本章では産学官金協力を通じた地域のイノベーションを探るため、アクター間に相互作用が生じる仕組みを地域金 融機関がどのように設定しているか、また、その仕組みがどのように機能しているかについて創業支援を主題として 論じる。
地域活性化を図るにあたっては、地域における創業を誘発することが必要である。それは多様な中小企業からなる 地域の産業創造につながる。一方、創業には不確実性が伴う。創業希望者が創業資金を得にくいことも不確実性の一 つである。地域金融機関が円滑に創業資金を提供できるならば、創業の不確実性を減じることにつながるであろう。
また、地域金融機関が創業資金の提供だけではなく創業を誘発する仕組みを地域に提供できるならば、地域における 創業は活発化する可能性を高めるであろう。
本章では、はじめに創業支援に対する融資を通じた地域のイノベーションに関してその研究意義、研究内容、先行 研究を説明する。続いてケーススタディとして多摩信用金庫による創業支援の仕組みの内容を詳細に検討し、そこで 得られた創業支援による地域イノベーションの創造プロセスをまとめる。これをもとに、地域内アクター間協力の分 析視角をふまえ、地域金融機関が創業支援融資を通じて他のアクター間協力を促し、地域イノベーションを図る機能 を考察する。またこの機能を促進する条件を示す。この機能が十分に発揮されれば知識のスピルオーバーが生じ、地 域金融機関はリスクを低減させて地域活性化や産業創造に向けて貢献する役割を果たす可能性があるという政策的 含意も論じる。最後に本研究の限界と貢献を述べる。
7.1 はじめに
7.1.1 研究意義
地域活性化においては、雇用を維持拡大し、地域経済を豊かにする取り組みが欠かせない。このなかでも創業を通 じた雇用の創造と地域経済の成長は重要な問題である。そこで、地域金融機関も創業に向けた取り組みを行うことは 可能であるのか、また、創業に向けた取り組みを地域金融機関が行えるようにするにはどのような条件が必要なのか
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に関心が持たれる。地域金融機関が創業を誘発するためにどのような条件を備えているべきかを明らかにする研究に は、地域活性化を通じて持続可能な地域社会を作り上げる観点から、社会的意義があると考えられる。
7.1.2 研究内容
研究意義を踏まえ、本研究は、地域社会において創業支援を支えて地域活性化を図る仕組みを、産学官金協力を通 じた地域イノベーションの枠組みから捉える。また、創業支援のために地域金融機関はどのようなイノベーションを 地域社会に提示することができるのかを示す。さらに、創業支援を拡充するために地域金融機関はどのような条件を 備えなければならないのかを明らかにする。
7.1.3 研究方法
先に述べたことを説明するため、本研究は、創業融資支援に関する先行研究をサーベイして検討すべき論点を指摘 し、それにそくしてケーススタディを行う。
研究方法として採用したものは質的調査および量的調査である。質的調査では事例研究の方法を用いる。事例には 東京都の多摩地域を営業基盤とする多摩信用金庫を取り上げ、各種の公表資料によって地域金融機関が創業支援融資 を通じて地域活性化を図る実態を記述する。量的調査では各種の統計資料を用いて多摩地域の産業の状況と多摩信用 金庫に関する金融の状況を記述する。
7.2 先行研究
本研究は創業支援融資を通じて地域金融機関がどのように地域イノベーションを進めているか、また、そのために はどのような条件が必要かを調べるものである。そこで先行研究を3つの領域に絞った。それは、地域イノベーショ ンを起こすベンチャーとアントレプレナー、創業における金融の機能、組織におけるコーディネーションの3つの領 域である。
以下ではこれらの3領域の議論を踏まえ、先行研究のサーベイを通じて検討すべき論点を明示する。
7.2.1 地域イノベーションを起こすベンチャーとアントレプレナー
中小企業の創業には2つの要因がある。創業を誘発しやすい地域の要因と創業をする人材の要因である。以下では これら2つの要因についてみることとする。
1 創業を誘発しやすい地域要因
岡室(2005)、p.10は、「他の条件を一定とすると、単位面積あたりの事業所数が多く、事業所の平均規模が大きい
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ほど開業率が高い」ことを実証している。また、スピンオフによる創業に関する長山(2012)の研究によっても、母体 企業から創業が誘発され、母体企業及びそこからスピンオフした起業家たちの交流や連携の継続がなされていること が明確になっている。何もない場所から突然誰かが創業するのではなく、既に産業が集積されている地域や、スピン オフ(既存企業からの独立開業)に寛容な企業が立地する地域が創業をしやすい環境を形成していると考えることが できる。
2 創業の人材要因
地域イノベーションの主体は地域人材である(岡本(2012))。そこで、地域人材が地域イノベーションを起こすた めの条件は何かが問題となる。創業との関連では従来からベンチャーとアントレプレナーに関する議論がある。これ を今一度振り返ってみたい。
創業という現象は従来からベンチャーとは何かという問題と関連づけられてきた。本多(2006a)は、初期の段階の ベンチャー研究と現在の段階のベンチャー研究では理解の仕方が違うという34。この点はベンチャーの発生とベン チャーの業務内容のとらえ方に表れる。
