本節では,輪郭ボケ幅に基づく奥行距離推定の他のモデルへの適用について述べる.そ れにより,媒質や対象の微小物体の違いによる精度差を明らかにする.
3.2.1 奥行距離推定のモデル
大澤らの奥行距離推定は奥行距離推定式導出の際に高い精度でフィッティングができて いる.ここでの高い精度とは,マイクロマニピュレーションを行うのに十分な意味を意味
Fig. 3.10 Microscope System
する.対象の微小物体の大きさの4分の1の精度を有するならば,球体を想定した微小物 体とガラスプレートの間にエンドエフェクタを差し込むことができる.図3.11に示すよう に,微小物体の4分の1の高さを目標にエンドエフェクタを差し込む場合,上記の精度を 有すれば確実に微小物体を把持することができる.また,ガラスプレートにエンドエフェ クタが衝突する危険性も存在しない.以上のことより,今後,精度に関する基準は対象の 微小物体の大きさの4分の1の値とする.
理論上は,奥行距離推定式導出後連続して微細作業をする際には,同じ条件下で行われ るため高い精度かつ広い範囲で奥行距離推定ができると推測できる.しかし,これまで奥 行距離推定式の範囲の検証や同じ種類の別個体に対して精度検証を行われていなかった.
そのため,奥行距離推定式の精度および範囲の検証を行い,結果から高い精度が出ている ことが求められる.また,奥行距離推定式導出時と別の種類の微小物体や環境での精度を 検証することも重要である.推定式導出時と別のモデルに対して高い精度を有する場合,
複数種類の微小物体が混在するような環境でもマイクロマニピュレーションを行うことが
できる.そのため,推定式導出時で用いたモデルと別のモデルに対する検証を行う.
Fig. 3.11 Required accuracy
3.2.2 モデルの有効範囲の検討
実験目的
奥行距離推定式導出時における距離を変え,奥行距離推定の精度範囲の検討を行う.そ して,輪郭ボケ幅を用いた奥行距離推定法の有効な範囲がどの程度あるのを示す.
実験条件・方法
まず,空気中に存在する微小物体に対して,奥行距離推定式を導出する.まず,初期位置 高さとして,エンドエフェクタと微小物体の距離がスライドガラスから離した位置にエン ドエフェクタを移動させる.そして,エンドエフェクタを2[µm]移動させる毎に,微小物 体とエンドエフェクタのボケ幅と移動距離を計測する.ボケ幅が等しくなるまで移動およ び計測を行う.ボケ幅が等しくなったときのエンドフェクタと微小物体の距離を0[µm] と した.最後に計測した値から推定式の定数は第3項までを求め,以下の推定式を導出する.
∆z(r) =c3r3+c2r2+c1r (3.13)
複数の初期位置高さからこの一連の流れを行い,それぞれの初期位置高さに対して導出さ れる奥行推定式の精度を比較する.なお,微小物体は40µm程度の大きさの胡桃の花粉を 用いた.
実験結果および考察
表3.2にそれぞれの初期位置高さに対する奥行距離推定式の係数と誤差平均,標準偏差,
標準誤差,最大誤差を示す.図3.12はそれぞれの誤差分布である.表3.2より,誤差平均1 μm程度,最大誤差5μm以内,標準偏差ほぼ1μm以内,標準誤差0.2μm以内の測 定誤差であった.図3.12より,測定開始位置が遠いまたは近いほど,精度・正確度がとも に悪くなる傾向が見られた.40µmの微小物体に対して微細作業を行うため,微小物体を 持ち上げるなどの動作をする場合,スライドガラス床面からの高さが微小物体を超えてい る必要がある.したがって,今回,微小物体の大きさ40µmとその4分の1の誤差分10µm を加えた50µmが少なくとも範囲として必要となるが,本実験では,50以上において,最 大誤差3μm程度,標準偏差1μm以内,標準誤差0.1μm前後という高い精度であっ たことから奥行距離推定の有効範囲内において,微細作業を行ううえで非常に有効である.
ボケ幅による
定法の評価および拡張3.2様々なモデルへの適用実験
Table 3.2 Experimental Results
End-effector’s Coefficient Error[µm]
Z-axis position[µm] C1 C2 C3 Avg. S.D. S.E. Max
100 222.83 -214.9 96.60 1.24 1.03 0.15 4.83
90 183.72 -147.62 54.04 0.88 0.75 0.11 3.07
80 154.45 -97.1 24.98 0.98 0.78 0.12 3.33
70 132.15 -83.35 24.74 0.79 0.71 0.12 2.7
60 97.55 -47.65 13.00 0.83 0.79 0.14 2.83
50 84.20 -55.62 28.68 1.08 0.88 0.18 3.28
40 55.14 -14.1 2.77 1.04 0.66 0.15 2.19
36
Fig. 3.12 Normal Distribution
3.2.3 同種のモデルへの適用実験
実験目的
同じ種類の別個体への奥行距離推定の精度検証を行う.そして,推定式導出時に近い高 い精度で奥行距離推定できることを示す.
