2.5 瞬目計測の原理
2.5.4 瞬目計測の歴史
瞬目に関する研究において,自発性瞬目の分析は比較的早い時期から行われて いた.1927年に,生理学者のPonderらは個人差や環境条件による瞬目への影響 を詳細に調査し,結果を発表した[60].この調査は生理学的な観点のみでなく,怒 り,興奮,緊張などの心理学的な要因にもおよび,心理的要因の変化によって瞬 目の増減が生じることを明らかにした.それまで,自発性瞬目は,角膜の乾燥を 防止するために周期的に生起するとだけ考えられており,このPonderらによる調 査は新たな視点を与える画期的なものであった[58].
この自発性瞬目の分析において,自動計測法を用いたことが述べられている.被 験者の頭部に支柱の付いたバンドを装着し,その支柱が軽量のばねと絹糸を介し て上まぶたに接着されている.ばねはプラチナ製の2つの端子に接触しており,通 常は閉回路を形成している.この閉回路が,瞬目によって切れることでその動作 を記録できる.信号の記録はすすを塗った記録紙上に行われた.この自動計測が 実施できない場合には,被験者を目視によって観察し,瞬目生起時に観察者が押 下するキーの信号を記録して解析に用いたことも述べられている[60].
Spenceらは1951年に,ポテンショメータ法を提案した[61].この方法は,頭部
に装着するバンドにポテンショメータが取り付けられており,回転軸に直角にレ バーがつけられている.このレバーの先に糸が追加されており,糸が被験者の上 眼瞼に接着されている.閉眼時にはまぶたに引かれてポテンショメータが回転し,
開眼時にはレバーがばねによって自動的に戻る.こうしてポテンショメータから得 られる電気信号を増幅して記録すると,瞬目の波形として記録することができる.
Gordonらは1951年の論文において,急峻な眼球運動および瞬目生起時におけ る眼輪筋の筋電位を測定し,それぞれの動作において活性化する運動単位につい て調査している[62].この研究は,筋電位の計測によって,瞬目測定が可能である ことを示している.この眼輪筋の筋電位を測定する方法は,その後の反射性瞬目 の研究に多く採用された.
内藤らは1969年に,幼児を対象とした眼瞼の条件反射を調査するため,光セン サ法による瞬目計測を行なっている[61].この方法は,それまでに多かった機械式 計測のようにまぶたへの絹糸などの貼り付けを不要とし,筋電位測定による方法 にみられる眼球や頭部移動によるノイズの影響を回避できるため,とくに被験者 が動くことの多い幼児を対象とした研究に適していた[61].
1974年には,OsborneらがEOG法による瞬目計測によって得た波形が,眼瞼
の動きを忠実に再現することを報告した[63].とくに,この報告ではEOGの計測 のための電極と,機械式測定のひとつであるポテンショメータ法による測定のた めのヘッドバンドの両方を装着し,同一の瞬目を対象とした波形比較を行なって いる.同様の比較を山田らも行なっており[58],これらの結果からEOG法と機械 式測定法が同一の波形を得られることが明らかとなり,EOG法による瞬目計測法 は広く採用されるようになった.
福田は1989年に発表した心理学分野の瞬目研究において,瞬目時の上眼瞼の運 動を動画像として記録し,手動で解析した[58].この研究では,30フレーム/秒で 撮影した動画像の各フレームを静止画像として手動で計測し,その結果をトレー スすることで瞬目過程における眼瞼裂の大きさを波形として得ている.当時は,動 画像の自動解析は不可能であるとされており,その計測に膨大な労力を要するこ とから自動測定装置の開発が望まれていた.
田辺らは1993年に,心理学の分野における瞬目解析のため,録画済みの動画像 向けに画像処理による瞬目の自動抽出法を提案した.この研究では,画像中の上 眼瞼の領域を,眼球領域との色情報の違いによって逐次抽出し,その面積変化に よって瞬目過程を波形として取得した.この手法以降,画像解析による瞬目計測
法がさかんに提案されるようになり,それまで目視による手操作で1フレームず つ行なっていた瞬目動画像の解析が,自動化できるようになった.
山本らは1995年に,自動車運転中のドライバの意識低下を測定する目的で,前 面から撮影した動画像の画像解析によって上下のまぶた間の距離を計測し,瞬目 の生起を検出するシステムを提案した[64].それまで,ドライバの瞬目情報につい てもEOG法によって計測が行なわれており,ドライバの視界や動作の制限が懸念 されていたが,この非接触の方式によってそれらの問題を回避した.
これとほぼ同時期の1996年,松尾らによって,撮影された動画像から瞬目生起 の情報を自動解析するシステムが提案された[65].このシステムでは,録画済みの 動画像を,1/60秒のサンプリング周期で取り込み,専用の画像解析ハードウェア によって処理することで,上眼瞼の変位データを記録している.この方法で得た 瞬目の波形データが,同時に計測したEOG法による波形と同様になることが示さ れている[65].
1997年には,Esakiらの角膜反射法による視線文字入力システムに,画像解析
によって瞳孔面積を算出し,瞬目によって入力決定する機能が採用された[8].翌 年には,コミュニケーション支援装置に応用するため,矢野らが画像処理ハード ウェアを搭載したパソコンに顔を撮影した動画像を入力し,フレーム間差分によっ て瞬目生起時の検出を実現した[66].同年に,加納らは,コミュニケーション支援 を目的とし,画像を入力としたニューラルネットワークによって,瞬目計測およ び随意性瞬目の識別を実現した[67].
このように,瞬目計測は生理学や心理学の分野で考案されたものが,計測時の 制約条件や計測データの使用目的に応じて改良され,発展してきた.今日ではポ テンショメータ法による計測はみられないが,EOG法,光センサ法および画像解 析法による測定は利用されており,入力インタフェースにも応用されている.