本研究で用いる方法論は、量的研究及び質的研究である。量的研究は事実を統計手法によって計量化し、事実の実 態を解明し、因果関係の大きさを表現するものである。質的研究は個別事例に生じた事実と因果関係のメカニズムを 文章の形で解き明かすことである。量的研究に携わる者は質的研究を批判し、質的研究に携わる者は量的研究を批判 することがある。
本章において、量的研究と質的研究のそれぞれを検討し、その異同を明らかにし、その上で本研究の方法論上の位 置づけを明確にする。また本章において、本研究の主題やケーススタディの選択は、産業システム理解の構造から行 われたものであることを明示し、主題とケーススタディがアドホックに採用されたものではないことを示す。さらに 地域活性化の方法論でいわれる理論化志向の研究要請に対して、本研究はオリジナルな視点を提供していることを示 す。
3.1 量的研究
量的研究は、観察すべき項目を数値で表現し、結果を数値で説明するものである。量的研究は観察の数が多いとき に用いられる。量的研究では観察の数が多いことと、数値で表現することから、統計手法が用いられる。
量的研究の一例として回帰分析を取り上げ、その推論のプロセスを検討する。回帰分析自体はすでに確立された方 法論である。以下において標準的な教科書通りの記載を反復して内容を確認する。基礎として使用した文献は、東京 大学教養学部統計学教室(1994)である。
回帰分析は「1 つの変数とそれに影響を与えると考えられるいくつかの変数との関連」(東京大学教養学部統計学 教室(1994)、p.155)を数値によって調べるものである。生じている現象間の因果関係について、変数間の共変関係を 明らかにするものである。説明される変数(従属変数、内生変数、被説明変数)と、それを説明する変数(独立変数、
外生変数、説明変数)の間の量的な共変関係を示す関係式は回帰方程式、回帰関数である。この関数をモデルと呼ぶ。
回帰関数が線形であらわされるときを線形回帰、そうでない場合を非線形回帰と呼ぶ。
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線形回帰では2つの仮定を置く。1つ目は、説明変数が外生変数であることである。説明変数は確率的にある数を とるのではなく、被説明変数に対して、あらかじめ決まっているという前提である。これが前提におかれるため、線 形回帰においては説明変数を原因ととらえ、被説明変数を結果ととらえる解釈を可能にすると思われる。2 つ目は、
誤差項が確率変数であることである。これにより、線形回帰は、被説明変数が期待値を定めるものであることになる。
線形回帰で問題とされる事項は主に3つある。1つ目は誤差項の系列相関である。誤差項に系列相関があると、線 形回帰の前提である誤差項の無相関性と背馳してしまうため、線形回帰が成り立たない。2つ目は、分散不均一性で ある。線形回帰の前提に分散の均一性があったので、分散が不均一であると線形回帰が成り立たない。3つ目は多重 共線性である。
統計手法を用いる際、自由度が常に問題となる。重相関係数の値は、説明変数の数が(標本数-1)より大きいと 必ず1となり、分析に意味がなくなる(柳井ほか(1986)、p.22)。また、検定を行うとき、観察の数n-1の自由度を用 いる。したがって観察の数が1であれば検定ができない。また自由度が小さければ小さいほど、ある一定の有意水準 における帰無仮説の棄却が難しくなる。このことは、自由度が大きければ大きいほど統計的に意味のある解釈が可能 になることを含意している。そのことから観察の数が多いことが推奨されることを含意する。
3.2 質的研究
質的研究とは、観察すべき項目を文章で表現し、結果を文章で表現するものである。質的研究は観察の数が多いと きも、少ないときも理論上は用いることができる。しかし観察の数が多いときには、事実上質的研究を用いることは できない。研究結果の報告には時間及び書類等の報告形式上の制約があるからである。
質的研究には、一般化志向のものと、個別記述志向のものがある。一般化志向のものは、観察にもとづいて一般化 可能な理論の構築を志向するものや、理論的枠組みに基づいて形成された仮説を考察するものである。一般化志向の 研究は、事例を取り上げ、事例を通して考察する因果関係のメカニズムを解明することを主眼としている。個別記述 志向のものは、一般化可能な理論の構築よりもむしろ、ある事例の内容そのものがいかに個別的であるかを論考する ものである。個別記述志向の研究は、事例を取り上げ、事例に含まれる問題を解決するために必要な文脈を理解する ために、実態を詳細に記述する傾向がある。
質的研究に特有なものは、因果関係のメカニズムの探求である。量的研究でも因果関係を推論することはできる。
しかし、量的研究は、因果関係のメカニズムではなく、独立変数と従属変数の共変関係の大きさや因果関係の程度を 数量的に表すものである。質的研究では、独立変数と従属変数の共変関係の大きさや因果関係の程度を数量的に表す ことはできない。
3.3 認識論と手法論の整理
量的研究と質的研究では互いに他の研究方法を批判する例がみられる。量的研究に対する批判として木下(2003)、
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p.62は、「高度な数量的分析法が駆使されても、その結果が現実の問題や現象を説明するには不十分であるという限 界認識が質的研究への関心につながっている。また、多変量解析を行ってもそうした分析法では、錯綜する社会的現 実の中におかれた人間の複雑さ、あるいは、生き生きとした何かがあるはずであるのに捉え切れないというリアリテ ィ感の乏しさが実感されてきた」という。Merriam(1998)、pp.61-63は、“量が多すぎたり、詳しすぎたり、深入りし すぎたり、状況を過度に単純化したり、誇張したり、一部でしかないものを全体であるかのように説明したり、調査 者の感受性や熟達度に依存したり、異常な倫理性に関わったり、再現可能性が困難だったり(信頼性)、ケースを正 しく表現していなかったり(妥当性)、一般化可能性が困難だったり(一般化可能性)、代表性が欠如していたり、バ イアスがかかったりする”(これら該当ページの要旨)と言われる危険性が質的研究にあることを述べる。
