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筋ジス成人患者の身体的・心理的・環境的・社会的諸問題

ドキュメント内 学位の分野 教育学 (ページ 117-142)

第3章  筋ジス成人患者を取り巻く諸問題

第1節  筋ジス成人患者の身体的・心理的・環境的・社会的諸問題

 既にこれまでの議論で指摘してきたように、一一般的に世間に知られている筋ジスと言え ば、圧倒的にデュシェンヌ型を指す事が多く、しかも、その大多数の子ども達は成人に達 しないうちに死亡してしまうため、これらの子ども達に対する教育やリハビリテーション が急務であり、その取り組みも比較的短期間・集中的に実施されなければならない。

 ところが、成人の筋ジス者の場合は、デュシェンヌ型以外のタイプが主流を占めており、

例えば、肢体型、顔面肩甲上腕型、筋緊張性ジストロフィーなど、幾つかのタイプがあっ て、各々その症状も進行の程度も異なっている。そのほか、学者が名付けた稀なタイプ、

例えば三好型などもあり、また、明確に分類出来ない症状の人もいて、筋萎縮症と呼んだ り、ただ単にミオパチー(筋疾患)といった、大まかな診断名を付けられる時もある。

 成人になって発症するこのタイプの筋ジス患者は、不思議な事に学齢期・青年期は全く 普通の運動機能を有しており、むしろ春山満のように運動神経抜群であるケースが目につ く。そして、ADLに何ら支障を来さないまま30歳代、ないし40歳代まで表面上は問題 なく過ごす事が多い。当然、学校を卒業し、社会で働き、家庭を持つ場合も見られる。そ の事は、必然的に、人生の途上で築き上げてきた地位や職業や家庭など、普通の市民的生 活における大切なものを、病気の発症と進行に伴い諦めるか、あるいは歯を食いしばって 必死に維持しようと奮闘するか、という問題に直面する。しかし、後者の場合でも結局の ところ、病気の進行に負けて、仕事・家庭・家族・経済・趣味・生きがいなど、ずっと保 持してきたかけがえのないもの、ないし一一旦手に入れた価値あるものを、いっかは放棄な いし廃棄せざるを得なくなってしまう。

 しかも、病気の進行が速い人もいるが、かなりの数の人は診断を下され、入院してから も何十年と生きる事もあるので、「諦め」や「放棄」や「廃棄」の後、病気と付き合う長 い人生を生きていかなければならない。そこがデュシェンヌ型とは大いに異なる点である。

 従って、成人の筋ジス患者の場合は、自分の残された人生と真剣に「向き合う」事が要 求され、かつそのための時間がデュシェンヌ型の人々よりは幾らか長く、あるいは十分に 与えられている事が特徴だと言える。

 それ故、発症から徐々に進行して身体機能が低下するのに伴い、身体機能面のみならず、

ADLやハンディキャップの面、更には心理面への本人自身の理解と、その筋ジス者を取

り巻く関係者の、「人生」という長い道のりを考えた上での真剣な取り組みが求められて くる。例えば筆者の勤務する国立療養所では、病院としての基本理念のまず最初には『疾 患と共生する人生への支援』と銘記されているが、病気や疾病そのものへの対応以上に、

それらを抱えた患者の人生にどのように対処するかが緊要な課題である、と言える。

 その場合、人院せざるを得ない患者の、病院内での生活に付随する側面と、入院しない で在宅のまま何とか生活している居宅筋ジス者に必然化する側面との両者の場合を考慮す る必要があるだろう。しかし、両者は生きる「場」としての「有りよう」は確かに異なっ ているが、本質的な困難さは共通しており、従って、この病気の発症に随伴する諸問題の、

いわば「核」を把握する事が大切になってくる。そこで、まずこの節では、以トに筋ジス という病気そのものに伴う身体面・心理面・環境面・社会面での問題について、デュシェ ンヌ型に関しても言及し、その比較を基に成人の場合を考察する事にする。

1.筋ジスのタイプと進行

 ①筋ジスという病気

 「筋ジス」は正式には「進行性筋ジストロフィ・’一・ 」 Progressive muscular dystrophy(PMD>

と呼ばれ、「遺伝性の骨格筋疾患であり、進行性の筋脱力と骨格筋変性を主徴とする」ω 筋原性の疾患である。多くは骨格筋が体の中枢に近い(近位)腰部や肩甲部などから徐々 に衰え、末梢の手足に向かって運動機能が進行的に障害されていく。病理学的には、筋細 胞の変性と壊死が起こり、徐々に脂肪組織や結合組織に置換されてしまい、筋収縮力の低 下を来たしてしまう。病因は遺伝子の異常であるが、遺伝に由来する場合も、遺伝が全く 関係なく、それまで身内に誰一人として発病した者がいない弧発例もある。

 筋萎縮に伴い、筋力が衰え、手足の粗大な動作が徐々に困難になり、従ってADL能力 も歩行・起居・排泄・入浴・更衣といったダイナミックな動きが低下し、やがては整容動 作と書字動作や食事動作の一一部しか出来なくなり、末期には生命維持に必要な呼吸筋、心 筋にも障害が及んでくる。また、筋萎縮は関節の拘縮、変形なども引き起こし、最終的に は全介助の寝たきりになってしまう。呼吸機能が低下してくると、気管切開して人工呼吸 器を装着する事もあるが、徐々に身体機能は衰え、最後は心臓や呼吸の問題で死亡する事 が殆どである。筋肉の変性を食い止める根本的な治療法は現在のところない。

