BF 値p1
4.5 再現結果のまとめと今後の課題
作業-非作業状態間遷移モデル、対数正規分布モデル、長期休息重視モデルの各モデ ルに基づいた計算機シミュレーションにより実験データを再現した結果、時間占有度 ヒストグラムの再現度に限れば対数正規分布モデルが、全体の再現度を見れば長期休 息重視モデルが、他のモデルに比べ忠実に実験データを再現した。さらに、知的生産 性の経時変化も再現できることから、長期休息重視モデルが対数正規分布モデルに対 し再現度の面では優位である。
しかし、長期休息重視モデルに基づいた計算機シミュレーションでは実験Aの被験 者Eの実験データを再現する際、モデルパラメータ導出のためのGAで全ての染色体 が1世代目で淘汰された。その原因は、被験者Eがほとんどの問題をステップ分解の 結果よりも短い時間で解答していたためである。被験者Eは算盤経験者であり、知的 生産性が他の被験者に比べ著しく高く、モチベーションの主観評価が高い時に知的生 産性が低下するなど他の被験者とは違う傾向を示していた。この事実は、長期休息重 視モデルでの実験データ再現が不可能であったことより、タスクに解答する際の情報 処理プロセスが他の被験者と異なるためである、と説明できる。作業-非作業状態間遷 移モデル、対数正規分布モデルは被験者Eの実験データを難なく再現してしまうため、
上記のような被験者Eと他の被験者の違いの説明が困難であった。このようにモデル が対象とする情報処理プロセスと対象外とする情報処理プロセスを明確に切り分けら れる点でも、長期休息重視モデルは他のモデルに比べ優位である。
また、モチベーションの上昇に対するモデルパラメータの変化を確認した結果、3つ のモデルともに、モチベーションの上昇に伴う知的生産性の向上のメカニズムを説明 できた。特に長期休息重視モデルはモデルパラメータだけでなく、2種類の非作業状態 の全時間内の時間占有率を算出することにより、モチベーションの上昇に伴う知的生 産性の向上は、Blockingの時間占有率の低下が主要因であることを示唆した。2種類の 非作業状態の全時間内の時間占有率はタスクのステップ分解の結果に依存しない、つ まり作業内容に依存しない指標であるため、作業中のモチベーションを計測する指標 として使用できる可能性がある。
さらに、机上面照度の上昇に対するモデルパラメータの変化を確認した結果、3つ のモデルともに、机上面照度の上昇に伴い知的生産性が変化する可能性を示した。こ のうち作業-非作業状態間遷移モデルは、実験データの再現が十分ではないためモデル パラメータの変化が実験データに則したものかどうか疑わしい。対数正規分布モデル、
長期休息重視モデルについては、実験データの再現度が高く、知的生産性が変化しな かった理由を説明できた。
以上より、作業-非作業状態間遷移モデル、対数正規分布モデル、長期休息重視モデ ルの中では、長期休息重視モデルが最も優位な知的生産性変動モデルであると確認で きた。今後は、心拍や脳波などの生理指標計測により、Blockingや長期休息といった 非作業状態の仮定の妥当性を検証する必要がある。現在、当研究室では生理指標計測 による長期休息判定の自動化アルゴリズムを開発している。被験者実験において知的 作業実施時の長期休息の発生を生理指標により確認し、また長期休息判定アルゴリズ ムによる判定結果と長期休息重視モデルに基づいた計算機シミュレーション結果を比 較することで、長期休息の仮定の妥当性を検証できることが期待される。
また、本研究でモデル比較のために実験データを用いた実験A、Bは、データ毎の知 的生産性のばらつきを検証するにはデータ数がやや足りない。そのため同じ環境・条 件下における知的生産性のばらつきを検証するために、被験者に一定の環境・条件下 で何度も同じタスクを実施してもらうような被験者実験を実施する必要がある。
さらに、本研究では覚醒度の概日周期(サーカディアン・リズム)や疲労の長期に おける蓄積が影響すると考えられる数日、数週間以上の長期間での知的生産性変動は モデルの対象外としている。実際のオフィスにおける作業を考えた場合、数分、数時 間といった短期間で知的生産性が向上する場合でも、数日、数週間以上の長期間での 知的生産性が向上するとは限らない。そのため、数日、数週間以上の長期間での知的 生産性変動を考えた新たな知的生産性変動モデルも作成する必要がある。また、実験 Aの被験者Eのような、作業の熟練度が高く、情報処理プロセスが他者と異なる執務 者の知的生産性変動をモデル化できないか、検討する必要がある。
表4.38:各モデルのパラメータの変化による知的生産性変化の説明(モチベーション:LM→HM) モチベーション:LM→HM タスク作業-非作業状態間遷移モデル対数正規分布モデル長期休息重視モデル 非作業状態に遷移しやすくなるBlocking、長期休息ともにBlockingの発生頻度が下がり、 一位加算と同時に非作業時間が短くなり、発生頻度が下がり、長期休息の長さが短くなることで 結果として知的生産性が向上知的生産性が向上知的生産性が向上 非作業時間が短くなりBlocking、長期休息ともにBlockingの発生頻度が下がり、 伝票分類知的生産性が向上発生頻度が下がり、長期休息の長さが短くなることで 知的生産性が向上知的生産性が向上 暗算加算3桁Blockingの発生頻度が下がり 知的生産性が向上 Blocking、長期休息ともにBlockingの発生頻度が下がり 暗算加算4桁発生頻度が下がり、知的生産性が向上 知的生産性が向上
表4.39:各モデルのパラメータの変化による知的生産性変化の説明(机上面照度:750lx→2500lx) 机上面照度:750lx→2500lx タスク作業-非作業状態間遷移モデル対数正規分布モデル長期休息重視モデル 一位加算HM非作業状態に遷移しやすくなり、長期休息の発生頻度が下がり、 知的生産性が低下するはず知的生産性が向上するはず 非作業状態に遷移しやすくなる長期休息の長さが長くなり 伝票分類LMと同時に非作業時間が長くなり、知的生産性が低下するはず 知的生産性が低下するはず 伝票分類HMBlockingの発生頻度が上がり 知的生産性が低下するはず