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本章では、これまで第1 種所得税として所得税法の中に規定されていた法人所得税が、

独立の法人税として創設された昭和 15(1940)年法人税法およびシャウプ勧告に基づく 改正が行われた昭和25(1950)年法人税法から、昭和40(1965)年の法人税法全文改正 により創設された現行法人税法までにおける課税所得概念を、制度史的経緯を踏まえなが ら考察していく。

また、当時の法人税法における課税所得概念、損益の年度帰属の原則および「無償取引」

の取り扱いについて、先行研究ではなされていない視点からの考察も行う。すなわち、法 人に対する課税が第1種所得税として所得税法の中に規定されていたことに鑑み、所得税 法との整合性および租税の理念の中核となる課税の公平性の観点から、法人税法における

「無償取引」の取り扱いについて考察する。

第1節 昭和15年法人税法 1-1 法人税法創設の背景

大正15(1926)年から昭和15(1940)年に至るまで、支那事変(昭和12年7月)の

勃発・拡大による軍備拡張のための臨時増税1が、昭和12(1937)年の臨時租税増徴法2の 基礎の上において毎年行われた。その過程において、受取配当課税における所得控除は漸 次縮小され、法人、株主間の二重課税が徹底していき、最終的(昭和15年)には配当に ついて負債利子控除を認めることと見合いに、所得控除は全廃された3

上記のように、特に所得税については、基本法、臨時租税増徴法および臨時増税法によ

1 本論文においては、「北支事件特別税法(昭和12年法律第66号)」および「支那事変特別税法(昭 13年法律第51号)」を便宜上、「臨時増税(法)」と統一して表現する。

「北支事件特別税法」による増税とは、「昭和1277日勃発した北支事件のその後の情勢に 伴い、これが処理に要する経費も相当多額に上がることが予想され、その財源の一部は国民の負担 に求めるのを適当とする見地から…提出された。その内容は、所得特別税及び臨時利得特別税とし てそれぞれ所得税及び臨時利得税を増徴するとともに、新たに利益配当特別税、公債及び社債利子 特別税並びに物品特別税を創設することであつた。」(雪岡重喜『調査資料 所得税・法人税制度史 草稿』(国税庁、1955年)、56頁)。

「支那事件特別税法」による増税とは、「支那事変の進展に伴い、事変処理に要する臨時軍事費は 累増の一途をたどり、これからの財源の大部分は公債によることとされたが、一部は増税により賄 うのを適当と認められたので、昭和134月支那事変特別税法を制定して所得税その他各税にわた り増税を行い、こえて昭和14年にも支那事変特別税法の改正により臨時利得税その他について相当 程度の増徴を行つた。」(同上、58頁)。

なお、「北支事件特別税法」は「支那事件特別税法」によって廃止された。

2 「臨時租税増徴法(昭和12330日法律第3号)」とは、当時、内外の情勢と財政の現状から みて増税がやむを得なかったことから、「所得税の増徴を中心とする臨時租税増徴法を制定するとと もに、法人資本税、、外貨債特別税、有価証券移転税及び揮発油税の4新税を創設」(同上、54頁)

したものである。

3 同上、55-56頁。

吉国二郎・武田昌輔『法人税法〔理論編〕 改訂3版』(財経詳報社、1972年)、94頁。

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り形成されていたことから、税制はより複雑となり根本的税制改正の必要が望まれていた。

このような背景により、昭和 15(1940)年に税制改正が行われ、法人所得課税におい ては新たに法人税法が誕生したのである。明治 32(1899)年より法人所得に対する課税 が始まって以来、これまで第1種所得税として所得税法の中に規定されていた法人所得課 税に関する規定が、独立の法人税として誕生したということである4

上記の根本的税制改正が行われた背景としては、法人および個人の所得の性質の違いに 注目したものであった。すなわち、「法人の所得は個人の所得と著しく其の性質を異にし、

個人に對する分類所得税の如く所得の種類に應じて課税を異にし、或は綜合所得税の如く 所得金額の大小に應じて累進課税を爲すは適當ではない。從つて法人所得の本質に鑑みて 之を個人所得と別に獨立の課税を行ふを以て、最も適當なり」5とし、「第一種所得税及法 人資本税を一括して法人税となし法人に對する課税制度を整備すると共に税制の簡易化 を圖る」6ため、昭和15年3月29日法律第25号により法人税法が誕生したのである。

昭和 15(1940)年法人税法では、法人税および臨時利得税を損金に算入しないこと、

大正15(1926)年改正以後は認められていなかった繰越欠損金の控除が3年間認められ

たこと等の変更はあったものの、「從來の第一種所得税及法人資本税の課税對象たる所得 又は資本と何等異るところはない。」7とされていた。

したがって、昭和15(1940)年法人税法第4条第1項の、「本法施行地ニ本店又ハ主タ ル事務所ヲ有スル法人ノ各事業年度ノ所得ハ各事業年度ノ總益金ヨリ總損金ヲ控除シタ ル金額ニ拠ル」という規定の根本的意味内容としては、明治 32(1899)年法人所得課税 創始以来、首尾一貫したものだと考えられる。

