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地域再生ファンドが地域にイノベーションをもたらすための条件

産学官金協力によって地域のイノベーションがどのように生じているかを探るため、本章では、地域金融機関がア クター間に相互作用が生じる仕組みをどのように創設しているか、また、その仕組みがどのように機能しているかに ついて、地域再生ファンドを主題に選定して述べることとする。

はじめに地域再生ファンドによる地域イノベーションに関してその研究意義、研究方法、先行研究を説明する。続 いてケーススタディとして東邦銀行が主導した会津東山温泉の地域再生ファンドの内容を詳細に検討し、そこで得ら れた地域再生ファンドによる地域のイノベーションの創造のプロセスをまとめる。これらをもとに、地域内アクター 間協力の分析視角をふまえ、地域金融機関が地域再生ファンドを用いてアクター間の協力を促し、地域イノベーショ ンに貢献する機能を考察する。またこの機能を促進する条件についても論じる。この機能が十分に発揮されれば、知 識のスピルオーバーが生じ、地域金融機関はリスクを低下させて地域再生や産業創造に向けて貢献する役割を果たす 可能性を高めるという政策的含意にも言及する。最後に本研究の貢献と限界を述べる。

5.1 はじめに

5.1.1 研究意義、研究内容

地域金融機関が不良債権を処理する過程で、中小企業向け貸出債権が地域外の投資家に売却されてきた。その際、

地域の中小企業は当該投資家の判断によって清算され、あるいは再生される。

不良債権処理を進めようとする地域金融機関の中には、地域外の投資家の手によらず、自らの行動によって地域の 中小企業を再建させようと、地域再生ファンドを創設する例もある。一般に、ファンドとは、資金の集合(pool of money) の意味である。そのうち、地域金融機関が地域の債務者に貸し付けた貸付金を地域金融機関から購入して債権者とな ったうえで、新しい債権者として債務者に対して財務上及び営業上の再生策を実施し、債務者の再生に資するような 金融上の仕組みを地域再生ファンドと呼ぶ。地域再生ファンドに債務者向けの貸付金が移転すると、債務者は「ファ

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ンドに入った」という言い方をすることがある。地域再生ファンドに入った債務者は地域再生ファンドの中で事業再 構築を行い、それが成功すると、金融機関が債務者を地域再生ファンドから脱出させる、すなわちファンドから借り ている形となっている既存債務を償還するための資金を貸し付けることがある。債務者が金融機関からの新規借入金 でもって地域再生ファンドへ旧借入金を返済すると、債務者はファンドと債権債務関係がなくなり、債務者にとって は金融機関から借入をしている状態に戻る。これはリファイナンス(貸出の復活)と呼ばれる。これが地域再生ファ ンドの目的、即ち、過剰債務を解決して金融取引を正常化させる意味である。

地域再生ファンドにとって中小企業の再生とは、地域金融機関によるリファイナンスである。しかし、中小企業は リファイナンスによって地域金融機関から借入を復活することはできたが、地域再生ファンドが当該中小企業の債務 を免除したのみで終わりという例もある。

財務負担のみを軽減して再生が成功したというのであれば、中小企業はイノベーションを進められず、旧態依然と した経営が温存されただけの可能性がある。

地域再生ファンドによる中小企業の債務負担の軽減についての研究は多くあるが、地域再生ファンドが地域の中小 企業にイノベーションをもたらしているか、イノベーションをもたらすための条件は何かを明らかにした研究はあま りない。

地域再生ファンドを通じた地域再生を進めるにあたり、地域における中小企業と産学官金協力を通じた地域イノベ ーションの条件を明らかにすることは、今後の類例を活発化させるためにも重要であるとの問題意識のもとで、この テーマの研究を行う。

5.1.2 研究方法

地域再生ファンドによる地域再生の目的は、ある地域において複数の企業がイノベーションを果たし、結果的に持 続可能な状態で地域が再生されることである。このことは産業集積論のフレームワークにおいて議論され、研究され ているものと軌を一にしている。そのことから、地域再生ファンドによる事業再生を産業集積論のフレームワークに よって分析することとした14

一口に産業集積論のフレームワークで分析するといっても、その範囲は広範である。したがって、議論を地域再生 ファンドによる地域再生に関連する領域に限定して検討する。

その領域は、(1)産業集積における地域外の経営資源に関する事項、(2)産業集積における金融に関する事項、

(3)産業集積のガバナンスの担い手に関する事項である。

こうした検討を、先行研究及びケーススタディ(会津東山温泉の面的再生事例)によって行うこととした。

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5.2 先行研究

第一の先行研究の領域は、産業集積における地域外の経営資源に関する事項である。

この領域に関する問題意識は古く、実にマーシャルにまで遡る(Belussi and Caldari (2009)、pp.342-343)。1897年に 英国がますます経済的な力を弱めていった時期にマーシャルは、ケアードに宛てた書簡の中で、産業集積が衰微して ゆく原因は、経営者たちのアパシーと旧牢で劣った生産方法に固執することであると指摘していた(Whitaker (1996)、

p.214)15。また、1902年、マーシャルと親交のあったディブリーは、産業の将来を確保するためには、自分の頭脳

を使うか、外部から頭脳を輸入するしかないと指摘した(Whitaker(1996)、pp.380-381)16。このことは、衰退した産 業集積を改善するためには、地域外の経営資源を活用する必要性があることを意味している。

日本においては岡本(2009)が、諸国の産業集積の諸事例を丁寧に点検した上で、一般的な条件として、産業集積の 多様性を維持するには地域外の経営資源の導入が必要であることを説明している(岡本(2009)、p.37)。また岡本(2005)

