第 3 章 巨大分子イオンの生成テスト 43
4.4 水和メチレンブルーの構造計算
4.4 水和メチレンブルーの構造計算 71
6.4 / 8.0 / 9.3
4.4 / 5.8 / 7.7
2.9 / 4.8 / 7.5 6.2 / 7.3 / 8.8
5.7 / 7.5 / 9.6
6.0 / 7.3 / 8.8 6.4 / 8.2 / 8.2
4.7 / 6.0 / 8.2
4.1 / 5.5 / 6.6
1a 1b
1c 1d
1e 1f
1g 1h
1i
図 4.11 MB+(H2O) の 安 定 構 造 .全 結 合 エ ネ ル ギ ー (kcal/mol) を ∆ECZ(n),
∆EC(n), ∆E(n)の順に記す
10.4 / 14.8 / 20.8 11.0 / 14.9 / 19.3
11.6 / 15.2 / 20.7 14.2 / 17.7 / 20.2
11.0 / 15.4 / 20.7 12.4 / 16.2 / 20.3 13.4 / 16.9 / 19.6
13.5 / 17.1 / 19.7 13.4 / 16.9 / 20.6 13.6 / 17.2 / 20.7
2a 2b
2c 2d
2e 2f
2g 2h
2i 2j
図 4.12 MB+(H2O)2 の安定構造.全結 合 エ ネ ル ギ ー (kcal/mol) を ∆ECZ(n),
∆EC(n), ∆E(n)の順に記す
面上に置いた 2つの水素はほとんどの構造の場合収束せず,平面に垂直となる方が安定 となった.結果,25 通りのMB+(H2O) の初期構造は図4.11 に示した9通りに収束し た.それぞれの構造の下に,全結合エネルギーを示す.∆ECZ(n)(∆EC(n))の範囲は 2.9(4.1)から6.4(8.2) kcal/molとなった.
過去に,Quint˜aoらによって,B3LYP/6-31G(d)で計算を行った+(H2O)の3通りの 安定構造が報告されている [30].そのうちの2通り( [30]の同位体IとIII)は図4.11の 1iと1eに一致する.一方で,残りの1つの構造(同位体II)は私たちの計算では虚数振 動数を持ち,imaginary normal modeに基づいた構造最適化を行った結果,図4.11の1e に収束した.
4.4.3 MB
+(H
2O)
2MB+(H2O) で最適化された9通りの安定構造を組み合わせ,MB+(H2O)2 の計算を 行った.初期構造は全部で100通り考えられ,ほとんどが初期構造と近い位置に収束し た.傾向として,水分子はMB+に対してバラバラに付加するのではなく,水素結合によ り水分子が二量体となって付加する方がより安定となった.二量体がMB+に対して付加 する位置については特異性がみられず,∆ECZ(n)(∆EC(n))の範囲は10.4(14.8)から 14.2(17.7) kcal/mol となった.MB+(H2O)2 の安定構造のうち,最も安定な 10通りを 図4.12に示す.水分子が二量体で付加した構造のうち,ばらばらに付加したものよりも 不安定となるものは除いた.
4.4.4 MB
+(H
2O)
3, MB
+(H
2O)
4, MB
+(H
2O)
5n ≥3 では,極小となるポテンシャルの数が非常に多くなる.そのため,n=2の場合 の水クラスターの傾向に基づき,n=2の計算で最も安定な構造(図4.12の2a, 2b)に3 つ目の水分子を付加させることにし,計算の焦点を絞った.また,n=3-5では,(H2O)n はリング構造をとることが知られている [31].そこで,n=1 の安定構造の水分子の位 置を参考にし,MB+ に(H2O)3 クラスターが付加した構造の計算も行った.図4.13の 3a-3fにMB+(H2O)3の安定構造を示す.∆ECZ(n)(∆EC(n))の範囲は17.6(22.3)から 22.7(29.7) kcal/molとなった(H2O)3 クラスターがMB+ に付加した構造がばらばらに 付加した場合よりも安定となり,(H2O)3 クラスターの付加する位置によってエネルギー に大きな差はみられなかった.
n=3の方法と同様にして,n=4, 5 の構造計算の結果を図 4.13 に示す.n=4 の安定 構造には,n=1-3の最安定構造を参考にした初期構造が含まれている.(H2O)4 クラス ターをMB+ の周りの様々な位置に付加させ,計算を行った.さらに,過去に報告され た MB+(H2O)5 の安定構造から水分子を1 つ取り除いた構造の計算も行った [32].結 果,(H2O)4 クラスターがMB+ の様々な位置に付加した構造が安定となり,∆ECZ(n)
(∆EC(n))の範囲は15.4(19.8)から34.6(43.7) kcal/molとなった.比較のため,(H2O)4
を,(H2O)3(リング)+(H2O),(H2O)4(リング)+(H2O)のように分けて配置し計算を 行ったが,(H2O)2の場合と同様に,水素結合が最も多くなる構造,すなわち水分子がリン グ構造をしているものが最も安定となった.n-4の結果に基づいて(H2O)5 クラスターが MB+に付加した構造の計算を行った.n=5の安定構造を見つけるため,MB+(H2O)4の 最安定構造に水分子を付加させた構造の計算を行った.安定構造の∆ECZ(n)(∆EC(n)) の範囲は38.9(50.0)から44.2(56.0) kcal/molとなった.MB+(H2O)5の構造の同位体が
4.4 水和メチレンブルーの構造計算 73 MB+(H2O)4(H2O)1 の構造よりもより安定となることが分かった.
