第2章 岡山秀吉を 中・d一と した 手コ[二教育
第3節 そ一の他の
手工教育傾向
大正末期から昭和初期という時代に行われた手工教育に価値 を認め,その実態に迫るため岡山秀吉の手工教育主張をもとに これまで論じてきた.当時の手工教育界は岡山を頂点として抱 き,彼の論を核として広く手工教育が展開されていったであろ うことは,本章第1節によって明らかである.従って,岡山の 主張をして当時の手工教育のほぼ全体とする見方に間違いはな いであろう.
しかしながら,当時の多彩で活発な教育思潮のもとに,手工 教育界においても様々な動きを見ることが出来る.それらは,
岡山の主張だけでは捕らえきれないものでもあり,ここにその 主なものを紹介することで,更にこの時代における手工教育に 対する理解を深めたい.
1 新手工教育主張
(1)芸術手工
手工科の目的の一つとして創作力の養成が挙げられている が,ここでの主張は岡山等の主張するそれとは異なり,創作 を芸術と結び付けようとするもので,芸術手工と呼ばれた。
創作手工や自由手工或いは観賞手工も,この一部を構成する ものである.
この芸術手工の主張は, 「從來の手工は鯨りに理知的・論
理的・工業的・科學的整理にのみ急であって,藝術味に乏し く味もなければ潤もない誠に無味乾燥なものである.これに 弓術的要素を多分に與へ,自由創作を重んじ青翠の二大方面
たる製作と観賞とに力を注ぐべきである」(38 というもので,
従来の芸術味に乏しく美的要素に欠ける傾向の強い作品ばか りが目立った手工教育に対して,反動的に興つた主張である と言えよう.
その実際は,図画と左程変わらない染色・彫塑・木彫等の 平面的装飾的作業が重視され,手工科中の一部面のみが強調 されたものであった.そのため, 「材料及び用具並に製作上 の系統を無視し,全く教授細目を設けず,教師の思附又は見 童の好きなものを作らしめ,法定の材料及び用具に關する知 識技能並に工業の趣味を長ずることには無關心である」(39
という批判も少なくなかった.
この芸術手工は新教育思潮の特色でもある児童中心主義に その根拠を置き,山本鼎の提唱した図画の自由画教育運動に も匹敵するものにしようと,相当な熱意を持って取り組んだ もののようである.従って,製作品の選定や計画・考案・構 想に至るまで大いに見るべきものはあるが,美的要素と実用 的要素との兼備を欠く等具体性を持つに至らなかったため,
それ程の反響は起こさなかったようである.
(2)理科的手工
理科的手工は,第一一次世界大戦によって露呈された我が国 の欧米諸国に対する科学力の遅れに伴う科学教育振興の風潮 60
の下において生まれた.科学教育の振興は理科教育の改善が 主体であったが,手工科においても,内容を理科的なものに することによってその価値を一般社会に認めさせ,手工科の 地位を向上させようというねらいが持たれていた.
その主張は「理科は内容を知識として会得せしめ,手工は 内容を技術として体得せしめるにある.したがって両者の合 体によってはじめて教育目的が達成される」(4B という山田 義郎の論によって伺い知ることができるが,実際には教材と して科学的なものを選ぼうとするものでしかなかったようで
ある.
2 流行的教材
(1)きびがら細工の振興
きびがら細工は大正初期より一部の農村地域において試み られてはいたけれども,広く日本全国で行われるようになつ たのは,満州産の高梁の稗を教材用として一定の長さに切り 揃え,皮付きのものと皮を剥いで着色されたものとを束にし て売り出されたことによって,どこでも容易に手に入れるこ とが出来るようになった大正14年(1925)頃からのことであ る 4D.この細工は,従来あった豆細工に代えて,低学年の 児童に立体的な構成をさせ創作力を練るに適当なものとして
現れた.
