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法人税法上、法人の課税所得は、「益金の額」から「損金の額」を控除した金額として 算定され(法22条1項)、「別段の定め」があるものを除き、当該事業年度の「収益の額」

が「益金の額」を構成するものとされている(法22条4項)。しかし、「無償取引」につ いては、いわゆる「公正処理基準」の適用を受けないことから、「無償取引」に係る収益 とは税法固有の目的および課税所得概念から導かれる所得計算からの要請であることが 明らかとなった。そこで、第4章から第7 章において、制度史的経緯を踏まえながら、法 人所得課税における税法本来の目的観や理念から導き出される所得計算構造を考察してき た。

昭和 40(1965)年法人税法全文改正以前から「収益の額」または「(総)益金)」の算

定は、明治 32(1899)年より首尾一貫して「純資産増加説」に依拠していた。当初、法 人所得の計算原理は、旧商法の影響を強く受けたものであったが、企業会計の発展ととも に、企業会計の考え方を大きな支柱とする社会通念としてあるべき会計原則に基づくもの へと変遷を遂げた。

しかしながら、法人税法第22条第2項が規定する「無償取引」に係る収益発生事由に ついての見解は、学説および判例のいずれにおいても統一した見解は見受けられなかった。

その主な原因として、法人税法第22条第2項の規定が、その定めている事柄の重要性と 対比して、あまりに簡潔な構造となっていることが要因と考えられる。

そこで本章では、「無償取引」に係る収益発生の事由を解明するに当たり、わが国の法 人税法における所得計算構造および課税所得概念である「純資産増加説」の意義を、今一 度明確にし、「無償取引」に係る収益発生の事由を検討する。

第1節 法人税法における「純資産増加説」の現代的意義

第3章でみてきたように、所得概念を包括的に構成する試みを、体系的な形で最初にな したのは、経済学者であるシャンツであった。シャンツは所得の定義として、「ある人が 自分のそれまでの資産を縮小することなく、自由に処分できるようなかたちで、その人の 手元に一定期間内に流れ込んでくるものであって、この概念が所得である。この概念がわ れわれに示すのは、この人の支払い能力がどれほど追加されるか、ということである。こ の概念は、使用権と貨幣評価の可能な第三者からの給付も含めた一定期間内の純資産の増 加として表される。」1と述べている。つまり、「一定期間の資産の純増」、すなわち、一定 期間の期末における資産の価値と期首における資産の価値との差額であり、その差額は、

貨幣に限らず、「使用権と貨幣評価の可能」なものも含まれている。さらに、その差額の

1 篠原章訳「ゲオルク・シャンツ 所得概念と所得税法 (1)『成城大学経済研究』第104号、1989年、

46頁。

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発生が反復的・規則的なものであると否とを問わず、すべてその一定期間における増加分 が所得であるとされる。

上記のようなシャンツの定義およびシャンツの理論を受け継いだヘイグ、サイモンズの 所得の定義は、個人所得に関する意義づけとして発案されているが、法人所得に関する問 題として受け止めることができる。

しかしながら、法人の場合、その財産状態は資産ならびに負債項目から成っており、シ ャンツの定義のように期首と期末の2時点で比較される価値は諸資産価値ではなく、諸資 産価値から諸負債価値を差し引いた純資産額となる。このように、所得が純資産の増加分 として規定される限りでは、「そこに算定された所得の特徴は、残留資産のうちに沈殿現 存する実在余剰分としてみられる。すなわち、所得が実在余剰としてみられるということ は、その所得としての大きさに確実性ないし客観性が認められるところに利点がある」2。 この場合、純資産の増加分としての所得が確実性ないし客観性をもつものであるといって も、「その計算的確定には、原則として所有諸資産の価値評価が予定されている筈である。

従って、その際の所得が実在余剰であるといっても、それは『実物』そのものではなく、

あくまで価値計算を媒介としての余剰であるところに、その特徴が存していることは注意 を要する」3

わが国の法人税法上の所得概念に関する規定として、法人税法第22条第1項がある。

同規定は、「内国法人の各事業年度の所得の金額は、当該事業年度の益金の額から当該事 業年度の損金の額を控除した金額とする」旨を規定することによって、課税所得の計算構 造は、損益法に基づき所得が計算されるべきであるとしている4

しかしながら、益金および損金計算としての法人税法上の所得計算は、純資産増加の概 念と結びついているものということができる。このことは、旧法人税法第 9条において、

