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現代の工作教育に

ドキュメント内 創造性を育てる工作の指導に関する研究 (ページ 104-131)

第4章 岡山秀吉を中心とした

第2節 現代の工作教育に

    生かすべき視点

    1 材料の技術

(1)折る

  当時の学習の中で折ることを基にした題材は,今回行った  等分折りからの紙帯づくりの他に,各種折り紙・折り重ねに  よる基本形・紙袋・箱・箱の発展による製作等多数を占める.

 これは折ることの重要性を物語るものであるが,実生活の上  においても儀礼的・日常的作法として,或はさらに発展して  着物を畳むという行為等において,美しく折るという技術に  対する要求は現代とは比較にならぬ程高かったものと想像さ

 れる。

  この折るという学習の当時の価値としては, 「眼・手を精  確に練ることによって精密なる習慣を与へ,且つ作法の一部  を知らしむることにある」C45 という点が挙げられている.

 これによって,単に美しく折るという技術のみならず,その  折るという行為を通して日常生活全般における物事を正確に  成し遂げるという態度までも要求されていたことが分かる.

 正確な態度とは,即ち物事を確実に正しく成し遂げようとす  る継続的な意識の作用であり,この能力の適正な運用が今日  の我が国の産業を発展させる推進力の一つとなったことは否  定出来ない.特に精密機械製作において世界に我が国の名を  成さしめたのは,この能力に負う所大であると考えるもので

 ある.

 さて現代の教育では,この能力の必要感に基づいて子ども を指導すべく教材が用意され,教師の留意の下に指導が行わ れているだろうか.その結果として,現代の子どもに正確な 習慣は身に付いているのだろうか.こう問いかけてみると,

決して十分な能力は育てられていないばかりか,むしろ退化 の傾向を辿っているのではないかと疑問を抱かざるを得ない.

実際今回の授業でも,教師の指示を正しく把握し,それを常 に自己に意識付けながら最後まで努力し続けようとしていた 子どもを,多くは認めることが出来なかった.そのことは結 局,子どもをして曖昧な自由さの中に浸らせ,作業に向かう 際の緊張感や意欲さえも失わせ,甘えという意識の下に学習 から落ち着きを奪う結果となっているのではないか.整然と 準備された教材のもとで,明確なねらいを持った指導がなさ れてこそ,子どもは生を営む確実な力を身に付けることがで きるだろう。その意味において,岡山の言う「手と眼の練磨 による一一般的陶冶」の目指す所の実際的理解が出来るのであ

る.

(2)切る

  子どもがはさみを使用する際,紙を折ってつけた線上を切  ることは紙に書かれた線を準らえて切ることよりも抵抗が大  きい.実際今回の授業で同じ分量を切るのに要した時間を比  朝してみると,折り線を切る方が約3倍の時間を必要とした.

 また姿勢についても,書かれた線上を切る子どもは背筋を伸  ばして楽な姿勢で切り進めていたのに対して,折り線を切る       102

子どもは背申を丸め目を紙に近付けて個々に様々な姿勢で切 り進めていくという顕著な違いが見られた.これらの事実に によって,折った線上を切ることの困難さが裏付けられよう.

もちろんこれらは同じ!年生とはいえ異なる学級の子どもで あり,本時以前の指導や学級を構成する集団の性格の違い等 も影響していると考えられるが,ここでは一応ほぼ同程度の 子ども集団であると仮定した上で考察を進めていくことにす

る.

 この抵抗の大きさの理由として,次の3点、が考えられる.

a.折ることによって平面性を失った紙を切ること.

   波打った紙を切ることの困難さは思いの他であり,い   くら伸ばしたとしても平面にはかなわない.

b 折った紙を保持すること.

   折ることによって腰の強さを失った紙をしっかりと持   ち,折り線をはさみに正対させることは,手の小さな子   どもにとっては並大抵の努力ではない.

c 手掛かりとなるべき線が細いこと.

   折り目を伸ばした後につく折り線は,正に面と面との   境界を示すためにのみ存在するものであり,はさみの刃   先を包含するだけの余裕を持たない.したがって僅かな   くるいも許さない厳しい線となる.