きびがらは切断が容易で,用具も紙細工用のはさみで済み,
しかも素朴で種々の形が出来る点が児童に喜ばれ広く採用さ
れた.しかし,加工法が簡素であるため精巧な細工には適さ ないこと,作品が壊れ易いこと,教室が汚れる上に皮で手を 切ることがある等の批評も見ることが出来る.
(2)テープ細工の出現
大正15年(1926)4・5月頃から,色紙のテープを使って 図画とも切り抜きともつかぬ表現をすることが手工教材の一 部分として取り入れられるようになった.これは,その製作 に適した紙テープが大正15年3月頃発売されたことに起因 する. この紙テープは,「幅ご分・三分・四分等適宜のも のを板紙の環に巻きつけたものであって,其の俳風は通常一 笹飴りある.紙質は強靱な日本紙であるといふことであるけ れども,一見ハトロンペーパーの如く見える.これに縦に強 いものと横に強いものとがある.それぞれ用途を異にする。
色は赤・青・黄・榿・緑・紫等の正色及び明暗・濃淡等各種 ある.其の裏面には絆創膏と同様の粘着料を附けて,直に貼 附することが出來るやうにしてある.通tw 一揃の色をパラフ ィン紙に包んで畿期して居る」 42 というもので,これを児 童に爪で破って絵を描くように貼り付けさせて,景色・建物 ・花・人物・動物等の自由表現をさせることをもってテープ 細工とした.このテープ細工は,一見点描派の油絵のような 美しい雅趣があるとして,将来クレヨン画に代わるべきだと いう動きもあり,図画の教材としても用いられた.
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(3)粘土細工の過重
元来この粘土細工は「加工表現が頗る容易であって所謂表 現の本能を満足せしめ,立燈的美感を養ひ創作力を練るに極 めて適切なものである」(43)として,手工科創設以来重要な 位置を占めてきた.しかしながら,実施上の手間の割に価値 が乏しいという理由で大きな発展は見ないでいた.
大正12年(1923)頃,彫塑家の一団体であった暖原社の同 人によって彫塑熱が高められ,粘土細工復興の気運が起こつ てきた.それによって粘土細工は相当重く見られる傾向が一 部にあり,特に「教育即生活」を唱える教育者間では,粘土 細工がこの上なき教材であると考えられていた。
これらの動きに沿って,新しい粘土材料も現れてきた.
a.萬年土
硫黄華・酸化亜鉛・蝋等をオリーブで油で練製したも の.長期間放置しても変化が少ない.
b。教育油粘土
粘土にパラフィンを加え,亜麻仁油で練製したもの。
萬年土と同様に水がいらない.
c.色粘土
胡粉に数種の着色料を加えて色付けし,それに油を入 れて練製したもの.
これらの加工粘土は,扱い易さや色による子どもの興味付 けを目的として現れたものであるが,粗悪品が多く,手が汚
れ匂いがっくという欠点のため,一一部からは排斥されていた.
また,作ってはこわし作ってばこわしという製作の過程が教 育的でないとして嫌う向きもあった.
(4)女児的手工の発達 a.手芸
手芸は従来模倣や技巧に走って,いかに精巧に加工表 現すべきかばかりに没頭し,創作工夫の力を養うという 面は疎かにされていた.そのため,西洋刺繍・毛糸編み 物・袋物の製作が主流を占めていたが,ここにきて造花 や押絵・摘細工・縫細工(小物細工)等が見直され,芸 術味の豊かな創作的家事手工が重視されるに至った.
b.簡易竹木金工
女児の手工として簡易竹木金工が重視されるようにな つた.これは「燈用的の知識技能を授け,眼と手と脳の 共練作用を陶冶する」という主張に基づくと共に, r今 後の婦人は,餓り男子にたよらず少くとも家政上の無理 は偉力でなし得る位の素養を持たねばならぬ」という考 えの下に,手芸だけでなく竹・木・金属並びに刃物に関 する知識及び技能を授けることによって,有為の婦人を 養成しようとしたものである. (44 )