4.4.5 MB
+(H
2O)
4, MB
+(H
2O)
5からの水分子蒸発過程に関するエネル ギーダイアグラム
この特徴的な質量スペクトルを説明するため,水和イオンの生成メカニズムを考える 必要がある.イオン源の温度を上昇させることにより付加水分子数が減少することから,
MB+(H2O)nは,より大きな水和イオンから,ヒートキャピラリ−を通過する際に水分子 が蒸発することにより生成していると考えることができる.1つの水分子が解離する際の 解離エネルギーを式(4.2),また,水分子のクラスターがまとまって解離する際の解離エ ネルギーを式(4.3)のように表す.
−∆Es(n) =ECZ[MB+(H2O)n]−ECZ[MB+(H2O)n−1]−ECZ[H2O] (4.2)
−∆Ef(n) =ECZ[MB+(H2O)n]−ECZ[MB+]−ECZ[(H2O)n] (4.3) MB+(H2O)n(n=4, 5)に対して解離エネルギーを計算した.水分子の蒸発の過程とし て,n=4は(4a) → (3a),n=5は(5a) → (4a)に対して解離エネルギーを見積もった.
これらは,エネルギー的に最も起こりやすい過程であると考えられる.同時に,水分子の 蒸発後,残った水分子は同じ位置にとどまるため,これらは理にかなった過程である.
図4.14にMB+(H2O)4,MB+(H2O)5 からの水分子蒸発過程に関するエネルギーダイ アグラムを示す.∆Ef(5)は∆Es(5)よりも2.6 kcal/mol大きくなった.n=5では,1 つの水分子が解離する方がエネルギー的に起こりやすく,これは,MB+(H2O)5の解離に よって水分子が1つ解離したMB+(H2O)4を形成することを意味する.一方で,∆Ef(4) は∆Es(4)よりも1.3 kcal/molほど小さくなった.すなわち,(H2O)4クラスターの解離 過程が主なチャンネルであることを意味する.これから,質量スペクトルにおいて,ピー クが n=4から始まり,n=1-3のピークが極端に少ないことが説明できる.このような,
クラスターの蒸発は過去に他の水和イオンでも観測されている.Denfilらは,He液滴中 のC60(H2O)n(n=2, 4, 6)から1つ1つではなく,全ての水分子が解離し,n=4が魔法 数となっていることを報告している [33, 34].
n=24の魔法数のピークは以下のように説明することができる.まず,上で述べたよう に,水分子の付加によるエネルギーの増加を考えると,MB+(H2O)4は特に安定であると いうことができる.そこで,(H2O)20 クラスターは十二面体構造を形成する良く知られた マジックナンバーであることから,MB+(H2O)24 は安定なMB+(H2O)4 に(H2O)20 が 付加した構造を形成すると予想される [35, 36].
39.0 / 50.7 / 65.5 38.9 / 50.0 / 64.9
42.2 / 54.3 / 71.1 41.2 / 53.2 / 68.8 39.4 / 52.6 / 70.9 44.2 / 56.0 / 68.7
32.8 / 43.2 / 56.6 34.6 / 43.7 / 55.5 34.1 / 43.7 / 54.5 34.1 / 43.5 / 55.0
31.0 / 39.4 / 52.4 29.3 / 38.3 / 49.2
20.8 / 29.4 / 46.8 27.4
/ 35.8 / 44.9 23.5 / 31.7 / 41.4
21.4 / 27.9 / 34.9 15.4 / 19.8 / 32.5
21.1 / 26.8 / 31.7 19.7 / 26.3 / 34.9
3a 3b 3c 3d
3e 3f
4a 4b 4c 4d
4e 4f
5a 5b 5c 5d
5e 5f
4g 4h
4i 4j 4k
22.7 / 29.7 / 38.8 21.5 / 28.4 / 38.0
19.3 / 24.7 / 29.5 17.6 / 22.3 / 27.1
図4.13 MB+(H2O)3,MB+(H2O)4,MB+(H2O)5の安定構造.全結合エネルギー (kcal/mol)を∆ECZ(n), ∆EC(n), ∆E(n)の順に記す
4.4 水和メチレンブルーの構造計算 75
MB+(H2O)4 + H2O
MB+(H2O)5
MB+ + (H2O)4
MB+ + (H2O)5 MB+(H2O)3+ H2O
∆E
f (5) = 12.2
∆E
s (5) = 9.6
∆E
f (4) = 10.6
∆E
s (4) = 11.9
図4.14 MB+(H2O)4,MB+(H2O)5蒸発過程に関するエネルギーダイアグラム