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活 動はまだまだある。 「 【町を歩こう会】 を月1回、

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もう10数年やってきて、130回になる。私は7割ぐ らいついて歩いてきた。」思わず「ご苦労様でした

…。」と言葉が出た。「設立当初100数十人で、今は 60数名。そこへ参加する人は、半分ぐらいはこの 町を知りたいからという人。」130回という数字に 感動するとともに、「130回のコースを考えてきた のは誰ですか?」と尋ねた。「当初3人ぐらいで考 えていた。私が考えていたのではだめだと思う。

これをやったことで、自分自身もとても勉強にな った。地名の由来や村のことなど、目で見ること は重要。現場に行くことが大事。」

を得たり!「実証主義ですね、考古学ですね!」

私のルーツも考古学である、相通じるものを感じ た。「机の上では私は結論をよう出さん。若いう ちはいいんだよね、調査研究だけで。でも、年を 経てくると世間が恋しくなるんだよね。」私はまだ 恋しくない、若いということかな。

知県博物館協会の話を最後に聞いてみた。最 近、総会や研集で姿をあまり見ないので。すると、

「行けないんだよね」と返ってきた。確かにこれだ けの活動をし、休館日である月曜日に畑に行けば、

愛知県博物館協会の研修に参加する暇はなかろう

…。「資料館活動に加え、文化財保護。何もかも こなす、でも考え方の根幹は考古学ですか?」と 尋ねると、なるほど、答えは考古学の基礎だった。

「そう、体力だよ。苦労を苦とは思わない、ひど い目に遭うのがわかっていてつっぱっていくんだ から。そういうバカもいてもいい。受身で仕事を していておもしろいのかなって。与えられた分を 超えることができないって豊かでないよね。科学 や美術、それぞれ方法も異なるし、考え方も違う。

我々考古学は地に足つかないとね。そういう意味 では、自然科学の人には親近感がある。鳳来寺の 加藤さん(加藤貞亨さん)と自然史の長谷川さん

一宮市博物館学芸員

久 保 禎 子

(民具学・考古学)

武豊町歴史民俗資料館職員

奥 川 弘 成

(考古学)

体験学習農園にて

状に合わせて必要な数の学芸員が配置されれ ば良いということになりました。そしてこの ような時代の流れの中で、他の館においても 学芸員が増員されたという話はあまり聞いた ことがないので、実態としては学芸員が減っ ていってしまったのではないでしょうか。実 際に田原市博物館が登録博物館となったの は、開館後の平成 8 年 3 月で学芸員 3 名とい う体制でした。ただ当時は、文化財保護業務 も博物館で担当していましたので、現在の学 芸員2名体制と比べてもかなり複雑で忙しか ったという状態でした。まあ、どこの館もそ うだとは思うのですが、理想としては学芸員 の数は多いに越したことはないでしょう(笑)

いずれにしても自分としてはもう少し勉強す る時間がほしいというのが本音です。そうし た時間の確保という面からしても学芸員の数 が多ければ助かるといった感じです。休みも 取りたいですし…

Q:そんな中で様々な企画展・平常展を間断 なく開催されていますが、その苦労は。

A:まず年間に企画展を 3  本、これは市にな って増やしました。以前は 2 本。それ以外は 平常展(展示室の展示替を伴う)を開催してい ます。クリエイティブな仕事をするには時間 が必要です。県内外を問わず、学芸員の諸先 輩方を見て、自分よりも忙しい人がいれば、

その人以上にがんばらねばと現在でも痛切に 感じています。また、自分が田原市博物館の 学芸員として存在し、ある程度のお金も使わ せてもらっているという状況下において、こ のことは責務だとも考えています。やれない というのは簡単だが、これだけの環境を整え てもらっている以上やらないというのは申し 訳ない。「継続は力なり」ですよ。これが予算 もつかないという状況ならば別ですけどね…

Q:県内で最初の市町村合併により田原市の 博物館となりましたが、何か変わりまし たか。

A:そうですね。企画展・特別展の数を増や したことでしょうか。他館における展覧会の 本数が財政的に厳しいという理由で徐々に減 らされていくという状況の中で、増やせたと いうことはありがたいことで、今後もこの状 況を継続していきたいですね。

Q:では、今後予定されている渥美町との合 田原市博物館は、平成5年4月に町立の博物館

として開館、平成15年8月の合併に伴い市立 となり、平成15年で開館10周年を迎えた比較 的近年にオープンされた博物館である。また、

来る平成17年10月に予定されている渥美町と の合併により渥美半島の歴史・文化の中核を 担う館となることが予想される。そんな博物 館の学芸員鈴木利昌氏にお話を聞いた。

Q:博物館が開館して10年が経過しました が、開館から現在までに変わったところ はありますか。

A:開館当初はとにかく登録博物館をめざし ました。登録博物館(平成 8 年)となり、展示 室の増築(平成 9 〜10年度)が行われ、平成11 年度から現在の展示室となりました。また、

平成15年 8 月の赤羽根町との合併により市の 博物館となったこと、今後は平成17年10月に 予定されている渥美町との合併でも大きく変 わるでしょうね。組織的には、文化財課とし て文化財保護業務と博物館業務とを兼務して いた係から単独で博物館業務のみを行う係と なったこと。このことはかなり大きいですね。

県内の加盟館でもこの二つの業務を兼務して いる館が多いと思いますが、文化財保護業務 が分かれたことにより、ある程度理想とする 博物館業務ができるようになりました。それ だけ市町村における文化財保護業務の仕事量 が多かったということですよ。

