日本の文化は幅広く海外で評価され 19 世紀以来、浮世 絵、根付、絵画、彫刻、工芸、建築、ファッションなど 日本文化の真髄を学び取られている。それは人間の知性 と感性が心の神経を揺り動かしている。これらをどの様 に日本の文化を更に位置付けするのか、模索の連続とし ている。
私達は常日頃、何事も疑問を持たず習慣や年中行事に 対応している。又自己欲求追求の根源は、文化に対し、
博物館や美術館の企画展・特別展常設展など鑑賞してい る。様々な人々の暮らしぶり含めてその意図や遠い他国 の影響が少なからずあったり、先祖から脈々と受け継が れてきた英知が潜んでいた部分を解明されたりしている。
学識の「知」は何人にとっても「負」にならない。鑑賞に 疑問を招くことは素晴らしい事につきる。
20世紀から21世紀へと時代は移り、博物館の収蔵品は、
横一列方式の従来方式から一変している。企画の種類か ら展示の構成、展示機器のハード面から、情報伝達の為 の作成法などのソフト面まであらゆる点で革新されてい る現在となっている。
日本でもコンピュータ時代の到来となり、仕事から家 庭教育、そして在宅教育まで進み、IT機器を到底無視で きない時代となっている。
①情報の貯蔵、検索などのファイル管理
②金融関係のクレジット、
小切手等銀行事務の家計管理
③予算管理の財務計画
④銀行との連動での支払事務の事務の一環
⑤デジタルコンピューター連動による情報収集(展示 案内含む)に伴う情報確保サービス体制
⑥自己発展、自己啓蒙のプログラム、学習等の自己開 発や趣味
⑦買物等の在宅ショッピング
⑧自己の体質や体力管理など健康管理
⑨画題スケッチ、作曲、編曲
⑩思考力の向上、教育など
⑪日常生活上のコントロールの為の操作や 防犯上の管理
未来形であった対応は現実となっている。今日の博物 館では①⑥⑩⑪はすでに組み入れられ対応されている。
20世紀後半に著しく発展した改革能力やもの造り能力の ような企業の組織能力は事前に合理的に察知し計算され た計画性があり累積的に形成されている。
「創発」は創発性の強いものとして改めて予測されたも のでなく創発的プロセスでもなく、又、意図されたもの でもなく、事後結果、創意工夫という変化に替わるもの となっている。コンピューター時代であるので人知を超 えたもので錯覚でもなく、大きなシステムの中の一つの 要素であるので、システム全体の挙動や構造を計画や制 最近の社会情勢は「改革」と「展望」と
いう論がキャッチフレーズとして世の 中を飛び交っている。人間の生活向上 の為、作られた学問、芸術、宗教、科 学という「文化」は、様々なる歴史の変 遷を経て今日の形態となっている。改 革論は賑やかに国務を中心に連日報じ
られている。文化施設の博物館も新世紀に入り、更に改 革の波に対応せざるを得なく、見直しの修正論が日夜検 討されている。
人類が耕した「知」は人間形成上、最も教育が重要なる 課題となっている。文化を育み、人情豊かに社会に貢献 するには、人材教育は不可欠といえる。教育は状況に応 じ弾力的に対応する方向が望まれている。その人間形成 上育成するのには自然と日本独特の文化が普遍的に確立 されている地域や、自然の美と人工の美が融合されて適 正に調和している地域などの豊かなる自然環境などが望 ましい条件としている。
育成された「知」が地域性の文化から始まり無限に拡大 している。従来の文化に対する固定概念を変える方向性 の組織文化を先ず内部から改革する方針が望ましく、ま た、定まった来館者の対応策を不枠の自由なる来館者の 方向性などを原点に戻り努力すれば一層効率的な面が浮 上してくる。博物館自体本質的に充実すれば、きっと来 館者は、日常的生活空間(居住空間)を文化施設(博物館)
に求めて心身を解き放し、「知」も加わり真実の自己志向 の形態に替わり、博物館に対し、継続性が発生し、地域 性の地域文化の向上に新たな掘り起こしが予測されてく る。
これらの地域では必ず各分野の博物館等の文化施設が 存在している。その地域性に焦点をおいたとき都市開発 の余波を直に受けている現状となっている。
例として次の通りとなっている。
国土開発→植林伐採→植物剥離→表土変化→保水機能 の変化→土砂流出→土砂災害→粉塵→展示品の変化=
露出展示の影響 野外博物館
国土開発→大気汚染負荷増→大気汚染→美術館・博物 館の変化=理想空間の維持変化及び危機感の発生 国土開発→切土・盛土→流状変化→自然景観(池)の変 化=博物館・美術館の景観の破壊