「法人の各事業年度の普通所得は各事業年度の總益金から總損金を控除した金額による」

と定義し、損益法による利益計算の方式を明確にしているが、旧法人税基本通達51項お よび52項において、「総益金とは、法令により別段の定めのあるものの外資本の払込以外 において純資産増加の原因となるべき一切の事実をいう。」(51項)ものとし、「総損金と は、法令により別段の定めのあるものの外資本の払戻又は利益の処分以外において純資産 減少の原因となるべき一切の事実をいう。」(52 項)と規定し、財産法に基づく利益計算 が示されていた。

上記の旧通達の各規定は、現行法人税基本通達(昭和44 年5月1日直審(法)25(例 規))制定の際に廃止となったが、その理由について次のように述べている。「法令に規定 されており、または法令の解釈上疑義がなく、もしくは条理上明らかであるため、特に通

2 山下勝治「所得会計の意義と課題」『所得会計論』(中央経済社、1964年)、5頁。

3 同上、6頁。

4 武田隆二『法人税法精説』(森山書店、2000年)、33頁。

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達として定める必要がないと認められたことによる」5ものである。したがって、法人税 法の課税所得計算の基底には、純資産増加の概念または財産法による利益計算の方式が存 在するものと解される。

以上のことからわかるように、法人税法が損益法と財産法の2つの柱から成り立つもの だということができる。つまり、法人税法上の課税所得計算は、「原則的には損益法を前 提としながら、その結果を財産法の側面から具体的に確証するという形で具体化されてい る」6と解される。この立場においは、「損益法と財産法を同一利益の原因(抽象的)把握 と結果(具体的)把握」7と観るのである。

これまで考察してきたように、わが国の法人所得課税は、明治 32(1899)年に創始さ れたものであり、当初は、法人所得課税制度の体系の未熟さゆえに法人の決算を支配して いた旧商法の影響下にあり、課税所得計算の原則等は、財産法による純資産の増加を利益 とする旧商法の規定に大きく依存していた。その後、法人所得課税は著しく近代化し、減 価償却の方法の整備等から理解されるように、損益法的思考を導入し、その後も損益法的 思考に立脚する関係法令の規定の整備が続けられてきた8

このような変遷を経た背景の 1つとして、財産法による所得計算の特徴が挙げられる。

財産法の下における所得は、期首と期末という2つの時点間における差額としての純資産 増加分として算定される。しかし、その場合、それぞれ2つの計算時点に残留する具体的 な資産は、たまたま当該時点に現存する資産であるということである。このようにして算 定される当該時点における純資産額には、偶然の要素が内在されていると考えられる9。 したがって、上記のようにして「算定される純資産増加額―所得もまた、偶然の要因に よって影響されるといわなければならない。そうしたことは、特定期間の所得計算として は適正な姿ではない」10のである。このような所得計算方式が距離計算であるといわれる ように、それが一定期間における所得として計算されるものではあるが、そこには、「そ れぞれ当該期間に帰属すべき適正な当該期間の所得を、それぞれ期間毎について適正に限 定しようとする意図はみられない」11ことに鑑みると、この所得計算方式がもつ性格の特

5 昭和44 5 1 日直審(法)25(例規)「法人税基本通達の制定について」。

6 武田隆二「税法における所得計算原理―アメリカ税法における所得計算原理の変遷―」『所得会計論』

(中央経済社、1964年)、40頁。

7 同上、40頁。

8 市丸吉左ヱ門『法人税の理論と実務』(税務経理協会、1961年)、48-49頁。

忠佐市『租税法要綱 第10版』(森山書店、1986年)、202-203頁参照。

9 山下勝治、前掲注2、8頁。

「例えば、長期借入金に際して、契約時に、当該借入金に対応すべき長期利息の一括払を行なった 場合と、その利息の後払契約を行なった場合とでは、当該時点における純資産額は、現実にその支 払利息額だけ相違するはずである。…或いはまた、現実の修繕事故発生による修繕費支出が、その 事故発生時期に行なわれるかどうかの相違によって、また或いは、長期にわたって宣伝効果をもつ 巨額の市場開拓費支出が、決算日以前と以後に行なわれるかの時点の相違によって、それぞれ当該 時点における純資産額は相違することとなる。」(同上、8-9頁)。

10 同上、9頁。

11 同上、9頁。