 ②筋ジスの歴史と疫学

 筋ジスは1845年頃、フランスのAllen(アラン)という人が初めて報告し、1852年Myeryon

(ミエリオン)、1868年にDuchenne(デュシェンヌ)によって臨床所見が文献的に詳しく発 表され、19世紀後半からヨーロッパの医師により独立した疾患として認識されるように

なってきた。

 元々、発生時の遺伝子の偶然から、一一定の比率で筋ジスの人々は生まれてきていたもの と考えられ、古代から筋ジスの人々は不自由な生活と偏見の中で生きていたと言えるが、

歴史上明確な記載や筋ジス者自身によって書かれた記録は1845年まで見あたらない。

 筋ジスの有病率は、「わが国では2.6~55(人口10万人につき)ジ2)であり、「諸外国 では40~6.7」c3)と、 H本の方が若干低いが、人種や国にそれほど差がなく、世界的に

も平等に分布している。

 日本では難病指定として取り扱われ、国が政策医療として1964年から順次病棟が開設 され、現在全国27の国立病院等に筋ジスの専門病床は延べ2500床にのぼる。

 ③筋ジスの病型分類と臨床症状

 遺伝形式や臨床症状によっていくつもの分類があるが、1986年のWaltonらの分類 を基にわかりやすく説明すると、以下のようになる。臨床症状とも併せて説明する。

  a.デュシェンヌ型

 筋ジスの代表的な型。筋ジス全体の約6割を占めており、有病率は人口10万人に対し て約2~3人の頻度(23{‘)ないし2.8〔5)という記述もある)であり、これも世界的に共 通している。また、「10万人の男児出生に際し13~33人の発症者がある」「6)とも言われ ている。伴性劣性遺伝。男子のみにこの病気が現れ、女子は発現しない。母親が保因者。

遺伝子Xp21に異常があり、正常なら筋肉膜直下に存在する筋線維に大きな役割を果たす ジストロンという蛋白が骨格筋の筋膜で欠損している。症状としては、処女歩行の遅れ、

幼児期に転びやすい事、次第に動揺性歩行(Waddling gait)や登警性起立(Gower‘s slgn)、

階段昇降の困難などが出現し始め、小学校高学年、10歳前後には歩行不能となってしま う。下腿部の肥大(仮性肥大 Pseudohypertrophy)が特徴。これは幼児の頃から著明に出 現し、よく観察される。歩行不能になる頃から関節の拘縮、脊柱側弩、関節可動域(以下、

ROMと略す)の制限などが急速に進行する。肺機能も低下し始め、時に心臓にも異常が 出現し始める。運動機能とADL能力がひどく障害され、次第に手動式車椅子から電動式 車椅子へと変化していき、最後には寝たきりの状態になる。二十歳前後で呼吸不全や心不 全の合併症で死亡する。

 心理面での特徴と問題点に関しては、例えばIrWin M, Slegel t 7)は「筋ジストロフィー 症患者のほとんどは感情的に依存性を示し、フラストレーション耐性を欠く。社会的・感 情的に引っ込み思案となる傾向があり、節度ある態度で自らを律することができなくなる ので、感情的に動揺したり衝動的な反応を示しやすい」と、精神面での問題を指摘する。

 それはSlege1も述べているように、「身体不自由の進行にあまりに強く圧倒されてしま う」事がちょうど思春期にあたり、友達が子どもから大人へ大きく成長する時期に、自分 だけ歩けなくなり、訪れる友達も少なくなって、その喪失感は深く大きくなってしまうか

らである。そのため、心理的には欝屈した感情となり、かっ概して言葉少な目になる。あ まり自分の意見や主張を表現せず、内向的消極的で自分の思いを心に納めてしまいやすい。

 知能は一般的には障害されていないが、全国調査によれば低い傾向のものが多いt9’。

例えば、H本でも「IQ75以下の知能低下が約30%の症例に合併する」(9}との記述もあ るし、外国の書籍にも「25%以上に知能障害が認められる」↓1ωと述べられている。こ れは脳の器質的障害に起因する事が示唆されるが、一一方では「本症の心理的・社会的・教 育的負担による活動性の低下を反映している1 ‘’ ’)と考えられるかもしれない。

 検査所見では、血清CK値の著明な上昇。心電図異常。筋電図では筋原性所見。ジスト ロフィン欠如。

  b.ベッカー(Becker)型筋ジス

 デュシェンヌ型の良性タイプ。遺伝形式は伴性劣性遺伝。生命の予後は良好。仮性肥大 あり。有病率はデュシェンヌ型の1/5~1/10。

 発症年齢は5~15歳。初発症状は駆け足や階段昇降の困難などである。まず腰帯や下 肢近位筋脱力が生じ、遅れて上肢帯が障害される。平均的経過として、「初発は11歳、歩 行不能年齢は27歳であり、43歳で死亡」(1 2)する。

  c.顔面肩甲上腕型(Facio-scapulo-humeral type:FSH型)(常染色体優性遺伝)

 遺伝形式は常染色体優性遺伝。男女の別なく発症する。有病率は人口10万人あたり0.5 人程度である(!3}。初発年齢は7歳以降。進行は極めて緩徐。名前の通り、顔面、肩甲骨、

上腕の筋萎縮が特徴的である。顔は表情に乏しく、仮面様顔貌(ミオパチー顔貌)となり、

閉眼も不完全、口笛が吹けない、翼状肩甲などが特有な所見である。進行すると駆幹筋や 腰帯筋をも冒し、背筋の脱力で腰部の前湾を示す事もある。CK値は正常または軽度上昇。

ジストロフィンは正常。

  d.肢体型(Limb’一一girdle type:LG型)

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