ベンチャーの発生の違いをみよう。初期の段階では自然発生的に生じたものと把握される。その背景には、大企業 の中にいる優秀な人材が大企業の硬直的な体制に嫌気して自ら創業することがある。初期の段階では、反大企業意識 によるスピンオフ現象が注目された。現在の段階では、開業率が廃業率を下回る現実と創業が停滞している現実をも とにして、ベンチャーを作り出すためには政策による支援が必要であるとする。自然発生的にベンチャーは生まれな い。また、ベンチャーはイノベーションの源泉である。
ベンチャーの業務内容の違いをみよう。初期の段階では、研究開発集約的あるいはデザイン開発集約的であった。
また創造的新規開業企業が企業家精神に裏付けられて開業していた。業務による成果は、高収益であり高成長であっ たことが特色である。現在の段階では、高い志を持ったアントレプレナーによって創業されている。提供される財や サービスにはイノベーションに基づく新規性や革新性が認められる。現在の段階では、起業家による革新が特色であ る。
本多(2006b)は、ベンチャーの研究系譜において、ベンチャーという事業体(企業)よりもそれを担う人間に関 心が移ってきたことを指摘する。Schumpeterによれば、企業家(Unternehmer)は「新しく組み合わせて成果を出すこ と」(新結合の遂行)を行う。ベンチャーの担い手はイノベーションの担い手と同義であると考えてよい。また、企 業家(アントレプレナー)には独創性や革新性だけでなく経営能力も必要とされるとのティモンズの言説がある(本 多(2006b))。これはドラッカーが言うように、マネジメントという技術があってこそイノベーションも出現するとの 解釈に通じるものがある(本多(2006b))。ベンチャー、アントレプレナーと創業の関係をまとめると、ベンチャーと はイノベーションを伴うビジネスであること、また、その担い手はイノベーティブであり、かつマネジメント能力も 備わっている人物であるということになる。創業は文字通り事業を開始することである。イノベーティブでありマネ
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ジメント能力も有するという人材がイノベーションのための創業には必要であるということができる。
さらに地域のイノベーションを起こすに際して、地域の危機感を持つことも必要である。三上(2013)が青森県の4 つのケーススタディで示したとおり、地域の現状に危機感を持ち、地域の苦境を何とか改善したいと希求する人々は どこにでもいる。地域の改善が地域イノベーションの一例であるとすれば、その地域イノベーション人材には、地域 の現状に対する危機感を有していることが求められると言える。
これらを要するに、地域イノベーションを起こす人材には、地域の危機感、イノベーティブな考え方、事業を通じ たマネジメント能力が必要である。
7.2.2 創業における金融
創業とは事業の開始である。事業の開始に必要な資金を融資することが金融の機能の1つである。その上でなお、
金融は事業者との間で貸出以外の機能を有するのであろうか。この点についてはMinsky(1986)が論じている。金融が ある事業に融資を行なえば、金融と創業の事業者はパートナーの関係になる。融資金の回収可能性は創業の事業者の 成功が自らの利潤を決めることになるためである。パートナーという言葉には、単に債権者が受け身で返済を待つと いうこと以上の意味が含まれている。それゆえ、金融は創業の事業者に助言や指導、「職業紹介所」の機能を果たす とされる。
日本政策金融公庫総合研究所(2011)によれば、創業に係る事業者は親、親戚等からの資金支援を受ける傾向がある と言う。
井上(2009)は、日本政策金融公庫の調査報告をもとに、開業時の平均資金調達額は1,253万円で、その調達内訳は、
自己資金379万円(30.3%)、配偶者・親・兄弟・親戚105万円(8.4%)、金融機関等617万円(49.2%)であること
を明らかにしている。また開業時に金融機関から借入を申し込まなかった人は53.2%いる。その理由は、「自己資金 で十分だった」(43.5%)、「利用できる融資制度を知らなかったから」(23.5%)、「借りられないと考えたから」(19.3%)
である。融資制度の告知と融資姿勢の開示は金融による創業誘発を拡大する含意がある。
一方、鈴木及び岡室(2012)は、創業時または創業直後には公的金融への依存度は高いが、創業後は民間金融からの 借入割合が急増すると言う。さらに同研究は、公的な補助金や助成金は創業時ではなく、創業後の事業活動において 活用されていると指摘する。
地域金融機関は創業融資についてどのように考えているのだろうか。鉢嶺(2013)は、信金中央金庫 地域・中小企 業研究所が行った調査、「信用金庫における新規創業・開業支援に係る取り組み状況に関するアンケート調査結果」
を敷衍した上で、「創業支援は信用金庫の使命だから(地域貢献)」、「将来的な融資先の確保のため」、「リレバンへの 対応として行っている」との回答があったとする。また、創業支援融資に取り組みにくい理由は、「リスクが高い」、
「ノウハウがない」、「創業後のフォローが難しい」、「創業ニーズがない」である。
次の問題に移ろう。創業において外部資金を提供するものは公的融資や地域金融機関などの間接金融だけではない