実験条件・方法
実験に用いる微小物体として,ガラスビーズのGB301Sを用いる.ガラスビーズの大き さにばらつきは存在するが約40µmの大きさのものを用いた.ガラスビーズは球体の形状 をしているため,姿勢によって形状などが変化することはない.実験の事前準備として,
同じ種類の別々のガラスビーズに対して奥行距離推定式導出を行い,10回分の奥行距離推 定式と観測データを用意する.ここでの観測データとは,対象物とエンドエフェクタのボ ケ幅の差,エンドエフェクタの移動量から逆算した奥行距離の真値の2種類である.奥行 距離推定式はボケ比の値を代入するとその時の奥行距離を推定できる.そのため,推定式 導出時と別の観測データを代入することで,別個体に対する奥行距離推定実験を行う.こ れを,奥行距離推定式導出10回分のデータに対して相互に行うため,合計100回分の実 験結果が得られる.ここでの実験結果1回分は奥行距離推定1回分ではなく,推定式導出 時に計測したデータセットに対するものである.つまり,奥行距離推定式導出のために20
回ボケと奥行距離を計測していた場合,その20回分奥行距離推定を行って1回分の実験 結果となる.
奥行距離の推定値と真値が存在するため,奥行距離の推定誤差をeとすると,次式で誤 差eを算出できる.
e= ∆z[r]−[c3r3−c2r2−c1r] (3.14)
上式で算出した誤差から平均誤差と偏差を算出して評価を行う.対象物の大きさの4分の 1以下の誤差であれば高精度とするため,本実験で用いたガラスビーズにおいては約10µm 以内となる.
実験結果
実験結果を表3.3に示す.表中のData No.は推定式に当てはめたデータの番号を表し,
同じ推定式に当てはめたそれぞれのデータ番号での結果を縦に表示している.同じ番号の 実験同士の結果は,推定式導出時のフィッティングの精度である.実験結果から,平均誤 差と標準偏差を合わせても10µm以上の誤差は発生しなかった.また,No.5,No.6,No.9, No10とそれ以外で平均誤差が3µm程度の差が発生した.以上の結果をもとに,以降で考 察を行う.
考察
実験結果より,10µm以内の誤差で収まる結果となった.これは,奥行距離推定が理論通 りの高い精度でボケと奥行距離の関係を推定式として導出できたためと考える.また,同 じ番号同士のフィッティング精度を表す結果においても,三次の奥行距離推定式で精度の 高いフィッティングができていることがわかる.しかしながら,No.5,No.6,No.9,No10 とそれ以外で平均誤差が3µm程度の差が生まれた.このことから,-1µm前後の平均誤差 の場合と-4µm前後の平均誤差の場合で2パターンの結果に分かれた.2つのパターンとし て,No.1とNo.6の顕微鏡画像をそれぞれ図3.13,図3.14に示す.画像より,ガラスビー ズの光の透過具合やボケ具合が異なる.ボケ具合は若干の大きさの違いによるものであ る.しかし,光の透過の差はガラスビーズが透明な物体であるために発生した光の反射に よるものと考える.このように,光の影響を受けて見え方が変化しやすいため,画像処理 によって計測したボケ幅に誤差が発生したと考える.しかしながら,光の影響を受けても 平均誤差の変化が約3µmで収まっていることは非常に良好な結果といえる.
以上の結果より,ガラスビーズのような半透明な微小物体は光の影響で画像処理でのボ ケ幅計測に誤差が発生しやすいことがわかった.光学的に対象物の状態が変化した場合で も,3µm前後の平均誤差で収まるためマイクロマニピュレーションに対する影響は少ない といえる.また,同じ種類の微小物体であれば平均誤差と誤差の偏差の和が10µm以内に
収まる高い精度を奥行距離推定式は有している.さらに,光の影響が似ている条件では平 均誤差と誤差の偏差の和が4µm以内と高い精度であることを証明していると考える.結 論として,奥行距離推定式は同じ種類の微小物体に対してはマイクロマニピュレーション に十分な精度であることを検証できた.
Fig. 3.13 No.01 image
3.2.4 複雑な形状への適用実験
マイクロマニピュレーションにおいて,複雑な形状をした微小物体に対して作業を行う ことがある.例えば,品種改良における花粉である.複雑な形状をした微小物体は,姿勢 が回転するだけで形状や見かけの大きさが変化する.そのため,微小物体の形状や姿勢変 化によらない奥行距離推定が求められる.そこで,複雑な形状の微小物体に対する奥行距 離推定の精度検証を行う.
実験条件・方法
実験には,お椀型の形状である乾燥した胡桃の花粉を用いる.胡桃の花粉は約40µmの 大きさである.胡桃の花粉の表をくぼんだ部分が上向きの状態として,裏をドーム状の状 態とする.実験用のデータとして,姿勢状態を考慮せずに奥行距離推定式を導出を行った 観測データ10回分を用いる.観測データの10回中,3回分は表向きから傾いた状態であ り,1回は裏向きの状態である.残りの6回分はすべて表向きの姿勢時のデータとなって いる.実験方法や評価の方法は同種モデルの実験時と同様であり,10回分の推定式を用い