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前章において明らかにしたように、「企業会計原則」や商法(会社法)では、「無償取引」

に係る収益を認識する会計処理は明らかにされておらず、税法固有のものだということが できる。

法人税法が課税所得算定に当たって、企業利益ないし適切に運用されている企業の会計 慣行を基礎としていることは古くからいわれているところである1。しかし、「無償取引」

については、税法固有のものであることから、法人税法が依拠する課税所得概念を明らか にすることが、法人税法における「無償取引」に係る収益発生事由の解明へと繋がるはず である。

現行法人税法は、法人の課税標準たる所得の意義を、「益金の額から損金の額を控除し た金額」(法人税法第22条第1項)と定めている。これは、原則としてすべての法人所得 を課税の対象とする趣旨であると解されている2

このように、現行法人税法が、原則としてすべての所得を課税の対象とする建前をとっ ていることから、現行法人税法が依拠している課税所得概念は、「包括的所得概念(純資産 増加説)」3ということができ、その背後にある考え方は課税の公平原則であるとされる4。 そこで本章では、現行法人税法が依拠しているとされる所得概念、すなわち、「包括的 所得概念(純資産増加説)」について、それがどのような理論のもとで生まれ、どのよう な所得概念であるのかを明確にするため、その理論の基礎を築き、発展させたシャンツ

(G.Schanz) の 理 論 お よ び シ ャ ン ツ の 見 解 を 「 理 念 」 と し て 受 け 継 い だ ヘ イ グ

(R.M.Haig)、サイモンズ(H.C.Simons)の考え方を整理し、所得概念の基礎理論たる

「包括的所得概念(純資産増加説)」について検討する。

1 「現行法人税における各事業年度の所得の金額は、その事業年度の益金の額から損金の額を控除し て計算することとされていますが、この課税所得は、本来、税法およびその通達のみによって形成 されるものではなく、税法以前の概念や原理を前提としているものであります。もちろん、絶えず 流動する社会現象を反映する課税所得については、税法独自の規制が加えられるべき分野が存在す ることも当然であります。しかしながら、課税所得の計算は、税法において完結的に規制するより も、適切に運用されている企業の会計慣行にゆだねることの方がより適当である と思われる部分が 相当多いことも事実であります。事実、法人税においては、このような現実を前提として従来課税 所得の計算を行ってきたところであります。」(藤掛一雄「法人税法の改正」国税庁編『改正税法の すべて』(大蔵財務協会、1967年)、75-76頁)。

2 金子宏「所得概念について」『税経通信』第25巻第6号、1970年、56頁。

3 包括的所得概念の考え方のもとでは、「人の担税力を増加させる経済的利得はすべて所得を構成す ることになり、したがって、反覆的・継続的のみではなく、一時的・偶発的・恩恵的利得も所得に 含まれることになる。この考え方は、純資産増加説とも呼ばれ」(金子宏『租税法〔第 18 版〕』(弘 文堂、2013年)、178頁)ている。

また、「わが国の法人税法は、純資産増加説を基底としている。それは、所得概念の画定において 包括的・広義所得概念をとり、またシャンツの意味での純資産増加説にみられる所得計算方式を予定 しているからである。」(武田隆二『法人税法精説』(森山書店、2000年)、66頁)。

4 金子宏、前掲注2、56頁。

41 第1節 シャンツの所得概念

所得概念を包括的に構成する試みを、体系的な形で最初になしたのは、ゲオルク・シ ャンツ(Georg Schanz)であった。シャンツは、1896年に「所得概念と所得税法」と 題する論文を発表し5、「担税力」の指標としての「所得」ということを理念に、いわゆ る取得型(発生型)所得概念6の一つである「純資産増加説」と称される所得概念の考え 方を明らかにした7

シャンツは、より明確な所得概念の定義を確立すべく、所得概念を明らかにする前に、

まず、収益概念から出発している。

収益において重要なことは、「つねに、ある量の財もしくはその価値の、出処にたいす る遡及的な関係である」8。そして、「収益とはいわば、何らかの発生してくるもの、獲 得されたもの、あるいは獲得されるべきものという」9ことについてはなんら意見の相違 はないとされる。

さらに、収益には、その下位概念として「粗(総)収益」と「純(正味)収益」とに 分類される。この分類は、収益の獲得に要した費用を控除するか否かによるものであり、

「粗(総)収益」から費やされた諸費用(原材料、補助材料、他人に支払われた賃金及 び給与、保険料、修繕費、減価償却費、さらに他人に支払われた利子・賃借り料・地代)

を控除したものが「純(正味)収益」であるとしている10。そして、「純(正味)収益」

から債務利子を控除したものが「純利益」であるとし、「純利益」に贈与物等の臨時的利 益を加算して、臨時的損失を控除したものを「所得」と観念しおり、全体としてこの所 得概念が、「商人の純利益」と一致すると考えている11

