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第4章  考察

第4節 残された問題の考察

 これまでの3つの考察を踏まえ、残された問題も含めて考察をしたい。本研究のテーマである「言 葉掛け・声掛け」「触れること・触れられること」が対象となる前に、そこには具体的な動作療法プロ セスが存在していなければならない。特に、そのプロセスにおけるセラピストの「見立てる力」『読み 取る力」が前提とされている。田中(2003)の研究にあるように、クライエントに対するセラピストから の「読み取りが働きかけの中に埋め込まれた状況的認知として存在し、働きかけが読み取りに裏打 ちされて顕在化する」と考えることができるならば、「社会的相互交渉の文脈」としての動作療法のな かで「どのような性質の相互交渉を営むかと同時に、どのような場面(=動作課題:著者挿入)で相 互交渉を営むかが幸われる」ということになる。本研究においては、それぞれのセラピストは、自ら が選んだ動作課題を適用する中でクライエントに働きかけ、その働きかけの中で相互行為の全体と してクライエントに対する読み取り、見立てがおこなわれると考えることができる。この「見立てる力」

「読み取る力」と「働きかけ」との間を媒介するのが「言葉掛け・声掛け」「触れること・触れられるこ と」であると考えることができる。これまで考察してきたようにこの媒介過程が多様性をもっていると 考えられるのである。特に、その媒介過程における「触れる」ということについて、考察をしておきた

い。

 崎山(2004)は身体に「触れる」ことについてMinkowskiの「生ける現実との接触」の概念を用いて 心理療法における「触れる」ことについての機能について考察した。崎山(2004)は、心理療法にお いて「触れる」ことが問題となるのは相互性のない、自分本位の触れる体験、触れられる体験による 恐怖が生まれる場合であるとして、「触れること」や「触れられること」への相互理解や受容がある場 合に治療手段として用いることが出来るとしている。崎山(2004)はMinkowskiの「生ける現実との接 触との喪失」という概念が精神疾患の基本障碍であることを確認しながら、「身体に触れること」は、

かかわりという相互的関係であり「相手に対する感情にも触れたり触れられたり」することになり、

「他者の存在を認め受容するために直接身体にかかわり、そこから心的内奥に影響を及ぼすこの 触れる行為が、心理療法的機能を持ち」「生ける現実との接触」を回復するものになると考察してい る。そして、その機序を次のように規定している。「動きを用いる心理療法において、特に他者と動き を共有する中でリズミカルに身体がふれあう場合、その身体接触は事実としての物理的な同一空間 における接触を超えて、動きとそのリズムの中で反響しあい、…直接身体から揺さぶりをかけること のできる具体的な刺激となる。さらにその動きとリズム性からの身体接触の反復により、ふれる・ふ れられるといった能動的または受動的立場の壁は取り払われ、その職刺激が相互的にふれあうこ とへと変容し、ふれあいが相補的な作用をもたらすことになる。…その身体接触と、身体接触をもた らす具体的な動きの反復を契機として、同一の時空間で自他が共存し動きを共有する」のである。

崎山(2004)のこの考察は、実証研究の結果ではなく「ダンス・ムーブメントセラピー」の実践からの 帰結ではあるが、本研究のKJ法によるクライエント体験の「触れられることの意味」或はセラピスト 体験の「触れる動作の必要性は動作や姿勢が示している」ということの理解に役立つ。本研究の半 実験的な枠組みは、実際のサイコセラピーではないが、方法のところでも述べたように、幾つかの条 件が統制されている以外は実際のサイコセラピーに近い形で実施した。そこで繰り広げられたセラ ピストークライエント間の相互作用は、実際のサイコセラピーの1セッションに限りなく近いと考えら れる。「リラックスや落ち着き」「心も楽になる」感じ、「信頼感を生む」という結果が出てきたのは、崎 山(2004)の「ふれること」が「自他共存」「動きの共有」をもたらすという考察におけるのと同じような 機序が働いたと考えることは妥当である。しかし、崎山(2004)も指摘するように相互性のない「ふれ

