第 3 章 知的生産性変動モデルの提案
3.1 モデル作成の基本方針
3.1.2 知的生産性低下の原因
知的生産性に関する既往研究においては、様々な室内環境下で被験者にタスクを一 定時間行ってもらい、単位時間当りの問題解答数でその環境における知的生産性を評 価してきた。例えば過去に本研究室で近藤[12]が実施した被験者実験では、環境条件の 差異を明確にし、特徴的な被験者属性を持つ被験者を選定し、かつ作業の難易度を均 一にすることで、環境条件、被験者の内的要因が知的生産性に与える影響が把握し易 くなっている。表3.5にその実験の概要を、付録Aに詳細を示す。
表 3.5: 近藤の実験の概要[12]
実験日時 2007年8月28日〜30日 各日の環境条件は図3.3参照
環境条件 表3.6に示す標準、好環境、悪環境の3条件 被験者 特徴的な特性を持つ被験者2名
被験者ア:環境変化に対する知的生産性変動が著しく大きい 被験者イ:環境変化に対する知的生産性変動が著しく小さい タイムスケジュール 図3.4参照
作業内容 伝票チェック:
2種類の領収書データにおいて、金額など7項目が 一致しているかを確認する作業(図3.5、3.6参照) 解析対象項目 伝票チェック作業の悪条件と好条件の比較
1 11
1日目日目日目 標準環境日目 標準環境標準環境標準環境 照度 700 lx 室温 26 ℃ 換気扇 ON
22
22日目日目日目日目 好環境好環境好環境好環境 照度 3500 lx 室温 26 ℃ 換気扇 ON
3 3 3
3日目日目日目日目 悪環境悪環境悪環境悪環境 照度 700 lx 室温 30 ℃ 換気扇 OFF
図 3.3: 近藤の実験の日程[12]
この被験者実験を対象とし、1枚の伝票をチェックすることを1問と定義し、1問当 りの解答時間に着目して時系列解析を行った。その際には課題を始めてからの経過時 間(sec.)を横軸に、正誤を問わず1問を解くのに要した時間(sec.)を縦軸として時
表 3.6: 近藤の実験の環境条件[12]
机上面照度 温度 換気状態
標準環境 700 lx 26℃ 換気扇あり
好環境 3500 lx 26℃ 換気扇あり
悪環境 700 lx 30℃ 換気扇なし
1
11 11セットセットセットセット目目目目 CPTOP認知速度 伝票チェック
×3回ずつ
休 憩 10 分
9:20 10:50
12:55 14:25 15:55 17:20 18:00
終了終了 終了終了 休
憩 45 分
休 憩 10 分
休 憩 10 分
アンケート アンケートアンケート アンケート インタビュー インタビューインタビュー インタビュー 3
33 3セットセットセット目セット目目目 CPTOP認知速度 伝票チェック
×3回ずつ
4 4 4 4セットセットセットセット目目目目 CPTOP認知速度 伝票チェック
×3回ずつ 2
2 2 2セットセットセットセット目目目目 CPTOP認知速度 伝票チェック
×3回ずつ
5 5 5 5セットセットセットセット目目目目 CPTOP認知速度 伝票チェック
×3回ずつ 制限時間なし条件
制限時間あり条件 ダミータスク
再解析再解析再解析
再解析ののの対象の対象対象対象((((伝票伝票伝票伝票チェックチェックチェックチェック17分分×分分×××6666回回回回))))
図 3.4: 近藤の実験のタイムスケジュール[12]
系列グラフの右にあるのはヒストグラムであり、一定時間(sec.)で解いた問題が何問あ るかを示している。
図3.7、3.8を見ると、被験者ア・イ共に多くの問題は5秒前後で解いているが、一
部1問を解き終えるのに長時間を要している問題がある。また被験者ア・イ共に、好 環境下の作業に比べ、悪環境下の作業において長時間を要する問題が多く見られ、特 に被験者アはヒストグラムからもそれがはっきりとわかる。この実験で用いられた伝 票チェックは難易度が均一に調整されており、1問を解くために必要な時間が数秒以上 も変動することは考えられない。つまり、解き終えるまでに長い時間を要している問 題では、その時間全てを作業処理に用いているわけではないと考えられる。
この分析結果を参考に知的生産性変動モデルでは、知的生産性の低下は作業を中断 している時間(非作業時間)の増加が原因であると考える。つまり被験者は作業中、常 に作業に集中しているのではなく、作業に集中している状態(作業状態)と作業に集 中せず休息している状態(非作業状態)という2状態間を交互に遷移しつつ作業を続
図 3.5: 伝票チェック画面例
図 3.6: 伝票チェックに用いる紙伝票例
0 10 20 30
0 300 600 900
1問の解答時間(sec.)
経過時間(sec.) 被験者ア、好環境、5セット目
0 10 20 30
0 300 600 900
1問の解答時間(sec.)
経過時間(sec.) 被験者ア、悪環境、5セット目
0 20 40
0 10 20 30
該当問題数 ヒストグラム
0 20 40
0 10 20 30
該当問題数 ヒストグラム
図 3.7: 近藤の実験の分析結果(被験者ア)
0 10 20 30
0 300 600 900
1問の解答時間(sec.)
経過時間(sec.) 被験者イ、好環境、5セット目
0 10 20 30
0 300 600 900
1問の解答時間(sec.)
経過時間(sec.) 被験者イ、悪環境、5セット目
0 20 40 60 80 100 120 0
10 20 30
該当問題数 ヒストグラム
0 20 40 60 80 100 120 0
10 20 30
該当問題数 ヒストグラム
図 3.8: 近藤の実験の分析結果(被験者イ)
けていると仮定した。ここでは図3.7、3.8において、1問を解き終えるのに長時間を要 している箇所は作業状態であった時間よりも非作業状態であった時間の方がより長かっ たとし、また悪環境下においては好環境下よりも非作業状態である確率が高かったと する。
3.1.3 情報処理としての知的作業
3.1.1項で述べたように、本研究で提案する知的生産性変動モデルはオフィスにおけ
る書類作成や情報管理といった、知識情報の調査探索、加工処理、知的価値向上を行 う作業を対象とする。そのような作業を処理するプロセスをモデル化する際に、参考 になるのがCardら[26]が考案した人間情報処理モデルである。図3.9にそのモデルを 示す。人間情報処理モデルとは、人間の認知心理学的特性に関する多くの知見を、コ ンピュータとのアナロジーの観点から、記憶システムと処理システムに分類整理した ものであり、定量的特性も考慮した点に特徴と実用性がある[27]。
人間情報処理モデルにより、意識的なシンボル処理は一種の情報処理として考える ことができ、その上で3.1.2項で仮定した作業・非作業状態について、作業状態時は作 業に集中しているため作業処理が進み、非作業状態時には休息しているため作業処理 が停止すると考えると、オフィス執務者をシングルプロセッサの情報処理システムと して捉えることができる。そうした場合、知的生産性変動モデルに基づいた計算機シ ミュレーションによる執務者の知的生産性変動の表現が可能となり、1問当りの解答時 間や一定時間における知的作業量をシミュレーションにより導出できる。また、シミュ レーションの設定を変えることで、経過時間に対する知的作業量の変化や個人毎の知 的生産性の違いを再現可能となる。