国土開発→風照の変化→害虫の繁殖=博物館・美術館 の収蔵庫の薫蒸の増加
国土開発→排水負荷増→廃棄物処理負担増→公共負担 増=博物館の入館料の変更
など美術館・博物館にとってその影響は複雑化し甚大 になっている。プラスでもありマイナスの両面を持って いるが、文化施設の本来の目的完遂の為、適正な改善改 良策に迫ばまれている。
御は基本的に不可になっている。個々の人間は、ローカ ルな関係を超越するグローバルな視点や意図を計画にも とづく「自己決定」を為し得る主体である。「創発」を理解 し、観察・分析・模造的な再発、創出する時点から、新 たな創発現象を計画、意図を人為的に進める時代突入と なっている。
博物館の展示では、現代は理性の重要性から少し離れて 感受性を強く押し出した感性の時となっており、さらに 鑑賞をも盛り込まれている。一般的に「美学の時代」で、
これら情報社会の中、いままでの理性的中心主義から美 意識中心主義となっている。
ニコライ・ハミルトン(20世紀初期)の著である「美学」
の邦訳書では充分丹念に確認すべき事態が重要であると 記している。ハミルトンの「美学」が多くの人々に愛読さ れず、読書するのには値が低いという事、もしかしたら 現代に不適応という価値観が生じてしまっているのか。
しかし、「分かりきった事」を丹念に確認した「美学」は今 後のいや現在進行形の現代、未来形に果たして変化する のであろうか。これからの博物館(美術館)の持つべき
「在り方」「未来の姿」「展望論」を論ずるとき、新しい物が 出て来たとき、何も新しい事が新鮮で世に訴える事が全 て正しいという保証はいくら周囲を捜しても無い。この 論点から言うと基本的コンセプトを持つ社会的美意識的 展示、観光、地域性など理念上からも主体をもって運営 を図るならば社会的適正な事項の消極的な 従 中心で あった事実が全ての展示を広域空間的な発想として取り 入れられ総合的にハミルトンの「哲学」や教養が常に先行 することが、これからの博物館の指針として21世紀の新 時代の要請に答えられるのではないのでしょうか。
筆者は、思わぬ縁で現在二つの博物館 の館長を勤めさせていただいています。
一つは住職をしている鳳来町の医王 寺の医王寺民俗資料館で、先代が40余 年にわたって収集した地元の民俗資料 を中心に展示しています。
もう一つは、鳳来町立の鳳来寺山自
然科学博物館で東三河、特に奥三河の地質、植物、動物、
菌類を展示しています。
前者が14年目、後者が 9 年目になりますが、はからず も民俗資料館の方は平成12年の庫裡新築にあわせて、自 然科学博物館は地震に対する耐震工事にあわせて平成14 年にリニューアルしました。
博物館の展示物の一時的な移動、その後の再展示は、
ずいぶんと体力を要する仕事であることが良くわかりま した。
民俗資料館の再展示は、地元の歴史、民俗に理解の深 いもと学校の先生(山田慶氏)にお願いをして、山田氏の 想いにあわせて個性を出して展示していただきました。
年代、分野ともかなりのばらつきのある内容ですので、
見学の方が自分の好みにあわせて頭の中で再編成して見 ていただければと願っています。
こちらは寺の付属施設ですので、地域の小中学校の総合 学習、口コミで伝わって訪ねてこられた熱心な方、古い農
具、織物の切れはしを集めた縞帳、戦争に関わるものなど の研究をされる方などに、そっと無料開放をしています。
それに対して、鳳来寺山自然科学博物館の方はぜひ大 勢の見学者に訪ねて来ていただきたく、耐震工事に伴う リニューアルを賀とし、かなり手を入れました。
しかし館の開かれた昭和38年当時に比べると、展示の みの時代から人々の求めるものは大きく変ってきたよう です。
加藤貞亨学芸員も10余年前より館の情報提供に意を注 ぎいくつかの効果を上げてきています。
一つが鳳来町全戸(約4,000戸)に年 6 回配布される「は くぶつかんだより」です。
最初は回覧だったのですが、親しみやすい文章とやわ らかな線のイラストが、もう博物館には足を運ばなくな ったような年配の方に大人気で、町に対しても博物館の 存在価値を高めたようです。
イラストだけでなく文章も手書きというのも、「はく ぶつかんだより」に対する親近感を増しているようです。
続いて昭和51年に発足し、細々と続いてきた「博物館 友の会」に手を入れました。
自然に理解が深く、熱心な方たちを役員に迎え、加藤 学芸員と役員が車の両輪となって楽しい友の会行事を増 やし会員の情報交換の場となる会報「瑠璃山」(ちなみに 鳳来寺山の最高峰の名)を発行しています。