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法人税は、昭和 15(1940)年に所得税から分離独立したものであったが、それ以前は 所得税法の中に第1種所得税として、明治32(1899)年以来、改正および拡大の一途を たどってきた。昭和15(1940)年に法人税法として独立してからも、幾多の改正を経て、

昭和 25(1950)年にシャウプ勧告の趣旨にそって部分的改正が行われたのだが、法人所

得課税における課税所得概念は、明治 32(1899)年より首尾一貫して課税の公平に合致 する「純資産増加説」に依拠したものであり、損益の年度帰属の原則として「権利確定主 義」を採ってきた。

このような経緯を経て昭和 40(1965)年に法人税法全文改正(以下、「現行法人税法」

という。)が行われたのだが、現行法人税法においても、従来と同様、法人の「所得」と は何であるのかを明示していない。

現行法人税法においては、第二編(内国法人の納税義務)第一章の各事業年度の所得に 対する法人税に関する規定中、その第二款として、各事業年度の所得金額の計算の通則と して第22条の規定を設けている。その第1項は、「内国法人の各事業年度の所得の金額は、

当該事業年度の益金の額から当該事業年度の損金の額を控除した金額とする。」と規定し ている。しかし、その第2項において「益金の額」に算入すべき「収益の額」を単に例示 しているのみに止まっており、「益金の額」の基礎概念である「収益の額」がいかなる法 理および論理に立脚し認識されるのかを明文をもって規定していない。

そこで本章では、昭和 40(1965)年の法人税法全文改正に伴い、これまでの法人所得 課税における課税所得概念に変更がもたらされたのかを明確にするため、昭和40(1965)

年法人税法全文改正の経緯および法人の課税所得計算構造を考察することで、法人税法全 文改正前の旧法(以下、昭和40年全文改正以前の法人税法を「旧法人税法」という。)の 場合と法人税法全文改正後の新法とでの差異を明らかにし、現行法人税法における課税所 得概念を明確にする。また、現行法人税法においてはじめて、「無償取引」についての規 定が明文化されたことから、その立法趣旨および規定の意義について、これまでの研究を 基に考察する。

第1節 昭和40年法人税法全文改正の背景

わが国の法人税法は、昭和 40(1965)年の税制改正にあたってその全文を書き改めら れた。

法人税法が昭和 22(1947)年に全面的に改正された後、ほとんど毎年のように改正が 行われた。さたに、昭和25(1950)年に行われたシャウプ勧告に基づく改正においては、

いくつかの重要な規定の追加はあったが、全文改正によらず部分的改正によって行われて いた。その後の改正においても同様に、部分的改正によってのみ修正が加えられた結果、

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法人税法は体系も一貫しないまま複雑化し、種々の不都合な点を含むものとなった1

昭和 22(1947)年の税制改正により法人税においても申告納税制度が採用され、より

いっそう納税者の法への理解が必要となっていた。こうした状況の下では、法人税法の複 雑化は申告納税制度の弊害となることから、税法、特に法人税および所得税について、こ れらを体系的に整備するとともに規定を平明化すべく、税法の全面的整備を進めたのであ る。政府は、この方針の下、大蔵省主税局内に臨時税法整備室を設置し、税法の全面的整 備を進めるとともに、これの検討を行うため税制調査会に税法整備小委員会を設け、税法 整備小委員会は、その結果を総会に報告した2

税制調査会は、税法整備小委員会の検討結果を受け、昭和38(1963)年12月、「所得 税法及び法人税法の整備に関する答申」(以下、「昭和38年税制調査会答申」という。)を 提出した。政府は、この「昭和38年税制調査会答申」に基づき、昭和40(1965)年に昭 和40年法律第34号によって法人税法の全文改正が行われたのである。

「昭和38年税制調査会答申」では、旧法人税法(昭和22年法律第28号)の全文改正 に当たって、従来から税法が複雑かつ難解であるとの非難を受けていたこともあり、「法 人税法…の構成においては、租税法律主義の建前を根本としつつ、同時に、一般納税者に 判りやすい法令体系にすることを考慮」3するとともに、「税法の平明化を図る」4考えを 明示した。

したがって、現行法人税法を立案するにあたって、特に次の点につき配慮された5

①課税制度そのものは基本的には旧法人税法の制度を踏襲する。

②旧法人税法においては、政令または省令で規定されていた事項のうち、重要なものは 法律において規定し、その細部を政令で規定する。

③旧法人税法においては、法令に規定せず解釈の一適用として国税庁長官通達で定めら れていた事項のうち、重要なものはできるだけ法令の規定とし、制度の合理化を図る。

④法律の構成、規定の配列については、総則的事項、内国法人に関する事項、外国法人

1 吉国二郎・武田昌輔『法人税法〔理論編〕 改訂3版』(財経詳報社、1972年)、118頁。

不都合な点とは、例えば、「税制上の特別措置を規定する租税特別措置法は、昭和 32 年に全文改 正を行なって体系の整備を図ったが、その際法人税法またはその政令の規定中特別措置に類するもの を、租税特別措置法に移し換えるまでの改正は行なわなかった。」(同上、118 頁)。つまり、税法上 の特別措置が、法人税法と租税特別措置法の双方に規定されていた。