Q:博物館の特徴を一言で教えてください。

A:大きく言えば、自治体の名前を冠した人 文系歴史博物館の中に属すると思いますが、

展示テーマに「渡辺崋山」という人物を取り 上げているという点が大きな特徴ですね。崋 山という素材は、美術・歴史という二つの観 点からいっても全国的に理解してもらえる人 物であり、田原の名前だけではなかなか館の 存在を理解していただけない中で、この人物 名を出せば、おおよその理解が得られるとい う点で特に恵まれていると感じています。

Q:登録博物館であるにもかかわらず、学芸 員が 2 名というのは、体制的に少ないよ うに感じますが、何か問題はありますか。

A:厳しい質問ですね。確かに少ないです…

以前は基準として市町村立の博物館には、学 芸員が 6 名(最低でも 3 名)というものがあり ましたが、現在は規制緩和の関係から館の実

田原市博物館内部 田原市博物館外観

く、各テーマごとの展示(肖像画・花鳥画・

山水画等)にしようとしています。そのテー マの中で開催した展覧会が自分なりに一巡し た時点でひょっとしたら何か見えてくるかも しれない。ただ限られた時間の中でそれがで きるかどうかだね。だんだん目が見えなくな ってきたし…色々な意味を含んだ部分で目が 見えなくなるということは、恐ろしいことだ よね。老眼も含めてね(笑)。しかし、いつか 目が見えなくなる時期が自分にもきっと来る と思う。「見えていたものが見えなくなる」

これは、油断や妥協の気持ちが自分の中に芽 生えたときにおこると思うので、今やれるこ とはしておいたほうが良いと昔以上に強く感 じています。また、自館の所蔵品であっても 開くときに今もってドキドキする作品(良い 作品)が何点かあるんだけど、そんな気持ち がなくなったら寂しいよね。

Q:最後に、愛知県博物館協会の思い出や今 後の愛博協に望むことがあればお聞かせ ください。

A:最近では、愛博協主催の研修会などにあ まり参加できず残念ですね。田原市博物館に とって、愛博協の加盟館と様々な情報交換・

交流ができたことは本当にありがたいことで した。ただ、最近予算の関係から愛博協主催 の活動(研修会等)に参加できないということ が実際に(他館等に)あるのであれば、愛博協 として会費の中から旅費の支給を補助するシ ステムをつくったらどうでしょう。すでに静 岡県の博物館協会などでは行われており、こ れにより加盟した館どうしの交流がさらに促 進され、愛博協に加盟した意味がより深まる のであれば一考の価値があるのではないでし ょうか。

取材を終えて、考えさせられたことがあっ た。自分自身渥美町郷土資料館に勤務して間 もなく13年が経過するが、それは取材の中で 鈴木さんが「自館の資料で未だにドキドキす る作品がある」とのお言葉である。最近の私 が果たしてそんな気持ちで自館の資料と向き 合ったことがあっただろうか。鈴木さんの言 われた「目が見えない」状態になりかけてい た…深く反省し、今後の活動にこの思いを活 かしていきたい。

併に伴う博物館の展開は。

A:人(人員配置)とお金(予算)がポイントで しょう。理想を言うのは簡単ですが現実は…

ただ、何も言わず待っているだけではだめな ので、言うことはお互いに言わないといけな いよね。

Q:他の施設と比べて、財政力が豊かな田原 市博物館が今できることは。

A:まずは収蔵資料(コレクション)の充実で すね。資料購入費が予算的に厳しい館が多い 中での現在の状況は、田原市博物館にとって 非常に有利で、今までは高くて手が出せなか った資料が、需要が少ないため、安く手に入 るようになっているんですよ。こうしたコレ クションの充実によって昨年と今年には企画 展「館蔵名品選」を開催し、『館蔵名品選図録』

(館蔵作品を収録したCD−ROMが付録とし て付けられた画期的なもの)第 1 集、第 2 集が 作成できたんです。また、できるだけ早い段 階で第 3 集を出したいですね。これは財政力 のあるうちでないとできない。これがどのよ うな資料の名品図録であっても構わないのでね。

Q:では、少し視点を変えて、田原市博物館 の学芸員として、今までに目指してきた ことと、今後の目標は。

A:う〜ん、あまりピンとこないね。自分自 身では常に先が見えないというか目標が見え ないんだよね。なぜなら色々な物事に対して ベターはあるけどベストはないと常に考えて いるからかな。現状に満足することなく、さ らにその上を目指すことは大事なことで、ま だまだやり足りないことが多くあるというこ とだよね。今後の目標は、一言で言えば皆が 喜んでもらえるものを残すこと。それから、

良い作品に巡り会うこと。とにかく良い作品 に巡り会い、その作品が館のコレクションに なれば最高だね。また、他館の良い作品をお 借りして、自分がその作品から得た感動を来 館者の方々に伝えられればそれもいいね。

Q:田原市博物館=渡辺崋山というイメージ が強く感じられますが、この点について館 の学芸員としてどのようにお考えですか。

A:確かに意識はしています。でも、自分自 身が渡辺崋山に対してまだまだわからない部 分が多いので、もっと勉強しないとね。最近 は、崋山の展覧会においても全体的にではな

渥美町郷土資料館学芸員

天 野 敏 規

(歴史学)

田原市博物館学芸員・係長

鈴 木 利 昌

(歴史学・美術)

鈴木利昌さん

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