は、産業集積の多様性の維持だけでなく、産業集積の転換側面でも地域外の経営資源をひきつけることは最重要であ ると指摘した(岡本(2005)p.44)。

地域外の経営資源の活用は、産業集積の多様性の維持、転換の重要な要因として位置づけられるだけではない。髙 岡(1998)は、産業集積の内部と外部の情報の非対称性を解決して効率的な取引ができることの前提として、産業集積 の外部とのネットワークを重視している(髙岡(1998)、pp.101-102)

このように内外の研究者は産業集積における地域外の経営資源の問題を根本的なものとして認識している。

第二の先行研究の領域は、産業集積における金融に関する事項である。

Dei Ottati2003,1994)は、産業集積の決定的特徴として、当事者間を規律する共助性の規範を挙げている(Dei Ottati,

(2003,1994)、 p.110。原論文では、p.531)。そこでいう規範とは、“一方の当事者から共助性が破られたときには、破

った当該当事者は共助が受けられなくなる”旨の社会的制裁を裏付けにするものである。共助性は、当事者間の信頼 に基づいている17。金融機関は、産業集積内の取引主体のビジネス態様(取引振り)を重んじて与信に応じている。

Dei Ottati(2003,1994)は、物的担保よりも、むしろ取引先を良く知っていることが金融取引の基礎になっていると明言 している(Dei Ottati(2003,1994)、p.125。原論文では、p.543)

つまり、産業集積内の金融取引は、取引先のビジネス態様を良く知っていることと、信頼が破られたときには社会 的制裁があることに特色があると含意される。

Ughetto (2009)は、3千を超えるイタリアの製造業者に関する量的データを用いて、産業集積に所在する企業は借入

をしやすいか、技術革新志向の企業は借入をしにくいか、産業集積に所在する技術革新志向の企業は外部資金調達を しやすいかの問題について調査した。その結果、ハイリスク志向の技術革新型企業は一般にハイリスクの特徴のため に借入をしにくいこと、産業集積に所在する企業は借入をしやすいこと、産業集積に所在する技術革新型企業は借入 の条件が相対的に良いことを実証している。この理由について、産業集積内では地理的近接性のゆえに情報が債権者 債務者間で共有しやすく、情報の非対称性が緩和されていることに求めている。このことは、産業集積は情報の非対

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称性を克服して債権者債務者間に信頼を与えやすい構造を有していることを含意している。

Elbing et al (2009)は、ケルンとロンドンの映画・テレビ番組制作産業における金融機関の役割について論じる。ケ ルンの事例でもロンドンの事例でも、金融機関が映画・テレビ番組制作産業に対する専門の部署を設けて対応するこ との重要性を説く。番組制作産業の特質と放映権等の複雑な仕組みを理解しなければ、その産業が必要とする資金需 要に適切に応じることができないからである。また、制作現場の近くに金融機関の営業店等が立地していることも重 要であるとされる。金融機関が制作現場に地理的に近接して立地することで、制作会社の評判や業績をアップデート して適切に評価することが可能になるからである。

さらにElbing et al (2009)は、ケルンの地域金融機関(ケルン貯蓄銀行、Stadtsparkasse Köln)が具体的にどのように 映画・テレビ番組制作産業に貢献しているかを論じる。貸出機能だけではなく、番組制作会社のプロモーションのた めに国際的なネットワークを作り、それにより他の制作会社等との仲介の機能も果たしている。ケルン貯蓄銀行は公 的金融機関であることも重要な要因であるが、地域金融機関として地域産業の特質を理解して、貸出以外の産業支援 機能も果たしていることは注目に値する。

このことから、地域金融機関は地域産業の特質を理解したうえで、貸出だけではなく、地域産業を支援する機能を 地域金融機関は有するべきであるとの含意を得ることができる。

続いて日本で産業集積における金融の機能がどのように議論されているかをみよう。

堀江(2008)は、地域金融機関が地域経済とどのように関連しているかを論じている。そこで特徴として挙げられて いることは2点ある。1点目は地域金融機関の活動は、「各営業店を中心に形成されるエリア内の経済活動水準(企 業や世帯数の多さ・利益・所得等)に依存する」(堀江(2008)、p.109)ことである。2 点目は、金融機関の貸出につ いて、東京や大阪などの大都市圏では大手銀行が強く、地域圏では地域金融機関が強いことである(堀江(2008)、p.123)

岩佐(2009a)は、地域金融機関が地域支援に熱意を持っていても、地域に潜在的な資金需要がない場合には地域金 融機関の活動には限界があり、また、「金融のみが先行しても非効率な支出を促進し、無駄な資金・資源の浪費」(岩 佐(2009a)、p.19)につながる可能性を指摘している。そのような制約があるにせよ、地域金融機関は地域の企業に対 して「生産的投資機会の情報や付加的な総合的サービス(企業運営に資するさまざまな知恵やノウハウ、アドバイス 等)を提供」することなどを通じて、「地域での起業や企業活動への支援、あるいは企業再生等に貢献しうる余地」

があることも論じている。

林(2010)は、製造業を中心とする中小企業の集積地である東大阪市において中小企業に対してアンケート調査を 行ったものに基づき、中小企業が主力金融機関を選定するときには、長い取引の履歴があることと、取引金融機関の 立地が地理的に近接していることが大きな要因であることを実証している。

このように、日本では「産業集積」と地域金融機関の関係を直接に取り扱う議論ではなく、中小企業が集積する地 域と地域金融機関の関係を議論することが多い。そうした議論の枠組みの違いはあるものの、日本の議論は、地域金 融機関は地域の産業に規定されつつも、地域の産業に働きかけてこれに経済成長をもたらす機能がある可能性を指摘