2 同上4、118頁。

3 税制調査会「所得税法及び法人税法の整備に関する答申」(1963年)、第1、Ⅰ、(1)。

ここでの法令体系とは、「納税者の負担及び制度の仕組み等に関する基本的事項はすべて法律に規 定するが、他面、課税関係に多くみられるところのきわめて専門的、技術的な面や手続にわたる事 項については、法律で制度の骨子を規定したのち、その内容の詳細は政令以下で規定する」という 法令体系である(同上、第1、I、(1))。

4 同上、第1、Ⅲ。

5 泉美之松「昭和四十年度法人税改正の概要」『税務弘報』第13巻第6号、1965年、12-13頁。

「座談会 改正法の問題点をきく」『税務弘報』第13巻第5号、1965年、22-25頁。

武田昌輔「全文改正法人税法の解説(上)」『産業経理』第25巻第6号、1965年、49頁。

吉国二郎・武田昌輔、前掲注1、119頁。

税制調査会、前掲注3、第1、Ⅰ-Ⅳ。

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に関する事項とに分け、さらに内国法人に関する事項については、一般の各事業年度 の所得、清算所得、退職年金積立金について別個に取りまとめて規定することで、理 解しやすいものとするよう配慮した6

⑤法律の規定の表現を平明化して読みやすくするよう配慮した7

このような経緯を経て全文改正された現行法人税法について、昭和40(1965)年当時、

大蔵省主税局長であった泉美之松氏は、「法人税制は、租税法律主義が徹底され、従来税 制上の重要事項が政令で規定されたり、重要事項は全て法律で規定し、専門的、技術的事 項は政令で規定し、手続、様式等を省令で規定するというように税法の体系的整備が図ら れ、それとともに、法文の平明化、規定の明確化が行われている」8と評されており、「昭 和38年税制調査会答申」での議論が、昭和40(1965)年法人税法全文改正に当たって、

大きな影響を与えたことが窺える。

したがって、現行法人税法は、「昭和38年税制調査会答申」の趣旨を採り入れ、「租税 法律主義」の徹底、税法の体系的整備、規定の明確化および表現の平明化に基本的方針を 置いて改正されたものだということができる。

なお、「租税法律主義」の徹底とはいえ、改正整備による税法の精密化に伴い、もともと 複雑だった税法がより一層難しいものとなり、執行面・実務面において問題が生じたので は意味がないことから、「全体として精粗のバランスのとれた、広い目で全体としてみたと きの課税の公平がたもたれるような税法に整備するという方向で検討が行われて」9いた。

また、現行法人税法と旧法人税法との関係について、泉美之松氏は、「各事業年度の所 得計算の基本原則については、今回の全文改正前の旧法の場合と全文改正後の新法とでは、

格別の差異はないといつてよい。」10と述べられている。当時、大蔵省主税局税制第一課 課長補佐であり、立法に携わった伊豫田敏雄氏も同じく、「今回の全文改正は、法人税の 従来の考え方というものを原則的に踏襲するという原則的な方針で行なわれております。

したがつて、所得の金額の計算の通則というようなところは、その実体を旧法と特に変え るつもりは全然なく、従来の法人税法の考え方、あるいは法人税の取り扱いというような ものをこの際変えるというものではございません。」11と述べられている。つまり、昭和 40(1965)年法人税法全文改正にあたって、必ずしも法人税制の基本的な内容を変える

6 「全体は5編に分かれ、第1編総則、第2編内国法人の納税義務、第3編外国法人の納税義務、第 4編雑則、第5編罰則となっていて、本文全上164条となっている。(吉国二郎・武田昌輔、前掲注1、

120頁)

7 「表現の平明化については、できるだけ文章を短くし、結論を早急に知ることができるように工夫 されているほか、条文を引用した場合にはその内容を示す見出しを挿入することとされている。

また、センテンスを短くすることに伴つて、条件が三つ以上あるような場合には、これを号を立 ててたとえば『次の各号の要件を備える場合』というように簡条書によつて理解しやすくしている。」

(武田昌輔、前掲注5、49頁)。

8 泉美之松、前掲注5、2-3頁。

9 伊豫田敏雄「改正法人税法の概要」『商事法務研究』第348号、1965年、3頁。

10 泉美之松「所得金額計算の通則について」『税経通信』第20巻第11号、1965年、80頁。

11 「研究会 改正法人税法と実務家の疑点」『税務弘報』第13巻第6号、1965年、22頁(伊豫田 敏雄 発言)。