ること」は不安や恐怖を引き起こす侵襲性を持つ。身体に「ふれること」について動作法では「転移 感情や空想などの非現実現象は起こりにくく」「性的な問題を起こすのではないかという懸念」に注 意するべきであるといわれる。しかし、セラピストークライエント間に相互的な安心感、信頼感があっ てのことであることを忘れてはならない。本研究のセラピストへの半構造化面接への返答の中に次 のようなものがあった。(th)「からだの調子(clの)が悪いとかねそれは非常に気をつけますよね。伺 って。毎回とは限りませんけど、例えば、風邪を引いているときは私はしません。私は。動作って緩 むと人ってほっとしてワット熱が出る時があるから。背負わなきゃなんないのは、そのつらさ本人の

…それは慎重にします。それに今いろんな問題があるし、……これやればいいからこれやりましょで は無い。」転移感情というのではないが、相互的な安心感、信頼感が存在する場合でも「身体が弛 むことは、こころも同時に弛むこと」だとすればクライエントの自己コントロールカを超えた問題が出 てくる可能性についても考えておく必要があると思われる。また、セッションプロトコルの会話分析の 考察のところで述べた動作療法への参与の仕方、言い換えるとセラピストークライエントのポジショ ン関係の問題を考える時、相補性、相互性のない「触れる」ことは恐怖をもたらし、「相互理解」や

「受容」のある「触れる」ということが心理療法の手段となるという指摘は示唆的である。

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結論

本研究において、以下のことを仮説として得た。

D.「言葉かけ・声掛け」のタイミングは、クライエントが示す「問題解決、変化」が言語的に或いは姿  勢・動作としてどのように表されているかによって決まっている可能性がある。

2).「言葉かけ・声掛け」の内容は、クライエントが何をもってr問題解決、変化」と考えているか、問  題解決時或いは変化した時の姿勢・動作をどのようなものとイメージしているかに影響を受けて  いる可能性がある。

3).「言葉かけ・声掛け」はクライエントが自分の身体に注意を向けることができるように、その後歩  分の緊張に注意を向けるようにおこなうことが効果的である可能性がある。

4).自己の身体イメージにクライエントの意識を向けるような「言葉かけ・声掛け」は、主体性意識を  高める可能性がある。

5).明示的及び暗示的な「言葉かけ・声掛け」の繰り返しは、自動感一円動感の循環を体験すること  が考えられ、クライエントの自体感への注目を高める可能性がある。

6).「言葉かけ・声掛け」はクライエントの受動性と主導性の両面に働きかける可能性がある。

7).「動作提案と援助動作の同時進行(言語と動作の同期)」、動作と同期的な「言葉掛け・声掛け」

 はクライエントの「動作体験にともなう感覚」に「方向づけられた認知図式」を与え、かつそれを  「より体制化されたものとして保持する」という可能性がある。

8>セラピストの適時な、適切な「言葉掛け・声掛け」はクライエントの動作体験中の行動(身体動作)

 調整機能に影響を与える可能性がある。

9>動作療法中の「言葉かけ・声掛け」において擬態語を用いることは動作促進的な効果をもたらす  可能性があると考えられる。またその発語時には言葉そのものに感情のこもった、抑揚(リズム)

 のある伝達が重要である。

10).セラピストがクライエントに対して共動作を示しながら、擬態語を用いたりズミカルな『言葉掛け・

 声掛け』をすることは、クライエントの動作体験をより促進する可能性が高い。

11).「了解表現、承認、動作の提案」というパターンはクライエントのその場の動作・姿勢に対する了  解、承認を表すだけではなく、動作プロセスの円滑な進行を促すとともに新しい動作の提案をク  ライエントにとって容易に受け入れやすいものにしている可能性がある。

12).「言葉かけ・声掛け」と「触れられること」との関係は、それぞれが個別に意味を持つのではなくク  ライエントの「動作法理解・動作課題の理解と動作援助」、「安心感」にとって、これらが同時に存  在していることに意味がある可能性がある。

13)。触れられることには、動作や動作課題への理解ということと触れることそのものが安心感を与え  るという二つの機能がある可能性がある。

14).セラピストは「触れる」ことの治療的効果と侵襲性について十分認識していることをクライエント  に伝えることによってより「触れること」の効果を高める可能性がある。

15).セラピストは、クライエントに対して「星型」を通して、共動作体験を得られない時により積極的に  「触れること」を選んでいる可能性がある。

16).同じ動作課題を採用し、同じような自体感にたどり着いたとしてもそこに至る径路、動作体験、

 「言葉掛け・声掛け」は多様であることが予測される。

17).相互的な安心感、信頼感が存在する場合でもクライエントの自己コントロールカを超えた問題  が出てくる可能性についても考えておく必要がある。

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