5 Schanz, G. v.(1896). Der einkommensbegriff und die einkommensteuergesetze. Finans-Archiv, S.1-87.

このシャンツの論稿については、篠原章訳「ゲオルク・シャンツ 所得概念と所得税法 (1)~(4)」

『成城大学経済研究』第104 号、23 頁・第105 号、127 頁・第106 号、95 頁・第107 号、121 において完訳されている。

6 「取得型(発生型)所得概念」とは、「所得とは一定期間の間に納税者に生ずる経済的利得(gain)

であると観念されている。」(金子宏「租税法における所得概念の構成(一)」『法学協会雑誌』第83 9・10合併号、1255頁)。

また、「取得型(発生型)所得概念」には本稿でとりあげる「包括的所得概念」とは別に、「制限 的所得概念」という見解が存在する。この所得概念の考え方とは、「経済的利得のうち、利子・配当・

地代・利潤・給与等、反覆的・継続的に生ずる利得のみを所得と観念し、一時的・偶発的・恩恵的 所得を所得の範囲から除外する考え方である」(金子宏、前掲注3、164頁)。

さらに、所得概念の類型の1つとして、「取得型(発生型)所得概念」とは別に「消費型(支出型)

所得概念」と呼ばれるものがある。この所得概念は、「納税者の各年度の利得のうち、効用ないし満 足の源泉である財貨やサービスの購入に充てられる部分のみを所得と観念し、蓄積(貯蔵・投資)

に向けられる部分は所得の範囲から除外する」(金子宏「租税法における所得概念の構成(一)」『法 学協会雑誌』第83巻第9・10合併号、1255頁)のである。

7 辻山栄子『所得概念と会計測定』(森山書店、1991年)、36頁。

8 篠原章訳「ゲオルク・シャンツ 所得概念と所得税法 (1)」、前掲注5、23頁。

9 同上、23頁。

10 同上、25頁。

11 清永敬次「シャンツの純資産増加説(二完)」『税法学』第86号、1958年、19頁。

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しかしながら、この収益という表現は、ある客体、企業または特定の経済活動に対す る直接的な関係という点では傑出した利点を示しているが、「所得概念を構成する段にな ると、事情は一変する。所得概念のばあい、個人の経済力全体が問題になるからである。

われわれが知ろうとするのは、ある個人がこの期間内に、自分自身の資産を損なったり 外部からの資力(負債)を受け入れたりすることなく、自由に処分しうるどれほどの資 力をもっているのかという問題である」12

また、シャンツによれば、個人はその支払能力(担税力)に応じて、共同体を支える べきであるという思想が支配的である限り、所得概念は、1 つの重要な公的な仕組みで ある税制のためにもまた必要であり、このように方向づけられた所得概念が無条件に求 められているとする13

シャンツは、このような見地から従来の諸学説(特に所得の範囲をせまく限定する学 説)に検討を加え、それらがいずれも間違った主張の上に立っていることを指摘し、所 得を「一定期間の資産の純増」であるとして、次のように定義した。

「ある人が自分のそれまでの資産を縮小することなく、自由に処分できるようなかた ちで、その人の手元に一定期間内に流れ込んでくるものであって、この概念が所得であ る。この概念がわれわれに示すのは、この人の支払い能力がどれほど追加されるか、と いうことである。この概念は、使用権と貨幣評価の可能な第三者からの給付も含めた一 定期間内の純資産の増加として表される。…純資産の増加を資産状態 Vermögensstand と取り違えてはならない。資産状態とはある時点において手元にある各純資産をすべて 合算したものを指す。純資産の増加はまた基本資産の増加とも違う。純資産の増加がそ れ自体利益ないしは使用権を生みだす資産に転ずるか否かは、まずその用途にかかって いる。つまり純資産の増加が消費されないばあいにこのような資産に転ずるのである」14

期中に増加した財産が期末においてなお存在するとは限らず、消費されれば財産とし て残らないのは自明のことである。期首と期末にだけ存在する財産が比較されるのみで はなく、期中に生じた一切の財産の増加が「純資産の増加」であり、また、純資産の増 加について、これと期末において存在する財産状態とを混同してはならないと指摘した。

この定義の下においては、所得の概念は包括的であって、「あらゆる純収益と使用権、

貨幣評価の可能な第三者からの給付、あらゆる贈与、相続、遺贈、富くじ賞金、保険金、

保険年金、あらゆる種類のキャピタル・ゲインを所得に算入し、ここからあらゆる負債 の利子と資産の減少を差し引くのである」15

シャンツにとって重要なことは、新たに付加された給付能力(担税力)の大きさを知 ることであり、それがどのような性質のものであれ、財産の増加として把握されるかぎ

12 篠原章訳「ゲオルク・シャンツ 所得概念と所得税法 (1)」、前掲注5、27頁。

13 同上、27-28頁。

14 同上、46-47頁。

15 同上、47頁。