第 4 章 聴覚の内因性注意の時間特性に関する検討 72
4.4 全体考察
図 4.9: Kashiwase et al. [89]の実験結果(Kashiwase et al. [89]より一部改変し引用).
図 4.10: Mondor & Zatorre [93]の実験結果(Mondor & Zatorre [93]より引用).
わらず,ISIが600 msまでは反応時間が大きく減少し,その後なだらかに反応時間が
減少することが確認された.これは,聴覚の空間的注意の移動に時間を要しないこと を示唆している.
一方で今回の結果は,正面(0◦)に比べてそれ以外の角度での了解度が低いことを 示し(実験4.1),視覚手がかり条件での結果と聴覚手がかり条件の結果の差が正面
(0◦)から離れるごとに広くなることを示した(実験4.1).これは,空間的注意の移 動に時間を要することを示唆しているかもしれない.これまでの空間的注意の研究 で,注意の効果が表出できる条件が明らかになっていなかったことと関連し,その時 間特性についても「時間を要する条件」と「要しない条件」が存在するかもしれない.
この点については,今後さらなる検討を行っていく必要があるだろう.
また,ISIが600 msの条件までは急激に反応時間が低下していることから,
Kashi-wase et al. [89]の結果と一致して,注意の定位には500〜600 msほど時間を要するこ とを示唆している.加えて,過去の視覚の空間的注意の時間特性に関する研究と一致
して [90, 91],注意効果が注意定位後数秒にわたって持続することを示唆している.
4.4.2 予想される注意の時間特性
今回の結果から,内因性空間的注意の時間特性について検討する.前述したよう に,今回の実験デザインでは,まず手がかり刺激が提示され,聴取者はその音が提示 された方向に対して空間的注意が向く.その結果,その後その方向から到来する標的 音に対する処理が促進されるということが考えられる.ここでは,この一連の流れに 今回の結果を当てはめ,それぞれの情報処理にどれほどの時間を要しているのかにつ いて考察する.
まず,実験4.1の結果によって,空間的注意の効果が十分に得られるようになるま
で500 msほど要することが明らかになった.これは,注意を向けるまでの時間と考
えられることから,「音脈の分離+定位」+注意の定位が約500 msであることが考え られる.
音像の分離および定位は,蝸牛神経核から第一次聴覚野までの聴覚系中枢で行われ ていることが明らかになった.聴覚系中枢は,聴覚系での情報処理の中でも特に初期 の領域である.過去の研究によって,ERPの潜時から処理領域が推測できることが 知られている(総説として [94, 95]).刺激提示後10 msに現れるERPの反応は,脳 幹での情報処理を反映していることが知られている.刺激提示後10 msから50 msの 間に現れる反応は,下丘を含む中脳やA1の情報処理を反映していることが知られて いる.そして刺激提示後50 ms以降の処理は,A1以降の情報処理を反映しているこ とが知られている.また,聴覚情景分析による音像の分離をERPによって検討した 研究では,その反応が刺激提示後140 msから240 msに現れることが報告されてい る [96].以上のことをまとめると,刺激提示後250 msまでには音像の分離や定位が 始まることが考えられる.注意の定位が始まるのはそれ以降であることが考えられ ることから,注意を特定の刺激へ向けた際,刺激提示後200 msや300 msに特有の ERP反応が現れることが知られている [97, 98].この結果からも,刺激提示後300 ms 周辺で注意に関する情報処理が始まっていることを示している.
図4.7では,視覚手がかり条件と聴覚手がかり条件の差分をとることで,手がかり に対する音像定位にかかる時間を排除した.その結果,ISIが500 msまで差が単調に 増加することを示したことから,0〜500 msの間に音像定位の効果が現れていること が考えられる.ここまでの結果から,音像定位は300 msまでに起こることが考えら れる.
4.4.3 手がかり刺激のモダリティの違いが時間特性に及ぼす影響
実験2の結果は,手がかり刺激が異なる以外は実験条件が全く一緒であるにも関わ らず,ISI条件が200 ms以降の結果は大きく異なる.この結果は,手がかり刺激のモ ダリティの違い(視覚 vs. 聴覚)が結果に影響していることが考えられる.
過去の研究では,手がかり刺激のモダリティの違いが知覚に及ぼす影響が検討され ている(crossmodal-cuing paradigm [99–101]).Spence & Driver [99]は,視覚的な 手がかりが特定の方向から提示されると,その方向から提示された視覚刺激のみなら ず,聴覚刺激に対しても反応が促進されることを報告している.また,手がかりと標 的刺激が同一モダリティ内の場合,複数モダリティに渡る場合に比べて反応が促進さ れることを示している.
本研究の結果は,聴覚手がかりを用いた実験での音声了解度は視覚のものに比べて 低く,Spence & Driver [99]の結果と矛盾する.この点に関しては,今後検討を行う 必要があるだろう.