'イであ るが ,全 社 がつぶれ ることは島 の経済 に も悪 影響 もあ り,作付面積 の定野化 がすす め られ てい る。
昭和50年 度の きび買入価格 は16,100円であ り,本 島 では楯度 に関係 な くt当た!二)16,100円で売 出 され てい るD 作付面軌ま9万tあ ま りで,10a当たり約6tの収 凪 があ るo
(3) 南 栄 塘 業
木 見の大型工場 は この一 社で あ り.以 前は知 名 ,和 泊の2工場 で あ ったが ,今 は和泊 工場の みであ る。
以下 .行栓を過 って説 明す る ことにす る0
‑18苫‑
xJ」り収は各良家 が行 い. これは刈 り取軒が編JJJLされて行 い,道路 まで 出すo退路か らが会社 の負担であ り, 金紙の轟の みでは迎 ひ きれ ないので神永良滞各地区の協同逓送組合の車 によっ て も遊ばれ る。
エ樹に遊 ばれたきびは山のよ うに積 まれ て.処理 され るのを待つ。
本工鵜 はほとん どがオ ー トメーシ ョン化 されていて,グ ラブバ スケ ッ トにより,カ ッターは 逆ばれ .一定の長 さに切断 され た後の処理が スム ースに行 え るよ うにす るO その後 シ,=レッダ ーで くたかれ圧搾室 に選 ばれ, ここで搾 り汁がつ くられ るO汁は次の行程 に進 み ,カスは この 工場 ではボイ ラーの燃料 に使われ ,尭屯 と後述 す る効用臥 結晶缶の熱血の軒 と して使 われ るO
汁は ジュー スヒーターによ りその痕度 を滞め られ. ライ ミング ・タ ンク及び遵続 沈槻軌 こよ り不純 物 は取 り除かれ,純 度の高 い原汁 が上 すみ液 として効用缶室 に運 ばれ.不純物 (特に き びかすである) は ラビロックフィルターによ りケーキ状 にされ .搬 出 され る。
効用缶室 に運 ばれ た原汁は】4% であるが,第 1か ら節4までの四韮効用缶を経 ることによ り65
% までに濃備 され るD ここでは前述 のパ ガス ボイ ラーによる蕗気 によ る熱 により恐擬 され る。
ここでも意気が出.これは ドレー ンと呼 ばれ .40‑50度であ り.圧 搾室 の第4ミル にかけ られ 滋後 まで砂糖を回収す る努力がな され るO
結晶缶室 で初 めて我 々は砂糖を見 る ことが 出来 る。 これ は 罷 略 で , 結 晶 は 睡めて大 き く.
ザ ラ白状である.第 1缶か らuJ.来 るのが一番鹿 で最 も上質で あるD この残 り密 と第2缶の密に より2番糖.次に 3番栃 が作 られ,2番糖 までが製品 とな る。これ は次 に樽型 され分密楯 にな り,散糖宴 で白糖を我 々は初 めて見 ることが出来る。
これはコ ンテナバ ックに入れ られ ,包炎宝 で ミシ ンがか け られ ,製品倉 掛 こ入れ られ,輸送 船によって静間の親会社に運 ばれ ,そこで完全 に和魁 され,普段我 々の 口に入 る砂楯 とされ るC
結晶缶 ELCよる3番楯 と凍 密 は九州 内にあ る某 ウイ ス十一会社 に逮 られ, ウイ スキ ーの原料 と して使われ .ケーキ状 のカスは会社仏の空地に柑 まれ,廃密 がかけ られ ,数ヶ月ねか されて肥 料 とな り, きび栽培農家 に,輸送費込みでt当 り5千 円毘度で趣家に売渡 され ,出家の土壌改 良 に一役 買 うことにTより.会社 も持 ちつ持 たれつの頗係 とな るO
前車 でも述 べた通 り,本島のみの さと うきびだけでは年間横井 はおろか,半年撰集 もむずか しい状況であ り,従業員 を雇 う上か らも対応策が必要である。
今 までにパイナップルの缶詰 ,養魚 などが試み られたがいずれも失敗 に終わっていて,現在 で はキ クラゲの栽培が行われてい るb これは知 名工場 で行われてお り,かな りの成果を上 げてい るよ うである。
(4)小型載積工場
ここでは知名町の工場 について述べ る夢 とす る0本町 には .正名 ,大韓軌 屋子 母.瀬 利覚 の4工場が現在操業中 であ る。
その処理能力 は200‑ 60Dtと規模 も小 さく,家内工場的であ り,年間数十 日しか稼動 して
いTi
い□
さと うきびを持 って きて峨 まれれば魁糖 をするのであ り,その過程 は極めて簡単 であ るo搾 汁 (これは皆 は牛 であ ったが,現在 では機械 で行 われ る) を沈毅 させ .上意液を著詰 め て砂糖 を取 り出すOこれは格製 されて お らず ,黒板であ るo これは黒糖酒 の原料 と して,又 お典子 と してお茶受 けに用 い られ る。黒糖 とい うが .線色を しており,小石 大であ り,白糖の よ うTiし つ こさはIilく,□あた りは実 に良 い。美味 .食す べ LD
(5) 終 わ り に
今 回の巡検 に2年生 なが ら参加す ることが 出来, 1パ ー トをまかせ られたの であ るが,不慣 れ11こともあ り十分 に調べ きれてい ないiB.を ここにお詫 びす る。
\‑ノ史之
宏俊
井間
残片htu
参 考 文 献
1975年町勢 要庇 「知名」及 び 「わどまり」 .又,多数か らの朗き取 りによ る。
‑190‑