1-2 損益の年度帰属

昭和15(1940)年法人税法第4条第1項が「本法施行地ニ本店又ハ主タル事務所ヲ有

スル法人ノ各事業年度ノ所得ハ各事業年度ノ總益金ヨリ總損金ヲ控除シタル金額ニ拠ル」

と規定しているように、法人税法は法人の所得について、所得を各事業年度なる期間の関 係において損益の帰属を定めている。

事業年度の意義については、法人税法上、特別の規定はなく、したがって、商法その他

4 当時の税制が複雑なものであったため、次の4つの目標に従って新しく制度をたてかえることとさ れた。「税制を簡單化することが先ず必要である。これが税制の簡易化である。だからと云つて増税 が出來ないやうでは困るから簡單な税制で且つ増税に便利なことが必要である。これが増収の彈力 性と云ふことである。増収を圖ることが必要だからとて、無茶な増税をして、物價を高くしたり輸 出を阻害したり、生産力を妨害したりしてはいけない。これを防がうと云ふのが經済政策との調和 である。また戰時には一方には景氣がよく使ひきれない程ボロ儲けをする人がゐるかと思へば、他 方に失業者がゐる仕末、また景氣のいい他方と惡い他方とがあるからこれらの負擔の均衡を圖る必 要があることは勿論である。これが負擔の均衡を計る必要がある」(斎藤栄三郎『改正税法の解説』(伊 藤書店、1940年)、3頁)。

5 池田武『法人税法精義』(森山書店、1941年)、5頁。

6 『財政 臨時號』(大蔵財務協会、1940年)第5巻第5号、128頁。

7 同上、128頁。

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関係法令の規定によるものと解釈されていた。会社は、営業成績を一定日時で締め切って 出資者へ報告しなければならず、一般的には定款で決算期間を定めている。「この収支損 益を計算する期間を税法では事業年度といふ」8。すなわち、商法第 33 条9で規定してい る一会計期間をもって一事業年度と解釈されていた。

このように、法人税は、事業年度毎に課税するということが計算上の大原則とされる。

また、会社の「損益金が何日の事業年度に屬するを正當とするか否かの時期の判斷は、そ の損益金に關する權利、義務が確定したときに從うことになつてゐるが、これ亦所得計算 上の大原則」10と解されていた。

したがって、一事業年度における損益の帰属を決定する原則は、いわゆる「権利確定主 義」に依拠しており、各事業年度における総所得計算(総益金から総損金を控除する計算)

の基礎である「損益金は、其の資産又は負債の增減變化の原因たる、權利義務の確定」11 をもって総所得計算に算入されるのである。

また、法人税法上の損益について、池田武氏は、「法人税法上の損益は其の税法の規定 が不完全なる爲之より確定したる金額を算定し得ざるものがある。此の場合も亦會計學の 力を籍り之を決定する」12と述べられているが、法人の損益計算をもって直ちに法人の総 所得金額とはなし得ないとされる。つまり、法人の決算は、対内的・対外的にも種々の政 策的決算13が行われることが多く、「斯の如き政策に立脚する法人の損益計算と、税法獨 自の原理に立脚する總所得計算上の損益とは、到底其の衝突を免れ得ないのである。此の 故に總所得の計算に當つては、法人の決算は、多くの場合に於て之を税法の目的に適合す るやうに、修正する必要を生ずる」14のである。

したがって、昭和 15(1940)年法人税法においても、これまで考察してきたように、

法人所得課税が始まった明治32(1899)年以来、損益の帰属年度の基準として、「権利確 定主義」を採っていたということができる。

1-3 総益金および総損金の意義と課税所得概念

昭和15(1940)年法人税法は、法人の所得計算の基本原則として、第4条第1項にお

いて、「本法施行地ニ本店又ハ主タル事務所ヲ有スル法人ノ各事業年度ノ所得ハ各事業年

8 鈴木保雄、礒部政治、松井静郎 共著『税制改正 會社税務總攬』(賢文館、1940年)、84頁。

9 商法第33条「商人ハ開業ノ時及毎年一回一定ノ時期ニ於テ動産、不動産、債權、債務其ノ他ノ財 産ノ總目録及貸方借方ノ對照表ヲ作ルコトヲ要ス、會社ニ在リテハ成立ノ時及毎決算期ニ前項ノ書 類ヲ作ルコトヲ要ス」

10 鈴木保雄、礒部政治、松井静郎、前掲注8、85頁。

11 池田武、前掲注5、107頁。

12 同上、33頁。

13 「然るに各法人の決算の多くは對内的には、法人の基礎の堅實を企て、配當平均政策、脱税手段、

損益の調節等の必要上より、又對外的には株主の配當要求抑止、蛸配當の財源捻出、信用維持の爲 にする資産状態のカムフラージ、背任横領の隱蔽等の要請に基き政策的決算の行はるることが多い」

(同上、107頁)。

14 同上、108頁。