 さて,このように困難な作業を1年生という低年齢の子ど もに課すことは,意欲の減退を招き,決して望ましいもので

はない.それを敢えて課した大正から昭和という時代の手工 教育の目的はと推察してみると,困難さを乗り越える努力の

:尊さにあったのではないかと考えられる.その困難を克服す る過程において培われる集中力や忍耐力は, 「感官を練るこ と」や「技術を進むること」の支えとなるばかりでなく,や がて就くであろう職業を営む上での絶対必要条件であったに 違いない.また,最も抵抗の多い1年生において課されてい

る点は,岡山の教材配列の主眼点として「易から難へ」と共 に挙げられている「繰り返し与える」という観点に合致する ものである.必ずや必要とされる能力及び態度は,出来得る 可能性のある限り早くから繰り返し与えることで身に付けさ せていこうという配慮が感じられる.

 抵抗を出来るだけ排除することによって,子どもの自由な 発想を引き出していこうとすることに重点が置かれている現 代の教育では,ともすれば僅かの抵抗で意欲を失いがちな子 どもを生み出す結果をも招いている.子どもの能力をある面 では現代よりも高次に捕らえた上で,高い要求を与えること によって未熟な技術に気付かせ,それを克服する意欲を自ら 櫻ませていこうとした当時の厳しい姿勢は,子どもの可能性 を引き出す指導を試みようとする現代の教育において一つの 方向を示してくれるものである.

(3)裁つ

  3年生で実施した「象」という題材は,複雑な線の少ない  形の切り抜きであり,はさみを使った方が子どもには抵抗が       104

少なく,美しい仕上げも期待出来る.それでも敢えて小刀の 使用を主目的として題材が組まれたということは,小刀の扱 いは日常生活を営んでいく上で当然必要な技術であり,学校 においても確実に身に付けさせておくべきものとして捕らえ られていたということが想像できる.岡山の教案である本題 材中にも, 「最初児童は鋏にて切るを却って容易とすれども,

練習の必要上小刀を用ひしむ」(4S と但し書きが添えられ,

さらに小刀使用の際の留意点として, 「裁方は日用生活上必 要の技術であるから,幾百遍となく反復して練習せしむべく

…… v(47 )と記されていることで,その重要性が伺えるもの

である.

 このように,日常生活からの要求延いては社会からの要求 を受け入れ,教育を生活と融合させていこうと努力した姿勢 は,学校教育は校門を出ずと言われる現代においても評価で きる.このような視点も加え,現代の子どもに与えるべき技 術の系統とその指導について,今一度考え直してみる必要が

あるのではないだろうか.

    2 工具の技術

(1)工具を扱う心構え

  当時の紙細工時に一般的に使用されていたはさみは和ばさ  み(握鋏)が大多数であったようで,決して子どもに最適の  ものではなかった.その点は当時の指導者たちも十分承知し  ていたようで,いずれの指導案や教授上の注意点にも, 「握

鋏よりは成るべく図の如き唐鋏(三寸五分)を選べ」という 旨の記述が付けられていることで分かる.さて,このような 留意のもとで準備された児童用はさみも決して個人のものと

しては与えられず,教師の保管の下で必要時にのみ子どもに 貸し与えられていた当時の実態を見ると,はさみは現代とは 比較にならない程の貴重品としてその取り扱いに注意が払わ れていたことが分かる.従って,それを使用する子どもにも 使用の方法を厳密に授け,はさみの持つ性質を最大限に発揮 出来るよう使用させると共に,その手入れや道具全般に対す る心構えまでも身に付けさせるねらいがあったことが伺える のである.実際,手工教育において最初に接す道具であり,

しかも簡便で使用頻度の高いはさみによってこのような意識 を子どもに持たせていくことは,後のより高度な工具へと移 行する際の大きな力となり,もの全般に対する心構えまでも 育てられよう.

 このような道具やものを大切に扱っていこうとする心は,

残念ながら現代の子どもには育っていないと言わざるを得な い.今回の授業においても,糊の付着したはさみの刃をぬぐ って片付けようとした子どもは教師の指示があったにも拘ら ず極少数であり,使用した残りの紙に至っては全て紙屑とし ての意識しか持ち得ていないように感じられた.また,無駄 なく端から紙を使っていこうとする態度も見られなかった.

更に一般的に落とし物が大変多く,落としたことさえ気付か ない或は自分の持ち物かどうかの判断が出来ないといった子 どもは,日常茶飯事に見られる現状である.

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