これまでの内因性注意に関する研究では,人間の情報処理過程を,感覚処理,意味 処理,反応選択処理に大別し,これらの処理が系列的に行われていると仮定した理論 的枠組みを採用してきた.そして,その枠組みの中のどこで情報の取捨選択(注意に よる選択)が行われるかについて,長年に渡って論争が続けられてきた[46, 47].本節 では,長年に渡り論争を続けてきた2つの理論的立場(初期選択理論:early-selection
theory,後期選択理論:late-selection theory)について概観する.
1.4.1 初期選択モデル
選択的注意の機能に関する最初の実験的検証は,前述したように(1.2.1節参照),
Cherryによる両耳分離聴実験である [1].被験者は,片方の耳に提示される文章を無
視しながら,もう片方の耳から提示される文章を追唱した.その結果,無視した方の 耳に提示された音声の物理的な特徴の変化(例:音声の性別が変化する)には気づけ るものの,音声の意味的内容の変化(例:音声の言語が変化する)には気づけなかっ た.であることが示された.この結果からCherryは,人間は強力な情報の選択機能 を有すると結論づけている.
以上の知見をもとにBroadbent [48]は,最初の注意の情報処理モデルを提唱した.
モデルの概略図を図 1.10-Aに示す.このモデルでは,無視した方の耳(注意を向け ていない方の耳)では意味的内容に対する処理がなされないことを考慮して,意味処 理前の時点で注意による選択が行われる.そして,選択されなかった刺激の処理は行 われない.
Broadbent [48]の提唱した注意のモデルは,情報処理過程の比較的早期の段階で選
択が生じると仮定されていることから,初期選択モデルと呼ばれる.
1.4.2 後期選択モデル
1.2.1節で概観したように,カクテルパーティ効果には2種類の定義がある.Moray
[7]やWood & Cowan [8]は,複数の会話が飛び交うような環境下において,自分の 名前や聴きなじみのある単語が聴こえたとき,全く意識していなくてもその単語が聞 き取れてしまう現象もカクテルパーティ効果の1つであると提唱した.これは,無視 された耳で意味的処理が行われないとした初期選択モデルと矛盾する.
以上の知見をもとに,Deutsch & Deutsch [49]は,Broadbentのモデルに変更を加 えた注意モデルを提唱した.モデルの概略図を図1.10-Bに示す.このモデルでは,以 上の特性を考慮し,注意を向けた耳か無視した方の耳かを問わず,すべての情報に一 度意味的処理がなされ,反応選択の段階で注意による選択が行われる.
Deutsch & Deutsch [49]の提唱した注意のモデルは,情報処理過程の比較的後期の 段階で選択が生じると仮定されていることから,後期選択モデルと呼ばれる.
1.4.3 減衰モデル
Treisman [50]は,前述したMoray [7]の研究で得られた結果を初期選択モデルで解 釈するために,Broadbentのモデルに変更を加えた減衰モデルを提唱した.モデルの 概略図を図 1.10-Cに示す.このモデルでは,無視した耳に提示された情報に対する 処理が行われないわけではなく,減衰すると表現した.Moray [7]の実験結果に照ら し合わせると,たとえ減衰されていても,名前や聴きなじみのある音声に対するしき い値が他の刺激に対するものよりも相対的に低いため,このような現象が生じている ことが考えられる.このモデルによって,Moray [7]やWood & Cowan [8]の実験結 果が初期選択モデルの枠組みで説明できることを示した.
図1.10:注意モデルの概念図.A.初期選択モデル,B.後期選択モデル,C.減衰モデル