量的研究と質的研究の研究者たちの間で論争されているものに、KKVをめぐる議論がある。KKVをめぐる議論と は、King Keohane Verba(1994)の主張をめぐる議論である。書物の著者の頭文字を3つ取ったのでKKVと言われる。
KKVの趣旨は、量的研究も質的研究も推論の方法は同じであり、研究方法に違いはないというものである。日本で も量的研究と質的研究とに違いはないとする研究者がいる(伊藤修一郎(2011)。量的研究と質的研究で違いはないと いうことの中身は、推論の方法は同じであるということである。現実を解釈するのが記述的推論であり、現実が生じ たことを原因と結果の問題として解釈するのが因果的推論である。量的研究でも質的研究でも記述的推論と因果的推 論を用いることは共通しており、その意味において量的研究と質的研究の差はない。しかしKKVでは、因果的推論 のメカニズムを量的研究の手法によって説明することに重きを置き、その手法こそが量的研究にも質的研究にも共通 すべきだという構成をとっているために質的研究の研究者との間で論争を起こしている。特に争いがあるのが、観察 の数が少ない研究は問題が多いということをKKVは自由度の問題を通じて説明している点である。これに対して質 的研究の立場から、観察の数が少なくても研究としては十分成立することを主張している(Brady and Collier(2004)、 George and Benett(2005))。
こうした相互の批判は研究の方法論に関する次元の違いを混同していることから生じている。こうした相互批判は 学問的生産性という観点からあまり意味のあるものではない。そこで、このような相互批判が生じてしまう問題の構 造を明らかにしたい。
研究の方法論は2つに分けて考えることができる。1つ目は研究の認識論である。2つ目は研究の手法論である。
この2 つの問題が整理されていないために量的研究と質的研究の相互に応酬があるものと思われる。以下でこの2 つを論じる。
3.3.1 認識論レベルの議論
研究の認識論とは、社会の現実を理解することである(木下(2003)、p.55)。また、その現実が何故生じたのかのメ カニズムを解明することである。社会の現実を理解することとは、実態を明らかにすることである。実態を明らかに することとは、その実態がどのようなものであるかを推論することである。これは記述的推論である。社会の現実が
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53 何故生じたのかのメカニズムを解明することは因果的推論である。
記述的推論は、量的研究も質的研究も行なうことができる。ある県における貸出条件緩和金額、破産件数、不良債 権の金額を数値で示して、その県の地域金融機関の状況と社会経済的要因の状況を記述することができる。また、あ る県の地域金融機関が債務者の再生支援を行うにあたり、具体的に審査部門にどのような人材がおり、審査部門は何 を根拠にして再建支援の可否を決め、どのような支援方法で債務者を支援しているかの実態を記述することができる。
因果的推論は、量的研究も質的研究も行なうことができる。ただしその内容は量的研究と質的研究で異なる。量的 研究は因果関係の大きさを測る。ある県の貸出条件緩和金額がどのように変化するかを、破産件数の変化と不良債権 の金額の変化で推論し、その因果関係の大きさを数値で説明する。質的研究は因果関係のメカニズムを説明する。あ る県の地域金融機関が債務者の再生支援を行うには、具体的に審査部門にどのような人材が必要で、審査部門は何を 根拠にして再建支援の可否を決めるかの基準が必要で、どのような支援方法で債務者を支援することが必要であるか の条件を探る、言い換えれば、因果関係のメカニズムを解明する。
3.3.2 手法論レベルの議論
研究の手法とは、記述的推論及び因果的推論を具体的に行うために採用する技術である。量的研究で用いられる手 法はほとんどが統計分析である。量的研究では観察の数が多いので、意味のある結論に至るためには情報の過多を一 定の基準に従って減らさなければならないからである。数値を羅列するのでは意味がわからないため、数値をカテゴ リーに分け、数値を分類しなければ意味のある解釈ができない。質的研究で用いられる手法は、エスノグラフィー、
臨床研究、逸話分析、参与観察、過程追跡、歴史分析、文献資料分析、フィールドワーク、インタビュー、グラウン デッド・セオリー・アプローチなどがある。質的研究では文章によって社会の現実を解明するため、厚い記述になる。
そのため、数多くの観察を網羅することはできない。そこで質的研究は観察の数が少なくなる。
3.4 量的研究と質的研究の異同 3.4.1 共通する事項
量的研究と質的研究に共通するものは4点ある。1つ目は、両者とも記述的推論を行なうことができることである。
2つ目は、両者とも因果的推論を行なうことができることである。3つ目は、両者とも推論が観察に基づいているこ とである。4つ目は、両者とも仮説を生成することができ、仮説を検証することができることである。
3.4.2 異なる事項
量的研究と質的研究で異なることが3つある。1つ目は、観察の数が異なることである。観察(observation)とは、
「ある事象に関して研究の中で集められた情報」(Brady and Collier(2004)、p.314)、または、「経験による探求のもっ